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05 狩人の罠

2話連続更新!


※ダーク・流血注意。




 何度も、何度も、何度も、死ぬ夢を見た。何度も、何度も、何度も、殺される夢を見た。

 早送りの映画を観るようにあっという間に流れていく映像が、繰り返し繰り返し見る。

 酷く怖く、時には震えて飛び起きた。その度に蓮を捜したけれど、隣にはいない。

 シーツを握り締めて、悪夢に堪えながら朝を迎えた。

 朝陽に照らされても、気分は最悪。隣には当然、蓮はいない。その事実を確認すると、悲しみが刃のように突き刺さった気がする。

 体調が優れなかったから、部屋にこもって勉強をした。いい子をこなすための癖だけど、空しくなる。

 ずっと、待っていた。

待っていたものと巡り逢った。私の中で欠けていたなにかを満たす存在。蓮に、出逢えた。

 そのはずなのに、何故胸騒ぎがするのだろう。何故悲しみが押し寄せるのだろう。何故恐怖が駆け巡るのだろう。

 時間が過ぎる。ただ無駄に、過ぎていく。苦痛な経過。もったいないと思うのに、なにをすべきか、わからなかった。

 ベランダから見える空が薄暗くなった頃、私はミシェルという名のヴァンパイアが家を見張っていることを思い出す。蓮の帰りばかりを待っていた。バカだな。


「ミシェルさん。いますか?」


 ベランダから顔を出して、自信なく呼ぶ。するとヒョイッと屋根の上から長い金髪を靡かせて、降りて現れた。デニムとヒールだけど、器用に手摺の上にしゃがむ。


「ミシェルさんなんてむずむずするなぁ。ミシェルでいいよ、紅」


 明るい声を弾ませて、にっこりと笑いかけてくれた。昨日とは違い、気さくに接してくれる。

 ミシェルがいるということは、蓮は戻ってくるということ。それが確信できて安堵した。


「どうぞ、中に入って」

「えっ……。いやぁ、えっと……中に入るなって、ジェ……彼に言われてるから」


 中で話をしようと思ったのに、蓮に入るなと釘をさされたらしい。表情が強張る。そんな反応が、少し理解できなかった。


「……事件の話を聞きたいのだけれど」

「彼が帰ってからでしょ? ごっめんねー、遠くで血液パックを拝借しないと、すぐハンターに包囲されちゃうから。遠くでヴァンパイアが出たってなれば、この辺のハンターがいなくなって安全になるはずだから。ちょっと我慢してね」


 ミシェルはウィンクする。つまりは近くにハンターがいるの? そのハンターがあの事件を起こした?

 蓮の帰りを待てない。真相を詳しく聞きたい。


「蓮は記憶が戻ってないんでしょう? じゃあミシェルが教えて」

「えっ……それは……」


 動揺が伝わる。ミシェルも蓮の嘘に付き合っているから、そこをつく。


「ミシェルが話してくれればいいから。部屋の中がだめなら、そこの公園で話しましょう? 待ってて、着替えるから」


 ミシェルが賛成するのを待たずに、私は着替えた。家を見張れとは、つまりは私を守れという命令。だから私が家を出れば、ミシェルもついていかなくてはならない。

 デニムとパーカーを着て、ブーツを履いた私は、さっさと近くの公園に向かう。予想通り、ミシェルもついてきた。

 カラフルなジャングルジムと滑り台と砂場しかない小さな公園を、利用するのは近所の子どもくらい。日が暮れれば子どもはいなくなる。

 すっかり空が暗い藍色に染まり、街灯が照らす公園に、私とミシェルの二人だけ。私はベンチに座り、ミシェルはヒールを引っかけて器用にジャングルジムを歩いた。


「ヴァンパイアハンターの罠だったの」


 根負けして、ミシェルは話した。


「紅達はあたし達を誘き出す餌として拉致されたのよ。エグいやり方でしょう? 二ヶ月くらい前から、あたし達が食事する暇も与えずに執拗に追跡して、誘き出してあたし達を一網打尽にしようとしたの。まっ、失敗に終わったけどねー」


 くるり、と回っては猫のように赤いパイプを歩いていくミシェルを目で追いながら、私はゆっくりと頭の中で理解しようとした。

 拉致された理由は、ヴァンパイアの餌のため。ヴァンパイアを狩るハンターが、その犯人。

 そのために死者が出て、私も死にかけた。

 ヴァンパイアハンターは正義の味方のために、ヴァンパイアを狩るものだとばかり思っていたのに、現実は違うらしい。

 怒りが込み上がって、私は立ち上がる。でもぶつける先はなく、腕を強く組んで息を吐いて怒りを鎮める努力をした。


「あたし達ってことは……仲間はたくさんいたのよね? 無事だった?」

「ええ。トドメさされかけた時に、別の群れのヴァンパイアが乱入してくれたおかげで、ハンターが追い掛けて、その隙にあたし達は逃げられたの」

「……ヴァンパイアを置いて?」


 ジャングルジムの前を右往左往歩きながら、確認した。

 せっかく捕まえたヴァンパイアを置いて、別のヴァンパイアを追うのはおかしい。


「……ヴァンパイアに効く毒があるの。人間には無害だから、紅達の体内に入れたのよ。血に飢えていたあたし達は、噛みつくしかなくって、毒を飲んで倒れた」

「ヴァンパイアに効く毒……」


 私から顔を逸らして、ミシェルは藍色に覆い被さった空を見上げて背を向ける。ミシェルの表情を確認しながら話したくて、移動した。


「ああ……だから、蓮は……彼は記憶をなくしたの? 毒の影響」


 ヴァンパイアの弱点は、銀だと前に蓮から聞いた。銀とは違う毒のせいで、蓮は記憶をなくしてしまったのだろう。

 黄色いパイプにヒールを引っ掛けて、しゃがんだミシェルは、右側に立つ私に目を向けて悲しそうな表情をした。なにか言いたげだったのに、顔を背ける。


「……ミシェルと彼は、恋人同士?」


 訊いてみたら、ミシェルは素早く顔を戻して、まるで殴られたように震え上がった。


「そんな! そんなっ! そんなまさかっ!!」


 激しく顔を横に振り回して、否定する。


「なんで……ああっ! 日本人はプラトニックなんだっけ! 昨日ハグしたのは挨拶みたいなもんなの! 恋人じゃないから!!」

「え、あ……はい」


 全力で否定するから、私は理解したと頷いて見せる。でもミシェルは満足できないようで頭を抱えて呻き出す。

「無理よ、無理無理……耐えらんないっ」と呟いたと思えば「絶対に無理ー!」と空に向かって声を上げた。

 ジャングルジムから飛び降りると、サッと私の前に着地する。それは羽根が落ちるように静かで軽やかだった。


「紅っ!」


 私の肩を掴んで、真面目な顔を近付けたミシェルだったけれど、たちまち驚愕の表情に変わる。

 次の瞬間。

弓矢のようなものが私の頭を掠めて、ミシェルの右目に突き刺さった。彼女は倒れる。私は悲鳴も上げられず、固まってしまった。


「あっ……ぐっ」


 ミシェルは右目を押さえて、悶える。でも、生きていた。ホッとしたのもつかの間。


「やっと一匹見付けた」


 聞き覚えのある声を振り返ると――――ブラウンのトレンチコートを着た結崎刑事がいた。その手には、ボウガン。それでミシェルの左の太股を撃ち抜いた。

 ミシェルの短い悲鳴を聞いて、私は自分の口を押さえて震え上がる。


「やぁ、くぅちゃん。危ないところだったんだぜ? 惚れちゃった?」


 人を撃っておきながら、結崎刑事はニヒルに笑いかけてきた。膝がガクガクと震えてしまうのを堪えて、私は必死に頭を働かせる。


「な、なにを……言っているのですかっ……結崎刑事っ」


 太股を貫いたボウガンの矢が、地面に突き刺さって抜けなくなったのか、ミシェルはただもがく。


「撃つなんてっ……なんてことをっ……」


 結崎刑事は、ヴァンパイアハンター。ゆっくりその事実を受け止める。私を拉致した犯人。そしてこれからハンターは、ミシェルを殺すつもりだ。


「そいつはヴァンパイアなんだよ、紅」

「はっ……? ヴァンパイア?」


 私はミシェルを背で隠すように、結崎刑事に身体を向ける。

 幸い、結崎刑事は私とミシェルの関係を誤解していた。公園脇にはあのバンがドアを開いたまま停めてある。ミシェルを見るなり、飛び出して撃ったのだと予測した。


「ああ、君を噛み殺そうとしたんだ。ほら、事件の時に君達は噛み痕がついたろ? ヴァンパイアが噛み付いたのさ」


 白々しいことを得意気に言う結崎刑事から顔を背けて、ミシェルを振り返る。


「貴様っ……」


 ミシェルは恨めしそうに結崎刑事を睨み、矢を抜こうとしていた。


「ほら見ろ。目に矢が突き刺さってもピンピンしてる、化け物だ」


 軽蔑を込めて、結崎刑事が吐き捨てる。


「そんなっ……」


 私はゆっくり後退りして、結崎刑事の元に移動する。

 口を動かして、ミシェルに"逃げて"と伝えた。気が付いたミシェルは、小刻みに首を振り拒否する。議論の余地なんてない。


「紅、早く退くんだ。おいで」


 私のせいで狙えない結崎刑事が急かす。

 私が気を引くから、逃げて。ミシェルにもう一度声なく伝える。ミシェルの左目は、嫌だと叫んでいるようだった。

 ミシェルが逃げる前に撃ちたい結崎刑事が私の腕を掴んだ瞬間。ミシェルは逃げるしかなくなる。


「ミシェル行きなさいっ!!」

「!?」


 結崎刑事にしがみつくように掴んだボウガンを他所に向かせ、私はミシェルに怒声を飛ばした。ビクリと震え上がったミシェルは、強引に矢を引き抜き、そしてその場から消える。


「なにしやがるっ!!?」


 腰から黒い銃を取り出した結崎刑事が、私の首にそれを突き付けた。


「……私を、撃てるの? ハンターさん」


 私は強気に笑う。結崎刑事が撃たない自信があった。

 顔を歪めた彼は、銃を下ろすと私の手首を握り締める。そして引き寄せると言った。


「やってくれたな……紅」

「……」


 逃がさないと言わんばかりにきつく握り締めると、バンの中へ、私を押し込んだ。




20150114

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