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ep5.冒険者

用水路から帝都を抜けだした俺たちは東の町オリエンドルフへと歩みを進めていた。


人の手の入った道を歩きながら、遠目に冒険者達が魔物と戦っているのが見える、そんな平原だ。


「パルモはオリエンドルフがどういう町か知っているのか?」


「うん。旅人達でいつも賑わう場所だからね。そこなら山を登る準備も出来ると思うの」


そもそもいつの間にか流されてこんなところにまで来たが、別に山に登る必要なんてないのではなかろうか。


少し東の町に隠れて落ち着いた頃に顔を出せば、この騒がしいご時世だ。


誰も俺達のことなど覚えていない気がする。


「どうして山に登るんだ?潜伏するなら別に東の町でも…」


「チッチッチー、忘れたの?私たちの目的はS級冒険者になること。こんなところで活動したら捕まっちゃうでしょ。山一つ越えれば流石に追手もついてこないだろうし、そこでやり直すの」


彼女の笑顔には潜伏なんてしていられないと書いてあった。


パルモは一刻でも早くS級冒険者を目指したいらしい。


どうして彼女がそこまでしてその称号に憧れるのか未だに謎だが、山を越えたら答えてくれるらしいし、気長に待ってみるとしよう。


「パルモは楽しそうだな」


「だってほら、さっそくクルさんが魔物を倒したから。あぁまた一つS級冒険者に近づいたんだなって、嬉しくなったんです」


「魔物ってスライムの事か…?アレ倒しただけでそんなに喜ぶのか…」


蟻を潰して褒められた気分だった。


ただ誰かの喜ぶ顔が見られるなら、怖い魔物退治に精を出すのも悪くないと思えた。


そんな二人旅の道程で、パルモは突然足を止めた。


「向こうの冒険者たちが倒し損ねた魔物が一匹コチラに来るよ。準備して」


パルモが指し示す方向から一頭のイノシシのような形の魔物が走ってコチラへ向かってきているのが見えた。


「スライムからいきなりハードル上り過ぎじゃないか」


敵意が合って攻撃をしてくる魔物と初めて戦うため、背中に冷たい汗が滝のように流れる。


「今回は少しだけ私も力を貸すよ。そうそう、間違っても相手の攻撃を受けようなんて思わないでね。防具もつけていない状態で一度でも突進をまともに食らったら死んじゃうからね!」


そういわれると、途端に目の前に迫ってくるあのイノシシが鎌を振り上げた死神のように見えてくる。


様々な思考が駆け巡る中、結局突進してくる相手の攻撃を横に避けつつ棒でひたすらに叩くしかないという結論に至った。


「ウルァアアアア!!!」


スライムと違って思いっきり叩きつけてもいいため、イノシシの突進を避けると同時に棒を上から振り下ろした。


「ピィギァ!」


棒の先から毛皮と肉を両方叩いている感触がし、イノシシが鳴く。


一度だけでは殆どダメージを与えられていないようで、動きを止めたイノシシは首を振って尖った牙を体に当てて来ようとするが、棒のリーチ分コチラが遠くから一方的に殴打することが出来た。


「大地より生み出されし棘よ、我が敵を縛りしめよ。バインディングソーン」


パルモは魔法の詠唱を終えると、足元から茨が出現し、イノシシが動けないよう足首から縛り付けた。


「今のうちに!」


パルモの声に頷くと、身動きの取れなくなったイノシシの頭上から大きく振り上げ棒を叩きつけた。始めの頃は鳴き声こそ上げていたにせよ、次第にその声も小さくなり二十回以上殴った頃、イノシシ型の魔物は動かなくなった。


「よし、倒せたか」


「どうかな」


笑顔のパルモを背に、恐る恐る棒を振りかぶって近づくと、先ほどまでピクリとも動かなかったイノシシが首だけ動かして脇腹に食いつこうとしたので、「ウッ」と声を出してのけ反り、安全な位置から脳天にトドメの一撃を放った。


「ヒィン…」


イノシシの最後の悲鳴が聴こえ、本当に最後かと思いながらもう一度ゆっくりと歩いて近づくとパルモが後ろからスタスタと歩いて首にナイフを突き立てた。


「もう死んでるよ」


「パルモ、分かるのか?」


パルモは頷いた。


すると体から力が抜けるような感覚がして疲れが体から噴き出し膝をつく。


「フゥー…」


(こんなところで膝をついていたらまた別の魔物が来た時に対応が出来ない。すぐに呼吸を直さないと…)


そう思い深呼吸をしつつも、呼吸が正常に戻らない。


ごっそりと自分の生命エネルギーを抜き取られたような感覚だった。


「魔物って言っても生き物を殺すって、初めの方は結構メンタルやられるよね」


パルモはニヘラと笑ってそう言った。


それにつられて笑い返すと、少し気が楽になるのを感じた。


「はじめから魔物を殺しても全く何も感じないタイプは、冒険者に向いているってよく言われているね」


「ハァ…ハァ…そんな奴らを…(すなお)に凄いとは…思えないな」


そういう輩が何を考えて魔物を倒しているのか見当もつかないが、俺には理解出来そうにないと思った。


そして胸の鼓動も落ち着き始めた頃、先ほどのイノシシを取り逃がした冒険者グループが歩いて寄ってきた。


「おぉ。お前ら俺達の獲物横取りしてんじゃあねえよ」


下卑た笑いを浮かべながら、冒険者の一人は俺達が仕留めたイノシシを蹴り上げた。


イノシシから剥ぎ取ったのだろう皮で作られた皮鎧や別の魔物の鱗で作られたのであろう腰巻を巻いており、コイツらはこの一帯を狩場にしているようだった。


「おたくらの尻ぬぐいをしたんだ。礼を言われる筋合いはあっても難癖付けられる道理はないぞ」


ついていた肘を払い立ち上がると、冒険者達にそう言った。


「ほう。新人みてぇなナリしてやがるからてっきり、肝っ玉も小さい野郎かと思ったが、お前中々度胸がありそうだな」


冒険者グループのリーダー格の男がそう言って笑みを浮かべた。


「ヒヒヒッ、ヒッヒッヒッ…!コイツ何にも装備を付けてないぜ、オカシラぁ!帝都から出てきたホヤホヤの新人ダァ!コイツぁ教えがいがありそうだぜ」


後ろで両手にナイフを持つスキンヘッドの男がナイフをしゃぶりながらそう言った。


(こいつら…見るからにヤバイ…!)


「何を教えるって…?」


俺はそう言いつつ武器を構えた。


多勢に無勢だろうと、ケンカを売られたら買うのが下町魂だ。


「なんでお前そんな弱そうな癖にケンカ腰なんだよ…まあ嫌いじゃねえが」


冒険者達はニヤニヤと笑いつつ、腰につけているナイフを取り出し柄の部分を俺に向けて手渡した。


警戒しつつ、差し出されたナイフの意味について考える。


「イノシシの捌き方、知ってんのか」


「ンなもん適当にやりゃいいだろ。アンタらの世話になることじゃない」


冒険者達はため息をついて腰を屈めた。


両手にナイフを持っていたスキンヘッドの男もため息をつき武器を収め、そして腰から別のナイフを取り出し、俺達が仕留めたイノシシに傷をつけ始めた。


「おい!何を…」


「ヒッヒッヒッまあ見てろぉ。ココと、ココ、それからココの順番にナイフを入れてくんだ。ほおらやってみろ」


いつ奴らが攻撃を仕掛けてきてもいいように警戒をしつつ、印のついた部分からイノシシの体に渡されたナイフで切り込みを入れていった。


「良く切れる良いナイフだろう」


男は自分のナイフに自信があるようだった。


最終的にイノシシの皮と肉を分離するのに皮をはぐのに協力してもらい、三十分もかからないうちに首から下の皮と肉の分離に成功した。


「ヒッヒッヒッ…まぁ初めはそんなもんだな」


ナイフの男は俺からナイフを奪い取ると、舌で血を拭き取りホルダーに収めた。


他の冒険者達はバラバラにしたイノシシの肉をさらにブロック状に切り、大きな一枚の葉で包んで持ち運びやすいよう加工し始めている。


(コイツらなんなんだ…普通に良い奴らなのか?後ろで見ているパルモは腕を組んで訳知り顔で頷いているだけだし、一体どういう状況なんだ)


「これからオリエンドルフに向かうのか?」


「あ…ああ」


(なんだ?待ち伏せでもして襲うつもりなのか?いや…だとしたら既に襲われていても不思議じゃない)


「だったらオリエンドルフの冒険者ギルドにもよるな?」


冒険者のうちのリーダー格のような男が俺にそう聞く。


「さあな、気分次第ではよるかも知れないな」


気分次第、というよりパルモ次第なのだ。


実際どのくらいオリエンドルフにいるのか俺も知らないのだから。


「冒険者ギルドにいる受付嬢にこの手紙を持って言ってくれ」


「あぁ?なんで俺達が…」


男から差し出された手紙を前に事情が呑み込めない俺に代わってパルモが間に入った。


「ちょ、ちょっとクルさん、これは正式な依頼だよ。そこは私を通して貰わないと」


「嬢ちゃんと話せばいいのか?」


リーダー格の男はパルモの方を向いて再度手紙を差し出した。


「はい。そのご依頼ですと、相場は五ベルから十ベルほどになりますが、どうされますか?」


「八ベル出すからなるべく早く届けてくれ。俺たちは帝都ミクトランに向かわなきゃならんのでな」


「了解しました」


パルモはそう言って冒険者から金と手紙を受け取ると、リュックのポーチにそれを入れた。


「あばよ。新人ども」


冒険者達は俺達の仕留めたイノシシの死体に目をやってからゲラゲラと笑いながら去って行った。


「なんでお前らそんなに親切なんだ!!!」


俺達とは反対方向へと歩いていく冒険者達の背に俺はずっと思っていたことを吠えた。


それが聞こえていても男たちは振り返ることなく手を上げて別れの挨拶をした。


「冒険者は助け合いだからねぇ…」


パルモはそう言ってうんうんと頷いた。


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