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芽を摘むパラコートのように

 時間というものは残酷だ。一時間以上あったはずの余裕は瞬く間に擦り減っていく。書いては直す作業を繰り返しただけで、結局レポートは大した進捗もないままだった。

 

「おいーす。時間だぞー」


 真っ白な余白をぼーっと眺めていると、間延びした声とともに友人の柴田崇文(しばたたかふみ)が入ってきた。


「おっ、ちーちゃんもいるのか。相変わらず圭護にべったりだねぇ。うらやましくて死ねるぞ、おい」


 皮肉を含んだ崇文の言葉に、肩をすくめて反応してやる。


「なんだ、千佳に嫉妬しているのか? あいにく現世の俺にそっちのケはないんだ。来世に期待してくれ」


「ばっか言え、こんな可愛い子に懐かれているお前にただ単にムカついてんだよ。んなことより寄合だろうが、とっとと行こうぜ。遅れるとまたうちの団長がヒステリー起こすぞ」


 軽薄そうな顔立ちと茶色の髪が特徴的なこの男は、見た目によらず消防団に所属している。まあ動物専門の温室の管理者なのだから、多少は鍛えてあって当然だ。とはいえ、グリズリーを素手で殴り合って躾けるような猛者は、この学校の中でもこいつくらいのものだろう。《特別者》の中でも異彩を放っているため、同じ科のみんなからも距離を置かれているらしい。

 自警団、消防団、医師団は毎月一度、会議のために集まるのが定例だ。医師団長である芳村教授が出られないことと、副団長である七年生の先輩が就活で「プレーン」にいないため、補欠の俺にお鉢が回ってきていた。

 荷物を整理し、鍵の確認をする。千佳はその間に準備を済ませ、すでに部屋から出ていた。外はもうだいぶ薄暗くなっていて、電灯にたかる蛾の少なさに、僅かに夏の終わりを感じた。


「じゃあな、寄り道せずに、明るいところを通って帰れよ」


 一応声をかけておく。


「悪いねぇ、お兄ちゃん借りてくよ。この埋め合わせは必ずするからさ。圭護が」


「……絶対だよ、期待してる。バイバイ」


 少し嬉しそうな様子に、俺はどう反応するのが正しいのかわからず、とりあえず黙っておいた。千佳は暗くなった通りを小走りに駆けていく。転ばなければいいのだが。


「んじゃ、行きますかー。そういやお前、今回も補佐なしで行くん?」


「悪いか。資料もあるし、問題はないさ」


「……ぼっちはつらいな」


「いや、お互い様だろ。だいたいは」


「でも俺にはいっぱい家族いるし。癒してくれるし。気にしてないし」


「はいはいそうだな。毛むくじゃらの家族がいるもんな」




 寄合所に着くと、すでに消防団長が待機していた。最も時間に厳しい人間だが、愛煙家である彼女はいつもタバコ臭い。毎回タバコのにおいが室内にまんべんなく行き渡っているため、息苦しいことこの上ない。


「お前らおっせーよ。一カートン無くなるところだろうがよぉ」


 仁科莉亜(にしなりあ)、長身なためよく目立つ六年生の彼女は、錬金科お抱えの《成り損ない》だ。手入れがされていないせいかところどころカールしている立派に傷んだ金髪は自前のもので、この忌々しい色は日本人の父が愛人のイギリス貴婦人との間に働いた不貞の結果だと酔うたびに自嘲している。酒が入っても入ってなくても非常に面倒くさい人柄なため、教授たちからも距離を置かれている。

 いつもは黒いとんがり帽子と厚手の黒いローブ一枚という魔女じみた格好で研究やらサバトやらをおこなっているため、『メイガス』とも呼ばれており、その実、占星術に長けている。

 寄合のときには外での活動用か、スーツを着用している。崩した着こなしと鋭い目つき、咥えタバコが相まって、かなり威圧的な風貌だ。


「まーた自警団の連中が最後かよ。やる気あんのかあいつら」


 仁科は山盛りになった灰皿に吸い殻を押し込むと、椅子の背もたれにぞんざいに寄り掛かる。


「まあまあ、まだ時間じゃないっすよ、団長。ええと、あとだいたい四分あります」


 崇文が腕時計を確認し、宥めに入る。


「いや、五分前行動は当たり前じゃないか? 俺らだって少なくとも五分前には着いてたんだし」


「おい圭護。そうやってわざわざ紛争の種を生むようなこと言うなよ。俺の努力が台無しじゃねーか」


「……ふむ、確かに。新堂の言うことには一理あるな。できれば、一時間前行動くらいは心掛けてほしいが」


 仁科は少し考えるように目を瞑ってから、追加で言葉を口にする。


「あたしらは危険からここに住む民間人を守るための組織だ。事故事件が起きてから無駄に時間かかっているようなら無価値なんだよ。予知しろとまでは言わねーが、少しくらい緊張感をもって臨んでもらいたいもんだな」


 時計の針が七時ちょうどを示したとき、出入口のドアが開いて二人の男が入ってきた。自警団長と副団長だ。美術科七年生の城戸克爾(きどかつじ)に、応用生物科三年生の間宮一樹(まみやかずき)。どちらも《成り損ない》として名を馳せている存在だ。面識もある。間宮は少しだけバツの悪そうな顔をしているが、大柄な城戸はいつも通り生気のない面構えのままだった。

 

「ようやく御登場か、木偶どもめ。三回連続ケツから一等賞だ、おめでとう。さっさと席に着け、会議を始めるぞ」


 議題の中心となったのは来月の「召喚大会」についてだ。一般報道の統制と無関係の市民の警護、観戦モニターの設置個所の設定が本題となった。


「A区画からD区画までの四つの区画が戦場として利用される。モニターはそれぞれ市民の退避場所に設置し、合計八つ。報道は基本的にヘリを使用する。これは決定で異論はないな? ほかに何か細かいことはあるか」


 「プレーン」は四キロメートル四方の超大型フロートが正方形状に九個連結して作られている。現時点でAからIまでの区画分けによって整理されており、中心となるAの学区から南がB区画であり、そこから時計回りの形でIまでの区画が存在する。

 進行は仁科が担当した。おおまかなプランが固まったところで、意見を求めるために周りを見渡す。すると城戸が手を挙げた。


「俺から一つ。去年のデータによると、住宅区の市民から例年より少しだけだが多く苦情が出ていたらしい。被害報告は大規模停電。マンション三棟が半壊、アパート五棟の内、少なくとも三棟は全壊の損傷。商店街の街路舗装の破壊、各地道路の破壊及び下水管の破裂。商業ビル地帯の破壊などによるものだ。大会中、参加者の能力制限を設けることも視野にいれたい。祭りのたびに修繕作業があるのはやはり異常だ。年々被害が増えている」


「毎度のことながら、被害は甚大だな。だがそれは却下されるだろう。理事長は外向けのパフォーマンス行為に手を抜くことを良しとしない。八島重工の皆様方の全面的な協力で成り立っていることだし、彼らにまた働いてもらうしかないだろう」


 城戸の申し出は一蹴された。だがそこまで不満そうでもないようだ。新しく対策を練るだけなのだろう。

 次に俺が手を挙げる。


「戦地設定されたB区画に、今年開院したばかりの医療施設が含まれています。施設自体が潰れても大した問題はありませんが、怪我人の受け入れ先が待避所になってしまうのは、場所や衛生面上で問題があるかと」


 今回使用されるのは生活の拠点となっているAからDまでの小さい正方形であり、待避所が作られるEからIまでの区画には医療施設の類はもともと存在しない。どこかに仮の診療所を建設する必要があるだろう。


「なるほど、もっともだ。バイオ施設のあるH区画に作るよう執行部に申請するといい」


 あとは通常通りの事務報告、予算関係の話だけだった。




    * * *



「今年はお前も参加するんだろ?」


 帰りの道中、崇文が聞いてくる。どこから嗅ぎつけたかはわからないが、適性試験を通過したことを知っていたようだ。


「ちょっと、暇つぶしにな」


「嘘つけ。どうせ入賞して研究室に予算回すことが目的だろ。わかってんだよ、芳村せんせーが動けないこのときを狙ったクソみたいな《特別者》に研究室を潰されかけてるってのは」


「……で、それが何か問題でも?」


「いやいや、大問題だろ。お前んとこの薬品には世話になってるし、後先考えないバカのせいで学校中に病気が蔓延したら大変だ」


「本音は?」


「ああ、狂犬病のワクチンが安くて済む。……ってそこまで酷くねえよ、俺。友達だろ?」


 大仰な身振り手振りについ笑ってしまう。


「まあな。でもこれは俺の問題だ、俺が解決する。そのために必死こいて試験突破したんだからな」


「……そこまでいうなら、まあ、いいけどよ。頼ってくれてもいいんだぜ? お前の味方は結構たくさん……割といるからさ」


「そのときにでも手伝ってもらうさ」


 我ながら、良い友人をもったらしい。

 大会に向けて、良い案が浮かんだのも彼らのおかげかもしれない。


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