ep11.山の麓
山の麓まで到着すると、今まであれほどよかった天気が曇天に代わっており、空気もじっとりとしたモノへと姿を変えていっていた。
山の麓に建設されたログハウスに到着すると、登山に必要な様々な道具が残されており、それと同時に全く関係のないハイヒールや果実酒なども置かれてあったりした。
この山を登るのに不要なモノを全てココに残して登る、と言うことだろう。
まだ昼になったばかりだったので、パルモにすぐに山に向かおうと提案すると、彼女は首を横に振った。
「今出発しても、山の中腹辺りで暗くなっちゃうからね。焦る気持ちも分かるけど、ここは朝を待って今日は少し早く休もっか」
結構かかるんだな、なんて思いつつ、パルモの提案によりその日は明日の準備を済ませ、早く眠りにつくこととなった。
「では!これよりログハウス警備兵のクルさん、薪と食料調達のパルモ!互いに気合を入れて頑張りましょう!!!」
「おう!」
「ちょっとログハウスの中も綺麗にして貰えていると助かるかも」
「了解しました!パルモ隊長!」
「うん。じゃあ行ってくるね。ログハウスの外にある木の柵があるでしょ?あそこより外に出たら駄目だからね。魔物に囲まれたら死んじゃうんだからね!」
パルモはそう俺に忠告し食料調達へと出ていった。
「行ってらっしゃいませ!」
彼女一人で勇ましく薪と食料の入手に向かうその背中を俺はログハウスの中から見送った。俺が出来ることはなく、ただお留守番をするだけだ。
(あまりに…あまりに情けない…!俺だって薪ぐらい集められるだろうに。そんなことも彼女に頼ってしまう今の自分があまりに、あまりに…!)
自分の無能さに打ちひしがれながら、とりあえず備え付けの砂埃を被ったソファに横になって天井を見る。誰が持ってきたのかは知らないが、いいソファだった。
(部屋を掃除しなければ)
寝とる場合かと決心を固め、ログハウスに住み着いた虫などを箒で外に追い出しながら清掃をしていると、この周辺の魔物からは出てこない魔物の素材をいくつか見つけることが出来た。
(なんか知らんがポケットにしまっておこう)
そしてその他にも、干し肉を初めとしてナッツや干し芋、ドライフルーツなどの食いかけが残っており、削られた丸いチーズなんかもあった。
手軽に食べられるものが多く残っており、パルモが見たら喜ぶかと思い、まとめて机の上に置いて清掃を続けた。
腐っているモノも当然あり、魔物の内臓などウジの湧いた肉塊が平然と四角い木箱の中に入っていたりするので、そういった箱の汁漏れと戦いながら外へと腐ったものを外へと出していった。
「ゲホッ…ゲホッ…こういう時は目が悪くなってよかったな、全く…!」
尋常ならざる臭いに鼻を曲げつつ、ログハウスの中の埃を払っていくと今日一晩は寝泊まり出来るだけの快適なログハウスにすることが出来た。
(快適だ…なんといってもやっぱりソファが良いな。地べたに座るよりも、なんだかこう、生活している感じが湧いてくる)
しかしそれでも暇になったので、ログハウスの中にあった材木に、ログハウスに合った魔物の死体の血を使って、『クル&パルモ』と表札を書き、ログハウスの前に突き刺した。
そして表札を作って気づいた。
(俺達追われているのに目印なんて作ったらダメじゃないか!アホか!?…
でもパルモが帰ってくるまでおいておこう……力作だし)
そしてさらにログハウスの周りを見るとタンポポが咲いていたので、それも摘んでログハウスに飾ると、パルモを待つ、なんだかいい感じの部屋にコーディネイトすることが出来た。
(いい感じだな…!)
そしてログハウスの周りを探索すると、ログハウスの裏手に野草が生えていたので、騎士になるために勉強していた野草の知識が役に立ち、食べられる野草のいくつかを採集することに成功した。
(ヨシッ…!春の山菜ゲットだ!キノコも生えているが…怖いからやめておこう)
そんなことをしていると、遠くで木が倒れる音がしたので、大きな魔物が近くにいるのではないかと、俺はすぐに臨戦態勢に映った。
いざという時にこのログハウスからどうやって逃げようかと考えながら木が騒めく方へ目線をやると、現れたのは自身の何倍もある鹿の魔物を背負い、薪を腰に抱えて帰ってきたパルモだった。
「お、お帰り」
俺が遭遇したらすぐに殺されそうな気のする白い毛の大きな鹿は、どうやって殺されたのか分からないほど、綺麗に死んでいた。
「ただいま。クルさん」
柵の内側にドシィン…と音を立てて大きな鹿を下ろすと、彼女は「ふぅ」と一息ついて、腰に手を当てのけぞった。
じっくりとは見なかったが、恐らく彼女の顔や体には傷一つなかった。
「パルモはどうしてS級冒険者になろうとしないんだ?」
ふと、そんな疑問が口からでる。
「え?…安定しないからかな」
パルモは何を言っているんだという顔でコチラを見た。
間に微妙な沈黙が流れる。
俺は「あぁ…」と頷いたが、何かを言うことは出来なかった。
(他の普通に働いている方々からそれを言われるのはとても納得できる。だが、頑張ってソレを目指せと言う君が、冒険者は安定しないとか言ってしまうのか…。なんというか、…パルモ、君はやっぱり凄く正直な子なのだな!!)
「あっ!なにこの表札!とっても良いよ!クルさん!」
「フッ…分かるか。この良さが」
パルモはまずいと思ったのか、この話題を強引に変えた。
そして俺も大人の男であるため、それに合わせて先ほどの話は聞かなかったことにしたのだった。
そうしてパルモをログハウスへと案内すると、彼女は狩猟で疲れているだろうに、大げさに部屋の内装を褒め、俺を労ってくれた。
気を使わせて本当に申し訳ないと思う気持ちが一割あり、残りの九割は褒められて気持ちがいいというのが感想だった。
「ささっ、パルモ隊長はココに腰を掛けておくつろぎ下さい。後は俺がいい感じに…」
「ほんとに!?じゃあ…くるしゅうない」
パルモにそうやってくつろいでいて貰う間に、鹿の魔物の解体をしようと思ったのだ。
ログハウスに合ったナイフを片手にログハウスを出て、鹿の首から下にナイフを入れるとすぐにナイフが止まった。
皮を剥ぐのに必要な膂力が今の自分ではないのではと思わせるほど、巨大鹿の解体には時間がかかった。
最終的にはもうなりふり構わず毛皮を傷つけながら、皮を肉から引っぺがした。
それから様子を見に来たパルモは、ズタズタになった巨大鹿の皮と解体後に血まみれになった俺を見て笑い転げた。
「クルさん…手伝ってほしいなら言ってね?」
「それは…うん。頼んでもいいか」
(狩猟も出来ず、家で待っていることしか出来なかった俺が…解体すら難航して君の手を借りるなんて…!プライド的に無理だ。絶対に。特に自分から泣き言をいうなんて!)
そんな心の中から湧き出る言葉を押し込んで、結局パルモに手伝って貰いながら鹿の解体を終えると、もう空は暗くなり始めていた。
食べる以外の肉が大量に余り、埋めようかと悩んでいるとパルモが干し肉にしてこのログハウスに置いて置こうと言ったので、食後に干し肉を作ろうという話になった。
「次にココに来た冒険者はラッキーだな」
「そうだねー」
ここまでやって貰って申し訳なくなり、いったん彼女には休んでいて貰うことにした。
そして料理をしようと焚火の前に立ったが、自分が震えていることに気づいた。
自分が今までに作ってきた料理はあくまでも自分が食べるだけのために作ってきた料理なのであって、当然見た目など気にしたことはなく、人に出せるような味なのかさえ定かではなかった。
(と、とりあえず誰が作っても同じような感じの奴から作るか)
ログハウス前で赤々と燃える焚火の前で、鹿肉の一番柔らかい部分を野草で包んで焚火の中に放り込み、放置をする。野草と肉の表面が炭になったころ合いを見て取り上げると、外側は真っ黒だが、中は赤く食べられる状態のステーキの完成である。
香草なんかと一緒に焼いたからいい匂いがした。
こうして予防線が完成したため、お次は完成するかも謎なハンバーグづくりを開始した。
鹿肉を粗挽きミンチにし、ナッツをナイフの腹で砕き粉末にする。
干し芋と粗挽きミンチを練り、ナッツの粉末をまぶしフライパン替わりの平たい石の上で焼く。
加減を間違えると、すぐに黒くなるため慎重にひっくり返すと美味いかどうか謎のハンバーグモドキが完成した。
ステーキとハンバーグの両方一口食べて、パルモにはステーキを出すことにした。
丹精込めて作ったモノよりシンプルなモノの方が美味しいなんて許せないが、彼女を労うためのモノだ。
俺はステーキを木の皿に乗せて彼女の前に持って行った。
♦
「胃もたれしないかな…」
そんな不安が口に出る。
「クルさんはもう油モノ食べたら次の日は胃もたれするの?」
「いや…流石にそこまでオッサンじゃない。まだ二十四だし。でもこれだけ食ったらって思って…な」
「へぇ~。私と一個違いなんだね」
「一個違い……………ん?パルモは二十三歳…?」
十八ぐらいだと思っていたら、意外に近くてビックリした。なんて言ったら失礼だろうか。そんなことを考える。
「うん。…どうしたの?」
「童顔って言われる?」
「あはは、確かにそうだね。………どうしたの?星空なんかみて」
本当に申し訳ないが、性欲を抑えております。とは言えなかった。
正直十七とか十八ぐらいだと思っていたため、彼女から香る妙な大人の色気の正体に気付いたのと同時に目を瞑り、とりあえずこの世の全てに感謝した。
(ソレはそうとして何か誤魔化す話が必要だな…)
「いや…パルモみたいな子が好きな友達がいたんだよ」
「友達?」
「あぁ。俺と同じぐらいどうしようもない奴でさ。…でも良い奴だったんだよ。ソイツが言ってたんだ。女の子は小さければ小さいほどいいってね」
「その人は捕まったの?」
「いや………そうなる前に死んだ。大事なもん沢山残して死んでしまったよ、アイツは」
俺はなんでこんな話をパルモにしているのだろうと思いながら死んだ友人ドルーソの話を続けた。
彼女が聞き上手なのもあり、気づけばずっとドルーソの話をしてしまったように思った。
性欲を隠すためにしては豪く饒舌になったモノだと我ながら思った。
「…いい友達だったんだね」
と、パルモはそう言いながら酒を飲んだ。
もっと話すべきことがあっただろうとか思いつつも、そんなどうでもいい話をしてしまい、短い夜は過ぎていった。