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13 夜景を舞う



 ジェレンに抱えられて、連れていかれたのは、ビルの上だった。すっかり空は夜の色に染まっているし、地上は様々な光の粒を撒き散らしていて、私にはどこかはわからない。

 地上から吹き上がる風が、私の髪とスカートを靡かせるから押さえた。

 そんな私の目の前で、屋上の縁をディーンが側転していく。ビルから真っ逆さまになりかねないから少し心配になったけれど、器用に10回くらい繰り返し回っていくから、私は吹き出した。

 スタン、と着地すると、ディーンは照れた笑みを溢す。


「それで……なにして遊ぶの?」


 私の一歩後ろに立つジェレンを振り返って、訊ねてみた。


「ディーンの案なんだ」


 微笑んでいるジェレンは、ディーンから聞くように促す。


「フフフン! 100年でこーんなに高い建物が出来たんだよ。見付けたら、これで遊ぶって決めてたんだ!」


 ディーンに目を戻すと、どーんと胸を張った。

 高い建物を使った遊び。それはなにかと首を傾げていたら、「くだらない」とヴァシリスの呟く声が聞こえた。そう言いながら、ちゃんと来ているのは、何故かしら。


「こっちこっち!」


 ディーンが私の右手を引っ張った。左手をジェレンが握るから、3人で別の縁に立つ。2メートル近くの隙間があるけれど、隣には少しだけ低いビルがあった。


「さぁ、飛ぼう!」

「……え? 飛び移るってこと?」

「そう!」


 唖然としている間に、ミシェルがジャンプして隣のビルに着地する。クルリと回って、Vサンイン。


「大丈夫、俺達がついているよ。安心して飛んで」


 ジェレンも飛ぶように言う。ミシェルみたいに、私も?

 ジェレンが言うなら、私が地上に落ちることはないとは思うけれど……。

 下を覗けば、地上は遥か遠く。落ちた時を考えると怖くて、冷たい風が身体を突き抜けるような恐怖を感じた。


「怖いのか? 紅」


 空調の室外ユニットの上にしゃがんでいるヴァシリスが、ニヤリと私を笑った。


「人間がバンジージャンプやスカイダイビングすることと何ら変わらない。安全は保証してやるから、さっさと飛べ」


 挑発的な言葉だけれど、ヴァシリスも私に安心するように言う。

 ここで飛ばないなら、彼らを信頼していないことにもなる。私は信用していることと、そして臆病者ではないことを示すために、深呼吸をして決意した。

 ジェレンとディーンの手を放して、1人で助走のために離れていく。

 正直言って怖い。緊張がピークに達したけれど、緊張を置き去りにするつもりで、全力で走り出した。

 空中に飛び込んだ。風にぶつかる。恐怖が肌をピリピリと痛くさせた。でもアドレナリンが、それを吹き飛ばすほど沸き上がった。

 勢いは十分。ミシェルが受け止めてくれて、クルリと回された。


「あ、あはっ!」

「お見事!」


 笑わずにはいられない。ミシェルに下ろされれば、既にジェレン達もこちらに移っていた。


「もうおしまいか?」


 ヴァシリスはまた挑発的な笑みで、隣のビルに軽々と飛び移る。両手はズボンの後ろに入れたまま、華麗だった。


「いこいこ!」


 ディーンにぐいぐいと手を引かれて、そのまま飛んだ。

 さっきの倍は距離がある。

 ディーンと違って、私は届かない、と思った。

 でも後ろからそっと押される。というより、ジェレンに足を抱えられて、ちゃんと移れた。

 ジェレンが笑っているから、私は楽しさを感じて笑みを溢す。

 すぐにジェレンが私の手を握って、踊るかのように私にターンをさせた。それから、私をリードして一緒に飛んだ。


「ひゃっほー!!」


 5階くらい低いビルに向かって、飛び降りるディーンが声を上げる。

ジェレンの手をギュッと握り締めて、ジェレンの肩に座るような形で一緒に飛び降りた。


「あ!」


 右足のブーティが脱げてしまい、宙を舞った。それを後ろから続くダリウスが取ってくれる。着地すると、ダリウスは履かせてくれたのでお礼を言う。ありがとう。


「紅。上に行くよ」

「へ?」


 ジェレンが高いマンションを見上げて言うも、私はわからなくて瞬く。けど、身を持って理解した。

 ジェレンが私の身体を投げる。落ちるとはまた違う感覚。空を突き破るようだった。

 先にマンションの屋上にいたヴァシリスが、私を受け止めてくれた。


「ねぇ、もう1回やって! 今のもう1回やって!」


 私がはしゃいで要求したら、ジェレンがきょとんとする。

 ジェレンが吹き出したら、ディーン達がケタケタと笑い出した。

 ちょっと子どもみたいだったのかと、少し恥ずかしくなったのも束の間。


「恐怖のあまり、泣くなよ?」


 ヴァシリスに、向かいのビルに放り投げられた。10メートル近くは離れている。ヴァンパイアの力で、軽く3メートルの高さまで上げられただろう。でも、もう、落ちる心配はしなかった。

 夜景の上を舞う。飛ぶと言うより、そう表現する方がぴったりに思えた。

様々な色の光が溢れた地上。その遥か上を、蝶のように舞う。

ぶつかってくる風が、気持ちいい。

いつまでもこの風で舞っていたいけれど、一瞬のこと。

 先回りしたジェレンが、私を受け止めてくれた。

 会えない間も、私とこんな風に過ごすことを考えてくれたのかと思うと、愛しくて愛しくて。

 私はジェレンを抱き締めた。

 ジェレンも、私を優しく抱き締め返してくれる。

 怖くなんかない。ジェレンなら、身を任せられる。そう心から、思えた。


「ジェレン……あのね」


 昨日の発言を撤回しようとした。けれども、ジェレンが私の頭に手を置いているから顔を上げられない。

 ジェレンの胸に顔を埋める形になった私は、隣にディーンがいることだけは把握した。たくさんのアクセサリーをつけた手は、ディーンだ。

 誰も笑っていないことにも気付く。そして、緊迫した空気だということにも。

 気配は、その場に降りた。

 周りを見なくとも、他のヴァンパイアが現れたと知る。ヴァンパイアハンターだったイリナの勘が働いたのか。

 ジェレンが私を守るようにしているから、きっといいヴァンパイアではない。私も感じる。ジェレン達とは全く違う、悪いヴァンパイアの気配。1人ではない。たぶん、複数で、私達は囲まれている。


「まだこんなところにいたのかよ、ジェレン」

「貴様らには、関係ないだろ」


 見知らぬ男の声に、ジェレンは冷たく返す。今までに聞いたことのないジェレンの声音。


「相変わらずつれねーなぁ。感謝しろよな、オレらのおかげで遊佐の野郎の罠から逃げられたんだぜ」


 見知らぬ男の発言を聞き、ぴんときた。

 私とジェレンが出逢ったきっかけである事件。ヴァンパイアを一網打尽にする罠。遊佐は他のヴァンパイアの群れが乱入したせいで失敗したと言っていた。彼らが、その群れなんだ。


「何故あの場所を知っていた?」


 ジェレンは礼を言わずに、問い詰める。


「ヴェイドだよ。遊佐の野郎の罠でおめーらが殺されそうだって言うから、助けてやったんだよ。遊佐に刺された杭、お前から引き抜いたのはヴェイドだぜ? なんだ、会ってねーの? 合流待ち? さっさとこんな国から出ろよ。容易く包囲されちまうぜ」


 ヴェイド。その名のヴァンパイアに、会った気がする。リディアの時に。


「ていうか。さっきからお前が大事そうに抱えているその人間はなんだ?」


 男は私について問う。


「関係ないだろ。失せろ」


 ジェレンは私を紹介しない。

 その理由は1つ。信用していないからだ。ミシェル達とは違い、ヴァンパイアの猛毒である私を受け入れる者達ではない。


「ちょー、興味あるんだけど。今までジェレンが人間を連れたところなんて見たことねーぜ。なぁ、そうだろ?」

「長い付き合いだが、初めて見るなぁ」

「顔くらい拝ませてくれよ」


 四方から、笑い声が聞こえた。


「俺のものだ。視界にも入れるな」


 ジェレンは冷たく告げて、笑い声を止める。

 私に近付けようとしない。私を殺しかねないヴァンパイアだろう。

 ふと、ディーンの手を見つめていたら、あのヴァイオリンケースを思い出した。

ラティーシャのものに似ている。

でも、そんなはずはないと思った。

 だって、あれは――――。

 雪降る日。列車の中で――――。

 命と、ともに失った――――。

 嫌な光景が浮かびそうになり、動揺してしまう。ジェレンがそれに気付かないわけがなく、頭を撫でられた。


「ちょっと! ボスのお気に入りが怯えてんじゃん! さっさと日本出れば? しっしっ!」


 ミシェルの声。私の動揺は、この場にいるヴァンパイア達に伝わってしまっているらしい。


「貴様らが海外に行けば、残るオレ達は安全だ。さっさとハンターを連れて失せろ」

「囮になって撒けってか? 貸しだぜ、ヴァシリス」

「フン。何度こっちが貴様らを救ってやったと思っている。そっちが貸しを返せ」

「ちぇ。わかったわかった」


 ヴァシリスも追い払う。


「でもよぉ、ジェレン。人間で遊ぶのもほどほどにしろよな」


 男は、ジェレンに向けて言い残して、消えたらしい。

 人間はおもちゃ、みたいな物言い。

私を殺し続けるヴァンパイアも、人間をそういう認識をしているのだろうか。


「大丈夫かい? 紅」


 ジェレンは私の頬を両手で包んで、目を合わせた。いつもの優しい声音に戻っている。


「大丈夫よ。今のは?」

「……200年前から時折手を組んでいる者達だ。生き残るために、ね」

「私のことは話してないのね」

「ああ……」


 ハンターから逃れるために手を組む相手。けれども私に危害を加える可能性もある。

 俯いたジェレンに笑みはもうない。私は大丈夫だと安心させるために彼の腕を撫でた。


「ねぇー! 紅!」


 何事もなかったかのように明るいままのディーンに、両手を掴まれる。彼にはまだ笑顔があった。


「楽しかった? 楽しかったよね?」

「ええ、とっても楽しかったわ」


 心から楽しかったと、笑みを返して答える。ディーンは笑みを深めた。


「ヴァンパイアになりたくなった?」


 その言葉に目を見開く。


「ヴァンパイアはいつもこんなこと出来るんだよ。ねぇ、なりなくなったよね? ねぇ?」


 ディーンは無邪気に言う。

 私は思い知った。ディーンは、ヴァンパイアに成りたがるような遊びを考えたんだ。私をその気にさせたいがために。

 ジェレンに目をやれば、彼もディーンの思惑を知らなかったらしく、目を丸めていた。申し訳なさそうに私を見つめ返して、顔を伏せる。

 ディーンには、まだ、話せていないんだ。


「……ディーン。話さなくちゃいけないことがあるの」


 私から、話そう。

私はヴァンパイアに成れない。


「……部屋に戻ろう」


 ジェレンは私を抱え上げて、居座っているあのマンションの部屋へ戻ることになった。




20150715

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