不幸の手紙
明日は25歳の誕生日だという前日。その夜、仲間内でささやかな誕生日会を居酒屋で開いてもらった。
「ところでさ薫、この間応募したっていう奴そうなったの?」
正面に座っていた歩美が急に真面目な顔をして私に身を乗り出してきた。
「んー、今朝ネットで発表があったけど、また駄目だったみたい」
「残念だねー、今回は自信有るって言ってたのに」
そう。私はイラストレーターになるべく、毎日バイトをしながら色んな出版社の募集に応募するもことごとく落選。
浮かばれない日々を過ごしていた。
親友の歩美には、その都度愚痴を聞いてもらってるが、正直自分でもうんざりしてきた。もう24になるって言うのに。
「何々?応募って?まだ夢を諦めてなかったの?」
斜め向かいの菊雄が、生ジョッキを飲みながら聞いてくる。
「え、言ってなかったっけ?」
「俺は当の昔に諦めたのかと思った」と菊雄が笑う。
「ははははは」つられて私も笑ったものの、内心涙が出ちゃうよ。
菊雄は歩美の彼氏で、いつの間にか仲良くなってしまった。
菊雄は嘘や方便が嫌いな正直者で、そこが長所でもあり、短所でもある。悪い奴じゃないけれど、今日ぐらいは優しくして欲しいものだ。
「そう言えばさ、私の会社で変な噂があるんだけど!」
私の隣に座っていたマリが突然大きな声を出して私に寄りかかってくる。
「え、何?」
「あのね、25歳になった若者に不幸の手紙がくるんだって!」
「・・・・・は?」
「ほら、私たち、歩美も菊雄君も私もまだ24でしょ?薫明日25になるでしょ、丁度良いから取材させて!!」
マリは、オカルト雑誌主体の小さな出版社で働いてる。そのせいだからだろう、デマか嘘か分からないようなあやふやな情報をよく持っていて、変な知識を披露してくれる。
まぁ、元々学生の時から噂話には敏感な方だったが。
「噂でしょ・・・・、大体なんで25になったら不幸の手紙が来るのよ、学生でもあるまし。っていうか、私以外にも25歳になる人っていっぱいいるじゃん、その人たちに聞いてみたら?」
「そーでしょ、私も最初先輩に教えられてさ、なにそれって思ったんだけど。で、私の周りにも聞いてみるわけよ、このコネクションを駆使してっ。でもね、誰も肯定も否定もしないの、変じゃない?もしこれで何かあれば是非記事に書きたいわ!そして昇進よ!」
歩美は酔いが回ってきたのか菊雄にもたれ掛かりながら、その様子を見ていた。
私は歩美の目を見ながら心の中で助けを叫ぶもあえなく無視された。
歩美はお酒に弱いのに、前半勢いに任せて2杯飲んで居た、彼女にしてみれば頑張った方だ。
「誰も肯定も否定もしないわけだろ。という事は何かあるのは間違いないな」
菊雄はヒヒヒと意地の悪い笑顔を見せながら、歩美の背中を擦ってやる。
「ぼちぼちここ出る?歩美は大丈夫?」
マリが心配そうに歩美を覗き込む。
「ううー、眠いー、でもカラオケ行って歌いたい」
結局お勘定と済ませて、カラオケに流れ。日付が変る頃にお開きになった。
3人が連盟で、安眠枕とマッサージ機能付きのクッションをくれた。
「口コミでこのクッションいいらしいよ!」「肩こり酷いって言ってたでしょ?」「この枕は俺の会社の新商品だから、良かったら友達にも勧めてくれよ」
嬉しい各々の思惑が篭ったようなプレゼント。
いや、歩美だけは純粋だろう、肩こりを心配してくれたのだから。
歩美は菊雄と共にタクシーで帰っていった。来年、入籍するんだとか。あの二人なら仲むつまじい夫婦になるだろう。
「でさ、薫、今晩泊めてよ」
「あー、マリ、本気だったの?不幸の手紙」
「うん、だって。もう今日じゃない」
「だからって、朝来るとは限らないよ?」
「明日私休みだもん、一日待ってればくるでしょ」
「・・・・」
仕方なしに、私はマリを家に迎える。その夜は私たちはなかなか寝付く事が出来ずに、二人また飲みなおし、明け方まで喋っていた。
「でもさ、マリ。不幸の手紙って、確か受け取ったら10人に同じ文書を書いて、送っていくって奴じゃないの?だったら日本中すごい事にならない?重複してくる場合もあるじゃない?そうすると、また10人に書かないといけないのかな?」
「そういう事でしょう。映画でもあったじゃない?リンゴってやつ」
「井戸から出てくるサドコさんね」
「うん、あれと一緒よ」
「呪いは増え続けるってやつよね」
「だから?」
「・・・・・さぁ?っていうか、薫マジでいつまでイラストレーター志望なの?」
「え?それを今言う?」
私は高校生の頃からずっと漫画が好きだった。最初は漫画家になりたかった。
でも、残念ながら物語りを作るという事が絶望的にへたくそだった。
頭に浮かんでくるのは、どれも有名な話のオマージュ。
貧乏どん底の主人公が、ある日何かの才能を開花させ、一気に億万長者になる話や、実は由緒正しい生まれの女の子だったのに、親が死んで貧乏になって苦労する話とか。
どれもパッとしなかった。
でも、好きな漫画を真似をして書いて行く内に、絵だけは人より上手く書けるようになった(気がする)
大学生の時、漫画研究部に所属をしていて、絵だけは上手い、キャラクターをだけは上手いと褒められたから。
そこから私はイラストレーターになろうと決意した。
勿論少女漫画風も書くし、絵本タッチの作品も描く。とにかく、自分が描けると思ったものは片っ端から描いてみることにした。
その内自分の作風が固まってくると信じていたし。実際、最近では自分だけの絵が描けてきたと思う。
雑誌、絵本、広告、ありとあらゆるジャンルの応募に挑戦していくことに決めた。
そこから私の人生は少し人よりずれたものになったかもれない。
マリは雑誌出版社に勤めているし、菊雄は寝具専門店の営業マンだし、歩美は来年奥さんだし・・・。
友人たちが会社で働いて、正直焦りは感じている。私はフリーター。社会じゃ軽蔑されてもおかしくは無いし、今から就職活動とはどうやっていいのか分からなかった。
ただ、イラストレーターになりたい、それだけで生きている。
私の道は間違ったものだのだろうか?
「薫、薫?泣いてるの?」マリが心配そうに肩を叩いて来た。
「あ?ううん、ちょっとサカ睫毛が目に入っちゃった、痛くて・・・」
「大丈夫」
「うん、うん、だいじょーぶ、っていうか今何時?」
「えー、あ、5時じゃん!」
「もうそんなに?どうりで窓の外が明るくなったはずだわー、ハハハ。あー涙も止まったかも」
カタリ。
不意に、玄関の方から音が聞こえた。ポストに郵便物が届いた音だ。
「新聞の時間ねー、そうよね」
「え?私新聞とってないよ?」
「え?」
マリが突然真面目な顔をして玄関まで行くと、ポストを開けた。
「薫、手紙だ、手紙が来た!」
「・・・・・・どこから?」
二人の間に緊張が走るのが分かった。恐怖すら感じた。
「はい、見て・・・」
マリから受け取った手紙は薄緑色の封書だった。宛名は私だが、差出人は封筒には書かれてはいない。
「あ、開けるよ」
開けてみると、手紙らしき紙が入っているのが見える。
「あ、ちょっと、写真とって良い?」
「あ、どうぞ」
マリはこんな時でもしっかり目的は忘れて居なかった。
携帯を取り出して、数枚写真を撮る。
「はい、撮った。どうぞ、中身は?」
本日、25歳になられました 木下薫 様へ
本日は、お誕生日おめでとうございます。
早速ではございますが、貴殿の職歴を調べさせていただきました。
現在未就職者という事ですが、何を夢見ているのでしょう?
第二新卒の枠からも外れ、未だに実務経験もないという事ですが、このままでいいのでしょうか?
ハローワークにいかれましたか?
仕事なんてないでしょう?
今のバイト先に、社員昇格はありますか?あわよくばと他力本願で何を期待しているのですか?
上記の該当者は、すみやかに同封の案内書を持参の上、下記の指定の仕事案内場へお越しください。
会社の雇用を必ず致します。
もし、お越しいただけなかった場合。もう貴方の人生は終わりです。
ニートかホームレスにでもなっていなさい。
「・・・・なにこれ?」「マジ不幸の手紙じゃない?」
「っていうか・・・・・就職案内所の広告じゃん!」
ある意味確かにそれは、不幸の手紙だった。