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ep9.依頼の選定

中に入ると、視力が落ちているにも関わらずパルモだけはすぐに分かった。


青髪のショートカットにアビエーターサングラス、そして白の襟付きノースリーブにポンチョを着こなし、中から水色のネクタイがぼんやりと見える。青のミニスカートからのびる足の片方には黒のハイソックスが着用されている。


そんな個性が爆発している服装は彼女しか見たことがなかった。


そんな彼女は席に座って依頼のファイルをまだ見ているようだった。


「パルモ!」


彼女に駆け寄る。


「クルさんどうしたの…私何かしたかな…」


彼女の気まずそうな声を聞いて、別にそんなつもりはないと思いつつ、ハッとした。


今の俺は猛烈に目が悪い。つまりは目力を込めて彼女を見つめていた。


それが彼女には怒っている顔に見えたのだろう。


「色々あって視力が落ちたんだ!」


焦って俺は自分でも意味が分からないほどに、脈絡なく結果だけを彼女にぶつけていた。


「え?…そっか…うん!一旦落ち着こう!さっぱり意味がわからないよ!」


苦笑しつつ、彼女はファイルを置いてコチラに向き直った。


それから俺はこの数十分の間に起こったことを彼女に話した。


「なるほどね…そのコンさんについては私もよく分からないけど。自分の持ち物に名前を付けるって凄く可愛いと思う!」


そうして彼女は自分の持ち物に名前がついているペンや小さなぬいぐるみを肩掛けポーチから取り出して見せてくれた。


(しかし今はそんな話をしている場合じゃない。君にとってはどうでも良い話かも知れないが、俺にとっては結構な危機なんだ!)


「どちらかというと、視力が落ちた所に注目してほしい」


焦る気持ちを抑え、冷静を装って彼女に解決策はないか聞いた。


「うーん、でも落ちちゃったものは仕方ないし…私はサングラスしか持ってないし?お金もないし…。鼻が利くようになったのならとりあえず、鼻に頑張って貰うしかないかなぁ…」


パルモは少し困ったように腕を組んだ。


目が殆ど使えない以上、しばらくは鼻を頼りに頑張っていくしかないようだった。


「頑張って見ようとしているから、自然と目つきも凄く悪くなっちゃっているね」


彼女はそう言って依頼ファイルを俺に手渡した。


俺はそれを頑張って見ようとしたが、拳一個分の距離まで顔を近づけなければクッキリと字が見えなかった。


「あ、そうだ。友達に貰った良いものがあるよ」


眼鏡の代用になるモノか?と思ったら、パルモは四角い小瓶のようなモノを取り出して、ミニスカートと黒のハイソックスの間に覗く太ももに“シュ”と何かを吹きかけた。


ツーンと鼻が曲がりそうな刺激臭に鼻が潰れるかと思ったが、鼻を抑えてしばらくすると馴染みのある匂いがした。

畑なんかで草木を燃やした時に匂う、あの煙の匂いだった。


別の言い方をすれば、ちょっといい酒場で出されるスモークチーズの一口目を口に含んだ時に堪能するようなスモーキーな匂いだ。


ゆったりとした木々の匂いに含まれるピリッとした匂い。そんな一切の甘えを排除した香りが俺の脳を包んだ。


「これが私の匂いだよ。覚えておいてね」


少女の見た目からは考えられないほど色気のある匂いを出す彼女に、すぐに悩殺されてしまいそうな自分を客観的にみると、自分はどうも惚れっぽい男なのだなぁと思うのだった。


「あぁ。ありがとう」


「そういえば、依頼でいくつか良さそうなモノを選んだんだけど。クルさんの意見も聞いておこうと思って。…これなんだけど」


パルモから渡されたのは輪郭からして依頼書なのだろうが、字が潰れていて全く何が書いているか分からなかった。


そのため依頼書に顔が張り付くレベルで顔を近づけてみていると、パルモが声に出して読んでくれることになった。


「一つ目は山菜採集。山菜の季節だからね、皆食べたいんだろうね。沢山依頼があったよ。これがEランクの依頼、つまり一番簡単な依頼かな」


「これは受けたいな。山菜も一つ取れれば匂いで探せそうだ」


「そうだね。そしてお次は山に繁殖するグロリアスマンティスの鎌を持って冒険者ギルドに納品してくれって依頼だね。依頼人は鍛冶職人達が中心となって活動するクランみたい。ちなみ依頼難易度はCランク。結構大変な依頼だと思うけど、クルさんならいけると思う!」


「どれだけパルモの中の俺は凄い奴なんだよ。これを受けたら俺は死ぬぞ」


「大丈夫!いざとなったら私が倒すから!」


全部パルモが倒してしまえばいいのでは…などと考えてはいけないのだろう。だから俺はこの二十四年間、成功体験のようなモノを掴めなかったんだ。


人生四十年と言われる今の時代で俺はもう半分を超えた。


(ちょっと高い階段だろうとココは無理して登らなければ…)


そんなことを考えていると、コンも反応した。


『私も君の戦った魔物という生物に少し興味がある。その依頼を受けて貰えると嬉しい』


コンも何やらこの依頼に興味があるようだった。金が動き、責任が生まれる以上、安請け合いはしたくないが、


「依頼が失敗したらどこに謝罪しに行けばいいかの場所だけ確認しておこう」


とだけ言って依頼を受けることにした。


その理由の一つとして依頼料の数字の桁が違ったからだ。


無理して死んだら元も子もないという意見も脳内会議で出されるが、普通にマナダストの運搬所で働いていたら一ヵ月ほど働かなければ得られないような大金が、この依頼を達成するだけで得られるのだ。


「…大丈夫?…やっぱり止めておく?」


決めたというのに、彼女の言葉があまりにも甘く優しい。悪魔の囁きに聞こえてくるほどだ。


彼女の言葉で毎日マナダストによる健康被害に怯えて働くのと、この一回危険な目に合うのとでは一体どちらが精神的に楽かと考える。


もし依頼に失敗すれば死ぬことはないにせよ、負傷し病院に運ばれることになるだろう。


そうすれば医療保険なんて高価なモノにも入っていないから莫大な医療費がまずかかるだろう。そしてそれと合わせて依頼未達成の罰則金も出る。


そうなればむしろ死んだ方がマシなレベルで借金をこさえることになるだろう。


しかも今の俺は視力も落ちて大きな花カマキリの攻撃を見ることはほぼ不可能な状態だ。受けたら間違いなく死ぬ攻撃が見えない相手にどうやって戦いを挑めというのか。


何も出来ず、ただ相手にいいようにされるのが関の山ではなかろうか。


そんな不安を天秤の片方に乗せ、もう片方に報酬の額を乗せて俺は悩んだ。


もしもこの依頼を達成できれば、しばらくは遊んで暮らすことが出来る。


(やるんだ。今やらなきゃ一生ゴミ…!勝てるか勝てないかじゃない、無理でもやるんだ。パルモがいて、今までやっていた仕事もしばらく出来そうにない、そんな最高のコンディションで戦えるんだ。頑張れ、俺!)


心の中で自分をそう鼓舞する。


『メディオ、早く決めろ』


コンはいい加減俺の自問自答に付き合うのに面倒くさくなったらしい。


「…頑張ろう」


一呼吸を置いて決断を下した。


決めたのは自分だ。


グロリアスマンティスからどうにかして、鎌を手に入れよう…。


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