創世術も金次第
「アルマンさん、話を聞いて欲しい」
現れた男は、開口一番そう言った。無精ひげを生やした細身の男だ。
「今は診療中だぞクロム。話なら後で聞く」
クロムと呼ばれた白衣の男は、首を左右に振ってアルマンに詰め寄る。
「昨日も一昨日もそう言って、全く取り合ってくれなかったじゃないか!」
「ということは、今日もそういうことだよ。患者が待っているから帰ってくれたまえ」
「患者だと? 患者なら山といる! 街中にな!」
クロムは、アルマンが肘をつく机を平手で叩いた。
「……で、用件はなんだ?」
「新型の流行病が街に蔓延しつつある。手を尽くしているが、患者の容態に改善が見られない。今日、私の病院で初めて患者が亡くなった。我々の知識と薬では、彼等を救うことはできない。だが、君のところに来た同じ症状の患者は回復したと聞いた」
「それで?」
「特効薬を作って欲しい。私以外の病院もこの流行病の患者でパニック状態だ。概算だが、既に千人が感染し、これからもその数は増えるはずだ。自然治癒者も現れないし、死者もこれから急増するはずだ」
「その千人は、金がないから私のところに来ないわけだろう? じゃあ、薬を作ったところで買えないわけだから、結局治らないじゃないか」
「通常の薬程度に値を下げてもらえないか? 頼む!」
クロムは、土下座する。
「頭を上げろクロム。いくら頼んだところで、無理なものは無理だ」
アルマンは、クロムを見下ろして顔をしかめた。
二人の話を聞いていたノルンは、出口付近からクロムの横まで跳んで戻る。
「創世術じゃなきゃ助けられないなら、助けてあげましょうよアルマンさん!」
「な、なんだ、いきなり……君とは関係ないだろう?」
「関係あります! 僕も創世術師を目指す者です。創世術師なら、困っている人を放っておけないはずですよ!」
「病気は嫌だもんね。私もお願いします!」
ノルンとリーフもクロムと並んで頭を下げた。
「三人とも止めてくれ。頭を上げろよ」
ノルンが顔を上げると、そこにはため息を吐くアルマンの苦い表情があった。
「私だってできることならどうにかしたい。薬に使う材料が残り少ない。もう、私の店の顧客分しか作れないだろう」
「他の病院にある薬草を使えば――」
クロムの提案に首を振るアルマン。
「普通の病院でお目にかかれる薬草じゃないんだ。創世術で重宝される“マンドラゴラ”と呼ばれる希少植物が必要なんだ」
ノルンは、目を大きくした。アルマンの口から、探していたマンドラゴラの名前が出たからだ。
「アルクレーセから急ぎで調達しよう! そうすれば薬が作れるのだろう?」
「調達はいいが、問題は資金だ。一人分の薬を調合するのに必要なマンドラゴラは、百万グランはするぞ。クロムの言うように感染が進めば、マンドラゴラが届くまでに二千人くらいまで感染者が広がりそうだ。となると――」
「二十億グラン……」
ノルンは、掠れるような声を漏らした。
「わかっただろ? 何も意地悪して無理だと言っているわけではない。不可能なんだ。私には、どうしようもない」
アルマンは、クロムの肩をぽんぽんと叩いた。
「さあ、三人とも診察室から出て行ってくれ。私は、私を頼って集まっている患者を治療しなければならい」
「邪魔をした」
クロムは、よろりと立ち上がると診療室から出て行ってしまった。
ノルンは、その後に続いてアルマンの店を後にする。
「どうしたの? 元気ないよ?」
リーフは、暗い顔のノルンを覗き込んだ。
「何だか憧れていたのと随分違うなって思ってさ。キセノさんもアルマンさんも、お金のことばっかりだ。創世術師って、もっと何でもできるんだと思っていた」
ノルンは、肩を落とし、深い溜息を吐く。
「じゃあ私達が何でもやればいいんだよ!」
「え?」
リーフは、手を広げて、
「お金ないけど、バーバスさん達は助けられたよ? ね?」
「それはアルマンさんのおかげで、僕達の力じゃないよ」
「むむむ! ノルンは困っている街の人を助けたくないの!」
「そりゃ助けたいさ。憧れた創世術師みたいに格好良く助けたいよ。でも、無理だよ。アルマンさんの話をリーフも聞いただろ?」
それでもリーフは、平然としたままだ。
「うん聞いたよ。でも、助けたいよ」
リーフは、えへへと笑った。
「前にノルンも言っていたでしょ? 創世術師になれるかどうか気にしないって。なりたいから頑張るだけだって。だから、できるかどうか気にするのは禁止!」
「……リーフ」
リーフの言葉は、ノルンの頭にあったもやもやを吹き飛ばしてくた。
キセノやアルマンに対する失望とか、お金とか、可能不可能とか、そういう重くて尖っていたものが全てクリアになる。
「ありがとうリーフ。何だか凄くすっきりしたよ!」
「えへ。やっと元気なノルンに戻った」
「君達――」
元気を取り戻したノルンに声がかかる。
いつの間にかクロムが、目の前に立っていた。
「さっきはありがとう。街の住人のために頭を下げてもらって」
クロムは、ノルン達に対して頭を深く下げる。
「いいですよそんな! 僕達が勝手にしたことですから」
ノルンは、慌ててクロムに頭を上げさせた。
「君達はこの街の住人じゃないね。悪いことは言わない。今すぐ出て行った方がいい」
クロムは、険しい表情で辺りを見回す。
それに習ってノルンも周囲を観察した。
いたるところで、咳をする住人が往来している。
「街中に病が広がるのは、時間の問題だ。感染しない内に早く逃げなさい」
「クロムさんは、どうするんですか?」
「今から無事な住人は、隣町に避難するよう呼びかけて回るつもりだ。特効薬は、全員分用意できそうもないからな」
クロムは、悔しそうに唇を噛んだ。
「僕達も避難するのを手伝います! ね、リーフ」
「うん!」
リーフは、元気に手を挙げた。
「いや、しかし――」
「クロムさん一人じゃ回りきれないですよ。街は広いし、それに今日はアルクレーセ行きの鉄道が止まったせいで、宿をとっている人がいっぱいいるんです」
「何だって? それはまずいな」
クロムは、しばし考え込み、
「……すまない。君達の言葉に甘えさせてもらおう。私は、他の医者仲間と騎士団に話してから街を回る。君達は、その列車の乗客をまず避難させてくれるかい?」
『はい!』
ノルンとリーフは、大きく頷いてクロムに背中を向ける。
「ノルンです。こっちはリーフ」
「ノルン君にリーフ君か。乗客を避難させたら、北にある私の病院に来てくれ。そこで落ち合おう」
「はい! 頑張りましょう!」
ノルンは、クロムと別れ街の中心地に向かった。
既に夕食の時間は過ぎており、乗客達は、飲食店から宿に引き返している。
ノルン達は、宿を一軒一軒回り、乗客達に病気が広まっていること、すぐに逃げた方がよいことを伝えて回る。
「今から列車まで戻れというのか? 冗談はよしてくれ」
「アルクレーセに着けば、どんな病も治してもらえる。僕は路線が復旧するまでここに残るよ」
「街で咳をしている人を見かけたが、大したことじゃないさ」
しかし、ノルンとリーフの話に耳を貸してくれる大人は、ほとんどいなかった。
「どうだったリーフ?」
「一人戻るって! ノルンは?」
「僕の方はゼロだ。次の宿に行こう」
それでもノルンは、走り続けた。宿という宿を全て回り、列車の乗客だけでなく、観光や商売で着ていた客にも、避難を促した。
最後の宿を終える頃には、ノルンは、へとへとに疲れていた。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫ノルン?」
けろっとした顔でリーフは、ノルンを覗き込む。
「だ、大丈夫。さあ、クロムさんと合流しよう」
ノルン達は、街の北を目指してまた走り出した。
大通りを抜け、近道の路地裏を通る。その途中で、縞柄のスーツが目に入った。
「あ! バーバスさん!」
「見つかったか! って、なんだ小僧か」
びくりと振り返ったバーバスは、現れたのがノルン達だと確認して、ほっと息を吐く。そして、汚れの目立つよれたスーツを直しながら、ノルン達の進路を遮った。
「ガキ共! さっきはよくもやってくれたな!」
と、ドッカーは、つるつるの頭に青筋を浮かべて、銃を取り出す。
「すごく痛かったぞ」
モンバサも指を鳴らして威嚇してくる。
「まったくだ。おかげでこの街でも俺達は指名手配さ。どうしてくれる?」
バーバスは、口の端を持ち上げて、銃をノルンに向けた。
「バーバスさんもこの街から早く避難してください」
銃口に全く臆することなく、ノルンは、バーバスに忠告する。
「はぁ? 何だって?」
「街中で流行り病が広がっているんです。感染すると、死んじゃうかもしれない病気で、創世術じゃないと治せない病気です」
「病気か。そういや、街の連中咳込んでやがったな」
「だから早く街から避難して下さいね」
ノルンは、そう言ってバーバスの横を通り過ぎようとする。
「待て小僧」
バーバスは、銃口をノルンに突きつけた。
ノルンは、サングラス越しのバーバスの瞳を、真っ直ぐに見つめる。
今のノルンは、不思議と銃も恐くなかった。
「へっへっへ、俺達から逃げようなんて百年早いぜ。アニキやっちまいましょうぜ!」
「小僧、どこへ行く?」
バーバスは、ドッカーの誘いを無視してノルンに聞いた。
「街の北の病院。そこでクロムさんと合流して、街中の人に避難するよう伝えるんだ」
「この街は、お前等には関係ねぇだろ。汗だくになるまで走り回って何の得になる?」
バーバスは、汗で濡れたノルンの赤毛に目を細める。
「僕達がやりたいだけ。ね、リーフ」
「うん!」
「……もう一つ聞く。なんで腹を下した俺達を助けた? お前等を狙っているんだぜ?」
「困っている人を助けるのが創世術師だから」
「あいつらは、困っている奴を助けたりしねぇ。金を持っている奴を助けるんだ」
バーバスは、皮肉な笑みを浮かべて言った。
「じゃあ僕がなります。そんな創世術師に」
「…………」
バーバスは、黙してノルンを見つめ、それから銃口を下ろした。
「早く列車に戻ってね! じゃあね!」
ノルンとリーフは、バーバス達の横を颯爽と駆け抜ける。
「いいんですかぁ、アニキ?」
「慈善の創世術師か。そんな者がいたら拝んでみたいもんだぜ」
バーバスは、ノルン達の背中を見送りながら呟いた。




