人型植物「マンドラゴラ」
街の北に行くと、クロムの病院はすぐにわかった。溢れた患者が、庭園のような病院の敷地に溢れるほどに詰めかけていたからだ。
何百人も入れそうな大きな病院だった。
「先生! 常備薬も底を付きそうです。これ以上の治療は――」
「山の薬草を採取しに向かった者が、もうすぐ帰ってくる。なぁに心配はいらないよ」
病院の入り口で、他の医師を励ますクロムがいた。
「クロムさん!」
「ノルン君、リーフ君! ずいぶん早いじゃないか?」
「走ってきました」
「そのままだと冷えるぞ。誰か二人にタオルを持ってきてくれ」
「クロムさん、僕達大丈夫です」
ノルンは、遠慮したがクロムは、にっと笑った。その笑みには、疲れが滲んでいる。
「タオルくらいあるさ。心配するな」
タオルを受け取り、ノルンとリーフは汗を拭いた。
「すごい人。これ、全員患者さんなの?」
リーフは、クロムに尋ねる。
「残念ながらね。他の病院も皆こんな様子だ……宿泊客達には伝えられたかい?」
「うん。全員伝えたよ。あんまり逃げてくれなかったけど」
リーフは、手を挙げてから肩を落とした。
クロムは、首を左右に振りリーフの麦わらをぽんぽんと撫でる。
「それで充分だ。街に着いて間もない人が、少しでも避難できればそれでいい。君達ももう街を去りなさい」
「でも、これから街の人にも、避難するように伝えるんですよね。僕達も手伝います!」
クロムは、また首を左右に振った。
「予想よりもずっと感染の速度が速い。避難を勧めると言ったが、とてもそんな状況ではなさそうだ。今避難させれば、近隣の街にも病が拡大する恐れがある」
「そんな! まだ諦めるのは――」
「ごほ、ごほ!」
クロムが激しく咳き込み、しゃがみ込む。
「クロムさん! 大丈夫ですか!」
「げほ……ふぅ。私もこのざまさ」
クロムは、苦笑を浮かべて立ち上がった。
「クロム先生! 容態が急変した患者が!」
「すぐに行く!」
クロムは、苦笑いを浮かべ、
「休んでいる暇もないよ。ノルン君、リーフ君、ありがとう。街を代表して礼を言うよ」
クロムの手が、ノルンの目の前に差し出された。
「クロムさん……僕……」
戸惑うノルンに、
「君達はよくやったよ。後は大人に任せなさい!」
ドンと胸を叩いて咳き込み、無理やりに笑みを作って見せた。
「クロムさん大丈夫?」
心配そうな表情のリーフ。
ノルンは、頭をぶんぶんと振り、クロムの手をがっちりと握った。
「僕は皆を助けるまで、この街を離れません!」
「ノルン君の気持ちは有難い。だが、君達がいてくれても、もうできることは何もないんだ」
「できることはないかもしれない。でも……やりたいこと、やらなきゃいけないことがあるんです!」
ノルンは、両手でクロムの手を包み、目を強く瞑った。
黒く閉ざされた視界に、見たこともない色や形の物体が現れ、無数に飛び回る。ぶつかり合って大きくなり、さらにぶつかってバラバラに千切れていく。
それは、クロムを形作るエレメントの動きだ。
「ノルン君? どうしたんだ?」
「ノルン……もしかしてそれ」
リーフは、ぴょんと跳ねて、不安げな表情になったクロムに言う。
「クロムさん! ノルンが、皆を治してくれるよ! 創世術で治してくれるよ!」
「はは、それは頼もしいな」
クロムは、全く信じていない様子で乾いた笑いを浮かべた。
「あー! クロムさん信じてないでしょ!」
「私だって信じられるものなら信じたいが――」
「ノルンは助けてくれるよ」
リーフは、そのことに何の疑いもない瞳をノルンに向けていた。
「リーフ君?」
「だってノルンは、困った人を助ける創世術師だもん!」
リーフの言葉に後押しされるように、ノルンの手が青く淡い光を放つ。
「クロムさんを治して!」
ノルンは、その光に必死に願った。
だが、ノルンの想いと裏腹に、光はノルンとクロムを明るく照らすだけだ。
そして、しばらくすると力を失い、光は消えた。
「……ごめんなさい。クロムさん、僕……」
悔しそうに俯くノルンの肩に、クロムの手が添えられる。
「ノルン君。周りを見てごらん」
ノルンは、クロムに言われた通り顔を上げた。
「奇麗な光だよパパ」
「そうだな。奇麗だったな」
「あんな子どもが頑張っているんだから、私達も」
周りで一部始終を見ていた患者やその家族、医者達は表情に少しだけ明るさが戻っていた。
「病気を治すだけが、人を助けるということじゃない。ノルン君。何もできることはないと言って悪かったね」
「クロムさん……僕、光ならいっぱい出せます! それで皆が元気になるなら――」
「どいてくれ! 今のはエレメントの光だぞ!」
ノルンを囲む人垣をかき分けて、眼鏡の男が現れる。
「アルマン? どうしてここに?」
アルマンは、クロムの質問に対して手に持っていた袋を掲げた。
「私の所で作れるだけの特効薬を持って来た――数人分だがな。それより、今の光はいったい誰が?」
「彼だよアルマン」
クロムの指差す先にノルンを見つけ、アルマンは首を振る。
「馬鹿を言うな。こんな若い頃から、あんなに強くエレメントを召喚できるものか」
「君達の術について、私は全くの素人だ。だが本当にノルン君が光を出したんだよ」
周りの人々もクロムの話しに頷いた。
アルマンは、少し苦い表情を浮かべる。
「皆が言うことが本当なら、彼はよほど才能に恵まれているのだろうな」
「そうか……アルマン。頼みがある」
「何だ?」
「ノルン君とリーフ君を街から避難させて欲しい」
「クロムさん! 僕達は、まだ頑張れます!」
ノルンの肩を、クロムが掴んだ。
「君には素晴らしい才能があるようだ。しっかり勉強して、この街を救えるような創世術師になってくれ。君ならきっとなれるよ」
「まだ、僕――」
「十分だよ。君は、もう十分に私達を救ってくれた。後は私達に任せてくれ」
「うっ、うく……」
ノルンは、拳を握りしめて俯いた。
「頼むアルマン」
「わかった。これが残りの特効薬だ。代金は、お前につけておくからな」
「ああ、生きていたら必ず払うよ」
ノルンとリーフは、満面の笑顔を浮かべるクロムの元から、アルマンへと預けられる。
「さあ、街の外まで行――」
ノルンとリーフの肩に手をかけたところで、アルマンは動きを止めた。
「何だと……これは!」
「どうしたの?」
リーフは、アルマンの顔を下から見上げる。
アルマンは、無言で彼女の頭にある麦わら帽子を取り去った。
剥き出しになった、リーフの頭にある新芽を確認して、アルマンは、目を輝かせる。
「やっぱりそうか! マンドラゴラだとエレメントでわかったぞ!」
「え? え? マンドラゴラ?」
リーフは、疑問符を浮かべる。
「アルマンさん?」
「どうしたんだアルマン?」
ノルンとクロムは、喜びはしゃぐアルマンの様子に眉をひそめた。
「どうしたも何も、マンドラゴラだよ! 特効薬の材料になると話しただろう?」
「ああ。とても高い材料だったな?」
クロムは、アルマンの話を思い出して頷く。
「そう、それがここにある! それも大量にだ! この量なら住人全てを救えるかもしれない!」
アルマンは、興奮気味にまくし立て、リーフをノルンから引き剥がした。
「待てアルマンさん! リーフをどうするつもりなの!」
抗議の声を上げるノルンに、アルマンは、
「何をするも何も薬の材料にするんだよ。これはマンドラゴラ――人型の希少植物だ。頭頂部に生えた子葉も、その特徴の一つだ」
リーフを指差して続けた。
「これほど大きなものは、初めてだ。少し待っていてくれ。すぐに薬を――」
「リーフは、僕の友達だよ! 薬になんかしないで!」
ノルンは、リーフを取り返そうとアルマンに飛びかかる。
「おっと」
アルマンは、ノルンを軽くかわし、ノルンは、そのまま地面に倒れた。
クロムは、ノルンに駆け寄り助け起こす。
「ノルン君! 大丈夫か?」
「僕は平気です。それよりリーフを!」
起き上がるノルンの目の前に、アルマンの操るエレメントの光が溢れた。
リーフの頭に構えたアルマンの手が、リーフのエレメントを吸いだしている。
光は空中で集まり、塊となって地面にいくつも落ちた。
「こ、これは?」
「特効薬だよクロム。早くそれを患者に飲ませるといい」
話す間にも、リーフから取り出した生命力の結晶が、ぽろぽろと振り続ける。
リーフは、頭の葉を垂らし、苦しそうに顔を歪めた。
「止めて! アルマンさん!」
ノルンは、リーフの腕を掴み、術に集中して隙だらけのアルマンから、引き剥がした。
だが、アルマンの薬作りを止めることはできない。離れたリーフの体から淡い光がアルマンの両手まで伸び、結晶を生み出し続けていた。
「リーフ! しっかりして!」
ノルンは、リーフを守るように抱きしめ、アルマンの術から逃れようとする。
「無駄だよ。一度術を始めれば、障害物など関係なしだ。君が壁になっても守ることはできない」
アルマンは、淡々と説明して、
「何をしているんだクロム。この薬で早く患者を治してくるといい。薬代は特別に無料にしておくぞ。ははは!」
「アルマンさん止めて! お願いだから!」
ノルンは、声を張り上げ助けを求めた。
「私は街を救うためにやっているんだ。私の創世術で街を――」
アルマンの言葉は、突然の空を引き裂く轟音にかき消される。
その爆音とともにアルマンの足元が炸裂した。
「うわぁっ!」
突然のことに、アルマンは術を解き尻餅をついた。
ノルン達を囲う群集から悲鳴が上がり、人垣が左右に裂ける。
ノルンの視線の先には、拳銃を構えたバーバスがいた。




