15 狂わす誓い
私はディーンに突き刺さる矢を抜いた。後ろを振り向かなくとも、ダリウスも射抜かれたはず。ハンターは、ヴァンパイアを捉えたら動きを封じにかかる。イリナの知識だ。
そして、イリナのヴァンパイアハンターの力を借りる。
イリナの戦闘力と、今の身体能力なら、十分戦えると私は知っていた。一度、ダニエルを捩じ伏せたから。
ダニエルも、人間相手でも容赦をしない。矢を放った。
向かいながら軌道を推測して、僅かに肩を動かして避ける。敵だけを見据えた。ボウガンのトリガーに矢を突き刺し、攻撃を阻止する。
そしてもう片方の手を突き上げ、顎に食らわせた。仰け反るダニエルに肘を叩き付けるように、タックルをして押し倒す。
「彼らに手を出すなと言ったはずだ!!」
ダニエルの両腕は踏み潰して、ボウガンを奪い、突き付けながら私は怒鳴る。
私の弟を、仲間を、殺すつもりならば――――!
その時だ。私の頭の中で声が響いた。
「殺してやる!!」
私の声ではない。イリナの声でもない。
男の声。それは、押さえ付けたダニエルの声に酷似していた。
リディアの頭を撃ち抜いた眼帯の男とは、また違う。
「何度でもお前を殺してやるぞイリナ!!」
イリナを死に追いやったハンターの相棒だ。
冷たいものが、私の身体を駆け巡った。混乱と恐怖で、脳が停止する。
酷い偶然か。いや、きっと因果だ。相棒はイリナとジェレンの仲を許さなかった。イリナの血を奪い取り死に追いやろうとして、ジェレンに深傷を負わされた。死に際に、誓ったのだ。裏切りの復讐として、生まれ変わっても殺す、と。
イリナは、相棒を裏切ったわけではなかった。ただ、ジェレンを愛しただけ。なのに、殺された。
私を殺し続けるあのアスワングと同じ――
「ヴァンパイアに加担するなら死ねっ!!」
「!?」
力が緩んだことを見破られ、押し飛ばされた。起き上がったダニエルは懐から大きなナイフを出す。倒れた私に、それを突き刺そうとした。
銀色の刃は――――私には届かなかった。
ディーンが手首を掴んで止めてくれている。でも、ディーンの瞳が金色の光を放ち、怒りで見開いていた。
「またっ、殺す前にっ!!」
瞬く間に、ダリウスがダニエルの背後に現れ、頭を持つ。ディーンはもう片方の手を、ダニエルの胸に突き刺そうとした。
「止めなさい!!」
間一髪だ。
ダリウスは首をへし折ろうとしたし、ディーンは胸を貫こうとしたが、寸前でピタリと止まった。
ダニエルは死を覚悟していた。まだ恐怖で固まっている。
「なんでっ!! コイツまた殺そうとしたっ!!」
あんなに無邪気だったディーンが、牙を剥き出しに低い声を張り上げた。私のせいだ。こんな顔をさせてしまっているのは、私。
「殺してないわっ!」
「っ!」
「殺してない!」
ダニエルはまだ殺していない。
例え、イリナとリディアを殺した男の生まれ変わりだとしても。
今の私は殺されていない。
怒り狂うがままに殺さないで。
金色の瞳でダニエルを睨み付けるディーンは、堪えた様子で手を下ろした。ダリウスもまた、ダニエルの頭を放す。
私はボウガンを持って立ち上がる。ディーンの服を引っ張って、ダリウス達を先に下がらせた。
ダニエルと距離を取っていれば。
「……何者なんだ、貴様っ」
まだ動けずにいるダニエルが、私を疑う。ディーンとダリウスが従うことが、信じられないからだ。
「……もう、私には関わらない人生を送って」
過去の誓いが、死を引き寄せる。私を殺せば、ジェレン達に殺される。殺して殺される人生なんて。
復讐の人生なんて、台無しじゃないか。
もう、私を、放っておいて。
ダニエルには当然、伝わらない。
私がボウガンを落とせば、ディーンが運んでその場から去ってくれた。
ジェットコースターよりも早く、高層ビルの上につく。
イリナの記憶にある相棒と過ごしたシーンが浮かび、悲しさが込み上がった。
猛毒の血を搾り取ろうとする相棒に、イリナは何度も止めてほしいと言った。それでも頭に血が昇った彼には届かなかった。
全てを思い出せていないけれども、それでも。いい死に方なんて、私は1度もない。
死にたくないと願いながら。
愛する人達を想い、死んだ。
過去の死の悲しみに飲み込まれそうになった私は、深く呼吸をした。スカートのポケットから携帯電話を取り出し、ハンターの遊佐に電話をかける。
「どういうことですかっ!」
八つ当たりしないように深呼吸をしたつもりだったのに、電話が繋がるなり怒鳴ってしまった。額を押さえて、落ち着けと言い聞かせる。
〔どうしたんだよ、紅ちゃん。いきなり〕
「ダニエルが襲ってきました! 彼らには手を出さないと約束したはずでしょ!?」
ビルの縁を右往左往してながら、また声を上げる。電話越しの遊佐の声は、呑気だった。
〔ダニエル? アイツは茶髪のクソガキヴァンパイアを追っていたはずだが〕
ディーンのこと。
目をやると、ディーンは金色の瞳のまま大人しく俯いていた。
「彼も仲間です。罠にかけたから知ってるでしょ?」
〔いやー? 知らなかったねぇ〕
遊佐は、とぼけている。
はぐれていたから、仲間じゃないと思った。そう言い訳しようとしていたんだ。
〔で? 茶髪のクソガキがダニエル殺した? それとも紅が殺したわけ?〕
「殺してませんっ」
ふざけている遊佐に、これ以上取り乱されてはいけない。冷静になるんだ。
髪を掻き上げて、手を伸ばす。ダリウスで手を握り、落ちないように支えてくれたから、夜空を見上げた。背中に風が吹き込んだ。
「お願いします。約束を守ってください」
力強く、私は頼む。
ジェレン達を追うことを止めてくれれば、遊佐もダニエルも殺させない。
〔……はぁ。紅。本当に小娘が交渉できると思ってるわけ?〕
冷たい言葉が返される。遊佐は時折、ヴァンパイアに憎悪を示す。ヴァンパイアの味方をする私にも、それを向けられる。
ヴァンパイアハンターとして、悪いヴァンパイアを見てきたのだろう。イリナもそうだった。でも、ジェレンと出逢い、考えを改めて、そして愛せた。
遊佐もいいヴァンパイアを知れば、全てのヴァンパイアを恨まないはずなのに。
「どうか……お願いします」
私は誠意を込めた。小娘である私が、出来ることはこれだけだから。
「私の愛する人達を傷付けないでください」
ダリウスの手をギュッと握る。
自分の死よりも、耐え難いことだから。
〔……はぁー。涙声で言うなよなぁ。はいはい、約束してやるよ。じゃあな〕
プツリ、と電話が切られた。
背中に風を受けながら、深呼吸をする。携帯電話を持つ手を、ディーンに引っ張られた。金色じゃない。水色の瞳に戻っている。
「……ごめんね、ディーン。辛い思いばかりさせて……ごめんね」
「ううん……ううん。大丈夫だよ、お姉ちゃん」
涙を堪えて頬に触れれば、ディーンが微笑んだ。
「いいんだ、お姉ちゃんとまた会えたから!」
危うく、私は涙を落としかけたけれど、精一杯笑ってみせた。そして、両腕で少し背の高い弟を抱き締める。
ディーンも抱き締め返してくれた。
「永遠に、お姉ちゃんの弟だよ」
永遠に弟。嬉しい言葉。
いつまでも、私を姉と呼んでくれる。
そんな弟に愛しさが溢れて、私は何度も頬にキスをした。愛しく感じるとしてしまうラティーシャの癖だ。
「えへへっ」
ディーンは照れた笑みを溢す。涙を溢していることも、私はわかっていた。
「これからね。ヴァンパイアに成れる方法を探すの。約束を守るために……探すから」
「うんっ……うんっ!」
絶対にヴァンパイアに成る。そんな約束は出来ない。もうしない。
でも、守る努力をする。もう悲しませないように、苦しませないように。
それが、私に出来ることだから。
「帰ろうか……」
ジェレンの元へ。
20150719