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魔女の人形  作者: 少々
2/15

行き倒れと私 a

何か夢を見ていたような気がする。

とても楽しい、幸せな夢。

夢の残滓を追いかけて目を開けるのをためらったが、それはどうやら走り去っていってしまったようだ。


あきらめて重い瞼を上げると、しみひとつなく真っ白な、知らない天井がそこにあった。


……知らない天井?


ゆっくりと起きあがると、そこは入ったつもりのないベッドの中。

ツタをイメージしているような緑の柄の入った掛け布団に入っているが、そのカバーにも見覚えがない。


見覚えのない部屋をぐるりと見渡してみると、白い壁、青々と茂る木が見える窓、ファイルが立てて並べてある机、そこそこ余裕のある本棚、木のチェスト、それから鏡。

私の目は、今いるベッドの右斜め前の壁に立てかけられている姿見にとまった。


そこに映っていたのは、ぼさぼさ頭の少女。

薄い緑色のチェックの寝間着を着た少女が、こぼれんばかりに目を大きく開き、じっとこちらを見つめている。


私は試しにその姿見に向かって右手を振ってみると、彼女は左手をおそるおそる振っている。

その動きは明らかに私と同じタイミングなので、多分この少女は私なのだろう。


しかし、私はこの少女に見覚えがまったくない。


というか、そもそも私、誰なんだろう?


自分の名前が思い出せない。

昨日なにしたとか、何が好きとか、今日何をするつもりだったのかとか、何にも覚えていない。


記憶喪失。


まさしくこの言葉通りの状態。


見るもの全てが知らないもの。

いや、正確にはそのものに関する知識はあるから、それがどういうものかはわかる。

けれども、私がどうしてここにいるのか、ここが何処なのか、何をすれば良いのか、それら全てがわからない。


叫べば何とかなるならば、今の混乱を全部吐き出してしまいたい。

この胸の中にあるもやもやを、狂ったように吐き出せたらどんなにすっきりするだろうか。


でも、そんな訳はないし、このままずっとベッドに入っている訳にはいかない。

とりあえず着替えようとベッドから出て、チェストへと向かう。


チェストの中から適当に服を取り出して着て、髪の毛を手櫛で整えてから、改めて姿見を見る。

グレーのシャツにショートパンツ、足下はブラックのロングブーツ。

ロングブーツはチェストの横にひっそりと置いてあったので、おそらく私のものなのだろうとは思う。

私に美醜はわからないが、少なくとも醜い顔立ちはしていないと思う。


いつまでも鏡を見ていても仕方がないので、何か私を示すものはないかを探す。

例えば、日記とか。

ふと、机に目がいく。

さっきは気がつかなかったが、机の上に封筒が一枚置いてあった。


『明日の私へ』


空色のそれに手を伸ばし裏側を見てみると、宛先がそう書かれていた。

なんの留め具もしていないふたを開き、中の手紙を開いてみた。

便せん一面に丁寧な文字で書かれた『今日の私』への手紙。

それは、とても滑稽で、不思議で、でも今の私の状態に納得のいく、奇妙な手紙だった。



『 拝啓 明日の私


  おはようございます。

  突然ですが、『私』は記憶喪失です。  ………』


——————————————————————————————


机の上のファイルにはこれまでの『私』の手紙がまとめられていた。

本棚を見ると、さらに古いファイルが何冊かならんでいた。

おそらく、全ての手紙がこれらのファイルの中に入っているのだろう。

さっき読んだ手紙は『No.13』と書いてあるファイルの末尾に入れて、手前7日分ほどの手紙を読んでみる。

どれも全て似たり寄ったりの内容だ。



『今日は庭でお茶をしました。』



『今日はキッチンでお菓子作りをしました。』



『今日は部屋で本を読んでいました。』



『今日はコウタさんとずっとおしゃべりをしていました。』



『『『『 ちょっと寂しいけど、今はとても満ち足りた、幸せな一日でした。 』』』』



本当に?


本当に幸せだった?


その日の私が消えてしまうんだよ?


それが『ちょっと寂しい』で済むの?


『幸せな一日でした』で割り切れるの?


現に、今の私は恐くて仕方がない。

ベッドに腰掛けてこのまま沈み込んでいってしまいそうだ。


こんな同じような内容の手紙だけ読んで安心して外に出られるわけがない。

そもそも、この手紙が本当に今までの『私』からの手紙とは決まった訳じゃない。


でも、この手紙が本当なら、『私』に残された時間は一日しかないらしい。

それをこんなところでうじうじして終わるのはもったいない。

それこそ心残りの残る一日になってしまうだろう。


左へと目をやると、外への扉はすぐそこにある。

ほんの2,3歩の距離だ。


深呼吸をして、鈍色のドアノブを握る。

ひやりと体温を奪う感覚に、ちょっと背筋が伸びた。


後はこれをひねるだけ。


そしたらまずは『コウタ』さんがいるはず。

それから、『私』の名前を教えてもらえるらしい。

きっと、それは『昨日の私』と同じこと。

大丈夫、問題ない。


私は扉を開いた。


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