町と私 b
お店から出た後は二人で露天を冷やかしてまわった。
アクセサリーやら古本やら古着やら、または遠方の方からの旅商人は珍しい家具や食器などを売りに出していた。
とても肌触りのいいなめらかな乳白色の食器を見つけたが、それは動物の骨を一緒に練り込んでいるらしい。
東洋のほうの秘薬だとかいう怪しい薬を売っているお店もあった。
瓶詰めにされた丸い物体に興味を引かれ、これは何かと訪ねたら、ヴィオが真っ赤な顔をして私の手を引き店を飛び出した。
(帰り道に聞いてみたら、これまた真っ赤になってしまった。
しつこく聞いてもなかなか口を割らない。
結局折れて、小さな声で増強剤だと教えてくれた。
うーん、あの瓶詰めでなにを強化するんだろうか?)
そんな感じで一通り見たいところを見終わった頃、ヴィオの評価が朝の「馴れ馴れしい男」から「気楽で楽しいやつ」へと大幅なランクアップしていた。
暗くなる前にかえるにはもうそろそろ帰路につかなくては。
それはヴィオもわかっているだろう。
「最後に一カ所だけ寄ってきたいところがあるから、ちょっとここで待っててくれないか。」
そう言っておいていかれたのは町の中心にある小さな公園の噴水の前にあるベンチだった。
この噴水も、実はかつての世の建造物らしい。
だが、石造りのそれは今のと変わらない見た目なので、なかなかそうとは知られないらしい。
ぼーっと水の音を聞いていると、今日は本当に忙しい一日だったと思う。
手紙を読む限り、いつもならこの時間は午後のお茶を庭でゆっくりと飲んでいる時刻だろう。
ゆっくりと流れていく時間はどのようなものだろうか。
今日しか知らない私にはわからないが、きっとそれも良い時間なのだろう。
でも、今日の私は疲れきってはいるが、充実感も感じている。
きっと、今日の私が書く手紙は、昨日の私のよりも長くなってしまうだろうな。
「こんにちは、お嬢さん。」
突然、私に声をかけてきたのはくるくる天然パーマをひとまとめしたおばさん。
ニコニコ常に笑っているような顔の造りをしている。
「袋落ちましたよ。」
どうやら、ワンピースのはいった袋を地面に落としてしまったらしい。
いそいで拾い上げ、礼を言う。
「そういえば、お嬢ちゃん、一人なの? ここらでは見かけない顔だから観光にでも来ているのだと思ったんだけど。」
ここにはこれ(といって袋を持ち上げる)をとりにきたんだけど、そう言えば、今日は町を観光したことになるのかもしれない。
それと連れが一人いて、いまちょっとした買い物に出ているんだ。
「まぁ、こんなところに女の子一人にするなんて。戻ってきたら注意しなくちゃね。
その袋の中は何なのかしら?
まぁ、きれいな色!
へぇ、ワンピースなの。きっとあなたの髪色に映えるわね。
でも、ちょっと短いのが残念かしら。女の子なんだからもうちょっと伸ばしてみたらどう?
せっかくの美人さんなのに。
ふふふ、大丈夫よ。私が言うんだから間違いないわ。
それと、そっちのは……まぁ、バルトハットのお茶じゃない!
あそこのお茶はおいしいけど、ちょっとお高いのよねぇ。
ふんふん、なるほど、待ちぼうけの彼の提案なのね。
まぁ〜、洒落たことをするじゃない。でも、おいしいお茶ならあそこよ、えっと……。」
おばさんのマシンガントークに気圧されながら、ヴィオの助けを待つ。
しかし、あいつはなかなか帰ってこない。
「肝心なときに居ない男」にランクダウンだ。
というか、そんなに話題を振られても知らないから曖昧に答えるしかないのだが。
そんな失礼な態度も気にしないように、おばさんはつばを飛ばしてしゃべり続ける。
その質問に至った流れは覚えていないが、とても自然な流れであったと思う。
「そうそう、そう言えば、あなたはどこらへんから来たの?」
丘の上から。
極自然にそう答えた途端、止まることがなかったおばさんの口がぴたりと止まった。
「丘の上の、白い建物?」
うん、そう。
確かに私たちの家(だと思う)は白い壁の建物だった。
今朝しっかりと見たから覚えてる。
それよりも、おばさんの目がこわい。
やはり顔の造りがそうなっているのか、笑顔なことは変わらない。
なのに、目だけが異常に冷たい。
恐ろしいものと対面しているというか、見てはいけないものを見たという目というか。
恐怖? それとも、嫌悪?
少なくとも、『私』をさっきまでの『ユリア』としては見ていない。
「そう、あなた、『魔女の人形』なのね?」
『魔女の人形』?
そんなの知らない。
たとえそうだとしても、知るはずがない。
私の全ては今日一日だけなんだから。
そうとも違うとも言えずにだまっていたら、おばさんは荒々しく立ち上がり去っていった。
どうしてあんな顔をしたのだろうか。
『魔女の人形』とは何なのだろうか。
ちょっと気にはなるけど、私には関係ない。
どうせ、明日にはこの不快な気持ちも全て消え去っているのだから。
ヴィオが戻ってきた。
露天で私がじっと見つめていたカチューシャを買ってきてくれたらしい。
サテンの表面に色はベージュ、ガラスで花を模したアンティークな雰囲気のヘアアクセだ。
とても嬉しいはずなのに、今の私は素直に喜ぶことができなかった。
私には関係ないのに。