ep12.コンの能力
翌朝、太陽が少しだけ顔を出した頃。
命を狙われているという緊張で目が覚めてしまい、そのまま眠れなくなった。
窓ガラス越しに外を見ると、まだ暗い山には深い霧がかかっていた。
追手の兵士もついて来ていないのか、春の静かな夜だった。
(本当に追われているのか?ただの自意識過剰なのではないのか?)
そんなことを思いながらノビをしていると、横に置いてあったコンから声が聞こえてきた。
(どうしたんだ?コン)
『メディオ。少し話がある』
(おう)
『私の使い方について少し君に教えておこうと思う。外に出てくれ』
コンが何やらお得な情報を教えてくれるとのことなので、言われるがままログハウスの外へと出た。
外は今まで体験したことがないほど空気が澄んでおり、体の内側から浄化されていっているような気がした。
『癒されているところ悪いが、昨日君がポケットにしまった魔物の素材があっただろ?アレを地面に置いてくれ』
コンは朝から働き者だと思いつつ、言われた通りにポケットからどんな魔物の素材とも知れないそれらを地面に放り投げた。
『私を魔物の素材に近づけるんだ』
操り人形の如くコンを魔物の素材に近づけると、コンの先端の赤い宝石が赤い毛の見たこともない獣の口のように変形して魔物の素材に噛みついた。
(うわっ…キモイ…)
ボリボリと、魔物の素材を口の中に入れすり潰すようにして咀嚼しているその姿はサーカスで見たゾウやキリンのような草食動物のようだと思った。
(コンは掃除が得意なのか?)
『いいや。そうじゃない。…そろそろだな。…空に向けて斜め方向に棒の先を向けろ』
(はいよ)
言われたように棒の先を向けると、先ほど食べたものとは別の光の弾がポヒューンと空へと打ちあがった。
(わぁ、綺麗)
『そうじゃない。これは威力のある攻撃なんだ。君は攻撃を命中させ、私に噛みつくキッカケを作れ。噛みつけさえすれば、エネルギーに変換して相手に放出することが可能だ』
(敵に当てるだけでコンが食べてくれるのか?と言うか生きている相手にも有効なのか?)
『あぁ、多分な。だから君は棒を当てることに集中しろ』
中々難しい気もするが、ソレはもう根性だろう。攻撃…そういえば…。
(大丈夫なのか?さっき見た時は牙とか無くて全部臼歯だったが…。噛みつくなんて本業じゃなくて、実際のところ本当は草食なんじゃないか?)
『君は面白い所に目が行くな。私はおそらく雑食だよ。臼歯に見えるモノのいくつかは鋭く尖って食い込むようになっている。なに、噛みつきは私にとって本能のようなものだ。不安ならもう一つ試してみるか?』
そう言って昨日廃棄した魔物の内臓が入った木箱の前にコンは俺を誘導した。
(まさかこのウジが湧いているものまで食べるのか…?)
『腐っているモノを捕食するとどうなるか見てみよう。箱のモノを空中に撒いて私を近づけてくれ』
(ウェ…木箱は片手で持てるほど大きくないし、中身を手で掬うなんて俺は絶対イヤだぞ)
『そこらの木の枝を使って適当に肉片を放り出せばいい。少しはない頭を捻れよ』
コンに言われ渋々柵の中に落ちていた木の枝を使って肉片を持ち上げると、デロッとした黒い塊が枝について持ち上がった。
(オーマイガー…キモ過ぎるぜ、マジで)
目が悪くなったことがこんなところで活きるとは思わなかった。そして吐き気を催しながらこれで何も成果が得られなかったら(その時はコンを二つに折って薪にして暖を取ろう)と、思った。
「いくゾ…!ソレ!」
空中に待った黒い肉片にコンを向けると、多少の距離があってもバクリとコンはそれを頬張った。
グチョグチョと音を立てながら咀嚼し、その音が聞こえなくなりそのすぐ後にコンが合図したので、今度は威力が分かるように木に向かって射出した。
先ほどは光る弾だったにも関わらず、次に出たのは黒い粘液弾で、当たった木は泡を出しながら溶けて折れてしまった。
『これが私の今現在の能力のようだな』
(グ…グロい…。間違いなく使っていたらモテないのは確実だ…!!)
もうちょっと物語の英雄みたいに身体能力を上げるだとか、大地を割り、天を切り裂くみたいな能力ならもっとウケが良かっただろうに…!
『不服か?』
(いや…俺みたいな無能が持つには過ぎた力だ。…ありがとう、きっと今回はコンの力に頼りっぱなしになると思う)
『武器に礼は不要だ。しかしどうしても礼がしたいというなら、まだ生きた生物は食べたことがないから、道にいる魔物がいたら積極的に攻撃を仕掛けてみてくれ。食べてみたい』
(分かった。食べるモノによって効果が変わるみたいだし、グロリアスマンティスの前にそういった実験は済ませておきたいよな)
『そう言うことだ』
(そういえば魔物以外も食べられるのか?)
『…何を食べさせるつもりだ?』
(埃…とか)
『…私は魔物を喰らう武器だ。その矜持は貫かせて貰う』
どうやら埃も食べられるようだった。
コンとの技術研究を一度切り上げ、パルモの所に戻ると、彼女は荷物に入った物の点検を済ませているところだった。
彼女の手持ちであるノートには今回の登山で持っていく物資の名前と個数がリストで書かれており、その横にチェックマークが付けられている。
「任せて悪い…」
「ううん、私が好きでやっていることだから気にしないで。…飲料ヨシ…食料ヨシ…替えの服ヨシ…」
彼女がこうして全てを管理してくれるお陰で、俺は苦手な準備をしなくて助かっていたので、彼女には感謝しても感謝しきれなかった。
「セラヌス様、ルミナ様、パルモ様だ…何か手伝えることはないか?」
「え?…そうだなぁ、今は良いかな」
無能は仕事を増やすだけ、そう言われてもいないのに俺の頭は被害妄想を加速させた。
こういう仕事の出来る奴を前にして俺のような無能は邪魔をしないように立ち回ることしか出来ないのである。
「わ、分かった」
たぶん俺が手伝うと逆にパルモの仕事を増やすことになってしまうのだろう。下手に動かず、ここは彼女の邪魔にならないようにしていよう。
そう思い俺は全部彼女にやって貰って申し訳ないと思いつつ、彼女の行動をソファの上から眺めていると、彼女は立ち上がって準備が完了したという印にサムズアップした。
「ありがとう」
「うん。クルさんは忘れ物ない?」
「たぶん」
こうして俺達は山を登り始めた。