一度目の出逢い(ジェレン)
ジェレン視点。
初めての出逢い。
その地に降りたのは、26年ぶりだ。吸血鬼に効く毒が狩りに使われるようになり、吸血鬼達は逃げ惑った。オレもルーマニアを出た吸血鬼の一人だ。
酒場が並ぶ通りは、夜になっても賑わっている。アルコールを摂取している男達は、上機嫌に女性達に声をかけていた。それを眺めながら、今宵の獲物を探す。
しかし、すぐに自分が獲物として、捉えられていると気付く。気付かないフリをして、その通りを歩いた。
ハンターだろう。それも追跡の仕方からして、手練れだ。オレを吸血鬼だと見抜いたことも。
今宵の獲物をハンターにしたいが、ハンター自身毒を体内に入れている可能性がある。人間には無害な毒だ。そのせいでハンターを返り討ちにして、血を摂取することができなくなった。
オレの容姿を、仲間に吹聴されては困る。殺しておこう。それがオレの生き延びるために必要なことだ。
自然な動作で、寄り添うカップルを横切り、路地の奥に進んでいく。人気がなく、ハンターが仕掛けて気安い場所へ誘い込む。
迷ったフリをして、立ち止まり左右を見る。そうすれば、直ぐ様後ろに立たれた。
銃が突き付けられていることは、安易に想像できる。人間よりも俊敏なオレは、素早く振り返りその銃を掴む。
そんなことハンターは安易に予想していたらしい。簡単に銃を手放した。そして、その手を掴まれる。肘の裏を殴られ、曲げられ捻り上げられた。
そして右膝の裏をブーツで蹴られ、オレは跪く。ハンターは次に、肩を押し潰すように捩じ伏せた。そしてオレの胸に、拳を叩き落とすようにナイフが突き刺される。
「かはっ!」
心臓だ。吸血鬼の弱点、銀のナイフ。心臓が焼ける痛みが走った。それで身動きがとれなくなる。
驚くことに、吸血鬼であるこのオレを捩じ伏せたハンターは――――美しい女性だった。
オレの肘をブーツで踏むと、オレの腹に座る。そして奪い返した銃を、オレの額に向けた。
長い黒髪の女性は、黒い瞳は鋭くオレを見据えるが――――妙に惹き付けられる。
「ジェレン。26年前、母を助けた青い目の吸血鬼」
「!」
女性にしては強くそして低い口調で、オレの名を口にした。
「……メリー、の……娘かっ?」
痛みに耐えながら、オレは問う。
26年前に、妊婦の女性を助けた出来事が浮かんだ。オレの上にいる女ハンターは、彼女の面影があった。
「何故、母を助けた?」
「何故って……メリーに訊け」
「母はもう死んだ」
「……そうか」
この地に戻って、メリーを訪ねるつもりだったが、他界してしまったか。
ナイフを外せと言っても、当然その要求は呑んでもらえないと思い、痛みに耐えながら答えることにした。
「ハンターの毒の矢で深手を負ったオレを、メリーが匿ってくれたんだ……。はぁ……この地を離れようとした時……身籠っていたメリーが異国の吸血鬼達に襲われていたから、助けた」
吸血鬼だと知っても、メリーは家に入れて助けてくれた。メリーがいなければ、オレは殺されていただろう。
ルーマニアを離れようと挨拶しに向かえば、異国の吸血鬼に追われていた。
後々、友人の吸血鬼のヴァシリスが調べたところ、フィリピンの吸血鬼らしい。名をアスワング。
「何故、助けた?」
今の答えでは不十分だったらしく、女ハンターはもう一度問う。血が体内を回らず、意識は朦朧としてきた。
「なんだ? 吸血鬼が命を救ってくれた礼をしないとでも、思っているのか? 恩を返さないとでも?」
人間味のある吸血鬼がいることが理解できないのか。確かに人間を弄ぶ悪趣味な吸血鬼もいることは確かだが、オレは生きるために仕方なく人間の血を摂取している。救われたなら、恩を返す。
しかし、命を奪ってきた報いだろうか。過去に救ったメリーの娘が、ハンターになり、オレを狩るとは……。
さぁ、殺すがいい。
真っ直ぐに見据えて、オレは女ハンターが引き金を引くことを待つ。それともオレが気を失うことが先か。
「……動くな。この弾丸には毒がある」
女ハンターは立ち上がった。ナイフが引き抜かれ、オレは深く呼吸をする。遅いが、心臓が自己治癒されていく。
女ハンターは銃を構えたまま、ゆっくりとオレから離れていった。
「……オレを、殺さないのか?」
起き上がったオレは問う。殺すつもりなら、離れていかない。
「なんだ? ハンターが命を救ってくれた礼をしないとでも? 母を助けた礼だ。今回は見逃す。だが次会った時は、狩ってやる」
女性にしては乱暴な口調で吐き捨てると、女ハンターは銃を下ろして、オレに背を向けて歩く。
オレを信用しているのか、あるいは飛び掛かられても反撃する自信があるのか。
その足取りは強く、黒い髪を靡かせ、暗闇に溶けて消えていく。
あんな女ハンターは、初めてだ。
オレを捩じ伏せて、心臓を一突き。俊敏な身のこなし。26歳という若さで、手練れのハンター。
彼女の強い眼差しが、目に焼き付いて眠ろうとしても忘れられなかった。
翌晩。オレは赤い薔薇の花束を抱えて、彼女の前に降り立った。素早く銃を構えた彼女は、今にもオレを撃ち殺そうと殺気立つ。
オレは、彼女ににこりと笑いかけた。それを見ると、彼女はしかめ、やがてうんざりしたように目を回して銃を下ろす。
「次会ったら狩るって言ったはずだが?」
「救ってくれた礼を言いに来た。それに、君の名前を知りたくて」
オレが歩み寄ると、彼女はため息をつく。銃は握ったままだが、向けようとはしない。
「イリナ」
「オレはジェレン」
彼女の名前を教えてもらい、オレは改めて名乗る。
そして薔薇の花束を差し出す。少しの間、睨み付けてきたが、イリナは受け取ってくれた。
「ハンターに花を送るなんて、物好きな吸血鬼だこと」
「受け取るハンターも、物好きだと思うだろう?」
オレはクスリと笑う。
イリナは少し迷惑そうに顔をしかめたが、ぎゅっと片手で花束を抱き締めて、薔薇の香りを嗅ぐように顔を埋めた。
「……物好きな吸血鬼だこと」
また、呟くイリナを見つめる。赤い薔薇に埋もれた美しい黒髪の女性に、見惚れてしまう。
他所に向けられた黒い瞳が、オレに真っ直ぐに向けられた。薔薇の棘のように鋭い。
「どうして君は、オレを捜していたんだい?」
「……物好きな吸血鬼のことを知りたくて」
ハンターの道に進んでも、母親を助けた吸血鬼が気になり、捜していた。
オレのことを知りたがっていたと言われると、擽ったくなる。
吸血鬼のことを知ろうとしてくれた彼女を、知りたい。
「オレも、君が知りたい」
オレは微笑んで、薔薇を撫でた。彼女に触れたら、棘に刺されてしまいかねない。
目を丸めたイリナは、また言った。
「物好きな吸血鬼ね」
プイッとイリナはそっぽを向き、歩き去ってしまう。
今すぐ殺そうとしないハンターも、物好きだと思うよ。クスリと笑うオレは、翌晩彼女に会いにいった。
500年も愛し合うとは夢にも思わず―――。
20150201