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07 燃やす口付け



それは紅蓮の炎のように

感情を燃え上がらせた。





「これだからヴァンパイアに加担する人間は……うぜぇったらありゃしねぇ!!」


 私をテーブルに押し付けたまま、遊佐は怒鳴り付ける。嫌悪と軽蔑に、私は目を強く瞑った。

 落ち着けと言い聞かせる。絶対に、ハンターだけには殺されてはいけない。死ぬことだけは、絶対に避けなくてはいけないこと。死だけを避ける、そのことだけを考えた。


「紅……今のはどういうことだ?」


 耳に唇を近付けて、遊佐は問う。怒りが隠しきれていない囁き声だった。


「まるでヴァンパイアハンターの動きじゃねーか……一体どこで覚えた?」

「知らない、勝手にっ、身体が動いたっ」

「んなわけねぇだろうが!!」


 間近で遊佐が怒鳴り声を上げる。テーブルにあるであろう拷問器具を掴もうかと考えたが、動く前に遊佐にテーブルから引き摺り下ろされた。床に押し倒され、上に跨がられる。左手には、銃口が押し付けられていた。


「さっさとあの野郎の居場所を言え!! 命は助けてやるから! 今すぐ言わねぇなら、掌に風穴空けるぜ!」

「居場所は知らないっ!」

「腕を撃ち抜かれたいのか!? スポーツは出来なくなるぜ!?」


 私の二の腕に、銃口が移動する。


「知らないの! 遠くの病院で血を調達しに行くとしか聞いてない! あとは知らない!」

「肩を撃ち抜こうか!? あの青い目のヴァンパイアはどこだ!?」

「知らない!!!」


 左肩に強く銃口が押し付けられたけれど、発砲はされない。でも頭を貫く冷たさが過り、恐怖が私を襲う。

 本当に居場所を知らないのだから、それしか言えない。

 遊佐が私の髪を鷲掴みにして引っ張ると、顎に銃口を突き付けた。


「撃たないと、思ってるのか? 紅。言いさえすれば無傷で返すって言ってんだよっ。そんなにアイツが大事か!? 人間なんて簡単に見捨てる化け物だぞ! 庇う価値なんてねぇ!!」

「うあぁっ!」


 髪を引っ張られる痛みで悲鳴を上げる。その痛みを与えられても話さない私を見ると、顔をしかめた遊佐は、私の掌に銃口を押し付けて、ゆっくりと引き金を引き始めた。

 弾丸が私の手を貫く。その音が轟いたとばかり思った。だけれど、違う。

 銃声だと思った騒音は、重たいドアが吹き飛ぶ音だった。


「蓮っ……」


 そこに立つ彼を呼ぶ声は、涙で震える。

揺れるクリーム色の髪の隙間から見えた瞳は、ぎらついた金色に染まり、遊佐を鋭く睨み付けていた。


「なんっ、で」


 遊佐は蓮が現れたことが信じられず、唖然としている。そんな遊佐が行動に出るその前に、牙を剥き出しにした蓮が威嚇の声を轟かせた。


「退けっ!!!!」


 一体なにをしたのか、私には見えなかった。けれども遊佐は吹き飛ばされ、蓮は私の隣に立っていた。遊佐は壁に叩き付けられ、床に倒れる。


「紅!」


 瞬時に私を引っ張り、立たせた蓮だったけれど、なにかに気付いて突き離す。


 ガウン!


 銃声とともに、蓮の身体がはね上がる。


 ガウン!


 見ればさっき壁に飛ばした銃を拾ってダニエルが、蓮に銃を向けていた。蓮が撃たれたと今更理解する。

 近くにあったパイプ椅子を掴み、蓮はダニーに向けて投げ付けた。かなりのスピードで叩き付けられたダニエルは、倒れたまま動かない。

 蓮の白い襟つきシャツが、赤い血に染まり始めた。それを見て、固まってしまう。


「紅! 行くんだっ!」


 蓮が私を出口へと押した瞬間だった。


 ガガガガウンッ!


 また銃声が鳴り響く。それはその場の音を掻き消すように轟いては、沈黙を降らせた。

 私の目の前で────蓮は崩れ落ちた。


「てめえの好物の純銀の弾丸だ、ボケ」


 立ち上がっていた遊佐が、銃口を向けたまま吐き捨てる。

 背中が真っ赤に染まった蓮を見て、ゾクリと身体中に何かが駆け巡った私は。

 遊佐に向かって走った。反応した遊佐は私に銃の狙いを定めたけれど、撃たない。躊躇した彼に、壁に向かって全力で体当たりした。蓮に吹き飛ばされたダメージもあって、遊佐は呻くとぐったりと頭を垂らす。

 すぐに銃を奪って、私は震えた手で、遊佐の頭に突き付けた。

 ――撃たないと、撃たないと、蓮が、ジェレンが殺される。

 頭がその考えを叫ぶけれど、一方で撃ちたくないと叫んでいた。蓮のことは守りたいけれど、誰かを殺したくはない。例えそれが冷酷なハンターでも。


「!」


 体当たりした拍子か、それとも蓮に吹き飛ばされた拍子か。ブイネックのシャツの下から出てきたであろうネックレスに、目が止まる。首からぶら下がったレザーの紐に鮫の牙。私がなくしたネックレス。

 私が手に取ると、遊佐が顔を上げる。私を見る遊佐は――――顔を赤らめたように見えた。弱点を見られ、赤面する。そんな反応。

 ああ、彼は本当に……。冷酷なハンターは、本当に私を――傷付けたくないんだ。


「あげます。お守りに」


 私はその鮫の牙を、遊佐の左胸に押し付けて言う。遊佐は目を見開いた。


「貴方の命を救います。だからもう、彼らを追わないで」

「紅っ」


 離れようとした私のその手を掴んだ遊佐の力は、弱い。簡単に振り払えるけれど、私は止まる。痛みで歪んだ顔の遊佐の瞳が、私を必死に引き留めようとしていた。


「行くな、利用されてるだけなんだよっ」

「……違うわ」

「くれなっ……ぃ」


 否定して離れれば、遊佐の手が床に落ちた。気を失ったらしい。

 すぐ横に、あの花のエキスの小瓶が転がっていることに気付いた私は、それを拾ってポケットに入れた。それから、蓮に駆け寄る。


「蓮っ……蓮っ! しっかりして!」

「紅……行くんだ……」

「置いていけないわ!」


 痛みに歪む蓮の顔を見ると、胸が痛くなった。私のせいだ。ダニエルが目を覚ます前に、早くここを離れなくちゃ。

 銀の弾丸で撃ち抜かれたせいで、回復が遅れてしまっているだけ。血を飲めば回復する。言い聞かせて、蓮を失う恐怖を押し込んだ。

 なんとか蓮を立たせて、肩を貸して階段を上がる。まともに立てない蓮を支えながら、廃墟を出たけれど、車で連れてこられた人気のない場所は、見覚えもなくどこに向かえばいいかもわからなかった。


「ミシェル! っ、ミシェル!」


 蓮を支えて遠くにはいけない。唯一知っているミシェルの名を呼びながら、私は宛もなく進んだ。

 蓮が来たのなら、逃げたミシェルが知らせたということ。近くにいる可能性は高い。


「くれ……ない……」


 息の荒い蓮が、俯いたまま私を呼んだ。


「なに?」

「……離れ、ろ」

「うん」

「俺から」

「え?」


 俺から離れろ。そんなことを言い出す蓮の顔を見ようとしたら、突き飛ばされた。狭い路地に入ったところで、私は壁に背中をぶつける。支えを失った蓮は、反対の壁に凭れるようにその場に座り込んだ。

 その蓮の瞳は、まだ金色にぎらついていて、荒い息を吐く唇の隙間から牙が見えた。それでさっきの言葉の意味を知る。激しい流血のせいで、蓮が血の飢えに堪えられなくなっているんだ。


「私、さっき毒を嗅いだから」


 血をあげたくとも、濃厚な花のエキスを吸い込んだ私の血では、悪化するだけ。


「二度とっ……君の血は飲まないっ」


 苦しそうに呼吸をする蓮が、強く、言った。


「君を傷付けたくない……噛みたくないっ……だからっ」


 だから、一人で逃げろ。

 そう言いたい蓮は、喉を両手で押さえた。ただ血を渇望する喉を通る息は、苦痛の叫びに聞こえる。

 私一人で逃げれるわけがない。蓮を置いていったら、追ってきたハンターに殺されてしまう。


「蓮っ」

「離れろっ」

「貴方なら堪えられる。ほら、一緒に逃げよ」

「だめ、なんだっ」


 手を差し出しても、蓮は私を見ないように顔を背ける。

 血の渇望がどれほどの苦痛かは、人間の私にはわからない。でも一つわかることがある。彼はもう、私を噛んだりしない。蓮なら堪えられる。どんなに喉が私の血を求めても、牙を立てたりしない。


「蓮!」


 私は蓮の前に座る。蓮の手を退かしたあと、私は両手で頬を包むように押さえた。それから、唇を押し付ける。


「!」


 蓮の苦しそうな呼吸はピタリと止まった。目を瞑ってしまったから、蓮がどんな反応をしているのかはわからない。

 確認しようと目を開いた瞬間、押し倒された。蓮の両手が私の顔を押さえて、蓮から唇を重ねる。それはまるで噛みつくようなキス。私の息を吸い尽くすように激しくて、私はまともに息が出来なかった。


「ハァッ……れ、んっ」


 深く重なる唇の隙間から呼んでも、蓮は血の渇望を満たす代わりのようにただ口付けをする。


「んっ……ふっ……」


 私は蓮の服を握り締めて堪えた。身体が燃え上がるように火照る。情熱的に激しい口付けは、終わりそうにもない。

 目を開くと、熱が込められた青い瞳があった。優しく私の頭を押さえて、離れたかと思えば、蓮は私の下唇を甘く噛んだ。


「紅……」


 囁くように名を呼ぶと、また深くキスをしてきた。吐息さえも奪う彼の情熱に、溺れてしまいそう。

懐かしく、愛おしい感覚。

このまま溺れてしまいたかったけれど、キスは終わる。酸素を吸い込むと、蓮が私の肩に凭れた。


「蓮!」


 血が足りず、蓮は気を失ってしまう。私の血から欲求を逸らせたけれど、気絶されては遠くには運べない。

 ハンターが追ってきていないか、周りを確認しながら起き上がる。蓮の頭を抱えるようにしてまた周りを確認しようとしたら、路地の向こうに誰かが立っていた。確かに一秒前には、いなかったはずなのに。

 夢で見た。冷たい弾丸に頭を撃たれる前に、地面に横たわっていた男性。


「……ダリウス?」


 黒いコートに身を包んだ黒髪の彼は、私の元まで歩み寄ると片膝をついた。長めの前髪の隙間から見えたのは、悲しそうな紫色だった。


「またお逢いできる日を……心からお待ちしておりました。リディア様」


 静かに告げられた低い声は、涙に震えているように聞こえた。




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