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魔女の人形  作者: 少々
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明日と私

目をあけるとすっかり見知った天井。


起き上がり窓の方を見ると、青々とした若葉が風に揺れて私に手を振っている。


太陽の登り具合を確認し、安堵からほっとひと息ついた。


よかった、寝過ごしてない。


ここで二度寝したら元も子もないので、名残惜しい布団の温もりを振り切り、身支度を整え始める。


今日から私も隣の研究所に出勤する。


今日は空色のワンピースにスキニーパンツを合わせてみた。


もちろん、靴は動きやすく安全性の高いものだし、おしゃれのようなものをしたところでどうせ白衣で隠れてしまうのだけど、要は気合いだ。


ふと、あの日から開かれることのないファイル達に手が伸びる。


その一枚一枚全てが花火のように刹那的にも輝いた『私達』の物語なのだ、と柄にもないことが浮かんだ。


コウタさんは『魔女の弟子』という形で『魔女』の研究を引継ぎ、『(ユリア)』を『魔女にそっくりの人形』として『魔女』についての噂を流したらしい。


そして、コウタさんは引き継いだ『紫外線遮断層』の研究の他、様々な研究を進めている。


私は今日から『魔法使いの弟子』として隣の研究所に所属させてもらうことになっていた。


もちろん、頭の知識が真っさらなガキなどそんなところに放り込んだところでどんなに迷惑をかけるかは目に見えていた。


だから、あの日から私はコウタさんに頼み込みきっちりと鍛えてもらった。


幸いなことに元は『魔女』であるらしい。


知識をどんどん吸収していく私を見てコウタさんが寂しげに笑っていたのは、もしかしたら『|魔女(彼女)』かつての姿を重ねていたのかもしれない。


外から馬の嘶きが聞こえた。


慌ててドアのノブに手をかけるが、何かを忘れている気がして姿見を見ると、うっかり大切なものを忘れていることに気がついた。


机の上においてあるカチューシャを手にとり、頭につける。


これを忘れるわけにはいかないから。


きっと後から振り返ると、今日は始まりの日になるのだろう。


ヴィオは今日から旅商人としてここを出る。


今日は私の初出勤の日でもあり、ヴィオの旅立ちの日にもなるのだ。


朝食は白米に身の赤い焼き魚、そしてもはや定番になりつつあるみそのスープ。


ヴィオのところにだけ弁当と思わしき布の包みがおいてあった。


ヴィオの旅立ちについては私なりに消化していたはずなのに、いざ直前となるとヴィオがいなくなるということがリアリティを帯びてきた。


わかっていたはずなのに、私は向かいの顔を見ることができなくなりひたすら機械的に箸を動かした。


私にとって、ヴィオのいる生活は当たり前のものだった。


私の始まりからずっとそばにいて、これからもそうなるのだろうと疑いもしなかった。


私にとっての世界はヴィオとコウタさん、この四方を柵で囲まれた空間と本の中の知識。


正直、あの日のコウタさんの話はいまいち現実味がなく、まるで奇妙なおとぎ話のごとく私には関係ないように思ってしまう。


『私』が『魔女』なのか、そうでないなにかなのかはわからない。


けれども、私の存在が歪なことは理解しているし、コウタさんの話を聞いてひとまず納得したふり(・・)をしている。


そう、私が丘の上から離れられないということも含めて。


ヴィオは私のために旅に出るのだろう。


外に出れない私の代わりに世界を見てくると、見て感じてきたものを私に伝えたいとヴィオは言った。


いや、それも旅に出る理由のひとつでしかないのかもしれない。


彼の本質は旅人だ。


一つの場所に留まるよりも様々な場所を巡っていくほうが性に合っているんだと思う。


師匠との旅路について話すときのヴィオはどこか遠く、懐かしむようなまなざしをしていたから。


だから、私は彼が旅に出ると言ったとき、止める言葉が見つからなかった。


食べ終えた食器をコウタさんが下げる。


もう荷物は積んであるのだろう。


身軽なヴィオはこのまま外へ行くようだ。


彼の背中を見ながらついていく。


本当は笑って見送るべきなんだけど、今笑うとひきつった顔になりそうだ。


玄関の前で馬が待っている。


突然私の4歩前を歩くヴィオが立ち止まり、つかつかとこちらへきて頭をぐしゃぐしゃっとした。


そんなことをされたのは初めてで、驚いてじっとヴィオの顔を見ると彼はいたずらっ子のようににやりと笑った。


「大丈夫だって、ちゃんと土産話を聞かせるって約束しただろう?

それにしっかり堅実にが俺のモットーだしな、へまはしないさ。」


そう言ってもう一度ぐしゃぐしゃを私の髪を乱した後、さっさと馬車に乗ってしまった。


慌てて後を追いかけるが、すでに馬車は走りだしている。


「じゃあな!元気でやれよ!」


そういってヴィオは旅立っていった。


そのまま送りだすのは癪だったから


「いってらっしゃい!」


と叫んでおいた。



栗毛の馬が荷馬車を引き、がたごとゆれつつ去っていく。


彼の赤髪が柔らかな空色に溶けて見えなくなるまで、私はずっと見つめていた。




今日から始まる新しい日々。


後悔しないよう毎日を精一杯過ごせばいい。


そして、次会うときには笑ってヴィオを迎えよう。




拝啓 明日の私


昨日までの私は逃げていませんか。

ちゃんと前を向けていますか。

しっかり笑っていましたか。


とりあえず、今日の私もがんばってみたいと思います。




Happy end……?

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