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創世術師ノルン  作者: はせろう
第1章
2/14

旅立ち(1)

 雲ひとつない爽やかな朝。

 日の光を受けて刈りいれを待つ穂波が黄金に輝き始める。川の水面はきらきら輝き、牧草地に点在する小屋からは羊達が顔を出し、オルガノ村は目を覚ます。

「ノルンもう朝よ。起きなさーい」

 日課である母の呼び声を、ノルンはいつものベッドの中ではなく、庭で運動しながら聞いていた。

「ノルンー、今日は大事な日なんだからもう起きなさい」

 まさか息子が外で体をほぐしているとは知らず、マリーは何度もノルンを呼んだ。

「もう起きてるよ母さん」

 ノルンは家に向かって大きく返事をする。

 すると、二階の部屋の窓が開き、マリーが顔を出した。

「あら珍しいわね。自分で起きるなんて」

「今日から大人だからね!」

 ノルンは、はりきって足を伸ばしたり腕を回したりする。

「あらあら気の早いこと。朝ご飯用意できたから、手を洗ってきなさい」

「はーい」

 ノルンはすがすがしい朝の空気で思い切り深呼吸してから、家に駆け戻った。

 居間への扉を勢いよく開けると、既にノルンの父と祖父母が食卓についている。

「おはよう父さん、ジドじいちゃん、ルーばあちゃん」

「おはようノルン。今日は随分と早いじゃないか」

 その理由がよくわかっているのか、食卓を囲む家族はみんなノルンを見て微笑んだ。

「うん。今日は寝坊なんかできないからね」

 ノルンは、席に座るとその勢いのままに、木製の大皿に盛られたパンに手を伸ばす。

「ノルン、手は洗ったの?」

「うん。朝起きた時に」

「外から戻ったら洗わなきゃダメでしょ――って、あーあー」

 パンに食いつき始めてしまったノルンに、マリーは諦めの溜息を吐いた。

「なあにマリーさん。心配いらんよ。わしも若い頃は、羊小屋で糞の掃除をして、そのまま飯を食ったもんだ」

「はは、確かに俺も――」

「おじいさん、ハイド……食事中ですよ。止めてください」

 冷ややかな目で、ルーはジドとハイドを諌め、

「ノルンも今日から大人の仲間入りなのだから、しっかりしないと駄目ですよ」

「は~い」

 母と祖母の小言を半分聞き流すのがノルンの流儀だ。が、今日はいつも以上に母と祖母が口うるさい――と言うのも、全てはノルンが“成人の儀式”を受けるからだ。

 オルガノ村に生まれた者は十三歳で成人し、その儀式は秋の収穫祭とともに行う慣しになっていた。

「食べ終わったら手を洗ってから、衣装に着替えなさい。汚したら駄目よ」

「わかっているよ。でも儀式でどうせ汚すんだから、そんなに綺麗にしておかなくてもいいんじゃないの?」

「綺麗な衣装で行くことに意味があるのよ」

「儀式でついた汚れは、成人になるためにどれだけ苦労したのかを示す証だからね」

 サラダを取りながら、ハイドが妻の説明の後を続けた。

「最初から汚れていちゃ、儀式で努力したのかどうかよくわからないでしょ?」

「それじゃ森でしっかり汚してこないとね!」

 母の話が小言になり始めたので、ノルンはパンを口に詰め込み、

「ごちそうさま!」

 慌しく席を立って自分の部屋に逃げ帰る。

 ノルンの部屋は、木枠のベッドに木製のタンス、勉強机といったごく一般的な家具が並んでいる。特徴があるとすれば、本がぎっしり詰まった大きな本棚くらいだ。

 ベッドの横にある木の洋服立てには、一着のローブが吊るされている。母がノルンのために編んでくれたものだ。

 ノルンは、ベッドに飛び乗るとぽんぽんと服を脱ぎ、用意されていたローブを頭から一気に被る。袖に腕を通し、鏡の前で両腕を交差してみる。

「うん。いいんじゃないかな」

 ポーズを決めたノルンの腕には、木の蔓で編まれたリストバンドが光る。十年前にノルンを助けてくれた命の恩人に貰ったものだ。使い込まれて黒く汚れているのだが、ノルンにとっては光り輝く宝物だった。

 その見栄えをしっかりと確認して、ノルンは家族の待つ居間に戻る。

「じゃじゃーん」

 と、ノルンは、派手に登場してみる。

「おお、似合っておるぞノルン」

「本当ね……大きくなったわ」

 ジドとルーは、孫の晴れ姿に目を細めた。

「あれ? 父さんは」

 ついさっきまでいたはずの父がいない。

「ハイドも着替えに戻ったよ」

「あ、そっか」

 儀式を受ける子どもの親は、見送り人の衣装で子を送り出す。これも儀式の決まりになっていた。

 ノルンは、椅子に腰かけて父を待つ。

「格好いいじゃないかノルン。似合っているぞ」

 しばらくすると、ハイドの声が居間に戻ってきた。

 現れたハイドは、赤や青など何色もの布が重なった派手なローブを着ている。

「父さんの格好、儀式の主役より目立っているんだけど……」

「そうむくれるな。なあに、儀式を終える頃には、父さん達大人より目立つ格好になるよ」

 とは言われたが、並の努力じゃ父よりもド派手な格好になって帰ることはできそうもない。

「気合いを入れないとなあ!」

「そうそう、大人になるには気合いが必要なんだよ。さ、儀式の森に行こうか」

「はーい。みんな行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい。怪我しないように気をつけるのよ」

「はーい」

 ノルンは、散歩にでも行くような軽い調子で答え、家の外に出た。

 よく均された村一番の街道には、既にノルンと同じような家族ずれがぱらぱらと歩いている。いつもなら農具を持って歩いているのに、今日は皆着飾っていた。

 村人達は、示し合せたように同じ方向へ流れて行く。

「おはようございます」

「おはようハイドさん。初めての付添でしたっけね?」

「ええ。ミルノさんは、三人目でしたね」

 などと挨拶を交わしながら、その流れにノルンも乗っかった。

「誰が一番目立てるか競争だなジョシュ」

「自身有り気だな。ま、僕も負ける気はないけど」

 ノルンは近所の幼馴染と成人の儀式について話しながら、村の外れにある水晶の森目指す。

 森を目指す行進は、徐々に規模を増していき、ノルンが森の入口に到着する頃には、村中の友達とその父親が揃っていた。

 集まった村の住人は、特設された木枠のステージを何となく取り囲み、ざわついた。

 しばらくして、色とりどりの衣装の間を割って、最高齢の爺さんが現れた。あまりに歳をとっているので、ノルン達村人は彼の本当の名前を呼ばず、ただ「長老様」と呼んでいる。

 長老様は、しっかりとした足取りでステージに上がり、森に向かって一礼した。

「大地の守護者アイソフ、太陽の主ヒュラ、生命の父ジヴァル、人を見守り育む偉大なる三賢者よ――我々オルガノの民は、その大いなる御力により、健やかに、豊かに、幸福に生きております。今日、オルガノの子は旅立ちを迎えます。古の理に習い、その第一歩を聖なる地へ刻みます。その大いなる御力で、オルガノの子の長き旅路を御守りください」

 言葉の最後に長老様は、森に向けて三回深く礼をする。そして、ゆっくりとノルン達に振り返り、厳かに頭を下げた。

「偉大なる三賢者の許しにより、旅路は開かれた。今こそ旅立ちの時!」

 それが合図となり、純白の旅人が一斉に森へと放たれる。

 ノルンは、全速力で平原を駆け抜け、先陣を切って森に踏み込んだ。

「速さの競争じゃないぜノルン!」

「わかっているよ!」

 友人との会話はそれが最後で、森に入れば皆散り散りになった。あくまで儀式は、独りでやり抜かねばならない決まりになっている――とは言っても、水晶の森はノルン達の遊び場だ。オルガノの子どもなら、誰でも独りで儀式をやり抜くことができる。

 ノルンは、森に入ってすぐの所で、早速青い果実を足元に見つけた。それを手で摘むと、純白の袖に擦り付ける。

 汚れ一つないローブは、あっという間に青い果汁で染まった。

 これがオルガノ村に代々伝わる“成人の儀式”だ。子ども達は、森にある様々な自然物でローブに色をつけ、鮮やかな衣装を着る大人の仲間入りを果たすといったものだった。

「よし。次!」

 ノルンは、次の色を探して森の奥を目指した。

 秋になっても落葉しない常緑の森は、奥に進むほどその密度を増していき、地面から角ばった水晶が頭を出すようになる。水晶の森と呼ばれる理由がここにある。

「この次期だと相当奥に行かないと、赤色は手に入らないな」

 何色を塗らなければならないという決まりはないが、ノルンは、考え得る全色でローブを染めるつもりでいた。

 その難関となるのが、赤と金色。金は、森の奥の泉にある金色の浮き草からとれる。そこまで行くのが大変だが、頑張れば誰でも手に入れることができるし、皆その場所を知っている。問題は赤で、秋口になると、赤い実、草、木はほとんどなくなってしまい、決まった場所で手に入れることはできないのだ。

「ジョシュとメルヴィンとカナートも全色制覇を狙っているからなあ」

 ノルンが普段一緒に森を駆け回る友達が、目下最大のライバルだった。

「きっと皆全色揃えるだろうから、誰が一番に帰るかが勝負だな」

 ノルンは、まだ見ぬ赤色の素材を探して、普段通ったことのない場所を選んで進んだ。

 慣れない獣道は、徐々に平坦さを失い、自由気ままに突き出す水晶が邪魔になってきた。

 それでもノルンは、水晶を乗り越えながら、辺りをくまなく探索する。

「やっぱりないなあ……ん?」

 赤色を探すノルンの前に、壁のようにそそり立つ巨大な水晶が現れた。木と木の隙間を扉のように塞ぎ、先へ進むことを拒んでいるようだ。

「すごい! こんなでかいの見たことないよ!」

 興奮気味にノルンは水晶に近づき、ほぼ垂直なその表面に顔をつけて先を覗いた。

「奥が明るい?」

 ノルンは、水晶から顔を離し、横に生えていた木をよじ登り、水晶の壁の上に身を乗り上げた。

 短い草花が絨毯のように広がり、森の天井にぽっかりと開いた穴から、陽光が差し込む。そして美しい光景の中央に、純白の少女が倒れていた。

 ノルンの心拍が、跳ね上がる。

「人!」

 ノルンは慌てて飛び降り、見覚えのない少女の元に駆け寄る。

「大丈夫ですか!」

 声をかけながら、ノルンは素人ながら脈と呼吸を確かめる。

 ちゃんと息がある。

「とりあえず生きている」

 ノルンは、高なる鼓動をどうにか押さえて、少女を眺めた。

 純白の服から出た色素の薄い肌色の手足、可愛らしい寝顔、目の覚めるような新緑色の髪。そして、頭頂部から飛び出した双葉の新芽。

 誰に聞いても可愛いと評するだろう少女の頭にある異物に、ノルンの鼓動が再び速くなる。

「これは……」

 恐る恐る緑の新芽を摘み、軽く引っ張る。

 完全に一体化した芽は、少女の頭から離れることはなかった。

「芽が生えている!」

 ぺちぺちと頬を軽く叩いてみる。が、まったく少女が起きる気配はない。

「昏睡状態! 絶対まずいよこれ! と、とにかく村へ運ばないと!」

 ノルンは、あたふたと少女を背負って立ち上がった。

 そして、自分でも驚くほどの速さで、来た道を駆け戻る。

「お、一番乗りの子が戻ってきたぞ! どこの子だ?」

「あれは、ハイドさんのところのノルン君じゃないか? なあハイドさん」

「本当だ! おーい、ノルンー!」

 既にお祭りムードの大人達が、ノルンに大きな声援を送ってきた。

「父さん! メ、メール先生を呼んで!」

 ノルンは、声をからせながら、疲れ知らずに走り続ける。

「メール先生? 怪我でもしたのかいノル――」

 特設ステージまでノルンが来た所で、ハイドは背中の少女に気がついた。

「見ない子だね。怪我人かい?」

 落ち着いた口調で尋ねるハイドに、ノルンは、

「怪我はないんだ。でも、揺すっても叩いても全然起きないし、きっと病気か毒か、とにかくまずい状態なんだよ! だってこの子、頭から芽が生えているんだ!」

「それは生えているのかい?」

 尚も落ち着いた口調で、ノルンの背中に顔を向けてハイドは尋ねる。

「うん」

「生えているんだよ! 僕引っ張って試したんだ…………て、あれ?」

 すぐ背後から聞こえた声に、ノルンは、首を思い切り後ろに捻る。

 ノルンの視界に、ぱっちりと開いた若葉色の大きな目が飛び込んできた。

「あ、あれ? 君起きていたの?」

「うん」

 いつの間にか目を覚ましていた少女は、にっこりと笑顔で答えた。

「ハイドの息子が女を連れて戻ってきたぞ!」

 わっと会場が興奮に包まれる。

「ははは、いいぞ~ノルン君!」

「よかったなハイド。儀式は無事に終わるし、息子の嫁さんまで見つかって」

「はは、帰ったら母さんに紹介しないとな。ノルン」

「今年の一番星はこれで決まりだな!」

 ノルンは、祝福の声や張り手の嵐を受けてもみくしゃになった。

「ちょっと父さん! 目は覚めたけど、頭に芽が――」

「怪我もないし、見たところ元気そうだし、そんなに気にすることもないだろう? 後でメール先生に見てもらえば心配ないさ」

 ハイドは、ノルンの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「もしかすると、ジヴァルの祝福を受けた精霊かもしれんぞ。ありがたいことだ」

 ノルンに向かって、長老様と数名が拝み始めている。

 少女の頭に生えた芽を気にする者は誰もいない。

 ノルンは、呆然と立ち尽くしたまま、青色しかついていないローブを見下ろした。

「全色制覇したかったなあ」

 肩を落とし、それから背中の方を確認する。

 長老様の言う精霊かもしれない少女は、ノルンの背中で呑気に二度寝を始めていた。


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