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12 触れたい


 翌朝、ジェレンは登校する私を学校まで送ってくれた。優しい微笑みで見送ってくれたジェレンに、手を振り返して、校舎の中へ入る。

 友だちと挨拶を交わしてから教室の席について、すぐにジェレンについて考えた。

 私の毒の血を飲んで記憶をなくしてしまったあとは、ぼんやりしたような無表情ばかりだった。今は、表情豊かになったとは思う。

 けれども、私に噛み付いたことをまだ責めているのか、時折、ぼんやりした表情をする。

 以前の、ジェレンとは、違う……。

 遠い記憶の中のジェレンは、いつも明るく笑いかけてくれていた。今のジェレンは、とても静か。少し、沈んでしまっているようにも感じる。

 その原因は、やはり私を傷付けてしまったことを悔やんでいるのか。

 または、前回。プロポーズの前に、私を亡くしてしまったことが、原因か。

 何度も私の死を目の当たりにしても、それでもまた私を見付けてくれたジェレン。

 希望を抱いてプロポーズをしようとした矢先に、また私に死なれた彼の悲しみ。それは、想像を絶する。

 昨夜の発言は、やはり彼には酷だったかもしれない。私の覚悟は出来ていないけれど、彼の好きにして構わない。彼がしたいなら、そうしていい。

 少し、項垂れて考えながら、その日の授業をそつなくこなした。

 学校の校門を出ると、そこにはミシェルが待ち構えていた。

 金髪のポニーテールと、ライトグリーンの瞳の持ち主の白人美女。白いスキニーと胸元を強調したキャミソールとジャケットで、まるで海外のセレブ風。


「くっれないー!」

「ミシェル」


 私に抱き付いてくれたから、ぎゅっと受け止める。それから周りを確認した。ジェレンは見当たらない。


「ジェレンはいないよー。仲間が見つかりそうだから、ダリウスと迎えにいったよー。血液を確保しに行ったから、戻るのは夜かな。今日はあたしが送る! 我慢して!」


 ジェレンを探していると見え見えで、ミシェルはニヤニヤしながらも私の手を引いた。


「我慢してって……私はミシェルが来てくれて嬉しいわ。相談もしたかったの」

「ん? なになに?」


 微笑んで言えば、ミシェルが腕を組んで、一緒に坂を下りていく。


「……あのね。その……リディアが死んだあとのジェレンの様子を教えてほしいの」

「!」


 そっと、訊ねてみた。

 顔を近付けたミシェルは、身を引く。少し迷った様子。


「んー……あなたが死ぬ度、暫くは沈んでたけど、いつも希望を抱いてあなたを探してた。でもリディアが死んだあとが……一番、酷かった」


 そっと、答えてくれた。予想通りだ。


「あたし達といても、孤独だってわかった。笑わなくて、沈んでて……冷たかったわ。元々100年は会えないと思って探してたけれど、100年過ぎたら余計……ね。それでもあたし達を率いて守ってくれた」


 また、ミシェルは私の肩に凭れた。


「……プロポーズの前に、死んでしまったせい?」

「それもあるだろうけど……一番は殺した相手……」

「ダニエルってハンターの先祖?」

「そう……ダニエルって男」


 ミシェルの表情は険しくなる。それを見つめていたら、ミシェルはニコッと笑顔になった。


「それを訊くなんて、どうしたの? 紅」

「あっ、えっと……」


 ダニエルは遊佐の相棒。そのダニエルの先祖が、リディアを殺した。彼がどうしたのかと訪ねようとしたけれど、先にミシェルの質問に答えることにする。


「昨日、ジェレンに……少し待ってほしいって言ってしまったの」


 詳しく言えなくって、それだけで伝わることを待つ。

 上向き睫毛を揺らして瞬いたミシェルは、それだけで理解してくれた。


「なんで!? ヤっちゃえばいいじゃん!」

「……んー」


 ミシェルが率直すぎて、私は苦笑を溢す。


「なんで日本人はそうなの!? 奥手すぎ! こんな国で育っちゃだめ!!」

「そ、そこまで言わなくとも……」

「ハグもキスも、ただの挨拶でしょ!」


 国の風習の違いに、ミシェルは嘆く。奥手すぎて、苛立ってしまっているみたい。


「初めてだから怖いってこと? 大丈夫、ジェレンは紳士的だって、リディアは言ってたから! そこんところの記憶は?」

「え……それはあまり……」

「それ思い出せば怖くないでしょ!」


 むぎゅっと抱き締められた。ミシェルの励ましで、躊躇していたことがバカらしく思えて、笑ってしまう。


「この127年、ずっと触れたいって思っていたのよ? それをまだお預けするなんて、酷いわ!」

「うん……私もそう思ったから、相談したの」

「紅だって、触りたいでしょ?」

「……うん」


 触れていたいとは、思う。

 きっと、私の何倍も強く、ジェレンは思っているはず。


「なら、今夜誘いなさい!」

「えっ!?」


 いきなり言われてギョッとする。ミシェルは逃がさないと言わんばかりに、腕を締め付けた。


「今夜は泊まりね! おしゃれしましょ! おしゃれ!」

「ええっ? ミシェルったらっ」


 決定事項にしたミシェルが、ぐいぐいと歩みを早める。今夜は早すぎだけど、そんな躊躇もミシェルに一喝させられるのね。

 とりあえず、今夜は彼らのマンションに泊まることを決める。ジェレンと、もう一度話そう。彼がどうしたいのかをちゃんと聞こう。

 私の家に着くと、ミシェルはクローゼットを漁った。


「勝負下着はー?」

「ありません!」

「えー? 女のたしなみだよ? んもう! リナリと会ったら買いに行きましょ」


 勝負下着なんて、持つには早すぎると思うのは私だけなのかしら。


「黒か……赤か……赤ね。赤がいい!」

「はいはい」


 ミシェルが選んだレース柄の赤い下着を受け取って、1度シャワーを浴びた。

 ミシェルに言われた通り、リディアの記憶を掘り返そうと思ったけれど。恥ずかしくなって、すぐに止めた。この肌をジェレンが触れると思うと、顔が火照る。冷水で顔を洗っておいた。

 髪をセットして、お気に入りの赤メッシュも入れる。薄手のブラウスと、ハイウエストスカートを着た。黒いハイソを履いてから、ミシェルの評価をもらうために見せる。私のベッドで寛いでいたミシェルは、渋りつつもオッケーを出してくれた。

ブラウンのブーティを履いて、またミシェルと並んで歩いていく。

 少しして、ミシェルに抱えられて移動した。尾行されないように、念のため。

 高いマンションの最上階、2LDKの部屋には、ヴァシリスしかいなかった。明るい茶髪の美しい男性だけれど、鋭い目付きをしている。家の中でも、黒いブーツを履いたまま。

 本を片手にソファーに座っていたヴァシリスが、片方の眉毛を上げて驚いた表情をする。


「どうした、紅」

「今日は泊まりに来たの。ダメだった?」

「……バカの案か」


 ヴァシリスの目がミシェルに向けられる。ミシェルはべーと舌を出す。

仲が良くないのかな……。


「ごめんなさい、いけなかった?」

「もっと用心すべきだ。今はなりを潜めているが、あのハンターが我々を見逃すわけがない。策を練っているはずだ」


 本を閉じたヴァシリスが、厳しく言う。軽率すぎたと反省する。


「ちょっと! 大丈夫よ! あたしが運んできたんだから!」

「ハン。貴様は注意を怠るからな」


 ミシェルが言うも、ヴァシリスは信用していないようで、鼻で笑い退けた。ミシェルはむっすりと頬を膨らませる。


「ジェレンはまだ戻らない。ほら、ここへ座れ」

「え? いいの?」

「来てしまったのなら、仕方がない」


 ヴァシリスは追い出さず、隣に座るようにパタパタと叩く。急げと言わんばかりにそのリズムを早める。

 リュックはミシェルが預かってくれたので、私はヴァシリスの隣に腰を下ろした。


「勉強は捗っているか? 恋煩いで手付かずになっていないだろうな」

「捗っているわ、大丈夫」

「ならいい。次の試験はいつだ?」

「来月よ」


 ヴァシリスが淡々と問い詰める。何故かヴァシリスは、私の学業に興味津々。前回の試験結果は学年1位だと答えたら、仏頂面のままで口元は緩めなかったけれど、どこか嬉しそうだった。

 少し休んだけれど、授業に遅れていない。日頃の積み重ねのおかげ。勉強で苦労はしていない。


「来月の試験にあわせて、問題を出してやろう。試験の内容は?」

「ちょっと! 紅は遊びに来たの! 遊ぶの!」

「喧しい、黙れ」

「むきー!」


 勉強を始めようとするヴァシリスをミシェルが止める。ヴァシリスは一蹴した。

 なんだか見覚えのあるやり取りに思えて、私はクスリと小さく笑う。


「貴様は紅の夕食を用意でもしていろ」

「それはダリウスの仕事でしょ!」

「ダリウスは仲間集めの仕事中だ。遊び呆けている貴様がやれ」


 ヒートアップしてしまう前に、私は自分で作ると言おうとした。でも、口喧嘩はピタリと止まる。

 ドアが開く音が聞こえた。ジェレンとダリウスが帰ってきたんだ。


「ラティーシャ!」


 少年のような弾んだ声が、玄関からした。

 ヴァシリスに背中を押されて立ち上がると、ミシェルが笑顔で私の手を引く。

リビングから玄関を覗くと、もう目の前に声の主はいた。

 赤みかがった茶髪の持ち主は、少年のあどけなさが残る顔立ち。黒いダメージジーンズと、黒と赤のボーダーシャツを着ていて、いわゆるヴィジュアル系ファッション。耳や首、手にも、たくさんのアクセサリーをつけていた。

 けれど、私が一番注目したのは、彼が持つバイオリンケースだ。とても古びていて傷だらけだけれど、覚えがある。


「うわぁ! ラティーシャだぁ!」


 じっと私を見た末に、ラティーシャの生まれ変わりだと認識して、彼は私に抱き付いた。

そんな彼の後ろで、ジェレンは微笑んでいた。


「でも赤毛じゃない! なんで?」


 バッと私を放すと、くりんと彼は首を傾げる。その拍子に、後ろに結ばれた三つあみが揺れたのが見えた。


「……私は紅」

「オレ、ディーン。これ可愛いね!」


 無邪気なディーンに微笑みを返してみれば、ディーンが私のメッシュを撫でる。

 そんなディーンの記憶を、ようやく思い出せた。

赤毛の話は、リディアとした。リディアは生まれ変わったら、赤毛がいいと言ったんだ。

 でも私は茶髪。赤いメッシュをつけるようになったのは、そのせいかしら。


「ねぇねぇ! 紅は何歳? ねぇ何歳?」

「え? 16歳」

「16歳!? やったー!! オレの方が歳上!!」


 私の年齢を聞くと、ディーンは両腕を突き上げて大喜びした。

 リディアの時に、年齢についての会話をしたことも思い出す。

 ディーンは何故か、吸血鬼と人間の年齢を分けていた。18歳で吸血鬼になり、リディアと会って58年。今は186年目。

吸血鬼の年齢と比べたら、いつまでもディーンの方が歳上なのに。おかしくて、私は笑ってしまう。

 ヴァシリスは呆れた眼差しを向けていた。


「未成年の恋人なんて、やるわね、ジェレン」

「あ、犯罪だね! ジェレン!」

「違うよ、ディーン」


 ミシェルがにやにやとジェレンに耳打ち、ディーンも便乗したけれど、ジェレンは笑顔で否定する。

 ディーンが来て、賑やかが増したと感じた。彼の笑顔を見ていると、楽しくなってくる。ジェレンもそうみたいで、なんだか嬉しい。


「遊びに行こう! 紅!」

「へ? どこで?」

「行ってからのお楽しみぃ!」


 私の手を取ると、ディーンがゆらゆらと揺らした。

 ヴァシリスにもっと用心しろと叱られたばかりだし、そんな許可は出ないと思ったけれど。ヴァシリスはそっぽを向いて、止めようとしない。


「先ずは、夕食を済ませてからにしよう」


 ジェレンも遊ぶことを許すみたいだから、ダリウスの作ってくれる夕食をとることにした。




20150714

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