19.特級戦⑶
ドチャッと、なにかが地面に当たる音で目を覚まし、それが怪異の肉であることに安心した。
数秒呆然として、失神していた火光は飛び起きた。
「は……!?」
「かっ……火光先生動かないでください! お腹に穴あいてて……!」
「怪異は!?」
「火音先生が留めてくれてます。今は落ち着いてて!」
晦に肩を押され、寝転ばされた。
腹の傷が開いていないのを確認して、消毒と包帯を巻かれた。
火音が狐を付けて麦兄妹を怪異に引き渡し、奪ったのと返したのが火音であることから標的が火音に。今、一番重傷で失神せず戦い続けていると。
「麦引き渡したって……!」
また飛び起きた火光は、周囲の状況を見て、背中にゾッと悪寒が走った。
あの時、三年前の、双子怪異を彷彿とさせる、現特級組。火音以外、全員の瀕死。
月火の目には包帯が巻かれ、水月は包帯がない場所の方が少ない。火音は一度も戻ってこず、また一人で。
炎夏も結月も水虎も水明も、廻醒も紅路も氷麗も、三年も一年も、皆が動ける状態じゃない。
なんで、なんでこうなってる。なんで、自分が一番強いはずなのに、皆を守るべき力を持っているはずなのに。
ザッと足音が聞こえ、振り返って見上げると、玄智が立っていた。
「座敷童子が一番必要なのは火音先生だって判断したんだよ。月火は視界が潰れたんだって。視界がないから共鳴した片方だけ守ってるんだよ」
「……視界、潰れたって」
「先生も生きてるのが奇跡なんだよ」
玄智は火光のそばにしゃがむと、火光の腕を掴んだ。
「頼むから自分の心配もしてよ。して、自分で大丈夫だと思ったら動いて。僕らを守って。ここで先生が死んだら来年誰が授業するの、僕らに教えてくれるのさ。僕らは世界一強い先生に教えてもらって、世界一強い生徒になるんだよ。それを先生が先に投げ出さないで」
ぼろっと涙を零した玄智に目を丸くすると、玄智の頭を撫でて涙を拭いた。
「僕は大丈夫だよ。一人でよく頑張ったね」
「……一人じゃないよ。火音先生がずっと守ってくれたし」
「僕の生徒は世界一だから。世界一バカの世界一強くて可愛い生徒だから。その生徒ほっぽり出して死ぬようなことしないよ」
火光はうんと頷いた玄智を軽く抱き締めると、玄智の涙を拭った。
人に見せれる背中じゃないらしいので晦からTシャツを貰って、それを着る。
「袴持ってくりゃよかった」
「やっぱりなんか、験担ぎみたいな、喝入れみたいなんがあるんですか?」
「いや? なんだろうね、家での訓練は袴だからさ。訓練のつもりでやれるから気が楽なんだよね。最近はずっと本気出すためにジャージだったけど、僕は締めすぎんのもよくないみたい」
火光は髪を触ると、ペットボトルに水を汲んで、頭を下げて髪を流した。
髪から流れてくる水が全部赤いと、髪の色素が落ちてるように見えるからちょっと面白い。
「やりましょうか?」
「平気。タオル持ってきて」
火光は髪を絞るとオールバックにして、晦が持ってきたタオルを髪にかぶせた。
空を仰ぎ、深く息を吸う。
六甲山って、星が綺麗。あと空気が美味しい。血なまぐさいけど。
座ると晦が髪を拭いてくれるので、その間に水分と、アボカド一個とグミ一袋にアイスを一パック食べた。
「玄智、僕にかけれる?」
「できるよ。一人なら効果二倍だから」
「優秀。自分でも身体強化かけるから僕の妖力に引きずられないようにね」
「引きずられるの?」
「月火の狐鬼封縛があると火音の雷漸はよく分かんない方に行くでしょ。それ」
「安心してよ。僕優秀だもん」
火光は立ち上がると、髪を邪魔にならない方に流した。
そこに、赤城が走ってくる。
「火光様! 火音さんの予備の袴ならありますよ! サイズ的にも問題ないかと!」
「何色?」
「黒と紺色です!」
「僕青似合わないんだけど……」
「大丈夫ですよ、イケメンですし!」
「えそう? じゃちょうだい」
「イケメンで強かったら最強ですよ!」
「知ってる」
火光はバスの中に着替えに行き、玄智は赤城を見上げた。
「ほんとにイケメンと思ってる?」
「もちろん! 私顔がよろしくないのでイケメンは至福ですよ! 優しい人はかっこいいです!」
「赤城さんも可愛い顔してるのに」
言い逃げのように、言うだけ言って逃げていった玄智の言葉に固まった赤城は頬を少し赤らめた。
「新イケメン爆誕か!?」
「赤城さん、自衛してね……」
「はいっ!」
──妖心術 遊勇鈴歌──
──妖心術 雨ノ突童──
「それじゃ先生、頑張って」
「炎夏たちよろしくね」
「任せてよ。こっちには天才晦姉妹がいるんだから」
火光は飛び上がると、怪異に叩き飛ばされた火音を受け止めた。
集中なのか錯乱なのか、火光がいることにすら気付かず、体勢を立て直そうとする火音を連れて怪異から少し距離を取った。
そこで、火音はハッとする。
「なんッ……!」
瞬間吐血し、火音は口を押さえた。
「降りてていいよ。あとは任せて」
「……中に麦兄弟がいる。説教はあとで受けるから、時間が……」
「全部分かってるよ。時間稼ぎ助かった。あとは特級一位に任せてよ」
「……すぐ戻る」
「ゆっくりしてて」
火音は雷神に手を引かれ降りていき、火光は座敷童子を呼んだ。
頭を撫でれば、その手を掴んで離さない。
「よくできました」
「たくさん褒めて!」
「全部終わったらね」
「うん!」
火光は座敷童子を消すと、タスキをかけた。
火音の方に行きたくても結界が邪魔で行けない怪異は、そのうちその結界の主がそばにいることに気が付いた。
咆哮も爪も威圧も、火光には一ミリも効いていない。
人魚の妖心術。
人魚の歌声、遊勇鈴歌によって人魚の妖心術の質を底上げし、雨ノ突童で他人へ身体強化を付与する。
プラス、体術の天才である火光が特級に上がるために極め抜いた身体強化で、その全てのかかった火光はもはや人間ではない体術と化す。
深呼吸をすれば共鳴はすっと消え、眩しかった星の光が収まった。
うるさかった怪異の音も、痛かった着物の擦れる感覚も消える。
仰向けになって、星が綺麗だなぁと思いながら、大の字で失神した。




