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16 誓わない願い

 ダニエルに襲われたことを知り、ジェレンは険しい顔をした。


「殺してやりたいところだが、少しの間だけでもハンターが手を出さない方が、こっちには都合がいい。さっさとヴェイドを見付け、鬼殺しについて調べよう」


 ヴァシリスがジェレンを宥めるように横目で見ながら、一同に手を出さないように釘をさしてくれる。

 私の手を握るジェレンは、何も言わなかった。


「紅!」


 重い空気を貫くような明るい声を出したのは、ディーン。ソファーに座る私の元に、あのヴァイオリンケースを持ってきた。


「これ、ラティーシャの?」

「うん! 覚えてるんだね! ラティーシャの唯一の形見なんだぁ」


 186年前のヴァイオリンケース。古びていて、傷だらけ。それでも、ラティーシャのものだ。


「これ……列車の中に、落としたはずだけど」

「証拠品として回収されたものを盗んだんだ」


 ジェレンが答えた。


「俺達が駆け付けた時には……もう、警察が来ていて……ハンターもヴァンパイアの被害と断定して動いていたんだ」


 ジェレンはイギリス中をヴァンパイアから、犯人を見付けようとした。

 そうディーンから聞いたことがある。


「……周囲に死にかけた姿を見られたディーンがヴァンパイアに成ったから、長居は出来なかった。ヴァンパイアとして動けるようになってから、ラティーシャには先に街を移動してもらおうとしたんだ。列車に乗っていって、音楽の学校に入学する予定だった」

「ねぇ、覚えてる? お姉ちゃん」


 ジェレンの話を聞き、それから私の膝に顎を乗せて見上げたディーンと目を合わせる。

 ディーンは事故に遭い、死にかけた。追い掛けてきてくれたジェレンがヴァンパイアにして救ってくれた。近所の人々にも支えられて生活していたから、不審に思われるのも当然だった。

だから、ヴァンパイアとしてディーンが動けるようになって、移動を始めた。

 その際に、ジェレンが提案した。音楽を学校で学んでみないか、と。

 独学でヴァイオリンを弾いていたラティーシャは望んでいなかったけれど、ジェレン達が聴きたがるから、少しは上手くなろうと学校に通うことを決めた。

 ジェレン達はディーンとともに血の俸給をしに、ラティーシャと別れた。ハンターが目を光らせていたため、列車には走行中に乗る予定だったんだ。

 このヴァイオリンを抱えて、ラティーシャは駅にいた。

 学校なんて、両親を亡くして以来だったから。楽しみで胸が一杯だった。

ジェレン達と過ごすことが、楽しみでしょうがなかった。

 あの日、雪が降り注いで積もり始めていた。息は白く染まっていて、空は灰色。他の乗客に紛れて、列車の中に乗り込もうとして気付く。

 私の指先から、冷たさに紛れて恐怖が侵食してきた。

 呆然としていたあと、列車に足を踏み入れれば――――もう真っ赤に染まっていた。

 "彼女"を見た瞬間、思い知った。

 ――殺され続ける運命だと。


「紅?」


 ヴァイオリンケースの上に置いた私の手を、ジェレンが掴んだ。

 ラティーシャの記憶に、全意識が向いてしまっていた。


「手が冷たい……大丈夫かい?」


 あの日の寒さが甦ったみたいに、手が冷たい。ジェレンは握り締めて、擦ってくれた。


「……死を、思い出したのかい?」


 青い瞳が、心配そうに覗き込んだ。


「……列車に乗ろうとした時まで……あとは……」


 思い出せない。

 まるで、靄がかかっているみたいに、暗すぎて見えなかった。

 "彼女"がいて、"彼女"に殺された。それだけは、わかっている。


「思い出さなくていい……紅」


 ジェレンが、気遣って頬を撫でてくれた。

「思い出せないわ……」と私は肩を竦める。努力しても、無理そうだった。

 ラティーシャは、一番、ジェレン達と過ごす時間が短かった。


「アネモアを殺したアスワングなんだろ? 特徴もわからないのか……」


 壁に寄りかかったヴァシリスが、少し残念そうに俯く。


「ごめんなさい……肝心なところが思い出せなくて」

「構わない。ヴェイドの予知夢で見付けられるさ」


 手掛かりなのに、ヴァシリスは責めなかった。

 予知夢と聞いて、私は思い出す。ヴェイドは予知夢を見るヴァンパイアだ。リディアを見付けられたのは、彼のおかげだった。


「ヴェイドがいたのに、どうして罠に引っ掛かったり、私を見付けられなかったの?」

「ヴェイドは見たい未来を見る能力なんだ。危険を必ず予知するわけじゃない。一点に絞らなければ、効果的ではないんだ。俺はヴェイドに、アスワング達がフィリピンを出たら知らせてくれとだけ指示した。だから、既に生まれていたことも知ることができなかったんだ」

「元々、奴は用がなければ顔を出してこない。ほとんどリナリと別行動をしているから、2人は一緒にいるはずだ」


 ジェレンとヴァシリスから聞いて、私は納得した。特殊能力も、完璧ではない。


「こっちの様子を夢で見てるから、そのうち来るんじゃないー? リナリだって、紅に会いたいもん」


 キッチンカウンターの椅子に座ったミシェルは、明るく言い退けた。


「バカめ。ハンターが次の罠を仕掛けるかもしれない。のんびりしている場合ではない。さっさと遊び呆けているあの女を見付けるぞ」


 ミシェルに吐き捨てて、ヴァシリスが合流を急かしたのだけれど。

 パン、パパンッ、とディーンがヴァイオリンケースを叩いた。


「ヴァイオリン弾いて、弾いて!」

「え? んー、どうかな。私は経験ないから……」

「弾いてみて、お姉ちゃん」


 ヴァシリスが睨み付けるけれど、ディーンははしゃいだ様子でケースを開く。中にあったのは、とても186年前のものとは思えないヴァイオリンがあった。

それでも年代物には見える。艶めいていて、手入れはしてあるみたい。


「イタリアで買ったんだぁ。ラティーシャのは壊れちゃって、ずっとケースだけを持ってたけど、寂しいから買ってみたんだ。弾いてみて」


 イタリア製のヴァイオリン。素人の私なんかが扱ってもいいものか。

 でもディーンはにこにことして、弾くのを待っている。

 ジェレンを見てみれば、優しい微笑みで促していた。ミシェルも身を乗り出して待っている。


「もう……ラティーシャより下手なのは覚悟してね」


 私はヴァイオリンを肩に置いて、弦を持つ。頼りなのは、ラティーシャの記憶。イリナの力を借りたように、弾いてみようとした。

 ギイインッ。

 1つ音を出してみたら、黒板に爪を立てたみたいな音が出てしまった。聴覚のいいヴァンパイアさん達は耳を塞いだ。ジェレンだけが、目を見開いた。


「ご、ごめんなさい……」

 私は赤面する。

 イリナのハンターとしての能力は、今の身体能力でなんとか使えた。でも、ヴァイオリンの音色を奏でることは、また別。指先を器用には動かせない。練習を重ねないと、だめね。


「ちぇ。お姉ちゃんの曲、久し振りに聴きたかったなぁ。……ラーララ、ララララ、ラーラララー」


 ディーンは残念そうに唇を尖らせたあと、口ずさむ。ラティーシャが作曲したものだ。毎日のように弾いて、ディーンに聞かせていた。


「練習するから」


 私はディーンの頭を撫でて、笑いかける。ディーンは嬉しそうに笑い返した。


「さぁって!」


 ひょいっ、とカウンターテーブルから、ベランダの方へ、ミシェルが飛び移る。


「人間は寝る時間だし、あたし達はリナリ捜しに行こー」


 私に向かってウィンクすると、ダリウスとヴァシリスの手を掴んだ。

 ハッとする。

 そうだ、泊まりに来たんだ。ジェレンとの関係を進めるために……。


「は? なんだいきなり。なにを企んでいる?」


 ギロリと、ヴァシリスは怪しんだ。ああ、お願い、勘づかないで、ヴァシリス。恥ずかしいっ。


「ディーンも行くよ!」

「えー? オレはお姉ちゃんと添い寝したい!」

「子どもじゃないんだから!」

「バカか貴様は!」


 甘えようとするディーンに怒鳴り、ミシェルとヴァシリスは強制連行をした。

ダリウスは丁寧に一礼をしてから、去っていく。

 私とジェレンが残された。ジェレンはミシェルの意図に気付いただろうか。そっと、顔を見てみた。


「疲れただろう? もう寝よう」

「う、うん」


 優しく微笑んだジェレンに、頷いて私は寝支度を始める。ちょっと緊張で、ぎこちなくなってしまった。

 リビングの隣の薄暗い寝室には、大きな大きなベッドがある。今日も添い寝してくれるらしく、既にジェレンはベッドの上にいた。

 白い寝巻きワンピースに身を包んだ私は、ちょこんと座る。


「それ……初めて見た。可愛いね」

「ありがとう……」


 ジェレンに褒められ、照れ臭い笑みを返す。ベッドに正座したまま、私は俯いた。


「……紅? どうかしたのかい?」

「……ジェレン……あのね」


 ミシェルが2人っきりにしてくれたけれど、私はあの事を問う。


「……ダニエルは、彼の生まれ変わりなのかな?」


 私は、顔を上げて笑って問う。ジェレンの顔は曇る。


「……恐らくね。君と違って、記憶が甦ることはない。それでも人間は、生まれ変わるようだ」


 手を握ってくれた。それを握り返す。堪えた涙が込み上げてきた。


「私の、せい」


 生まれ変わっても私を殺そうとするのは、そう誓わせてしまったせい。私が、原因。


「……違う。君はなにも悪くない。イリナはなにも悪くなかったんだ。俺を愛した……ただそれだけだった! 俺を愛してくれたのにっ……なのにアイツがっ!」


 ジェレンは否定する。


「怒り狂ったまま、君にあんな仕打ちをしたんだっ! アイツはただヴァンパイアを忌み嫌い、憎んだ。それを君にぶつけた! 君にはなんの非はなかったんだ! なのにっ、なのにっ! 2度も君をっ!!」


 ジェレンの両手が、私の頬を包んだ。

 ジェレンも私を殺した彼を憎んでいる。悲しんでいた。なによりも、ジェレンは――


「……リディアを、奴に殺された時……奴を見て……絶望したんだ。君はっ、殺され続けてしまう運命なのかと……俺は……俺は、守ることが出来ないまま亡くし続けるのかとっ」


 青い青い瞳から、涙が溢れ落ちた。


「愛する君をっ、守ることが出来ないと……」


 絶望に打ちのめされた。

 ミシェルが言ったんだ。リディアの遺体を抱き締めて、何年も嘆いていたのだと。


「私は……愛する人達を、不幸にしてる。ずっと、ずっと……毒のように不幸にしてしまってる。ダニエルも、ジェレンも、愛する弟さえもっ」

「それは違う、違うよ、紅」


 私の涙を指で拭うと、ジェレンは瞳を合わせた。


「幸せなんだ……君といる時間が、幸せなんだよ。君に愛されていると、幸せなんだ。俺だけじゃない。ディーンも、ミシェル達も……幸せなんだ。君に毒されているような笑顔だったかい? ああやって笑っていられるのは、君がいるからなんだ。あんな風に話せるのは、君がいるからなんだ」


 優しく見つめる青い瞳。包み込むように、穏やかにしてくれる。痛いほどの優しさ。


「紅。本当にすまなかった……蓮として生きようとして、今までの君を、今までの時間を、なかったかのように振る舞おうとして」


 毒を飲んで一時的に記憶をなくしてしまっていたジェレンは、初めて会ったふりをして、ヴァンパイアに成るように仕向けようとした。そのことを、また謝った。


「君の殺され続ける運命を、断ち切る。紅を殺させはしない。もう殺させない。君を永遠に生かす方法を、必ず見付け出す」


 瞬きする度に、涙が落ちる。昨夜と同じ月光が宿る青い瞳は、強さを感じた。誓い、だ。


「もう、誓わないで……。むやみやたらと、誓いはしてはだめ」


 誓いは、強すぎるものだ。来世までも縛り付けてしまう。もう、してほしくない。

 けれども、ジェレンは微笑んだ。私を両腕で抱き締めてくれた。


「必ず果たす君への約束だよ」


 全てを懸けるかのように、ジェレンは誓ってくれる。

 なら、私は誓わない。来世には、なにも望まない。

 ただ、今を。現世を。

 ジェレンのそばにいたい。彼らといたい。永遠に。私の死で、彼らを不幸にしてしまわないように。

 永遠に、生きる方法を見付ける。

 ただそれだけを、願う。

 ジェレンの胸の中で、私は泣いた。泣いて、泣いて、いつしか眠りに落ちた。




ラティーシャ編、終了。


20150722

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