13.バスの中
生徒が被害にあっているとなれば黙っていないのが麗蘭で、月火が通達するや二時間後には編成が上がってきていた。
昼時にスマホを開いた月火はまだ一口も食べていない弁当を置いて、どこかへ電話に行く。
「……月火先輩ってほんとに頼もしいですね」
「ん? そりゃ月火だもん」
「あいつが生きてる限り社会は安寧だろうよ」
「月火だもんで片付けられる信頼と技量があるって確信できるからね。この世代に生まれてラッキーだよ」
食べ始めて二分で食べ終わった炎夏と玄智はそれを片付けると、二人で人がはけた校庭の中央に行く。
「怪異特級らしいね」
「特級制してるってバケモンかよあいつ」
「琶音ちゃんに会いたいの一心じゃない?」
「親の怪異らしいな。いつ死んだか知らんけど」
「たった一人の家族か〜! まなんでもいいや。水月も特級に行ったし、炎夏一級一位頑張れ」
「夏休みに詰めるかな〜」
一戦交えた二人が戻ると月火と火音が入れ替わっていて、月火は黙ってぼんやりしながらむしゃむしゃ食べていた。
「げっかー、お調子どぉ?」
「最高。木曜移動の土曜ね」
「金曜は? 僕日曜予定あるんだけど」
「どうせ女子だろ」
「え、ご名答」
「廻醒が金曜に来るから。まぁ状況次第で金曜の夜に殺して帰ってくるって感じにしたい。なるべく」
「予定より巻きで? じゃさっさと終わるね」
「うん。私観光するから。火音さんか廻醒に案内してもらう」
「僕も行こ」
「お前帰れよ。俺は行く」
「炎夏こそ東京帰りなよッ!」
「ご当地コラボやってんの」
「何それ僕も行く」
「おう」
夜になって、旅館や編成、当人との連絡も終わった月火は既にソファに丸まっている火音のそばに行った。
小さく揺すると、すぐに目を開ける。
「終わった?」
「終わりました。今日も一緒に寝てください」
「ベッド行こう。床痛くて死にそう」
「私のとこの方が広いですか?」
「変わらんだろ」
月火の部屋に行き、月火が眠ったのを確認してからスマホで綾奈に連絡を入れた。
怖がっているけど特にパニックや恐怖心等はないのと、今のところは夢にも強くは影響してないのと。
月火自身、当主を継ぐ頃に一度か二度か発狂して綾奈と知衣に押さえられている。
その心が完全に治ったわけじゃないし、一度そうなった人はまたそうなりやすいというか、なったことがあるからこその不安もプラスされることが多いので要経過観察をしなければならない。
月火は今、そうなりかけているので。
黒葉が出てきて、火音のお腹に前足を置いて構ってとでも言うように足でトントンと叩いた。
頭を撫でながら綾奈との会話を終わって、黒葉を抱っこして布団に入る。
「お前、自由気ままなフリしてるけどわりと月火の言う通りに動いてるだろ」
コソッと言えば、黒葉は火音を見上げた。
「妖心は人間の心から出る感情の塊よ。怨念で怪異になるんだもの」
「素直じゃない月火の代わりだな」
「主様が羨ましいって思うから。よく分からなくなるけど」
「お前がいてよかった」
黒葉は、全てを隠そうとする月火の一番の心の現れだ。
木曜の午後、廻醒を除く御三家組と教師、高等部、中等部三年で移動する。
最近は月火がそばにいれば大丈夫というのが分かってきたので一日貸切はせず、火音は月火の横で眠っている。
結局は妖輩の移動ということで貸切はしなければならないが、まぁその程度なら神々の資金から余裕で出せるので。
黒葉を抱っこして月火の肩にもたれて眠る火音を、火光と水月が打ち合わせという名目で見に来た。
「幼いよねぇ」
「前髪長くない?」
「切ろう切ろうって言って切ってませんからね」
月火はカメラを構えて火音の寝顔とともに自撮りをした。
「それちょうだい」
「私だけ加工します」
「いらない。なしで」
「黙れ」
三人がスマホ片手に喋っていると、火音の膝に丸まっていた黒葉が耳をピンと立てた。
立ち上がって火音を見上げると、薄く目を開けた火音は黒葉の頭を撫でる。
「……なんでいんの?」
「打ち合わせですよ」
「撮る必要ないじゃん……」
火音は眠いながらに火光のスマホのカメラを塞ぎ、水月は火光のスマホを覗いた。
「撮れた?」
「バッチリ」
「送って。切り取ってあげる」
「やだよ被害に遭うの僕」
火音が水月の顔面を蹴って、寝起きの火音は水月と喧嘩を始めた。
神戸に着くと、合流予定のなかった廻醒が待っていた。
「早かったですね」
「死ぬ気でやったわ。褒めて」
「乙。移動しましょう」
廻醒が待っていた補佐兼バス運転手の赤城と地理を擦り合わせている間に、二年は炎夏のオタクに付き合い、火音はタブレットで地図を確認する。
そもそも最後に来たのが中等部の最後なので、それも十年近く前だ。
梅田じゃないけど、神戸も頻繁に変わってるからな。外観は変わらないけど中身全部違うとか。でも、街的には変わっていないか。
廻醒の近くにいる月火の耳から入ってくる廻醒と赤城の会話を元に地理を確認して、それを頭に叩き込んだ。
「月火! どこでやる」
「なんかあります?」
「一年ってやってるっけ」
「全部実践経験ですからねぇ」
火音と月火がバスの通路で話し始めたので、二年と兄組は両方からタブレットを覗いた。
やるなら六甲山が被害少なくなるだろうしいいけど、一年生は山での戦闘をやったことがないはずだ。麦はともかく氷麗とか絶対ない。
本来なら実践で積まれるスキルが、そもそも実践をやってないから。
「ま誰だって初めてはありますもんね」
「そうそう。たまたま合同だったってだけだよ。問題ない」
「じゃ六甲で。施設避けるなら灘辺りか」
「この辺り家とかないんですか?」
「山やもん」
月火の横から廻醒が顔を出して、月火に抱き着いた。
赤城も顔を出して、地図を広げた。
「ハイキングコースや遊び施設はありますが避難勧告で既にもぬけの殻です。麗凪様が会社と市長にコンタクトを取って下さり諸々の許可もおりています」
「わーさすが」
優秀な双葉五つ子に感謝しながら、主砲と援護、近距離補佐の確認をした。
火音が早く座ろうと急かして来るので、最低限の作戦を決めて席に戻る。
黒葉が出てきて、大きくなって火音の膝に座ると火音はそれを抱き枕にした。
月火の肩にもたれ、狸寝入りを始める。
その理由はこれだ。
「ほんっとに嫌いな人間に間違えられるって最悪なんだよ。弟嫌いなんでしょ、間違えられてみたら?」
「やだよ似てないもん。愚図に間違われんのも馬鹿になんのもごめんだね」
「嫌でしょ? 俺なってんの」
「一卵性の宿命だよ。双子しか生まれない家系だっけ? どんまい」
「妖力とかいらないから双子やめれないかな」
「顔は変わらんだろうね。いいじゃん成りすましできるよ」
「嘘でも嫌いな人間にはなりたくない」
「ちょっとの我慢で相手の不幸を作れるなら至福だと思うけどな〜」
「げー趣味合わない」
「うん僕ロリコンじゃないからね」
緋紗寧と暒夏がそんな会話をしながらバスに入ってきて、名前は出ていないが標的が分かる二人の会話が聞こえた火光が舌打ちをした。
結月が目を丸くし、前にいた玄智の頭をぽんぽんと叩く。
「先生どしたの?」
「ご機嫌ななめだよ。お兄ちゃんと可愛い可愛い生徒を、嫌いな人間たちに馬鹿にされたから」
「先生に不機嫌とかあるんだね」
「あるよー?」
「そもそも火神の血筋が常上機嫌な方が珍しい」
「ねぇそれ僕への嫌味ですか?」
「ほらな……」
炎夏の頬をつねった玄智が怒っていると、水明と水虎も入ってきた。
二人してげっそり疲れた顔をしている。
「……お疲れ様です月火様」
「ほんとに疲れてそうですね」
「混ぜるな危険でした」
「あの二人は基本誰とでもそうですよ。双方の兄弟喧嘩が可愛いでしょう?」
火音が月火をつねり、月火はその手をそっと押し返した。痛い。
「緋紗寧さんはあとはこっちで引き受けるので大丈夫ですよ」
「……向こうからとんでもない冷気が放たれてるんですが」
「あれはまぁ、お兄ちゃんがどうにかするんじゃないですか?」
見事擦り付けられた水月は前方から月火の方に振り返り、水明と水虎の間から水月と目の合った月火はにこっと笑っておいた。
二人のアイコンタクトに気付いた水明と水虎は呆れ、ため息をつく。
「犬猿が多すぎる……!」
「それはほんとにそう」
「兄さんもですからねッ!」
「兄さんは誰ともなんともないよ〜?」
「双葉」
水虎は黙った水明を引きずって奥に行き、月火は立ち上がると人数を確認した。
二十三人、予定通りの時間なので、赤城と諸々確認してから発車してもらった。
「主様、何がいるの?」
「特級ですよ」
「すごく……嫌な、気配がするわ」
「でしょうね」
全報告の中で、全てに「あれは化け物だ」と記されているのだから。




