10 エピローグ
人混みが行き交う駅ビルの元。遊佐はガードレールに座って、ぼんやりと過ぎ去る通行人を眺めた。特段、観察するわけでもなく、ただ目にして見送る。
そんな彼のジャケットの胸ポケットにしまわれた携帯電話が鳴った。取り出してみると、見知らぬ番号。眉を潜めたが、遊佐は電話に出た。
〔こんにちは、遊佐さん。身体は大丈夫ですか?〕
耳にしたのは、時折思い浮かべていた少女の声。目を見開いた遊佐は、番号を確認する。初めて、紅から連絡してきた。
「あれぐらい、どーてことないけど?」
〔それはよかった。改めて、お願いしたくて、お電話させていただきました〕
挨拶もほどほどに、用件に入る紅の声は、あまりにも穏やか。遊佐は笑みを歪めた。
周りを警戒して、ジャケットの下に忍ばせた銃の上に手を置く。この電話が注意を引いて、自分を暗殺するためにヴァンパイアが近くにいるかもしれない。
〔遊佐さんが今回、退治しようとしたヴァンパイア達を見逃してください。もう追わなければ、貴方を殺さないことを約束させますので。どうか、彼らを追わないでください〕
前にもそれを言って押し付けたネックレスを、遊佐は握り締めた。今もなお、首にぶら下げている。
「なに? 紅ってば、その交渉のために利用されてるわけ? かわいそー」
〔いいえ。私から頼んだのです。遊佐さんはもう少し、ヴァンパイアを知るべきだと思います。例え血を飲まなくては生きていられなくとも……彼らは元人間は人間で、人間と同じ心を持っています〕
電話の向こうで、紅が笑う声がする。
〔昔、ルーマニアで名を馳せた女ハンターをご存知ですか?〕
ハンターの中で、伝説として語られている女ハンターはただ一人。
ルーマニアのイリナ。26歳と若い女ハンターの狩ったヴァンパイアの数は、その時代で最多だった。
遊佐はもちろん知っているが、紅が何故知っているのかと、疑問を抱く。
〔彼女はヴァンパイアを狩る側でありながら……とあるヴァンパイアを心から愛しました。そのヴァンパイアを理解し、愛し合ったのです〕
「なに、伝説を歪曲してるんだよ」
呆れて首を振る。
ヴァンパイアを愛したハンターなんて、信じない。ギリッと奥歯を食いしばった。
「愛し合ったなんて……なーんもわかっていない小娘に、言われたくないなぁ」
挑発しても、紅の声は乱れない。遊佐は気に入らないと、自分の黒髪を握り締めた。
〔約束して、くれますよね?〕
「……まぁー、約束してやってもいいよ」
本来、こちらに拒否権などない。目が覚めた時、遊佐は驚いた。殺されてもおかしくない。敵のヴァンパイアに気絶させられて、生き延びれるわけがなかった。だが、紅が庇ったからこそ、今こうして遊佐は生きている。
「でも、紅。アンタがヴァンパイアになってたら、皆殺しにしてやるから」
ハンターのプライドとして、遊佐は冷たく忠告した。それは紅にヴァンパイアになるなと、釘をさすためでもある。
〔ヴァンパイアにはなりませんよ〕
なれない。
〔では、約束ですね〕
微笑んでいるような紅の声に、遊佐はまた笑みを浮かべるが歪めた。
「くぅちゃん。アンタ、一体何者? ヴァンパイアの親玉は迎えに来るわ、俺を殺させないわ……奴らのなんなの?」
こんなにも特別扱いを受ける人間は、初めてだ。
〔心のそこから愛されている者です〕
間もなく告げられた答えに、遊佐は嘲笑を漏らす。
「……嘘くさ。利用価値があるだけだろ。重要な、価値がさ」
信じられず、裏を読む。
〔ふふ、それを知ったら――――私が貴方を殺します〕
穏やかに笑って、耳元で告げられたそれに、遊佐は凍り付く。
殺させないと約束しておいて、己の手で殺すと言う。それほどの重要な秘密があるのだろうか。
「!」
遊佐は見付ける。それはヴァンパイアハンターの長年の感が働いたのだろう。
駅ビルの屋上。人影が見えた。はっきり見えないが、それは間違いなく、電話の相手、紅だ。
そして紅を抱き締めるようにいるのは、ヴァンパイアの群れの親玉。青い瞳のヴァンパイア。奴に睨まれていると、感じた。
「……また逢おうぜ、紅」
一方的に電話を切ると、人影が消える。遊佐はその場にしゃがみこむと、顔を片手で押さえた。
「くっそー……奪いてぇ……」
ヴァンパイアの恋人に魅了されてしまったハンターは、獲物を狙う瞳をギラリと輝かせて人混みに消えた。
end
6度目の出逢い。ここでハッピーエンド。
前に書いたように、高校生の時に書いた鬼殺しと吸血鬼の恋愛ものです。もう少しどす黒い感じでしたが、事件発生と拉致尋問シーン以外は、新たに考えました。鬼殺しの設定も少し変え、事件を機に6度目の出逢いを果たした二人が描けてよかったです。
ヴァンパイアと吸血鬼。一つに統一すべきだと思ったのですが、両方好きなので使わせていただきました!
ヴァンパイアネタ、尽きません(笑)
まだ色々と書き足りないです。残った仲間との再会や、過去の話や、紅と過ごす日々、そしてアスワングとの因縁。
またいつか、描きたいと思います。一先ずハッピーエンドで終わらせていただきます。
悲しめ一杯のダークな数奇な愛の物語でしたが、ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!
20150115