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2 判じ物の答え

寺子屋に貼られた一枚の判じ物。

その答えは、思いのほか近くにありました。

今回は謎解きの回です。


 その日の夕方――。


 子どもたちがみんな家に帰り、鏡之介も引き上げたのを確かめてから、水絵は半紙を手に、お地蔵様の前に立った。竹の印を確かめ、その場所を探る。すぐにそれは見つかった。

 油紙に包まれた一抱えもある四角い物。お地蔵様の足下に座り、油紙をほどくと、風呂敷包み。風呂敷をとくと、さらに油紙。厳重に包まれたそれは、十数冊の草双紙だった。

 「桃太郎」「坂田公時」「猿蟹合戦」「舌切り雀」「御曹司島渡」「義経島巡り」「楠一代記」「歌舞伎年代記」……小さな子どもが読む物から、大人向けの物まで、どれも読み込まれてはいるが大切にされていたことがわかる品ばかりだった。


 ぱらぱらとめくっていると、奥付に書き込まれた文字に気づく。どの草双紙にもすべて書き込まれているその文字を見て、水絵は、


「……やっぱり」


 と、小さく息を吐いた。

 その時――。


「なるほど」


 いきなり声をかけられ、水絵は文字通り飛び上がる。草双紙に夢中で、鏡之介がそばまで来ていたことに気づいていなかった。


「驚かさないでください」


 早鐘のように鳴っている胸を押さえながら、水絵は鏡之介を睨んだ。鏡之介は「悪い悪い」と、ちっとも悪くなさそうな口調で言い、そして、真顔になり続けた。


「謎は、朝のうちに解けていたんだろう? でも、子どもたちには教えたくなかった」


「鏡之介さんだって、解けてたでしょう。こんな簡単な判じ物」


「まあ、解けてはいたが……。子どもには教えられない答え、俺に言ってみちゃどうだ? きちんと解いてやらなきゃ、この判じ物を書いたやつもがっかりするだろう」


 鏡之介はどこまで知っているのだろう……。「袖切(そでき)冬三(とうぞう)」のことも知っていたから、なにもかもお見通しなのかもしれない。それなら……と、水絵は謎解きを披露することにした。解けたのに解けないふりをするのは、仕方ないこととはいえ、少し業腹だったので、披露できるのは……たとえ、相手がひとりでも、心地よいものだった。


「これは、簡単な判じ物です。ここに書かれているのは言葉の意味で、表している言葉の頭文字をつなげれば、答えになるんです。つまり……」


 干支は、「子、丑、虎……」だから、最初は「ね」。

 源氏物語 伴大納言 信貴山縁起 鳥獣人物戯画は、どれも「絵巻」の題名なので、二文字目は「え」。

 市村座立作者は、「桜田治助」なので、三文字目は「さ」。

 彼岸花は、別名「曼珠沙華」なので、四文字目は「ま」。


「続けると、『ねえさま』になります」


 鏡之介はうなずく。「ねえさま」が誰のことなのかを問おうとはしない。

 水絵は、かまわずに続けた。


「右下は、ほかのふたつと解き方は違います。石作皇子 車持皇子 右大臣阿倍御主人 大納言大伴御行 中納言石上麻呂……これらは、みな、かぐや姫に求婚した公達の名前です。かぐや姫が出てくる話は『竹取物語』ですから、竹の印の場所を捜せば良いということになります」


 鏡之介は、ちらっと地蔵菩薩の絵を見たが、やはりなにも言わなかった。


「左下の解き方は、右上と同じです」


 笠森稲荷 鍵屋は水茶屋のことで、そこの看板娘の名前は「おせん」。

 二文字目は、「井の中の蛙大海を知らず」で、「い」。

 稲育つところは、「田んぼ」。

 明るく照らすが燃え尽きるものは、ろうそくのこと。

 亀に乗りて竜宮城を訪れし者は、お伽噺の「浦島太郎」。


「続けると、『せいたろう』になります」


 水絵が言うと、鏡之介は黙って草双紙の一冊を手に取る。そして奥付を開く。

 すべての草双紙に書かれたその文字は――。


 此主 宇多川誠太郎


宇多川(うだがわ)誠太郎(せいたろう)はいくつになる?」


 鏡之介に問われ、水絵はちょっと考える。


「たぶん……八つだと思います」


「新吉よりひとつ下か。それでこの判じ物を考えるとは……ずいぶん賢いんだな。それに、よほど……」


 鏡之介はそれ以上なにも言わなかった。だが、水絵には鏡之介の言いたいことがわかったような気がした。


 ……よほど、「ねえさま」に会いたかったんだな……と。


 眞性寺で、水絵は人を待っていた。いつも寺子屋として使っている場所だが、すでに子どもたちの姿はない。すっかり片付けが済み、赤い夕陽が本堂の床を照らしている。

 正座する水絵の膝の上には、先日見つけた草双紙が乗せられている。見つけたときのまま、厳重に包み直してある。

 黒紋付きに着流し姿の男が、姿を現した。


「待たせたな」


 水絵の向かいにどっかりと腰を下ろした宇多川孝之進(こうのしん)に、水絵はきっちりと頭を下げる。


「お呼び立てして、申し訳ありません」


 どうしても、孝之進に会わなければならなかった。けれど、八丁堀を訪ねるわけにはいかない。水絵は仕方なく、岡っ引きの春太(しゅんた)に伝言を頼んだ。春太は快く引き受けてくれ、今日、ここ眞性寺で会う約束を取り付けてくれたのだった。


「いや。だが、珍しいな。水絵が私を呼びだすとは」


 まっすぐ水絵を見つめてくる孝之進の目を、水絵もまたまっすぐ見返しながら、膝の上の物を床に置き、孝之進に向けて差し出した。


「これを、お返ししようと思いまして」


 眉をひそめた孝之進は、小さく、


「開けるぞ」


 と言うと、油紙を解いた。次に風呂敷、再び油紙……と、その厳重さに苦笑しながら、孝之進は草双紙の束を取り出す。それを見てふっと微笑み、それから念のためといった手つきで、奥付の文字を確かめる。


「これは、どこにあった?」


「お地蔵様のところです」


 答えながら、水絵は判じ物の半紙を広げてみせる。


「これが、寺子屋の壁に貼られていました」


「判じ物か。私は苦手だ」


 水絵が解いて見せてくれ、と孝之進は言うが、こんな単純な判じ物を孝之進が解けないはずはない。何故わざわざ……と水絵は思ったが、ほかにどうしようもないので、鏡之介にしたのと同じ謎解きを披露する。


 孝之進はかすかに笑みを含んだ声で、


「血は争えない、いうことか」


 とつぶやいたが、水絵は聞こえないふりをした。孝之進はそれ以上このことに拘泥せず、話を進めた。


「この草双紙、おまえに持っていて欲しいと思っているのは明らかだろう? 返すことはないと思うが」


「……理由がわかりません。何故、こんなにたくさんの草双紙を」


「理由は、本人にきけばよい」


 水絵は、草双紙にそっと視線を落とした。


お読みいただきありがとうございます。

次話は、草双紙の持ち主との場面になります。

引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。

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