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09 永久の愛



 ミシェルはいつも楽しそうに笑っている明るいヴァンパイアだ。そんなミシェルが私を睨んで怒る姿は、きっと初めて見た。


「ミシェル!」

「嫌っ!!」


 同じく追い掛けてきたジェレンが止めるも、ミシェルは拒んだ。


「貴女が死ぬ度、ジェレンは貴女の亡骸を抱き締めて、何日も何日も何年も泣くのよ!? リディアが死んだ時も、加担したハンターを皆殺しにしてっ! 貴女の亡骸が朽ちるまで泣いてたんだから!! ラティーシャの時も、アネモアの時だって! どんなにジェレンが嘆き悲しんだか、紅にはわからないっ!! だからそんな冷たいことが言えるのよ!!」

「ミシェルっ、止せ!」

「嫌っ!! このまま2人が別れるなんて嫌よ! 言わせてもらう!!」


 私とジェレンのために、怒るミシェルの言葉を、私は甘んじて浴びることにした。


「リディアが死んでからこの127年、ジェレンがどんなだったか知らないでしょ!? 貴女が見つからなくって気がおかしくなりそうで、もう会えないかもしれない恐怖に怯えてたんだから!」


 涙ながらに、ミシェルは声を私にぶつける。

 想像するだけで、この胸が痛む。でも、ジェレンの痛みは、きっとそれ以上。


「貴女がいない時間、ジェレンはずっと悲しんでる!! この500年の間、貴女といた時間はどれくらい!? 100年も一緒にいられなかった! 悲しむ時間の方が多かったのよ! あたし達といても、ずっと貴女の死を悲しんで、再会することだけを待ってたんだよ! 次は、次こそはって! 貴女がヴァンパイアに成ってくれるのを待ちながら、愛してたんだよ!」


 何度も、私にヴァンパイアに成ることを提案したジェレンが、瞼の裏に浮かんでは消えた。


「ローマに行く約束だって!! 永遠に生きてって、プロポーズするつもりだったんだのよ!」

「!」


 それに、目を見開く。私の知らない、約束の裏。

 ミシェルの後ろにいるジェレンは、目を背けて俯いている。涙を雨のように降らせ、ただ悲しみに堪えていた。

 私の涙も、雨のように溢れて落ちていく。結婚しようと告げたかったのに、私の亡骸を抱いて泣き叫ぶジェレンを想像した。

 500年の中で幸せの一時を、私の死が塗り潰してきたのだ。私を守り、生かして、愛してくれた彼に、悲しみばかり与えてきたのだと思い知る。


「教会でっ……皆で準備したのにっ……リディア、死んじゃって……約束したのに、死んじゃってっ……! どれだけジェレンを傷付けたか、わかる!? もう貴女の亡骸を抱かせないで! ヴァンパイアに成ってよ!! 紅っ!!!」


 屋上に響くミシェルの痛ましい叫びに、もう見ていられなくなり涙に濡れた顔を覆う。その手は、悲しみに震えていた。

 500年もの間、私はジェレン達を苦しめてきた。

 ああ、本当に私は猛毒だ。

 彼らを苦しめる猛毒の花だ。


 タンッ。


 ぶつかるような音が、その場に響き、私達は顔を向けた。円柱の貯水タンクに、男性が立っている。黒いライダージャケットが夜空に溶けてしまいそうな彼も、私は知っていた。明るい茶髪と、鋭い眼差しの持ち主。ヴァシリス。

 ただ黙って見下ろすヴァシリスに、促されているように感じた。私はまた思い知る。

 アネモアが言ったように、今がその時だ。

震えた手で涙を拭い、崩れ落ちそうな足で踏み留まって、ジェレンに向く。ジェレンもヴァシリスから、私に青い瞳を戻した。


「……わたしが……」


 声が涙で震えるから、深呼吸をする。


「初めて、殺されたのは……1000年も前、フィリピンでアスワングと戦っていた」


 思い浮かぶのは、紅蓮のように赤く滲む花の中に囲まれて、立ち尽くす1人の女性。一番、古い記憶。最初の私。


「あるアスワングが、私の心臓を引き抜いて……誓った。何度でも私を殺すことを誓って、それから何百年も生まれる前に殺され続けた。でも……ジェレンが助けてくれたから、イリナとして生まれ変われた」


 呪われて産まれずに殺され続けた私を、助けたのはジェレン。ジェレンが、私に人生をくれた。


「カルメンも、アネモアも、ラティーシャも……私を殺すと誓ったアスワングに殺されたの……心臓を抜かれて」

「!!」


 あまりにも恐ろしい記憶で、映像は浮かばないけれど、恐怖だけが駆け巡った。


「私は、殺される運命(うんめい)


 でも、私は微笑みを浮かべる。


「ジェレンがそんな私に、人生をくれて、幸せをくれて、愛情をくれた。この500年、100年しか生きていないけれど……それでも、ジェレン達のおかげで幸せに生きられた」


 その感謝を伝えるために、精一杯笑って見せた。

 ジェレンがいたからこそ、私は生まれてこれた。ジェレン達がいたからこそ、私は幸せだった。

 この1000年の間、100年ほどの人生でも、私は幸せだった。


「心から、愛してる。とても、愛してる。でも……ごめんなさい……私は――――ヴァンパイアにはなれない」


 どんなに願っても、叶わない。


「私はヴァンパイアを殺す猛毒。この血が、貴方の血を拒み、ヴァンパイアになれないの……」


 この身体を巡る血は、ヴァンパイアを殺すだけ。


「どんなに生きたいと願っても、私は……永久に生きることは、許されない存在」

「く……紅……」


 ジェレンは愕然とし、ミシェルは言葉を失っていた。


「ごめんなさい……永久には、一緒に生きられないのに……あんな約束をさせてしまって」


 胸元を握り締めて、私は告げる。


「だからもう……私を捜さないで。私は十分に幸せを与えられたから……ジェレンはジェレンの幸せを見付けて。ともに生きていける愛する人を見付けて」


 愛しているから、貴方を手放す。

 愛しているから、約束から解放する。

 愛しているから、さよならをしましょう。

 さようなら。愛しのヴァンパイアさん。


「嫌だっ……」


 もう堪えられなくなり、俯いた私を、ジェレンが抱き締めた。


「俺が君を生かしてきたのなら、これからでも何度も、君を見付け出して生かして、守って愛する。君の死に打ちのめされても、どんなに時間がかかっても、君を待つ。永久に生き、永久に愛そう。数奇な運命の君のために」

「……ジェレンっ」


 約束を守り続けると、私を愛し続けると、そう告げるジェレンの温もりに溺れたくなってしまう。

 離れないと、ジェレンを苦しみ続けると言い聞かせた。でも、私の腕は彼を抱き締め返してしまう。


「猛毒の花を愛さないでっ、ジェレン」

「手遅れだ、紅。君は生涯でたった一人の、最愛の人だ」


 放さない。そう言わんばかりに、私を腕の中に閉じ込める。ジェレンの声が、傷だらけの心を癒すようだった。

 私の方が、悲しみで傷付けた彼の心を癒すべきなのに、彼は本当に愛情深いヴァンパイア。

 ヴァンパイアだからこそ、永遠の愛を与えてくれる。私の最愛の人。

 幾度も生まれ変わる猛毒の花を愛するヴァンパイアさん。

海のような愛で私を包む。

 私はそれ以上の愛を、与えられるだろうか。悲しみを癒してあげられるだろうか。私の限られた時間で、彼を愛したいと強く強く願った。


「なにを生温いことを言っている、ジェレン!」


 私達のそばに、降り立つヴァシリスが苛立った声を向けてきたから、2人して目を丸めた。


「アネモアを殺したアスワングは、遅かれ早かれ紅も殺しに来る! その時、返り討ちにしてくれる。オレはアネモアを殺した者を、殺してやると誓った!」


 ヴァシリスは唸りながらも、告げる。

 早くに両親をなくして孤児になったアネモアの父親のような存在になった。そんなヴァシリスは、今でもアネモアの仇を狙っている。

 初めて犯人を知り、復讐に燃えていた。


「うわぁあんっ!!」


 泣き声を上げて、ミシェルが後ろから抱き付いたものだから、首がしまった私は息苦しくなった。


「あたしも守る! 守る! 酷いこと言ってごめんっ! 紅ぃい!!」

「あ、いいの……うっ」


 涙ながらにミシェルは謝るけれど、別にいいのに。

 ミシェルはアネモアの時からの友だち。いつも、笑いかけて、楽しい話をしてきた。

「喧しい、黙れ」とヴァシリスがそのミシェルを引き剥がす。


「方法はわからないが、アスワング達が生まれる前にお前を見付け出す方法も、その時知ればいい。……1000年前から"鬼殺し"を知っているなら、"鬼殺し"がヴァンパイアに成る方法を知っているかもしれない」

「!」


 ヴァシリスの推測を聞いて、私はすぐにジェレンに目を向ける。ジェレンは強く頷いた。

 今回は、フィリピンにいたから、ジェレン達は私が生まれたことすら知ることが出来なかったけれど。今までは、生まれる前に殺そうと動いていたアスワング達を目印に私を見付けた。何らかの方法で。

 他にも、アスワングは"鬼殺し"について知っているかもしれない。"鬼殺し"について知れば、なにかがわかるかもしれない。

 希望はある。限りなく低くとも、ないという断言はない。


「例え、君をヴァンパイアにする方法がなくとも……生まれ変わる君を見付ける」


 額を重ねて、ジェレンは誓うように言ってくれた。


「ハン。お前を殺そうとする者は、みな排除してくれる。先ずは散り散りになった仲間どもを召集するか」


 ヴァシリスが隣で言い切ってくれる。


「今度こそ、お守りいたします」


 後ろに立っているであろうダリウスが静かに誓った。ミシェルもなにか言ってくれたけれど、感極まっていて言葉になっていないから、ヴァシリスが呆れている。

 一転して、賑やかになった雰囲気に、額を重ねたままジェレンが笑みを溢した。嬉しそうな笑顔に、私は嬉しくなって、唇を押し付ける。ジェレンもそっと寄せると、私の涙を拭ってくれた。


「貴方はどうして、海のように愛情深いの?」

「君が愛してくれているから」


 愛している。

そう込めて、またキスをした。

 紅蓮の花が咲き散る前に――――貴方を愛しましょう。




end

20150115

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