9.政治の話⑴
今週末、学園の創設六百年を記念してお祭りが開かれる。六世紀も開いてるんだから前は十とか五十で刻んでいたそうだが、もう百年に一度になっている奇跡の祭り。
記録的に何回目だったかな、体育祭の記録がないから創設六百年も記録ができてからの年数だ。
最近月火が悩んでいたのはそれの計画書に関すること。今必死に悩んでいる。
向かいに座っている火音は呆れ顔。
「……あぁ……?」
「月火、一旦頭リセットしろ」
「さっさと終わらせたいんですけど……」
「さっきから同じところで悩んでるじゃん」
「……あーだめだ! 休憩します」
月火は大きく手を振りあげるとコーヒーを淹れ始めた。
最近は火音が見張ったり昼間に寝ているので睡眠不足は減っているようだ。それでも不規則なせいで少し目の下が黒い。
火音にもコーヒー。
火音は薬を飲んでいるのでコーヒーは一日一杯だけ。どうしても欲しい時はノンカフェインコーヒーを淹れている。味がお気に召さないようでほとんど頼まないが。
「……こんなん見てると、火神にいた方がよかったのかなと思ったり」
「後悔ですか。火音さんっぽい」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味ですよ。熟考してストレス抱えて、行動は寝起きの勢いがある時に。そのあとしばらくしてから後悔ってか懺悔?」
「お前は俺にどんなイメージを抱いてるん……」
「後悔が多そう」
「コーヒーぶっかけんぞ」
月火はふいっと顔を逸らし、火音はため息をついた。
「人に迷惑かけてまで幸せになる気ないし」
「火音さんが不幸だと私も悲しみますよ?」
「そーゆーのがあるから人に干渉されたくない」
「話しかけずに同居しても構いませんが」
「嫌」
「でしょう。……話したいなら心配はしますし心配されても謝らないでください。私は私がやりたくて心配してるんです」
月火が火音を睨むと、火音は少し視線を落とした。どこまでも根暗な男め。
「はぁ……もう好きにしてください。私は仕事再開しますので」
そう言うと月火は火音の言い訳も聞かず、パソコンを開けると仕事を再開した。
夜、月火がこめかみを押えながら仕事をしていると、火音が傍に寄ってきた。月火の腕を掴んでソファまで引っ張る。
「なになになに」
「枕して。眠い」
「まだ薬飲んでないでしょう飲みますよ」
「いらない。明日飲む」
「明日には明日の分がありますから」
月火は火音の腕を掴み返すと椅子に座らせ、薬箱を持ってくる。
口を掴んで無理やり飲ませ、明らか気力のなくなった火音はため息をつき、珍しく水をがぶ飲みした。
一気に五百ちょっと飲む。
「……大丈夫ですか……?」
「恨む」
「枕いりませんか」
「いる」
素直ですこと。
週末の夕方、部屋に二年ズと兄たちがやってきた。
ソファに寝転がっている火音を見て目を丸くする。
「火音先生足ほっそッ……!」
火音は今、着圧ソックスを履いているので膝丈のジャージ。と言っても着圧ソックスが付け根まであるので脚は見えないが。
見えている膝下だけでもたぶんモデル並みの長さと細さがある。
あと着圧ソックスの先から出ている指先がめっちゃ綺麗。
「……さすが人類美の真髄」
「月火、火音体調悪いの?」
「興味ないだけかと」
「ならいいけど」
「火音先生もお祭り行くの?」
「行かないと思いますよ?」
人多いしうるさいし。
月火が皆の飲み物を淹れていると、仰向けでスマホを見ていた火音が突然呻き始めた。
突っ伏して、丸まって。
「火音さんうるさいです」
「…………ひどい」
「玄智さんに脚撮られますよ」
そう言うと、火音は体を起こして皆に背を向けたままスマホを触る。
玄智はちょっとしょんぼり。
「……祭りの準備すんの?」
「え行くんですか?」
「麗蘭から連絡来た」
「御三家全員来るってのに」
繋がってるのか繋がってないのか二人の端的な会話に皆が首を傾げていると、インターホンが鳴った。月火はそれに応答する前に玄関に行く。
少しの会話のあと、廻醒が入ってきた。
「あれなんで職服なの?」
「職員会議って知りませんか」
「おつかれー」
にっこにこの火光は肘を突いて廻醒を煽ったが、廻醒はそれを無視すると月火に茶封筒を渡した。
「あげる」
「どうも。早かったですね」
「あの人ら来てるらしいな」
「あの人ら?」
「時空御一行」
月火と火音、水月が反応し、廻醒を見た。
火光たちは首を傾げる。
「本当に?」
「神下ではやっと動いたかって感じやで。会議は知らせる方法なかったからいいとして、堕ちた緋火たちは絶対知らせるやろうし。あいつらようわからん交通手段持っとるから待てできたんが奇跡や」
「……水神の根回しか……」
「十中八九そやろな」
月火は思考を巡らせ、その間に炎夏と玄智は火光を見た。
「神下は神々の分家とか派閥の総称だよね? 時空って誰?」
「さぁ?」
「火神の神ニ下だよ。緋火の姉の分家」
「……あれ三人兄弟なの?」
「そうだよ。時空はその子供、神ニ下分家の現当主」
「神ニ下……?」
「火音、神ニ下やってないの?」
「中等部の範囲だろ。知らねぇ」
「じゃー先生が教えてあげよう」
御三家本家、それ以外は分家。血ゆえの権力を持つ分家と、血は繋がっていないが派閥に属す派閥家は神下と呼ばれるいわゆる配下になる。
神々は神下火神は火神下、水神は水神下。
ヒエラルキーで頂点は本家、第二の神ニ下に血縁者。当主の兄弟や家族、いとこなど。
神三下は第三、第四等親や鬼互家のような、嫁婿入りにも関わらず元から力のある家で婚姻により下剋上を果たした家。
「下剋上て……」
「事実そうだろ。派閥家が本家と繋がったら力関係は逆転する」
当然火神本家が失墜した今、火神下は面目丸つぶれ。どころか、神々や本来なら下にあったはずの水神から無抵抗で権力を奪われている最中だ。そりゃ、現場にいなかった時空御一行は説明を求めに神々に突っかかる。
それが今日になりそうって話。
「水神の根回しってのは?」
「水虎だろうね。神下の中でも二番目ぐらいに厄介なやつだから集会に来られると犯罪を犯した本家よりも発言力は大きい。集会が中断されないように時空本人に嘘ついて誤魔化したか、別の大きな要件を起こしたか。たぶん今回は後者」
「大きな要件?」
「火神火音の破門」
二人が目を丸くすると、鬼互は呆れたように肩を落とした。
「当主教育進んでるんやろ? このペースで大丈夫かよ」
「実務を優先して育ててますからねぇ。発言力を持つ間は干渉されないよう、あと面倒臭いと一切放置されていた玄智さんはともかく。炎夏さんに関してはおじ共の過保護が原因ですね」
「次期当主と当主確定候補生がここまで無干渉なんも珍しいのに。さっさと引退させたら?」
「……麗蘭とも反りが合わないようですし」
「麗蘭とそりが合わないのはお前のせいだろ、神々当主」
火音が話に割り込んできて、ソファの後ろで話していた月火は首を傾げた。
「私?」
「水明の懸念がなくなるまで根柢をならしてやれ。地盤が固まってないから水明より上の神々先々代の層は不安しか残ってない」
「……地盤は固まってるんですが…………」
「二年前のアレがまた起こったらどうする。今の御三家はあの時よりも力はあるけど業務面はまるで育ってない。火神が潰れて俺が抜けた今、その不安はお前が思ってるより神下は重く受け止めてる。妖輩は年々減ってるのに御三家の若手世代は業務で任務をストップ、特級三人はそれぞれ仕事持ち、実質仕事を回してる三人はまだ学生」
そんな状態で、今代わりとして仕事をこなしてる水明や水虎が引退してみろ。ただでさえ火神から崩れかけた御三家のシステムは完全崩壊、神々でも支えられなくなる。
いくら天才的な当主とて、完璧な補佐が何人いたとして、神下含め百人以上で回していた仕事をいきなり支えられるわけないだろう。
実務も任務もパワーバランスもヒエラルキーも、今の形態が最も良かったから千年以上続くこのシステムは今の今まで続いていた。
三柱の一本が折れた。二本目は古株がなんとか支えてる状態。三本目は最も強度、だがその強度ゆえに完全な新体制で支えるのは無理。
火神の突然の失墜は火神下だけでなく、火神と連携を模索していた神下、水神下にも多少の不満不安が残るだろう。それはどう頑張っても消えない。
それ故に、火神零落に続く不満を引き伸ばしてはならない。
もしもが起こったときでも、過去の最悪が起こったときでも今のシステムなら大丈夫と思ってもらえるようにしなければならない。
「たとえお前の中で問題ないと思っていても凡人は天才を理解できない。率いてるのが天才様と言えど改革中は不安が高まる。その最中火神の失墜とかいう大惨事。古株は引退したくてもできないし、なんならしてたやつが戻ってきてもおかしくない現状だ。固まってた地盤は緩み始めて残ったら柱にはヒビ。水明たちが地獄見てるのも無理ない状態だ。理解してやれ」
火音の説明に炎夏と玄智は火光を見上げ、月火は口元に手を当てた。あー、思考が巡ってる。頭痛い。
「ちょっ……」
「さすが元火神当主候補生ですね。よく分かりました」
「頭……いたい……」
「今日はラッキーなことに神々も水神も勢揃いしますし。ちょろっと根回ししますかねぇ」
「げっかさん……?」
「まぁ仕事面はたしかに古株に依存してる部分はありますが正直言って古株はいればいるだけ火神なしの新体制は作りにくいですからねぇ。動くのは早い方がいいですし」
「月火……謝るからやめて……」
「祭りも意外と使えますね。パーティーとかにしなくてよかったぁ!」
月火はソファに倒れた火音を見下ろすとわずかに口角を上げた。
「おやすみなさぁい」




