だが断る!
「……はあ? 意味分かんないんすけど。取り敢えず、ここ大丈夫?」
皆本星は思いっきり顔をしかめ、右人差し指で己のこめかみを突いた。これだけを見れば、いきなり他人にそんなことを言うなんて失礼な女だろうと思うだろう。でも考えてみて欲しい。全く初対面の名前も知らない女の子に、これからイケメンハーレムを作るからあんたそのサポートやってよね☆
そんな電波なことを言われてキレない奴がいるだろうか。少なくとも星は無理だった。
「いきなりで信じられないかもしれないけど、今言ったことは本当なの。ここは乙女ゲームの世界でlove 4seasonsっていって、攻略対象の男の子の名前には四季の季語が入ってるの。そしてあなたはヒロインである私のサポート役の星ちゃんなんだよ」
なにこいつヤバイ。
恐怖で急に鳥肌が立った星は、まるで百足が身体中に這っているかのような感覚を覚えた。きっと今彼女の顔は嫌悪のあまりに歪んでいることだろう。そうして若いのにもう頭が逝っちゃったのか。最近の社会は怖いなあと自分の目の前に立ちはだかる少女を見ながら、しみじみとそう思った。
「星ちゃん?どうしたの?」
星が憐憫の眼差しを向けている間も、少女は気持ち悪いくらいにニコニコと笑みを浮かべていた。
陶器の様に色の白い肌、ピンク色の唇、筋がすっと通った小さな鼻、ヘーゼル色の緩やかにウェーブした長い髪、華奢な体、アーモンド形の大きな目。そんな容姿の優れた彼女が微笑んでいる様は、通常であれば愛らしく感じるのかもしれない。しかし今の星には、それは恐怖しか与えなかった。彼女の目が笑っていないのだ。
超こわいんですけど。マジでシャレになんないし。美人は七難隠すだっけか?誰だよそんなこと言ったバカは。隠すどころか際立ってますけど!?ヤバいヤバいよ!これは確実に関わっちゃいけない人種だ。うん、逃げよう。とにかくなんとかして逃げよう。
星は自分で自分にうんと頷いて答えると、意を決して大声で叫んだ。
「いやいやいや。本当にサーセン。ちょっと誰か!誰かこの中にお医者様はいらっしゃいませんか!?急患です!誰か、お医者様はいらっしゃいませんか!?」
「医者か?それなら南棟の方にいたぜ」
星の背後から馴染みのある少年の声がした。急いで星が振り返るとそこには、親友の幸春が立っていた。
ヤバい、嬉しい!テンパって変なことを叫んじゃったのに、それに合わせてくれるなんて!
流石持つべきものは親友である。星の心は感動に満ちていた。きっと今、彼女に尻尾があったならばブンブンとそれを振り回していることだろう。
「マジで!?そこまで案内してくれない!?」
「ああ、こっちだ」
「あ、ちょ、ちょっと!?」
そうかなりの早口で言葉を交わし合うと、彼らは猛ダッシュで少女とは反対の方向に走り去って行った。そうして周囲にいつの間にか集まっていたやじ馬たちも、その雰囲気を察してか素早く解散していき、結局その場には電波少女が一人ポツンと残された。
「やあー、マジで助かったわ。ありがとうハル」
あれから二人は全速力で走り続け、あの場所から一番遠い食堂までやって来た。ぜえぜえと苦しい呼吸を整えながら、星は親友に礼を述べた。その言葉に同じく呼吸を整えながら、幸春はニコッと破顔して礼ならジュースでいいよと言った。いつもならふざけんなと言うところだが、今日はむしろジュースだけでいいの?何でも奢ってやるぜという気分だ。
星は取り敢えず自販機のパックジュースを2つ買うと、彼の好物である桃が入った果汁100%のミックスジュースを幸春に投げた。幸春はそれを受け取ると疲れたと言い、その場に座り込んだ。星はそれを見て申し訳ないなと思いながら、彼の隣に同じように座った。
「けどマジであいつヤバくね?お前何したの?」
「知らんわ!何もしてないし!なんか勝手にわーって走ってきたと思ったら、探してたのって両手掴まれて電波をビーって垂れ流しだしたんだけど!あー、超怖かった……」
あれは怖かった。今までの人生で一番怖かった。星はその時のことを思い出すと体をブルッと震わせた。いけない。また鳥肌が立ってきた。
「マジでか!?何それ怖い。お前当分気を付けろよなー」
「幸春くんよ。君、今俺は関係ないって思ったね?甘い、甘いよ。マックスコーヒーくらい甘いよ」
「そんなに!?なんで?俺あんな女、知りませんけど?」
「私だって知らんわ!あの女さ、なんだっけか。乙女ゲームの、乙女ってなんだよキモ。まあそのゲームの攻略対象は、四季の季語が入ってるって言ってたんだよね。幸春さん、あなたフルネームは何ておっしゃるの?」
「……桜庭幸春です」
「2つも入ってんじゃん!ビンゴなら2列ビンゴですよ!」
嫌だああああああ!
そう言って幸春は泣きながらその場に崩れ落ちた。まあそうなるのも無理はない。誰だってあんな気違いに私の虜にしてやるんだから☆と言われたら、泣き叫びたくもなるものだ。星は幸春の背中をよしよしと撫でてやりながら、どうしたものかと思案した。
困ったことにこの親友は、いわゆる世間一般で言うところのイケメンである。どれくらいかというと薄いピンク色に染められた髪がアシンメトリーに短く切られ、両サイドはヤンキーに人気のそり込み模様が入ったそんな難しいものが様になるくらいだ。
「なんていうか。その。……ファイト!」
「やだやだ頑張れない!コーチ、俺頑張れません!」
困ったなあ。
星は溜息を一つ吐いた。幸春の気持ちは痛いほど分かるのだが、このまま放っておいたら大変なことになるだろう。やはりここは日本人の美徳とされる感覚を捨て、あの電波女にはっきりと言うしかない。言っても聞く耳を持つ相手とは思えないが、それ以外に方法は今のところ無い。
「ハル。やっぱはっきり断るしかないって。私もあんたも」
「でもどうやって?相手気違いなのに?」
その時、食堂の扉が大きな音を立てて開いた。そうして聞きたくない声が聞こえてきたと思ったら、さっきの電波女が入口に仁王立ちしていた。なにやら彼女はプンプンと自分で言いながら怒っている。
非常に気持ちが悪い。そう思った星は隣にいる幸春へと視線を向けると、彼も同じようにこちらを振り向いた。そうして二人で確認し合うように同じタイミングでうんと頷き合った。どうやら彼も星と同じ気持ちでいるらしい。
「あ!やっと見つけた!もう星ちゃん、麗にちゃんと協力してよね!?」
「え、絶対に嫌。無理だから」
「なんで!?星ちゃんは、私のサポートキャラなんだよ!?」
「だが断る!そんなの知らん!電波発言はよそでやれ!」
必死にまだ発見されていない親友を隠そうと彼の前に出たのが良くなかったのか、電波女は星の後ろで子犬の様に震える幸春を視界に捉えると破顔した。
ああ、しまった。親友よすまない。不甲斐無い私を許してくれ。
「あ~!幸春君もいたんだね!私、霞麗っていうの。よろしくね!」
「だが断る!知らない、俺そんな電波は知らない!」
幸春は星の後ろでブルブルと震えながら、一生懸命にそう叫んだ。
「なんで?うらら悲しい……。仲良くしようよ」
「断る!宇宙人は宇宙に帰れ!おい急げよ逃げるぞ!」
「……へ?あ、ああ、はい!」
幸春に急かされると星は慌てて立ち上がり、自分たちの教室である2年K組へと再び猛ダッシュした。
ヤバいなー。あんなのに目を付けられて、これから自分たちはどうなるのだろろうか。星は泣きたい気持ちを必死に堪えて走り続けた。ふと横で同じように走る幸春を見れば、彼はもうすでに号泣していた。
K組(クズ組)
不良や問題のある生徒ばかりが集まったクラス。
S組(勝ち組)
家柄が良く成績も優秀な生徒ばかりが集まったクラス。
攻略キャラと登場人物
主人公
皆本星
2年K組
春
桜庭幸春
2年K組
梅平睦月
2年S組
夏
梧桐明易
3年S組
若竹白夜
3年K組
秋
千秋茅
1年K組
錦木秋雪
1年S組
冬
寒菊隼
1年S組
寒菊時雨
3年S組
ヒロイン
霞麗
2年S組