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タイトル未定2024/04/22 18:27

私が文を書き始めておよそ三年くらいになるだろうか。一年、二年と期待を込めて数えていたことは覚えているが、今となっては年数などそれほどこだわりなくなっているようだ。


こう三年書いてみてここにまた文そのものへの抱くところを書こうとしているだが、今思うところは実際は何十万と書いてきたが、むしろ埋めた空白よりも遥かに多くの空白があるようである。特に意味はなく、ただそう感じているのだ。


一年目はとにかく書きたい物語を思いつくままに、とにかくほぼ毎日書いていたと覚えている。それはどこかで自分が文を諦めるかもしれないという恐怖心、そして書き終わった後の快楽と、それにそぐわない数字に困惑していた。

ただそれでも関係なく、書きたいものだけを書いてきただろう。自分なりにとにかく我武者羅に。もちろんそれで数字がついたわけではない。だがそれで十分だとも思えていた。


二年目はと言うと、、正直なところ覚えてはいないのだ。一年目とほぼ一緒だろう、ただ文の書き方について考えてみたり、他人の文を読むようになったか。それも今はほとんどこだわりなく、他人の文と言ってもそのとき読んでいたのは、同じくネットにあげられる文ばかりで、正直なところそそられるものはなかった。


元々私は文を得意とする人間ではないのだ。それは一年目から自覚している。ただ苦手意識があるわけでもない。そんなものは初めの一話を書き終わった時点で消え去っていた。

ゆえに文を書き始めた動機などそれほど今は重要とも思ってなく、文自体もそれほど関心がない。けれどもこの三年において私が最も文量を持っているのではないかという適当な自負はある。おそらく私ほどの暇人はいなかっただろう。またそれが違っていても合っていてもどうでもいい。


それで私が文を書き始めた理由を記してみようとすると、やはりそれはこのサイトがつまらなかったからである。いや、すべての娯楽に対してそう思っていたからだろう。

もちろん私がすべての娯楽を経験しているわけでもなく、なんならそれはこのサイトの文章を一字とも読まずに抱いていた完全なる偏見でしかないが、こう三年経ってもこれは偏見ではなく経験として残り続けている。やはりこのサイトはそれほどおもしろくはない。

そう思うに至るところはやはり腐りきった設定と同じような物語だろう。誰しもが文そのものではなく、その先にある利益ばかりを求め、純文学よりもつまらないポップな文章を連呼しているだけに過ぎない。そのような文を読むのは、いわばクローンの点検をしているようなものである。これを読書と言えるだろうか。


一言でいえばこのサイトには各々の個性が見えないのである。顔を覚えられない、芯のないものなのだ。たとえそれが駄作であり、誰かに笑われてもいい、誤文字ばかりであっても拙い文であっても、自身の世界観を描写した作品のほうがおもしろいのは違いないだろう。ただそういった文を私はこのサイトにおいて感じにくい。


しかしながらその心を含む文がどこかにあることはわかっているのだ。ただ探すのは極めて労力を必要とする。こういっては性格が悪いかと思われるだろうが、私はそれが面倒すぎてやる気にならない。そこまでして読む気にはならないのだ。ただこれは多くの人間にとってそうだろう。


一年目の私はそのような感情から文を書いてみようと思い、誰かが見てくれたならそれも嬉しいなとそんな軽いものだった。そうして続けていると、悪い人間の性なのか、だんだんと結果を求めるようになり心が荒んでいったのだ。ただそのときは反骨精神として活力になっていたが、こう三年も立つとそんなものは無くなった。


ならば文が嫌いになったか。そうであればこう書いていることはないだろう。ならば文が好きだというのか。ならばこう淡々と書けるわけがないだろう。

半ば今の私は反射的に文を書いている。それはまるでボールを持った途端にドリブルしているバスケット選手や、手を見ることなく目を瞑ったままピアノを弾いているような、そんな反射である。ここに好きや嫌いなどという感情はない。


文を書くときにある感情は非常に淡々としたものであり、冷静でもない。だからといって熱量があるわけでもない。そのほとんどは夜の満ちた月をただ眺めているようなもので、残りの僅かは未完作における少ない躊躇のほどだ。


もしもこういった感情を一年目の私に告げたのなら恐らく彼は文を書かないだろう。ここには何の期待も楽しみもない、そういった快楽や物語があるわけではないのだ。そんなものに誰も憧れるわけがない。

では三年目の私はどうだろう。あらためて、この淡々とすぎる文の横並びの進行に何か苦しさや悔しみ、楽しさを覚えているか、それをまた続けようと熱意を持つか。むしろそう抱く方が文を止めたくなる動機だと、胸の内がひび割れそうになる。


三年もして文を思うがまま書いてきた私は、やはりこの文の並ぶ様子を時計の進む針のように何も思うことがないようだ。ただそれでも空白が多く映るのは時そのものの持つ何かしらのわびしさだろうか。

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