ep1.下町のクル・メディオ
「今日の清ッ掃~~~~終ワリッ!!!」
班長の号令が作業所に響き渡る。
俺は額の汗をタオルで拭いつつ洞穴の外に出ると、外は既に宵の明星が輝いていた。
(ふぅ…今日も何とか一日乗り切った…)
毎日この時間になるとこの仕事の辞め時を考えながら俺はこの空を見ていた。
「あのーすいません。ココにクル・メディオさんはいらっしゃいますか?」
洞窟の前で待っていたのか小柄で華奢な、しかし強い印象を持つ、青のショートヘアの少女が声をかけてきた。
「俺になにか用か?」
荷車を運んでいたせいで足腰が疲労しきっていたため、腰に手を当て大きく伸びをするとミシミシと音が鳴り、同時に体全体に疲労が広がった。
「私と一緒にS級冒険者になりませんか」
彼女の口から出たS級冒険者とは何なのか。
それがどういう存在なのか、それすらよく分かっていなかったが、彼女の目は冗談を言っているようには見えなかった。
「ふぅん…」
こんなマナダストの運搬場所にまでご足労頂いて申し訳ないが、俺は仕事終わりでとても疲れている。
とても冗談を言いに来たようには見えないが、彼女を不審者として扱うことにした。
「班長、ここ従業員以外立ち入り禁止ですよね。コレ、侵入者です」
彼女の首根っこを掴んで洞窟前に立っていた班長の前に持っていった。
今日はもう脳みその数パーセントも使いたくない気分なのだ。
「はなしてー!」
「オウ…何だ?このお嬢ちゃんは…」
コチラとしても取り扱いに困っているとアイコンタクトを送り、彼女を下ろした。
「ギャー!ゴリラの顔したオジサン!!侵入したのは謝りますけど!首根っこ掴んで連行とか判断が早すぎませんか!?」
班長の前に下され、涙目で俺の足にしがみつきぷるぷると震える少女。
ゴリラと言われた班長は少し悲しそうな顔をした後に、彼女を近くにあった椅子になる岩に彼女を座らせた。
「おらぁ…ゴリラなのか?」
「そうじゃねえよ、まずなんで入ってきたのか聞けよ」
ゴリラなのかと気にする班長を置いて少女になぜこの健康上危ないとされるマナダストが蔓延する作業所に来たのか問いただした。
「私、こういう者です」
彼女は手のひらサイズの長方形の紙を渡してきた。
紙にはパルモ・マジスターと書いてあり、その隣には冒険者マネージャーと書かれていた。
「なんだ、コレ」
俺と班長でそれを覗き込んだ。
「名刺というものです。書いてある通り、私は帝都で能力のある冒険者をスカウトし、一流の冒険者に育てることを仕事にしております!」
「奴隷商ってことか?」
班長がそう聞くと、パルモは首を横に振った。
「全然違います。的外れなことを言うぐらいならもうゴリラは黙っていて下さい」
「うぅむ…」
パルモの鋭い言葉に班長は口を閉じた。
現場じゃあんなに怖い班長がタジタジとはこの娘凄いな。
というかこの子さっきは班長に怖がっていなかったか?
「メディオさん、もう一度言います。私とS級冒険者になりませんか」
「要件は分かった。だけど今日はもう遅いから帰りな。また後日その話は聞くから」
「えっ…ちょ…!まっ…!」
そうして彼女を半ば強引に作業所から追い返した。
一日眠りさえすれば自分の考えの愚かさに気づくことだろう。
それに夕方なんて腹の好いている時間だ。思考が鈍ったとしてもおかしくはない。
そう思い、その日はパルモとかいう少女を帰らせ、俺も下宿先の宿屋への帰路に就いた。
翌朝。
あくびをしつつ宿屋の二階にある自分の部屋から一階にある食堂に下りると、彼女が二階の階段に一番近い席に座って待っていた。
「おはようございます」
食堂のガラス窓から入る朝日を浴びて、彼女の青髪と黄金の瞳は輝いていた。
(マジかよ…)
「アンタの客だろ?だったら何か頼むように言っておくれよ」
そう言った宿屋の女将さんは、席に座ったまま水しか飲まないパルモを邪魔に思っているようだった。
「彼女の分は俺が払うよ。モーニング二人分」
そう言うと女将さんは少し小さな声で俺に耳打ちした。
「はいよ。…全く、アンタ金がないのにあんな上玉引っ掛けてきて…ああいう子は金がかかるよ?」
「違うって…」
そうコソコソと言い返した。
(どう見ても十八とかそこらの少女に二十四の俺が手出したら、それはもうロリコンだろう…)
それからしばらくカウンターで待ってからモーニングの皿を二つ持って彼女の席に着いた。
「この宿の売りのサンドイッチとコーヒーだ。口に合うかは知らねえけど」
「これはご親切にどうも…」
そしてしばらくはモグモグと無言のまま二人で朝食を取っていたが、二つあったサンドイッチの一つ目を食べ終わった頃、彼女が口を開いた。
「昨日の話、考えてくれましたか」
「あぁその話だな。…なんで俺なんだ?領地外に出るためだけに取った依頼も受けたことのない最低ランクのEだぞ」
そう言って首にかけているドッグタグを見せた。シルバーのプレートにはEの字が刻印されてある。
「少しあなたの経歴を調べさせて貰いました」
彼女の言葉に少し動揺した。
クル・メディオという同姓同名の別人を探しに来たわけではないらしい。
「以前に騎士をされていたんですよね」
彼女の言葉に胸がキュッとなる。
すぐ辞めた仕事場の話をされると胸が苦しくなる。
「あぁ。訓練がきつ過ぎたのと素行不良で四カ月で退団させられたけどな」
「へ~…まぁ、そういうことにしといてあげましょう」
彼女は含みのある言い方で頷いた。
(本当に訓練はサボったし、上官を殴ったのが退団の原因なんだけどな…)
「…そして現在は奴隷と一緒に街の魔道具から出るマナダストを集めて洞窟まで運ぶ清掃員の仕事をやっていらっしゃる」
彼女の言葉に頷きつつ、俺は外を見た。
今も宿屋のガラス窓からは下町の工場から出る光る砂粒が見える。
人間が魔道具という新たな文明に足を踏み入れた頃から出現するようになった、多く吸い込むと人体に拳ほどの結晶を作る有害な光る砂粒、マナダスト。
それを集めて洞窟に廃棄するのが俺の仕事だった。
「あぁそうだ」
「なんでマナダストの清掃員なの?あなたならもっと別の仕事があるよ」
「給料がいいし、誰かがやらなきゃ困る仕事だ。なんだ、職業差別か?」
「ち、違うよ!でもちょっと気になって…」
「下町から何人か行かなきゃダメなんだ。数が足りねえって役人の奴が言うから仕方なく…だ」
「それはおかしくない?…だってマナダストの運搬は危険だから死罪が決まっている犯罪奴隷達の仕事だよ?」
「あぁ。おかしい話だな。でも事実そうなっているんだからそうなんだよ」
世の中理解出来ないことが平然とまかり通るモノだ。
「うーむ…どうやら私の初仕事ができたようだね!」
そういってパルモは残ったサンドイッチを口に押し込みコーヒーで流し込むと、宿屋を飛び出ていった。忙しい子だ。
「なんで俺をつけ狙ってくるのか聞けてないのに…まあいいか」
(さてと…俺も仕事に行くとするか)
そうして俺も仕事へと出た。