表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

一度目の出逢い(ジェレン)



ジェレン視点。


初めての出逢い。






 その地に降りたのは、26年ぶりだ。吸血鬼に効く毒が狩りに使われるようになり、吸血鬼達は逃げ惑った。オレもルーマニアを出た吸血鬼の一人だ。

 酒場が並ぶ通りは、夜になっても賑わっている。アルコールを摂取している男達は、上機嫌に女性達に声をかけていた。それを眺めながら、今宵の獲物を探す。

 しかし、すぐに自分が獲物として、捉えられていると気付く。気付かないフリをして、その通りを歩いた。

 ハンターだろう。それも追跡の仕方からして、手練れだ。オレを吸血鬼だと見抜いたことも。

 今宵の獲物をハンターにしたいが、ハンター自身毒を体内に入れている可能性がある。人間には無害な毒だ。そのせいでハンターを返り討ちにして、血を摂取することができなくなった。

 オレの容姿を、仲間に吹聴されては困る。殺しておこう。それがオレの生き延びるために必要なことだ。

 自然な動作で、寄り添うカップルを横切り、路地の奥に進んでいく。人気がなく、ハンターが仕掛けて気安い場所へ誘い込む。

 迷ったフリをして、立ち止まり左右を見る。そうすれば、直ぐ様後ろに立たれた。

 銃が突き付けられていることは、安易に想像できる。人間よりも俊敏なオレは、素早く振り返りその銃を掴む。

 そんなことハンターは安易に予想していたらしい。簡単に銃を手放した。そして、その手を掴まれる。肘の裏を殴られ、曲げられ捻り上げられた。

 そして右膝の裏をブーツで蹴られ、オレは跪く。ハンターは次に、肩を押し潰すように捩じ伏せた。そしてオレの胸に、拳を叩き落とすようにナイフが突き刺される。


「かはっ!」


 心臓だ。吸血鬼の弱点、銀のナイフ。心臓が焼ける痛みが走った。それで身動きがとれなくなる。

 驚くことに、吸血鬼であるこのオレを捩じ伏せたハンターは――――美しい女性だった。

 オレの肘をブーツで踏むと、オレの腹に座る。そして奪い返した銃を、オレの額に向けた。

 長い黒髪の女性は、黒い瞳は鋭くオレを見据えるが――――妙に惹き付けられる。


「ジェレン。26年前、母を助けた青い目の吸血鬼」

「!」


 女性にしては強くそして低い口調で、オレの名を口にした。


「……メリー、の……娘かっ?」


 痛みに耐えながら、オレは問う。

 26年前に、妊婦の女性を助けた出来事が浮かんだ。オレの上にいる女ハンターは、彼女の面影があった。


「何故、母を助けた?」

「何故って……メリーに訊け」

「母はもう死んだ」

「……そうか」


 この地に戻って、メリーを訪ねるつもりだったが、他界してしまったか。

 ナイフを外せと言っても、当然その要求は呑んでもらえないと思い、痛みに耐えながら答えることにした。


「ハンターの毒の矢で深手を負ったオレを、メリーが匿ってくれたんだ……。はぁ……この地を離れようとした時……身籠っていたメリーが異国の吸血鬼達に襲われていたから、助けた」


 吸血鬼だと知っても、メリーは家に入れて助けてくれた。メリーがいなければ、オレは殺されていただろう。

 ルーマニアを離れようと挨拶しに向かえば、異国の吸血鬼に追われていた。

後々、友人の吸血鬼のヴァシリスが調べたところ、フィリピンの吸血鬼らしい。名をアスワング。


「何故、助けた?」


 今の答えでは不十分だったらしく、女ハンターはもう一度問う。血が体内を回らず、意識は朦朧としてきた。


「なんだ? 吸血鬼が命を救ってくれた礼をしないとでも、思っているのか? 恩を返さないとでも?」


 人間味のある吸血鬼がいることが理解できないのか。確かに人間を弄ぶ悪趣味な吸血鬼もいることは確かだが、オレは生きるために仕方なく人間の血を摂取している。救われたなら、恩を返す。

 しかし、命を奪ってきた報いだろうか。過去に救ったメリーの娘が、ハンターになり、オレを狩るとは……。

 さぁ、殺すがいい。

真っ直ぐに見据えて、オレは女ハンターが引き金を引くことを待つ。それともオレが気を失うことが先か。


「……動くな。この弾丸には毒がある」


 女ハンターは立ち上がった。ナイフが引き抜かれ、オレは深く呼吸をする。遅いが、心臓が自己治癒されていく。

 女ハンターは銃を構えたまま、ゆっくりとオレから離れていった。


「……オレを、殺さないのか?」


 起き上がったオレは問う。殺すつもりなら、離れていかない。


「なんだ? ハンターが命を救ってくれた礼をしないとでも? 母を助けた礼だ。今回は見逃す。だが次会った時は、狩ってやる」


 女性にしては乱暴な口調で吐き捨てると、女ハンターは銃を下ろして、オレに背を向けて歩く。

 オレを信用しているのか、あるいは飛び掛かられても反撃する自信があるのか。

 その足取りは強く、黒い髪を靡かせ、暗闇に溶けて消えていく。

 あんな女ハンターは、初めてだ。

 オレを捩じ伏せて、心臓を一突き。俊敏な身のこなし。26歳という若さで、手練れのハンター。

 彼女の強い眼差しが、目に焼き付いて眠ろうとしても忘れられなかった。


 翌晩。オレは赤い薔薇の花束を抱えて、彼女の前に降り立った。素早く銃を構えた彼女は、今にもオレを撃ち殺そうと殺気立つ。

 オレは、彼女ににこりと笑いかけた。それを見ると、彼女はしかめ、やがてうんざりしたように目を回して銃を下ろす。


「次会ったら狩るって言ったはずだが?」

「救ってくれた礼を言いに来た。それに、君の名前を知りたくて」


 オレが歩み寄ると、彼女はため息をつく。銃は握ったままだが、向けようとはしない。


「イリナ」

「オレはジェレン」


 彼女の名前を教えてもらい、オレは改めて名乗る。

 そして薔薇の花束を差し出す。少しの間、睨み付けてきたが、イリナは受け取ってくれた。


「ハンターに花を送るなんて、物好きな吸血鬼だこと」

「受け取るハンターも、物好きだと思うだろう?」


 オレはクスリと笑う。

イリナは少し迷惑そうに顔をしかめたが、ぎゅっと片手で花束を抱き締めて、薔薇の香りを嗅ぐように顔を埋めた。


「……物好きな吸血鬼だこと」


 また、呟くイリナを見つめる。赤い薔薇に埋もれた美しい黒髪の女性に、見惚れてしまう。

 他所に向けられた黒い瞳が、オレに真っ直ぐに向けられた。薔薇の棘のように鋭い。


「どうして君は、オレを捜していたんだい?」

「……物好きな吸血鬼のことを知りたくて」


 ハンターの道に進んでも、母親を助けた吸血鬼が気になり、捜していた。

 オレのことを知りたがっていたと言われると、擽ったくなる。

吸血鬼のことを知ろうとしてくれた彼女を、知りたい。


「オレも、君が知りたい」


 オレは微笑んで、薔薇を撫でた。彼女に触れたら、棘に刺されてしまいかねない。

 目を丸めたイリナは、また言った。


「物好きな吸血鬼ね」


 プイッとイリナはそっぽを向き、歩き去ってしまう。

 今すぐ殺そうとしないハンターも、物好きだと思うよ。クスリと笑うオレは、翌晩彼女に会いにいった。

 500年も愛し合うとは夢にも思わず―――。




20150201

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ