21.三年ズ
東京に戻ったあと、月火は学園付属病院に入院したので火音は昼間は教職、夕方は訓練、夜は月火の付き添いを繰り返している。
標準的な生活力はあったものの、ここ数年それを使っていないのでまともな生活していない気がするが。
火光は水明を引きずり回して炎夏は水虎に引きずり回されて、水月は会社の対応と玄智は御三家の仕事に追われ、今のところうるさいのも土足で踏み込んで来るのもいないので気楽。
月火がいないのはとても不服だが。
目を開けると、火光と高等部三年の二人が見えた。
「なにやってんの」
「こっちのセリフ。なんか用?」
「こっちのセリフっすよ。道場のど真ん中で寝てるて」
「寝てねぇ」
体育館とは別にある道場のど真ん中で、大の字になって寝ていた火音は体を起こすと上にまたがっている火光の足を後ろに払った。
突然のそれにバランスを崩した火光は目を丸くし、慌てて受け身を取った。
「何!?」
「火光せんせーすげ〜!」
「さすがかこ〜!」
「さすが〜」
「なんッなんだよッ!?」
「怪我大丈夫か」
「まぁ……傷も塞がったし、まだ激しいのは禁止されてるけど」
「問題ないならいい」
「火音はこんなとこで何やってたの? 鍵回収しに来たんだけど」
火光はまた寝転がった火音の上に跨ると腹に腰を下ろして、火音は下から写真を撮った。
体の上にスマホを置くと腕の届く範囲にある妖楼紫刀を掴み、寝転がったままそれを抜く。
「新しいこと試してたんだけど。そううまくはいかず凹んでた」
「何? 新技?」
「火音先生でも凹むってあるんだ」
「もう一人によるとメンタル激弱らしい」
「へー! また琶音に聞いとこ」
火音は刀を鞘に収めると、鞘の先と柄の尾で三年二人の顎を殴った。
「お前らいつ戻るか決まってんの?」
「戻んねぇっすよッ! 大学部進学のために帰ってきたのに」
「どっちかって言うと高等部卒業試験のために帰ってきましたけど!」
「うるせぇのが増えんのか……」
「教師でしょ!」
三人からしっかりしろと怒られながらあくびをしていると、スマホになにかの通知が来た。
通知なんて早々鳴らさないので何かなとスマホを見ると、三人がそれを覗く。
「待ち受け誰?」
「彼女!?」
「男だぞ」
「女顔!」
紺の髪の、少し髪の長い華奢な人の目を閉じた写真。
「初代ん時から変えてねぇや。画面設定そのまま引き継いでるし」
「変えなよ」
「いい写真ねぇもん」
火音の上に寝転がった火光が勝手に設定を開いて、写真を選ぶ。
最近は物の見事に月火と黒葉、ちょっと遡ればイラストになって、もうちょっと遡れば全部火光。
「極端すぎるでしょ」
「なんかいいのある?」
「月火にしよう月火の可愛いの」
「せんせー見せて」
「ツーショットとかない?」
なんて話していると、火音のスマホにバイブが鳴った。
通知を開くと、謎に月火から無線で写真が共有される。
見ると、この前、神戸に行く時に新幹線内で撮っていた火音の寝顔と月火のツーショット。
「これにしようこれ」
「待て何あいつ何送ってきた」
「送ってきたのは分かるんだ」
「ちょっと先生取らないで!」
三人で火音のスマホを物色し始め、腕を掴んで写真やメールのロックも解除して、それを確認する。
「ほんっとに月火一色なんだけど」
「いっそ気持ち悪い」
「視力良くなりそう」
「顔面国宝か〜」
諦めた火音があくびをしていると、そばに黒葉が出てきた。
三人から返ってきたスマホはホーム画面も待ち受けもアイコンも背景も変えられていて、ほとんど月火になっていた。
緋紗寧と廻醒と水月からお怒りのメールと、麗蘭と玄智と麦から茶化しのメールが来るので即刻変更。
今上にいる三人を撮って、それをアイコンにした。
麦から爆笑スタンプが三連と、部長から疑問符が大量に送られてくる。皆よく見てるもんだ。
「ねーねーねー投稿見せて」
「それは無理。無理」
三人がかりでスマホを取られ、火音が怒っていると、三年ズの兄妹がやってきた。
「にーさん!」
「お兄ちゃん!」
「おい弟が来たぞ」
「弟は俺だ」
「黙れ弟!」
「もうわけわかんねぇよ」
「火音先生なんでそんな体勢なんですか?」
「なんでだと思う」
「愛されてますね!」
「うん」
火音は火光の腰からスマホを抜き取ると、中を確認した。
メールを見て、なんか良さそうな女でもいんのかなと確認しているとスマホで殴られる。
「プライバシー侵害だ」
火音が火光の腕を引っ張って、体から引きずり下ろし絞め技で締めていると黒葉がやってきた。
火音の腕に潜り込もうとするので、火光を離す。
「月火のとこ行くか」
「行きます行きます!」
月火が寂しがるので、皆で月火の病室にお見舞いに行くと既に水月と廻醒が来ていた。
りんごを剥いていた廻醒は火音を見るや舌打ちする。
「先輩来ましたよ〜」
「月火来たよ〜」
「りんご美味しそう」
「お兄ちゃん黙って」
月火が冷たい水月は火光に泣き付いて、火光はそれを押し返した。
「月火調子どう?」
「明日の診察で問題なかったら退院目処が立ちそうです」
「じゃあ学校復帰ももうすぐですね!」
「火音が生き返るね。三日に一回ぐらいほんっとに酷い顔してる時があるから」
「そういう日は吐いてるんですよ。黒葉がそばにいるからマシでしょうけど」
「……窒息しないでね」
「さすがにせんよ……」
火光にガクガクと揺すられる火音が火光を止めようとして月火に助けを求めていると、琶音がハッとした。
「月火先輩、火音先生のアイコン見てください」
「私火音さんの連絡先知らないんですよ。残念」
「じゃ私見せます!」
琶音は三人が写ったアイコンを見せて、もう一つ、火音のアイコンと背景が月火になった瞬間のスクショも見せた。
「火音先生って月火先輩の写真いっぱい持ってますね!」
「ちなみに火光兄さんの写真は百倍は持ってますよ」
「最年少生後二時間」
「見たーい!」
火音のスマホに皆が集まったので、火音は月火のそばに座った。
「体調どう」
「目はほとんど大丈夫ですって。内臓の方も癒着もなくって感じらしいです」
「ならよかった。ちゃんとゆっくり休んでるみたいだし」
「世間の反応も悪くないみたいですし、そこまで急ぐこともないですし」
「特級六体に死者零名は過去最高だろ。出たのがこの世代の全盛期でよかった」
あと二年遅けりゃ、たぶん火音の穴で確実に誰か死んでいた。
「……二十五ですよ? たぶんなってない」
「歳取ったー。数えたくない。もう誕生日やめよう」
「アホなこと言わないでください二十二歳。世間一般で新社会人ですからね?」
「俺高卒」
「もっかい言いますよ。アホなこと言わないでください」
月火につねられた火音が患部をさすっていると、月火がりんごに目を向けた。
今絶賛廻醒に切ってもらったのを食べているが、廻醒がスマホの方に行ってしまったので二玉目は剥かれていない。
「火音さん剥いてください。私左足が痛いんです」
「関係ねぇじゃん……!」
「目がぼやけて手切ったら危ないです」
「素直に面倒臭いって言え」
「面倒臭い!」
火音に手刀を落とされた月火は額を押さえ、それでも火音は仕方なくりんごを剥いてくれた。
「火音さんって料理できるんですね。ていうか包丁右ですか」
「元右利きなもんで。四歳ぐらいから火光に作ってたし」
「四歳から料理て……」
「毎日死にかけでしたから。まそん頃はさすがに母親に習ってたけど」
フルーツナイフで器用にりんごを市松模様にする火音の手元を覗き込み、写真を撮った。
火音は完成を月火に見せることなく、月火の口に突っ込む。
「……でっか」
「みじん切りがいいですか」
「そーゆーのを極端って言うんですよ」
あとは全部うさぎにして、月火の口に突っ込んだ。
もう半玉を切っている途中に、火音がりんごを切っているのに気付いた火光がやってくる。
「ねー僕にも一個ちょうだい」
「はい」
「火音って包丁使えるんだね」
「昔は毎日兄さんに作ってたらしいですよ」
「へー覚えてない!」
「知ってます」
「火音が使えるなら僕もいけそう」
月火がりんごを喉に詰まらせ、水月が自分のスマホを落としかけた。
二人の挙動不審に火光が首を傾げる間もなく、火音にスマホを返した麦が鼻で笑った。
「お前高二の時調理実習でボヤ騒ぎ起こしたじゃん」
「ちょっとお兄ちゃん……」
「あれは水月のせいだよッ!」
「人のせいにしないでよ!」
「水月のせい!」
「何はともあれ火光はキッチンには絶対立ち入り禁止だから」
麦と閏間は火光と四歳差。中等部、高等部の間ではよく火光と水月の伝説話が飛び交っていた。
「皆が妖輩コース戻ってくりゃもっと賑やかになるのにね」
椅子に座り直した火光の言葉に麦と閏間兄弟が固まって、三人揃って顔を逸らした。
「……なんかあんだっけ」
「覚えてないんですか……犬鳴の生徒ですよ」
「……あー」
月火と火音の寮に不法侵入した生徒、一菜と珀藍。その父親である犬鳴は元高等部妖輩コース教師。
授業のほとんどが人目のある体育である妖輩コースの中で、日常的な体罰と言われるほど教室にいる際は生徒に体罰を行っていた。
その被害者は三人。
一人は精神病棟に入り、二人は別コースに移って進学、晦が様子を見ていた。
それが、この三人だ。
麦琴、閏間洸壱、弟の鞠。
「……誰洸壱って」
「おい顧問ッ!」
「黙れ新入部員。名前なんか知るか。苗字覚えただけ感謝しろ」
「俺部長なんすけど!」
「俺八十人近く見てるんですけど」
「俺だって見てますから幽霊顧問!」
火音はそっと視線を逸らすと、月火に話の続きを頼んだ。
月火にまで呆れた目を向けられる。
「部長さんは今補佐情報教師でしょう。弟さんは教師情報医療で琴さんは情報医療コースです。三人とも、妖輩の級は持っていてもコースはやめてしまってるんですよ」
「ふーん」
話の途中におもむろにスマホを取り出した火音は話終わる頃には完全に興味が消えて、各SNSの投稿を始めた。
そりゃ、怒るよね。




