ep7.武器屋
早朝のオリエンドルフは青い光が穏やかに広がっており、魔道具のランタンも光が消えているためか、マナダストもなく澄んだ空気がそこにあるように感じた。
伝書バトの群れがこの町で一番大きな建物である教会の横を通り過ぎ、各地へと散っていく。
帝都ミクトランと違い、高低差のない平坦な土地にあるオリエンドルフには自分を取り囲むような建物の閉塞感がなく、遠くを見れば森が見えた。
(凄いな…町の中なのに遠くに森が見える。帝都じゃ森どころか木すらあまり見ないのに…)
そんな澄んだ町の中心を歩きながら、他の業者たちが朝の市に備えて荷を下ろしているのを見学する。
(野菜なんかはそんなに値段は変わらないな…香辛料の値段が帝都よりかなり高いのは入手経路が限られているからか…?それと…イノシシ肉は帝都より安いな…確かにココに棲んでいたらイノシシ肉には困りそうにないが…)
市場を見ればこの場所で人々が何に困って生活しているのか、需給が分かると思ったのだ。
今はまだ何も手持ちにはないが、旅を続けていけば各地の特産品や貴重品を手に入れる機会に恵まれることもあるだろう。
そうなった時に、この町で不足しているモノを売ることが出来れば旅費が潤うかも知れない。
そんなことを考えながらみていると、武器屋も市に参加しているのが見えた。
下町の武器屋のようにどっしりと店を構えているのかと思いきや、出店のような形で武器を販売しているようだった。
今はまだ品出しの途中のようだが今出ている武器を見ることが出来た。
しかし見える範囲では剣や槍ばかりで棒を売っているような雰囲気はない。
人気がないのだろうか。
「店主、武器の種類で棒だと何か良いモノはあるか?」
四角い木箱に武器を入れて馬車から運びおろしている店主に聞くと、店主は
「棒かい、もちろんあるとも。でも棒は一番長い武器だからね、荷の奥に合ってまだまだ取り出すのはまだ先さ」
と言って、それから木箱の中身を店頭に並べ始めた。
「品出しを手伝っても構わないか?」
「別に良いが金はやれんぞ」
店主はそう言って武具の入っている馬車を指さした。
あそこに入っているモノを店の裏に置けばいいのだろう。
「金はいいよ。俺は新しい装備が見たいだけだし」
「分かった。ただし、商品を盗むようなことがあったらぶっ殺すからな」
そういきなり物騒なことを言われる。
優しそうな武器屋の店主だからそんなことはできないとは思うが、もしかしたら以前盗賊に商品を盗まれたことがあるのかも知れない。
「短刀一つ持たないで荷運び手伝う賊がどこにいるんだよ」
「そりゃそうだな」
そう言って少しだけ店主の警戒を解き、荷解きを手伝っていると、他の人々が見るよりも早く商品である棒を見ることが出来た。
高いものはそれ相応の箱に入っていたり立て掛けられたりしているが、安いものに関してはまとめてタルの中に突っ込まれているという粗雑な扱いを受けていた。
しかもどうやら棒だけこのような扱いを受けているようで、剣やら槍はそのようではなかった。
「なんで安い棒だけこんな扱いが雑なんだ?」
「別に剣や槍みたいに運んでいる途中に刃こぼれするなんてこともないからな。棒はその頑丈さが売りなんだから。そこまで聞くに兄ちゃんは棒使いか」
この背負っている初心者冒険者用の棒が目に入らぬか、とは言えなかった。
武器とすら言えるかどうか怪しい訓練用の棒を背負って、俺は棒使いだというのは少し恥ずかしさが勝った。
「あぁ。昨日からな」
「そうかい、良いねえ。まだ武器も何を主軸に使っていくか悩んでいる時期か」
「いや、多分これからずっと俺は棒を使うよ。どうやら俺は刃物がダメらしい」
自分で言っていて情けなく思えてくる。
「そうなのかい?棒にもトゲのついているものがあるんだが…そういうのもダメなのか」
「どうなんだろうな。多分無理な気がする」
イノシシを解体するのにナイフや、それこそ日常生活で包丁などは使うのになぜ戦闘で刃物が使えないのかは俺にも謎だった。
今まで培った常識から動物に刃物を向けるという行為自体に体が拒絶反応を示しているのかも知れない、などと考えた。
「うぅ~ん…兄ちゃんは冒険者向いてないかもなぁ…」
「俺もそう思う。だけどさ、それでも続けて誰かの夢を守れるならちょっと頑張ろうってなるだろ」
特に自分のために一緒に逃げてくれる少女の夢なら猶更だ。
一晩考えたが、もしあのまま捕まる道を選んでいたら、俺はあのままずっとあの洞窟の奥にいたのだろう。
このオリエンドルフの景色を見ることが出来たのは間違いなく彼女のおかげだ。
俺に夢なんて大層なものはないが、彼女の夢は叶って欲しい、そんな欲望が腹の底から湧くようになった。
「夢を守るか。ヘヘッ、朝からキツイ男が来たもんだ。俺にも帝都ミクトランに武器屋を構える夢がある」
出店の店主はそう言って歯が見えるほど朝日に輝く笑みを浮かべ、胸を叩いた。
「いい夢だな。じゃあ俺はその夢のために一役買えるわけだ」
そう言って馬車の中にあったほとんどの荷を運び終え、額の汗を拭った。
「ほう、じゃあ兄ちゃんに合った最高の武器を見繕ってやるよ。予算言いな」
「あの樽の中に入っているもので一ベルから三ベルのあたりで見繕って欲しいんだが…」
「ねーよ。ウチは串焼き屋じゃないんだぞ、ケェレッ」
三枚のベル硬貨を見せると店主は途端に態度を変え、俺をコバエのように邪魔者扱いをした。
確かに三日分の飯代にしかならないような額だが、態度を変えるにせよもうちょっと優しさが欲しかった。
「ハハッ。まあでも見るだけなら良いだろ?…っと…そういえばまだに運び終えていない荷がありそうだな…おや?」
馬車の奥に値札のついていない棒が一本あった。
汚い赤黒い布に巻かれたその棒に目が吸い付く。
(なんだ…妙にあの棒が気になるな…)
「おっさん、この布に巻かれた棒はなんだ?」
「あ?…あぁそりゃまだ仕入れたばっかりで売値を決めてねえのよ」
体がなぜかその棒に引き寄せられる。見えない糸に引っ張られているみたいだ。
「おっさん!ちょっと助けてくれ!」
「どうした兄ちゃん!?」
「引っ張られる!」
馬車の中に引っ張られるように棒を近くまで行くと、その棒が脈打っているようで、何か生命に対する極めて冒涜のようなモノを感じた。
「大丈夫か!」
店主の言葉が馬車の入り口あたりから聞こえる。
「良いから俺をこの棒から離してくれ!」
馬車の中に入ってこない店主に自然と助けを呼ぶ声が大きくなる。
『俺を取れ…』
「…うぉ!」
何者かの声が棒の近くから聞こえてくる。