荒事と私 a
残酷描写あり のタグを追加しました。
5/26 所々の表現の加筆、訂正をしました。
再びの、朝。
昨日のことも、おとといのこともちゃんと覚えている。
寝間着から着替え、身だしなみを整える。
動きやすいTシャツに短パン。
今日もやはり頭痛がする。
眼球の裏側がわんわんしているような、偏頭痛に似た痛みだ。
あながち原因としては違わないかもしれない。
でも、昨日よりは楽になった。
状態が改善されているせいなのか、それともただ慣れただけなのかわからないが。
これはいい傾向なのかもしれない。
きっと、今の私は余裕がないのだ。
人を形成するのは個人の性格よりも経験なのかもしれない。
何を見て、何を聞いて、何を感じたか。
どんな人と話をして、どう生きてきたか。
それだけがぽっかりと失われた私は赤子と等しいくらいなにも知らない。
なにをどうしたらいいかわからなくて、戸惑い、追いつめられて。
けれど、少しずつ穏やかに日々を過ごし、体調も改善していったら、そしたらもっと余裕を持って物事がみられるのかもしれない。
ドアノブに手をかけ、深呼吸。
おそらく既にコウタさんは待ち構えているはずだ。
まるで私を見張るように、毎日変わら姿勢で。
……もしかして、服もいつも同じなのかな。
昨日もおとといもカーキのチノパンに白シャツ、カーディガン。
何枚も同じ服を持っているのかしら。
……それも研究のためだとすると、恐ろしい執念だ。
とりあえず、なんとか今日も誤摩化そう。
少なくとも、コウタさんが信用できるか見定めることができるまでは。
そして、今日も穏やかな一日を過ごそう。
まだ、焦る必要はないんだから。
なるべく心細そうで、不安そうな表情を作ってドアを開く。
が、予想に反しそこにコウタさんはいなかった。
おかしい。
昨晩寝る前にほぼ一年分の手紙を軽く読んでみたが、コウタさんがいないかったことなど一度もなかった。
今までにない、今までと違う、なにかがおかしい。
ふと、階段を上る音が聞こえてきた。
なんだ、もしかしたら今日はいつもより早めに出てしまったのかもしれない。
それこそ、過去の『私』の中で一番なくらい。
得体の知れない不安を感じつつ階段へと数歩進むが、あることに気づいた。
足音が複数だ。
しかも、2人以上。
私の頭の中で警鐘が激しくかき鳴っている。
慌てて部屋に隠れ、様子を見ようとしたが、時既に遅し。
階段をのぼってきた男の1人とはっきり目が合ってしまった。
ヴィオでも、コウタさんでもない。
その男は、頭に刀傷のによる一筋のハゲを持ち、背筋が寒くなるような濁った目でこちらを見た。
逃げなければ。
本能がすぐさま指示を出す。
部屋から見える大きな木に飛び移り、そこから下に逃げろ。
部屋のドアまで約三歩。
ドアを閉め、男たちから避難。
それ以降のことは下におりてから考えろ。
だが、ドアノブに触れたところで、足に熱した鉄を押し当てられたような傷み。
立っていられない。
視界が暗くなる。
平衡感覚が保っていられない。
その場に倒れ込んだ。
ぐらぐらと視界が揺れて気持ち悪い。
自分の足から一筋、液体が流れ出るような感覚。
下を見ると、それを待っていたかのように銃創から血が溢れ出した。
まるで心臓になったかのように脈打っているが、アドレナリンが効いているのかそれほど痛くはない。
ただただ、そこに穴が空いているのが不思議だった。
階段のほうを見ると、武器を構えた姿の男。
男が構えていたのは、大きな銃。
焦点を当てるようにこちらを見るその目は、暗く嗜虐的な輝きを帯びている。
その後ろから、もう一人、猟銃を持ったスキンヘッドの男が覗き込む。
「おい、気をつけろ、弾は貴重なんだから。」
「なにいってんでぃ、俺様の命中率は100%、んな小娘に当てるくらいどうってことねぇよ。
それより見ろよ、あの小娘、もしかして『魔女の人形』か?」
「なんだよ、おめぇやっぱり確認せずに撃ったんかよ。」
「いいでねぇか。 『人形』なら死なんだろう? 『人形』でなかったら死ぬだけでぃ。」
「おい、死んだら楽しみがなくなっちまうじゃねぇか。」
逃げなきゃ、早く、ここから、どこかへ。
だが、体は動かず、目は男達から離れない。
近づいてきた男に髪を掴まれ、顔を覗き込まれる。
ヤニのにおいが鼻について思わず顔を背けたが、もう片方の手であごをつかまれ無理矢理向けられた。
「ラベンダー色の髪に同じ色の瞳だろ。ほれ、こりゃ目撃情報通りだ。」
「お、まじか。 早々見つけるなんてラッキーだな。」
やめて、触らないで。
抵抗しようとするも、頭が冷水をかぶったように冷たくなって、耳元がわんわんして
「んじゃ、さっさとロクさんとこ連れて行こうぜ。」
「どうやって運ぶよ、これ。」
「死ぬことはないだろうし、引きずっていきゃあいいさ。
階段のとこだけ持ち上げればいい。」
血の出し過ぎか、ショックによるものなのか、足下がふらついてまともに立てない。
足先の感覚がない。
冷たい。
男たちは私が動けないのを知り、大きな舌打ちをする。
もしかしたらこのまま放っておかれるかもしれない。
だが、私のそんな望みは淡く打ち砕かれた。
スキンヘッドが傷男を責め、非を認めた男が渋々私の腕をとって肩にかけ、砂袋を引きずるように私を引っ張っていった。