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Blanc de Blancs(8)

(ローラン、僕を助けに駆けつけた時のあなたの必死さ、あれは本当に本気だったんですか…それとも…?)

 広場から逃走した車の中、ルネはしばし魂を飛ばしたようにぼんやりしていた。

 目を閉じればそこに、ルネにナイフを突き付けられて青ざめたローランの顔や、ルネを救おうとアシルの制止を振り切って突進してきた姿が浮かび上がる。

(腹の中に一物も二物もある人だとは、初めから分かってた。そんなあなたを信じてついていこうと決めたのは、どんな時でも、僕の胸に伝わってくるあなたの優しさだけは本物だと思えたからだ。あれからずっと傍にいて…あなたを随分身近に感じられるようになってきた。僕が最初に夢みたものとは少し違っていたかもしれないけれど、あなたもやっと僕の気持ちに応えてくれた。ついさっき劇場の中で僕を抱きしめながら、囁いてくれた言葉…あれらがもしも嘘だったら、僕はもうこの世の何もかもが信じられなくなるだろう)

 ルネは熱を持って火照っている頬に何気なく手を持っていって、触れた。微かに痺れるような痛みが残っている。そして、口の中には苦い血の味がした。

「…大丈夫ですかな、ムッシュ・ロスコー? 私の手下が大変な無礼を働きましたこと、心からお詫びしますぞ」

 口調は丁重だが、ねつっこい嫌な響きを帯びた声に、ルネは柳眉を寄せながら、目を開いた。

「初めから大人しく彼らの案内に従ってくれれば、その大切なお体に傷などつけさせませんのに…いやいや、相変わらず、お気が強い…強すぎますな」

 運転席に座ってハンドルを操っている男の肩が、笑いを堪えかねるかのように震えている。

「それにしても、目の前でまんまとあなたをさらわれた時のローランの顔は、なかなかの見ものでしたな。あの鼻持ちならない傲慢な男が、主を押さえられれば、手も足も出ない…全く胸がすくような気がしましたよ」

 ガブリエルとローランに対して底知れぬ憎悪を燃やしている、この男は、一体何者なのか―ルネはバックミラーに映る顔に目を凝らし、やがて気がついた。

(あれ、この顔って、さっき劇場の中で見た…そうだ、バルコニー席から、僕を憎々しげに睨みつけていた男だ!)

 ルネは我を忘れて身を乗り出そうとしたが、隣にいた大男がその肩を掴んで、乱暴にシートに引き戻した。

「じっとしていな、大天使! いいか、ここにはあんたを助ける者は誰もいないんだ。俺達に逆らうのは身のためにならないぞ」

 男の煙草臭い息がかかるのに、ルネ思わず顔を背けた。

「馬鹿者、その方に乱暴を働くんじゃない! 全く、何度言えば分かるんだ」

 運転席から振り返って男を叱責する、その初老の紳士の上品そうな横顔を、ルネは食い入るようにして見た。

(この男…待てよ、やっぱり僕は以前どこかで会ったことがある。ソロモンに関係する人間なら、ロスコー家繋がりで、どこかで見かけたことがあったとしても不思議じゃないけど―あっ!)

 こんな緊迫した状況でも冷静に動き続けている頭の中で不意に蘇った記憶に、ルネは拘束されていることも忘れて、大声を出しそうになった。

(思い出した…僕が以前調べた社内資料の中で見た顔だ。ローランとガブリエルによって一掃された旧経営陣の中の一人…名前は忘れたけど、ソロモンの腹心としても知られていたはずだ)

 ルネが入社する前のルレ・ロスコーを激震させた、新社長の一派と旧経営陣との間の権力争いについては、ルネもローランの秘書として知っておく必要があると思い、よく調べていた。

(それなら、自分の首をばっさり切って捨てたガブリエルとローランに恨みつらみがあることも頷けるな。おまけに、主人のソロモンまで、ガブリエルのせいでアカデミー・グルマンディーズの主宰にはなれず、一族内での影響力もどんどん低下していく一方な訳で…)

 パリに戻ってすぐに放送されたテレビ出演以来、精力的に活動を再開したガブリエルは、世間的にもアカデミー・グルマンディーズのみならずロスコー家の若き主として認知されつつある。

(それで、焦るあまり、ガブリエルを拉致して、来週に控えている定例会を中止させようって謀った訳か。また、えらく乱暴なやり口だよね…こんな柄の悪い連中を雇って、マフィア紛いの汚れ仕事に手を出してしまう辺り、この男は一族とは言っても下っ端なんだろうな)

いくらガブリエルが目障りでも、立場というものがある以上、ソロモン本人がこんな命令を直接下したとは、やはり考えにくい。

(そう言えば、前にも似たような話をローランと交わしたことがあったっけ…。あれは、ガブリエルの車に爆弾が仕掛けられた事件についてだった。あの事件の犯人像としても、この男はぴったりな訳だけれど…まさか―)

 爆弾事件の犯人はまだ捕まっていない。名門ロスコー家が絡むだけに、警察も慎重になっているのだろうが、実際どこまで捜査は進んでいるのだろう。

(ガブリエルにとって、自分を狙った犯人がソロモンの腹心だったという真相が暴かれたなら、ソロモンを失脚させ自分が権力を掌握するにはきっと好都合のはずだ。それはガブリエルの最も忠実な部下であるローラにとっても望むこと…もしかしたら、ローランは今夜、なかなか尻尾を出さない犯人をいぶり出すため、罠を仕掛けたんじゃないだろうか。何かあればすぐ駆けつけられるよう、アシルさんをオペラ座の付近に待機させておいて…この男を捕まえようとしていたんじゃないか…?)

 次第に胸が苦しくなってきたルネは、肩をゆっくりと上下させて呼吸を整えようとした。

(ローラン、あなたは、この男達が今夜オペラ座に現れた『ガブリエル』を浚おうとすると予想していた…ううん、それどころか、初めから全て、敵をおびき寄せるために仕組まれたことだろうか…? あなたが僕を観劇に誘ったのも、僕を大天使と勘違いして集まってきた人達の誤解をあえて解かなかったのも…)

 ルネは震える瞼を閉ざして、その裏に浮かび上がるローランの面影に向かって、切実に問いかけた。

(ああ、ローラン、あなたが今夜ガブリエルに対するように僕を優しく扱ってくれたのも、甘い言葉で有頂天にさせたのも、計画の一部に過ぎなかった…? ううん、あなたのことをそこまで人でなしだなんて思いたくはない、でも…)

 次第に高まってくる黒々とした感情の嵐を必死になって抑え込もうとしながら、ルネは膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。

「おい、気分でも悪いのかよ、ムッシュ…?」

 ルネの様子がおかしいのを見咎めたらしい、左側に座っている大男が訝しげに顔を覗きこんできた。

 そのごつごつとした手が肩に触れた途端、ルネはかっとなった。

「僕に触るなっ!」

 猫を被るのを一瞬忘れて素に戻ったルネは、大声で怒鳴りつけるなり、男の手を思い切り振り払っていた。

「え…ムッシュ・ロスコー…?」

 運転席でハンドルを握っていた男が肩越しに後ろを振り返り、わなわなと拳を震わせているルネの顔を確認する。その目が驚愕のあまり、見開かれた。

「い…いや、違う…よく似てはいるが、大天使じゃない。おまえは一体何者だ?!」

 その時、ルネのスーツのポケットの携帯電話が、場違いなまでに可愛らしくころころと鳴り始めた。たちまち車内に微妙な空気が流れた。

「お、おい、その携帯を切りやがれ!」

「いや、それよりも、こいつは『大天使』じゃないって…本当か、ムッシュ・バロン?!」

 全身の汗腺からどっと汗が噴き出すのを覚えながら、ルネは急かすようになり続ける携帯電話を引っ張り出し、画面を確認した。

「ローランからだ」

 ぼんやりと呟き、また1つ、ルネは深呼吸した。そのまま、通話ボタンを押した携帯を耳元に持っていく。

「はい、僕です。ルネです」

 自分達の存在を見事に無視して応対に出るルネに、左右を固めるチンピラ達は気色ばんだ。

「こ、この野郎、勝手なまねをするな!」

「その携帯をこっちによこせっ」

 座席から半ば身を浮かせて、ルネに掴みかかろうとする2人の男達の胸と頭に、ルネは素早く手刃と肘鉄を喰らわせた。

「お、おまえ、ガブリエルの替え玉だな…私を騙したのか…!」

 あっという間に2人の男達を叩きのめし、しれっとした顔で携帯を持ち直すルネを、運転席の男―ムッシュ・バロンは動揺しながらバックミラーで確認する。

「ちゃんと前を見て運転して下さい。危ないですよ」

 白々と冷たい目をして注意した後、ルネは傍らで呻いている男達には目もくれず、改めて通話に出た。

『ルネ、無事か! 今、どこにいる?!』

 ルネが本当に通話に出るとは思っていなかったのかもしれない、一瞬絶句した後、ローランが勢い込んで問うてきた。

「僕なら大丈夫ですよ、ローラン」

 ついさっきまで湧きあがる疑惑の念に息がつまりそうになっていたのに、ローランの声を聞けば、不覚にもルネの胸は熱くなった。

「そうですね、今この車が走っている場所は…」

ルネは窓の外を流れていく景色を見やり、それから車の進行方向を確認した。

「この車は今、セーヌ川方向に走行中です。まっすぐ行けば、たぶんロワイヤル橋の辺りに出るじゃないでしょうか」

 携帯電話の向こうで、ローランが誰かに向かって、鋭く命令するのが聞こえた。

『俺達は今、二手に分かれて、その車を追っている。そいつらが逃げ込みそうな所も大方見当がついている…どこに行こうとも絶対に逃がしはせん。大丈夫だ、ルネ、すぐに助けてやるからな。俺を信じて、待っていろ』

 頭の中を掠める様々な考えとは裏腹に、ルネの心は、この声の主を信じたい方に大きく傾いた。 

「…はい、ローラン」

 全く、何て馬鹿なんだろうと自分を腹立たしく思いつつも、ルネは声に出してはいとも素直に応えていた。

「この野郎…人質の分際で、好き勝手し放題にしやがって…!」

 しばらくシートの上でぐったり伸びていたナイフ男が鼻血を垂らしながら起き上がり、反対側で胸を押さえて呻いていた大男も怒りの形相で再びルネを振り返った。

「ガブリエルだと思えばこそ丁重に扱ってやったが、偽物ならもうその必要もない…こいつめ、無傷で帰れるとは思うなよ!」

 殺気立つ2人の男達をちらちらと見比べて、ルネは握り締めた携帯に向かってすまなそうに囁いた。 

「それじゃあ、ローラン、何だか雲行きが怪しそうなのでひとまず切りますね。心配しないでください…また後で…」

ルネが慌てて携帯を切ったのを合図にしたように、2人の男達は彼に襲いかかった。

しかし、男達の手が触れる前に、ルネのしなやかな腕が狭い車中を舞ってナイフ男の顔を捕え、のびやかな脚が下方から大男の頭を蹴り上げた。

「うわわわっ!」

 運転席のパロンは、後部座席でどすんばたんと男達の体が跳ねあがったり落ちたりするのをミラーで確認しながら、ハンドルを操るのに必死だ。

「ひぃ…い、一体、何なんだ、こいつ…化け物か…!」

 バロンは、車を乗り捨てたい衝動にかられながらも、スピードを上げてセーヌ川にかかる橋に迫った。

だが、その時、前方から一台の車がクラクションを鳴らしながら走って来、行く手を遮るように橋の真ん中で車体を回転させて停車した。

「うわっ…!」

 バロンは慌てて、急ブレーキを踏んだ。

「きゃあっ?!」

 大男の首に絞め技をかけていたルネは、その反動で座席から滑り落ちそうになる。

「いたっ…いきなり急ブレーキをかけるなんて、危ないな!」

 フロントシートの背もたれに手をついて、ぼやきながら起き上がったルネは、何事かと怪しむように窓の向こうを透かし見た。

「あれ、あの車…アシルさんじゃないのか…?」

案の定、バロンを強引に停車させた黒塗りの車の中から、アシルと彼が率いる黒服達が次々に飛び出してきた。

アシルは携帯電話で誰かと話しながら、ルネの無事を確認するためか、用心深くこの車の横に回り込もうとしている。

(アシルさん…この車を逃がすまいと先回りしたんだな。今夜の襲撃を予想して貼りこんでいたくらいだもの…こいつらの逃走経路もあたりをつけていたのかもしれない。待って、彼がここにいるということは、ローランは一体どこに…確か、もう一台、車があったはずだけど…?)

ルネがそんなことを考えていると、やはりと言うべきか、後方から黒い車が猛スピードで近づいてきた。ルネを拉致した車が走ってきた道路を辿って、まっすぐこちらに向かって突き進んでくる。

(必ず僕を助けると約束した通り、あなたはちゃんとここまで追いついた。勝算のない勝負などしない現実主義者のあなただから、当然のことなのかもしれないけれど、それでも、僕は―)

 ルネが後ろの窓の方に身を乗り出して外を確認すると、その車もやはり誘拐犯達の退路を断つように大きくスピンして停車した。

結果、ルネを拉致した連中は、進むことも引くこともできず、橋の上で立ち往生する羽目に陥った。

 固唾を飲んで見守るルネの目は、車のドアが開き、そこから現れた長身の男を捕えた。

瞬間、運転席のパロンが身を固くし、忌々しげに吐き捨てる。

「ヴェルヌ…大天使の飼い犬め…!」

飼い犬は飼い犬でも、愛玩されるためでなく、まさしく敵を攻撃し追いつめる能力に長けたドーペルマンと形容されるのが、彼にはふさわしい。

ローランはちらっと腕時計を確認し、同じ車から降りてきた男達に何事か命じた後、こちらに向き直った。

肩を怒らせて立つ丈高い姿は、異様なまでの気迫に満ち、周囲を圧倒せんばかりだ。

「無事か、ルネ?!」

 その爛々と輝く緑の目は、車のウィンドー越しに、鋭く正確にルネを見据えていた。

「ローラ…ン…ローラン!!」

 矢も楯もたまらなくなったルネは、腕を伸ばしてドアのロックを解除しようとした。

「うわ、こ、こっちに来るな、化け物…!」

 ルネに散々どつかれた大男は彼が身を乗り出すや恐慌状態に陥って、ドアが開くや、車外に転がり落ちた。

「ルネ…!」

 ルネが申し訳なさそうに車からひょいと顔を覗かせなり、厳しかったローランの表情がほっと緩んだ。

「は、はい…僕のためにこんな…すみません、ご迷惑をおかけしています」

 路上に尻もちを突いた大男が、先程車中で大暴れした人間と堂一人物とは思えぬ態度のルネを、信じられないものを見るかのごとき目で見上げている。

「余計な気遣いはするな、ルネ、いいから、早くこっちに来い…!」

 じりじりと包囲網を縮めていこうとする黒服SP達に頷きかけつつ、ローランはもどかしげにルネに手を差し伸ばした。

「ローラン…あっ…!」 

 ルネは、ローランの方に引き寄せられるようにゆっくりと歩き出した。これでやっと忌々しい拘束状態から逃れられると感じた、その時、車のもう一方の後部座席のドアから飛び出してきた男が、ルネの背中に突進した。

「動くなっ!」

 男は、ルネの肩を掴んで引き戻し、その頬にナイフを突き付けた。

「このままあっさり捕まってたまるか…こいつが大天使かそうじゃないかなんて、この際どうでもいい。とにかく、こいつを無傷で取り戻したいってなら、俺が逃げ切るまでじっとしてな!」

 ナイフ男の目の周りには青いあざがくっきりとできていたが、それをつけた張本人は、その腕に捕まえられたまま、困惑のあまり固まっていた。

(あああ、またさっきと同じパターンだ)

 捕まえられた瞬間は、反射的に投げ飛ばしてやろうとしたルネだったが、真正面にいるローランと目が合えば、たちまち戦意が萎えてしまう。

(本当は、この程度の相手なら、赤ん坊の手を捻るよりも簡単に捻り潰せるのに、無害でか弱げな生き物のふりをして、恐がっているような顔までして、ローランの反応を窺っている…そこまでして僕は、好きな人によく思われたいのか…?)

 腹の底の方にぐつぐつとたぎるような熱い衝動があるのに、いつもいつも、それを無理矢理押さえつけてきたルネだった。 

「ルネ…」

 男の腕にくったりと捕えられたままのルネをしばしローランは食い入るように見ていたが、ふいに、何事か気がついたようだ。

「馬鹿野郎」

 その眉間に深いしわがより、頬がぴくっと震えるのをルネは見とめた。

「この非常時に猫などかぶるな! そんなチンピラごときに後れを取る玉じゃなかろうが! 逆らえ、ルネ!!」

 その怒号に、ルネの胸の奥の心臓が小さく跳ねた。

「えっ?」

 ルネは、ぽかんと口を開いたまま、自分の反応を待つかの如く仁王立ちしているローランを眺めた。

「何、突っ立ってやがるんだ! 道を開けろ! こいつがどうなってもいいのかよ!」

 ルネの背中にぴたりと貼りつき、ナイフを振りかざす男の手首を、ルネはあっさり捕えた。

「ローラン、どうして…?」

 目はひたすらローランにあてたまま、ルネは男の手を軽くひねり上げた。

「うわ、いてて…!」

 情けない声あげ、男はルネから身をもぎ離した。そして、憎々しげに歯ぎしりをして、再びナイフを構えた。

「畜生、もう許さねぇ!」

血走った目をした男が、ルネに向かってナイフを突き出してくる。

「ルネ!」

 ルネは鮮やかな身のこなしで男の襲撃をかわし、くるりと体を回転させざま、ナイフを持った手を蹴り飛ばした。

「ぎゃあっ!」

 強烈な回し蹴りを受けた男は、横ざまに地面に倒れ込み、傷めつけられた手を押さえて転げ回った。

 おおというような感嘆のどよめきが、遠巻きに様子を見ていた黒服SP達の間から上がる。

(う…し、しまった)

 見事な一撃で男を仕留めたルネだったが、思い切り足を振り上げたまま、一瞬固まった。恐る恐る足を下ろしたが、もう遅い。

「よくやったぞ、ルネ」

 晴れやかな笑顔でまっすぐ近づいて来たローランから、ルネはもじもじと後じさった。

「い、いえ…その…」

「!…さっき殴られた傷か…?」

 ローランの顔がふっと曇り、伸びてきた手がルネの顔に触れた。まだ少し痛みの残る頬や傷ついた唇の辺りを気遣わしげに探る指先に、ルネは身動きが出来なくなった。

「酷い目に合わせてしまったな…すまない、ルネ」

 ローランはたまりかねたかのように、ルネを引き寄せ、かき抱いた。

「おまえのことだから大丈夫だと信じてはいたが…一方で、俺の力の及ばない所で、あいつらにおまえが傷めつけられてはいないかと思うと不安でたまらなかった」

 耳元で囁かれるローランの低い声は、怒りとも怯えともつかぬ微かな震えを帯びていた。 

「ローラン…あの…」

 ルネがおずおずと顔を上げようとした、その時、周囲がざわめき立った。


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