19.謝辞
火光たちの病室から帰る途中、ふっと、月火の思考が伝わってきた。
眠いのあとに、痛い痛い痛いと、痛いと悲痛に藻掻く思考。
走りたいのを我慢して、月火の個室部屋に帰った。
「月火……!」
「ひおとさん……」
月火が起き上がろうとしたので、慌てて駆け寄ってそれを支えた。
「ひとりにしないでください……」
「ごめんごめん、もうどこにも行かんよ」
「……うん」
ナースコールをすると綾奈がやってきて、月火の気が付いたことに相当安堵したのか部屋に入るやその場にへたりこんだ。
火音の思考で見える月火は苦笑いをして、出てきた黒葉の頭を撫でた。
兵庫県医大付属病院。兵庫で一番大きい病院で、皆ここに入院している。
月火だけ、火音のこともあるので個室だが。
「火音さん怪我は?」
「俺はなんとも。座敷童子が守ってくれたし」
「麦兄妹は?」
「狐が守って今は一番ぴんぴんしてる。月火以外もう目覚まして皆普通に歩けてるから」
「よかった……!」
そばに座る火音の袖を掴んでいる月火の頭を撫でていると、綾奈はわざとらしく大きなため息をついた。
「はー。起きて一番イチャつけるなら傷も問題なさそうだな。退け火音、包帯取るから」
「……私なんで目に包帯なんか」
「目が潰れたからだよ」
綾奈は包帯を取ると、月火は目を開けた。
「……まぶし」
「姉さんに感謝しろ。ここの眼科医の教授だか助手だかが腰抜かすレベルの症例だからな」
「さすが晦の血筋です。ボーナス付けときますね」
「よろしく」
スマホ、パソコンといった電子機器は二日間禁止、風呂は四日間、洗髪洗顔は十日間禁止、外出は一週間禁止。昼間は眼鏡、寝る時はガーゼと包帯と保護メガネ。
「地獄……」
「ここにハサミがあるが」
「ほんっとに助かりました一生感謝します」
ハサミを文房具立てに雑に戻した綾奈はガーゼや包帯、メガネ等を置いて帰って行った。
月火がホッとしたのも束の間、また顔を出した。
「火音、飯どうする」
「え無理」
「んなこと分かってるよボケナス」
「なんかサンドイッチの材料でも買ってきてください。ここで簡易的に作ってみます」
「おう。点滴必要ならまた呼べ」
「はい」
今度こそ去っていき、黒葉はベッドから降りると扉に近付いた。
鍵を閉めようとするが、その手じゃ無理。
火音が代わりに閉めに行き、ついでにカーテンも閉めた。眩しいだろう。
「ありがとうございます」
「……胃が痛い」
「極度のストレスですよ」
「誰のせいだと」
「ごめんなさい」
火音はベッドに腰を下ろすと、月火の傷に触らないようハグをした。
「……私だって怖かったんですよ」
「分かってるよ。お疲れ様。……月火の活躍は皆知ってるから」
「今回何もしてませんし」
「今回に関してはほんとに俺と火光を褒めてほしい」
「最近は自信満々ですねぇ」
月火は離れると火音の頭を撫で、火音は月火の肩に額を置いた。
「ありがとうございました。さすがの強さでしたよ」
「……内側でのうのうと突っ立ってるんじゃなかった。月火が知衣連れてきてなかったら最悪なこともあったし」
「それはのうのうと寝てた私ととんとんです。私が寝てる間、守ってくれたでしょう?」
「狐に守られてた」
「私は火音さんが守ってくれました。それだけで十分偉いですよ」
月火の冷たくも温かい、細く弱々しい腕に抱き締められ、ずっと張っていた緊張と取り繕っていた冷静さと、隠していた心配とどうしようもない不安がどっと押し寄せ、月火の腰に腕を回した。
強く、力いっぱい抱き締めると、火音の首に腕を回した月火はくすくすと笑った。
「恋人みたいですねぇ」
「……恋人よりよっぽどタチが悪い」
「一生離れられない共鳴相手が唯一食べれるご飯作るなんて」
「……一生離れんでね」
「もちろん。火音さんは一生私の飼い猫ですよ」
月火からの言葉に、火音は少々の安堵感とともに、腹の底にあるもやっとしたなにかに少しの疑問も覚えた。
夕方、部屋に軽快なノックが鳴った。
「赤城です」
今度は白葉が開けようと頑張るが開かず、雷神が代わりに開けた。
月火が火音の膝枕で眠ったので、火音は動けない。
「失礼しまーす……」
静かで暗い病室に赤城は声を潜め、火音はリモコンを取ると部屋の薄暗い電気を付けた。
「仲良しですねぇ」
「何の用だ」
「サンドイッチとかおにぎりとか、なんかそんなんの材料です!」
「あぁ、机に置いといて」
「いいんですか?」
「下手に月火が以外が触ると余計面倒だし」
「分かりました」
赤城は机にそれを置くと、てってっと歩いてきた狐たちを撫でてから颯爽と退散して行った。
また雷神が鍵を閉める間に、月火が目を触ろとするのでそれを防いだ。
メガネを押し上げて目を触ろうとするので、手を押し返して目に手をかぶせる。
少し撫でると、その手はすぐに脱力した。
「火音、日が暮れたぞ」
「月火」
月火を起こし、包帯を取っていると部屋にノックが鳴った。
雷神が鍵を開けて、扉も開けると夕食を持ってきた綾奈がやってきた。
「まずいまずい病院食の時間だぞ」
「最悪……」
「つってもお前低血圧持ちだから普通に塩振ってあるけどな」
「やった」
「量は我慢しろ。制限はないから好きに買って食うのは自由だけど」
「やっ……」
「一週間部屋から出るの禁止だからな」
「赤城にでも頼むか」
「スマホも無理だけど、頑張れ」
悪魔のようなことしか言わない綾奈は机をベッドの上に用意すると、そこに食事を置いて退室した。
「火音さんのも作ってみましょうか」
「先食べたら? 冷める」
「食べるなら一緒に食べましょう」
月火がベッドから降りようとしたので、火音はそれを支えた。
左足の傷が傷んで上手く歩けないので、松葉杖か付き添いは必須だ。
「ハムとかチーズとか、カットサラダとか。コンビニ様々ですねぇ。ちゃんとマヨネーズとかマスタードとかカラシとか買ってきてもらって、赤城さん家事も完璧そう」
月火は机に戻ると、簡単クッキングを始めた。
「まな板欲しい」
「我慢して」
火音は月火の後ろ髪を四つ編みにして、ゴムで縛った。
火音は六枚切りの食パン一枚で十分足りるので、一枚を半分に折ってサンドイッチを作る。
ちゃんとラップもあったのがほんとに天才だと思う。使わないけど。
「ほら、できましたよ」
「食べよう」
月火は向かいでサンドイッチを食べようとする火音をガン見して、それに気付いた火音は食べようとしたのをやめた。
「……なに」
「早く食え」
「見んとって」
「関西弁」
「さっさと食え怪我人」
月火がふくれっ面になったので、スマホスマホと探すと叩かれた。
二人で食べ始め、月火は火音を見上げた。
「どうですか?」
まだ口に入ってんだけど。
距離が近いせいで月火が暴走気味なので、火音は後ろを向いて二口目を食べた。
「あじぃ!」
「んんんん」
「食べれるならいいですけど! なんでそっち向くんですか……」
「圧が」
「こっち向いて食べましょうよ」
「サンドイッチでかい」
「女子じゃないんですから」
なんだ大口開けてるところ見られたくないって。
「口がちっさいからちょっとずつしか食えんの。月火も早く食え。もう冷めてるだろ」
「病院食なんて冷めてなんぼですよ」
「いやいやいや」
「あーあ学園付属に帰りたい」
「帰るなよ」
どう頑張っても火音はこっちを向いてくれなさそうなので、お腹空いた月火もおとなしく食べ始めた。
そっぽ向いてても上機嫌なのが伝わるのは、共鳴の利点。
二人で黙々と食べていると、雷神がまた鍵を開けた。
部屋にノックが鳴って、火光の声がする。
「月火? きたよー」
「あ、お久しぶりです」
「言うて一日だよ。なにしてんの火音」
「大口開けてるところ見られたくないんですって」
「女々し」
「こいつの口のサイズで作られても困る」
「なんですか人の口がデカいみたいな」
「事実だろうが」
火光は呆れながらベッドに座り、ふんすと怒りながら大きな一口で食べる月火の頭を撫でた。
「元気そうでよかった」
「兄さんが守ってくれたって聞きました。ありがとうございます」
「僕より火音だよ? 七時間一人で戦ってたんだから」
「それは聞いてないです」
「また明日色々教えてあげる。今日はとりあえず心配だったから。連絡もできないし、いきなり押しかけてごめんね」
「全然。兄さんは大丈夫なんですか?」
「僕は全然! 大怪我ではあるけど、晦たちがすぐに応急手当してくれてたから致命傷にはならなかったんだよ。ねぇ次から遠征晦と綾奈だけでも連れ回そう」
「それは本人たちに許可を貰ってください。私が言うと上司命令になりかねませんので」
月火はご飯を食べ終わると、箸を置いてまた火光を見上げた。
「とりあえず、本当に特級としての責務全う、ありがとうございました。一妖輩としての感謝とともに、神々当主として神々からとびきり優秀な特級が輩出されたこと、正しい正義を持って後継を育ててくれていること、とても誇らしいです。特級怪異など二度と生まれないことが最善ではありますが、それでも、今後とも特級妖輩ランク一位として、神々を背負う看板の一人として。日々の精進とともに仕事にも精を出すよう、よろしくお願い申し上げます」
月火の懇切丁寧なその謝辞に、火光の目から涙が溢れた。
頭を下げて、それに気付かない月火の方に寄ると、月火の背中に頭を下ろした。
月火は突然のそれに目を丸くし、慌てる。
「兄さん!? ちょっとなに!?」
「……泣けた」
「火音さん助けて……!」
サンドイッチ、うま。




