ノルンの目覚め
「どけやオラァ!」
バーバスは、空に向かってさらに数発発砲する。
「きゃぁぁぁ!」
周りから人が遠ざかり、バーバスは、満足そうに頷く。そして、銃口から硝煙を昇らせたまま、ノルンの元へ近づいてきた。
「バーバスさん?」
ノルンは、バーバスを見上げて呆けた声を出す。
「譲ちゃんは生きているか?」
返ってきたのは、予想外の質問だった。
「は、はい……でも、何で?」
「お前は、診療費を踏み倒したチンピラじゃないか! いきなり何をするんだ!」
アルマンは、バーバスを指差した。
「うるせぇぞやぶ医者。診療費ならつりがくるほど払っただろうが」
バーバスは、地面に散らばる薬を銃口で指す。
「希少なマンドラゴラの使用料だ」
「お、お前のモノではないだろうが!」
「俺のものだ。このガキ共は」
バーバスは、自信満々に言い放ち、銃をアルマンに向ける。
「バーバスさん!」
「小僧、俺は助けに来たわけじゃねぇからな。この腐れた街から逃げる前に、譲ちゃんを奪いに来た。ただそれだけだからな!」
アルマンは、眉間に皺を寄せて立ち上がる。
「そうはさせないぞ! それはこの私に必要なものだ!」
「動くな! 撃つぜ?」
銃口を向けて脅すバーバス。
アルマンは、バーバスの脅しに全く動じず、一歩踏み出してきた。
「ノルン君! 見てくれこの患者の数を! ここだけじゃない。街中の住人が病で苦しんでいる。自然治癒は極めて難しい。薬がなければ、皆死んでしまうだろう」
言われるまでもなく、街を駆け回ったノルンは、街の状況がわかっていた。それをどうにもできない自分が、もどかしく悔しかった。
「君は創世術師になって、困っている人を助けたいんだろう?」
「助けたいです。でも……」
ノルンは、右手を硬く握りしめた。その手が、薄く光を帯びる。
「君の人を助けたいと思う気持ちは正しい。迷うことはない。さあ、そのマンドラゴラを使って、二人で街を救おう」
アルマンは、ノルンにそっと手を差し伸べて、微笑みを浮かべた。
ノルンは、リーフをじっと見つめる。
リーフは、薄く目を開き、ノルンの姿を瞳に映して口を開く。
「私、人じゃなかったんだね。葉っぱ、病気じゃなかったんだ」
「……うん」
「私、まだ大丈夫、だよ? 街の人、助けようよ?」
リーフは、えへへと笑った。
「どうすんだ小僧。譲ちゃんは、覚悟決めているみたいだぞ」
「僕は……」
ノルンは、無意識に光り始めた右手と宝物のリストバンドに視線を落とす。そして、憧れた創世術師を思い出した。光る手で、高熱を出していたノルンを治してくれたエルスのことを――。
同時にキセノの話が頭を過ぎる。
創世術は、エレメントを自由に引き出し、組み替える術だ――。
ノルンは、はっとした。
あの時、エルスが何をしたのか。そして、キセノが何を言っていたのか。ノルンは今初めて理解した。
(あの時、エルスさんは僕の病気を治したんじゃない。僕から病気を持っていったんだ……病気のエレメントとして!)
理解した瞬間、ノルンの視界が一気に開けた。手に集まる光は、もう形のない光ではない。様々な形や大きさのエレメントだとノルンには分かる。空気、大地、生き物、周りを埋め尽くす全てからエレメントを感じる。
そして、患者を苦しませている元凶を察知することができた。
ノルンは、リーフに微笑みかけて立ち上がる。
「街の人を助けます」
「ありがとうノルン君! よく決心してくれた。さあ、ソレを――」
近寄ろうとするアルマンを、ノルンは手で制した。
「リーフは、渡さない」
「また振り出しか……まったく」
アルマンは、苛立たしげに頭を押さえた。
「いいかい。ソレの命一つで、何千何万の命が救えるんだ。比べるまでもなく、どちらを優先するかはっきりしているだろう?」
「比べるまでもないです。どちらも同じ――リーフの命もこの街の人の命も、同じくらい大切です」
「馬鹿なことを! 君は、ソレを助けるためにこの街を見殺しにするのか!」
「しない。僕が助ける」
ノルンは、祈るように手を硬く組み合わせた。
「付き合いきれん。マンドラゴラは、私が貰うぞ!」
「おっと、その前に使用料を払ってもらおうか?」
バーバスは、口の端を思い切り吊り上げて、楽しそうにアルマンへ銃口を突きつけた。
「ぐっ! 君も状況がわかっているのか! そんな子どもの、くだらない戯言に付き合っている暇はないんだ!」
「はっ! 仲間を助ける事がくだらないって? 上等だろうがよ。街がこんなになるまで放置して、今更救うだの何だのぬかしている創世術師より、よっぼど上等じゃねぇか」
「くっ! 勝手にしろ!」
「だとよ。小僧好きにやんな」
バーバスの声が、微かにノルンの意識に響いた。
「みんなを助ける力、リーフを助ける力を――あの時の、エルスさんのように!」
ノルンは、組んだ手を開き、空に向かって突き上げる。同時に、リストバンドが千切れ飛んだ。
青い光が、夜空を支える柱のようにそそり立ち、街の北地区を明るく染めた。
もはや、ノルンにとって、患者に触れる必要はない。周りに溢れるありとあらゆるエレメントが、手に取るように知覚できる。
輝きを強める光の柱から、無数の線が触手のように飛び出した。
その細い光線は、病院に集まる人に次々と突き刺さり、エレメントを取り出して柱に戻る。
「治った? 治ったぞ!」
「お母さん、私、もう苦しくないよ!」
周りから、喜びの声が一斉に上がった。
「馬鹿な! こんな広域からエレメントを召喚できる人間などいるはずがない!」
アルマンは、声を枯らせ、目が飛び出しそうなほど大きく見開いた。
「はっ! でかいこと吹くだけはあるじゃねぇか!」
バーバスは、眩しそうに空を仰ぎ見て笑った。
病院に詰めかけた全ての人から病気を取り去ると、光の柱は、細くなって消える。
ノルンは、全てのエレメントを受け取り、その場に崩れ落ちた。
「ノルン!」
疲労した体で、リーフは、ノルンを受け止め、顔をしかめる。
ノルンの体は、異常なほどの熱を帯び、青白い燐光を発していた。
「しっかりしてノルン!」
「リーフ……すごい、だろ? 創世、術って……」
「うん! みんな元気になったよ! ノルンのおかげで元気になったよ!」
「はぁ、はぁ、やった、ね……」
ノルンは、荒い息を繰り返す。
「元気だして……死んだらダメだよぅ……」
リーフの涙を顔に受けて、ノルンは、無理やり笑顔を作る。
「大丈夫だよ、リーフ。昔も、こんなことが、あったんだ。熱が出て、体が光って、でも、助かった――」
「リーフ君失礼! ノルン君を診させてくれ!」
クロムは、ノルン体に触れる。
「何だこの熱は……これじゃあノルン君は。アルマン! 何とかならないか!」
「無茶言うな! よりにもよって、この子は病院に詰めかけた患者の病気を全て取り込んでしまった! こうなったらもう特効薬がいくらあっても治らない……」
「私を使って! それでノルンを治して!」
リーフは、アルマンとクロムに懇願する。
「エレメントを束ねたんだ。もう元の病気じゃない。いくら君を使っても、これ以上強力な薬は作れない」
「そんなぁ……ノルン……」
「昔も、あったんだ……病気で、創世……術、師が、村、助けて、くれ……た」
遠くなるリーフの声、徐々に狭くなる視界。
暗くなるノルンの世界の中心に、暖かな光を手にした人影が現れる。
それは、ノルンが憧れ、何度も想像した創世術師の光景そのものだった。
ノルンは、薄っすらと微笑み、そして目を閉じた。




