8.麗蘭と火音、上司と職員
夜中、月火がリビングに行くと火音の腕の中で寝ていたはずの黒葉がもぞもぞと動いているのを見付けた。
夜中の三時だが、黒葉が熟睡してないのは珍しい。
『……主様、火音……』
傍にしゃがむと、火音のまつ毛が微かに濡れていた。なっげぇなぁ。
違う、タオル引かないと嫌がるやつだ。
火音のクッションの上にタオルを敷くと、火音は少しして寝返りを打った。ほんとに感覚で生きてるんだな、タオルかけた途端クッション拒否する。
火音が起きる前にカバー替えるか。
クッションのタオルを抜き、そのまま火音の顔にそっと近付けるとまるで起きてるかのように奪って抱えて寝息を立てる。好きがあるようで何より。
向こうを向いてしまったので顔が拭けないが、ずっと黒葉が心配そうにそばにいるし任せても大丈夫かな。
月火は床に寝転がると、寝ているのか寝ていないのかわからないような意識の中少し目を閉じた。
頬がふにふにと押されて、目を覚ます。アラームが鳴っていて、それを止めると体を起こした。
顔を押え、ため息。あぁほんとに、共鳴ってするんだなぁって感じ。
薄暗い部屋の中、オレンジチークとコンシーラーで隈を隠す。
そのまま血色もクソもない唇にリップを塗って、顔面マッサージ。
火音のクッションカバーを替えて戻していると、火音が少し動いた。
「……あ、火音起きた」
「黒葉静かに」
黒葉が黙って尾を振りながらソファの下にいい子に座って待つと、寝返りを打った火音は黒葉に手を伸ばした。
黒葉は腕の中に飛び込むと大喜びする。
ぶんぶんとしっぽを振って、中に中に突っ込もうとする。
火音は身支度を済ませるまで喋らないまま、身支度が終わってからダイニングテーブルで頭を抱えている月火に抱き着くようにもたれた。
「おはよ」
「……おはざます……」
「お前今日休みな」
「えなぜ」
「明らか寝不足だろ」
「問題ありません」
「お前が言い訳する度に俺の言い訳のレパートリーが増える」
「…………じゃ、慰めてください」
「何を?」
「怖い夢見たので」
月火が火音を見上げると、火音は月火を抱き上げた。
首に腕を回させ、ソファに座って膝に置く。
「よしよし」
「下手くそ」
「悪かったな。お前が甘えるとは思わねぇじゃん」
「甘えてませんが」
「あっそうこの状態で言うかよ」
「……甘えてません」
「怖かったんだな。夢は夢だろ」
少し力を込めて火音に抱き着く月火の頭を撫で背を叩いた。月火がさらに身を丸めたので、背をさすって落ち着かせる。
さっきから頭のすみにチラチラ異常な風景は伝わってくるのだが、それよりも怖いという感情で押し潰されてしまうためイマイチわからない。
「……悪夢は悪夢です」
「悪夢でも夢は夢。現実に起きないから」
「そう思っときます」
「起こったとしても俺が守ってやる」
「頼りにしてます」
少しして、月火は離れると火音の膝に座ったまま火音を見上げた。
「カップル並の距離感ですね」
「お前がやったんじゃん」
「まそうですけど。対応していただけて嬉しかったです」
「そうですか。今日は休めよ」
「はい」
月火はあくびをしながら顔を押えた。
昼間にメイク落としてちょっと寝よう。寝れるといいんだけど。
月火があくびをしながらふらふら立ち上がろうとしていると、火音に手を引っ張られる。
「無理すんな。ゆっくりでいいから」
月火は火音の膝に座ったまま眠り始め、火音はその頭を撫でた。
とりあえず火光に月火は休む連絡をしておく。
まぁ、多忙による寝不足でいっか。悪夢でとか言ったら月火が起きたあとに外聞がとかで暴れそうだし。
火光は月火を心配していたが心配して治るものはないので無視。
朝練は残念ながら無理そうなので、閏間に連絡入れとこう。
そんな日が何日か続いて、何日か続くのが何週間か続いて、その間に氷麗による問題が多発して、月火の胃に穴が開いた。
胃カメラを頑張った結果、胃潰瘍。
月火の腹の底で氷麗に対する怒りがふつふつと湧いているのだが、抑えているのがすごいほど湧いているのだが、そんな机を睨んでいてもどうにもならないだろうに。
「……月火、弁当何?」
「酢豚とひじき」
「酢豚めんどくさいだろ」
「えぇとっても」
「簡単なやつにして。あととにかくお前揚げ物控えろ」
「…………最近揚げ物ばっか食べてる気がする……」
「気じゃなくて食ってんだよ。和食を食え」
「今日は甘酢唐揚げです」
「結局揚げ物かい」
月火はハッとして気付いたあとに、まぁいいやと開き直った。弁当なんて唐揚げ入れときゃ問題ないみたいなところあるし別にいいけど。
ただ頼むから怪我だけはしないでくれ。
「……俺朝練あるから料理見れないんだけど」
「そこまでドジではありません」
「ガチで注意力下がってるじゃん……」
「んな心配そうに見ないでください。私はそこまでヤワじゃない!」
「頑丈でも怪我すんなっつってんの。寝不足で怪我したら行動禁止するからな」
「束縛野郎は嫌われるんですよ」
絶対億は超える値の付く麗しい笑顔で首を傾げる火音にイラッとして舌打ちをすると、火音は心配を抱えながら荷物を持って出かけて行った。そこまでドジじゃねぇよ。
なんて言い張る月火に呆れて、ため息をつきながら眉間を押さえた。眠い。
「火音先生幸せが朽ちたような顔してますよ」
「うるせぇ」
荷物を持ってきた部長の閏間は火音を鼻で笑い飛ばすと各班の班長を呼んだ。
あまりにも人数が多いので部活内でも班わけをしている。
「ビブスとバトン配ってー。いつも通りストップウォッチは二班一つ」
「はい」
朝練はだいたい走り込みか永遠リレー。朝は体力と走り癖付け。
「何人か崩れてんな」
「まともな指導者いませんでしたからね!」
「悪かったよ圧かけんな」
「火音先生って気だるそうな顔して意外とちゃんと見てくれますよね」
「失礼な」
「だって他の先生は場所だけ取ったら終わりとか多いですよ。火音先生が顧問になってから皆着実にタイムは縮んでますし」
「まー……直々に頭下げられたからなぁ」
そう言うと、火音はどこかに視線を飛ばした。
小さくくしゃみをして、すんっと鼻をすすった。
「あー……風邪か…………噂かな!? モテ期か!」
その叫びに反応する声はなく、ふっと真顔になる。寂し。
この校長室にいたら仕事ははかどるものの、尽きることのない仕事によって永遠にこの部屋に拘束される。
そしてだいたい一人。たまに誰かが報告に来たり水月が遊びに来たり姉妹が突っかかりに来たりするが、だいたい一人。
仕事終わってないけど、遊びに行こ。寂しいし。
朝はまだまだ冷えるので上着を着て、お気に入りのいる職員室に向かった。
「おはよー皆の者!」
「朝からうるせぇぞチビ」
「……なんだ職員室の華がいないじゃないか」
少しズレて見たが、いない。まだ授業時間でもないのに。
「部活だよ。朝練見に行ってる」
「おー! なんだかんだやってくれてるもんなー」
校長様は職員室の中を徘徊すると、火音の席の斜め前、たまに月火が座っている椅子に座った。おもむろにスマホを取り出して、漫画を読み始める。
何千年も生きてるが根っからのミーハー野郎、漫画とアニメは炎夏に負けず劣らず大好き。
「何しに来たの麗蘭」
火光に声をかけられ、ハッとすると顔を上げた。
「仕事してるか見に来たんだ!」
「帰れ」
「火音に用がある」
「校庭行け」
「生徒の部活の邪魔をするわけにはいかん」
「教師の仕事の邪魔はいいのかよ」
そう言って、帰ってきた火音は椅子に座った。
「おぉおかえり。部活どうだった」
「いつも通り」
「面白くない回答。三点!」
「三点満点なおっけー帰れ仕事止めてんじゃねぇ」
「……いーなー陸上部! 私もやりたい!」
「代々止められてんだから諦めろよ」
麗蘭は机に組んだ腕に顔を埋め、火音を睨む。
麗蘭は千年以上生きているという超レア生物であると同時に、その生物を絶やしてはならないと国の保護下にある。
だから外出する時は国の警察が護衛するし、麗蘭に危害を加えたものは重罪。
それ故に歴代の神々当主直々に、怪我をしたら駄目だということで歩き回ることも良しとされていなかった。解放したのは月火、それで仕事効率が落ちるなら死ねと言われて。
月火が改革したことの一つだな。
「……月火は?」
「今日は休み」
「体調不良か?」
「睡眠不足。まともに動けてなかったし」
「看病してやれよ」
「明日休みなんで仕事がヤバいんよ」
麗蘭は不満そうな顔をして、火音はそれを見下ろすとため息をついた。
「……うるせぇなわかったよ」
「ほ……」
「あーはいはいわかってます」
麗蘭は火音の足を何度も蹴りながら何度も何度も執拗に蹴りながら火音について行った。
火光はそれを横目にため息をつく。
「火音先生と校長って仲良いですよね」
「まー火音が生まれた頃から会ってるらしいしね。火神の次期当主だったわけだし。側室の子って噂流して会わせるのもどうかと思うけど」
「……校長もびっくりでしょうね」
「どうだろうね。変に情報通だし水虎に相談されてた可能性もあるし」
「あ、水虎さんと水明さんも仲良いんですっけ」
「水明はよくはないね。断じて」
「そ……そうなんですか……? 水明さんって誰とでもほんわか付き合うイメージがあったんですけど……」
よくはない。ほんとに、あの二人はうまが合わないんだろう。
婚約者を亡くして余計慎重派になっている水明は月火の改革だけでも必死だろうに、麗蘭の新しい物好きはほんとに嫌いの部類に入ると思う。
麗蘭は水明を慎重派の中でも頭の固くない慎重派として重宝しているが、ものすごく嫌悪感を示されるので自ら近付くことはない。あの二人は死ぬまで合うことはないだろうな。死んだらまぁ、ちょっとは丸くなる、かな……?
麗蘭も月火も水明は柱を支える根底としてとても重要視しているが、水明としては若手世代を育てたいのが現実。自分はさっさと引退でもして隠居したいだろうに。
「麗蘭も頭的には子供だし月火もまだまだ青いからね。どうしても大人に頼りきりになるところはある」
「……それわかってて何も言わないんですか?」
「僕が言うところじゃないもぉん。……暒夏がさっさと月火諦めたら水月と二人で支えられるだけの力量はあるんだけど。炎夏みたいにけじめは付けれないし根が不真面目だから無理だろうね。火音が火神にいたから崩れてなかっただけで、今水明たちが崩れたら確実に御三家のシステムが崩れる。御三家の機能停止したら上層部が動かないから日本中大混乱だよ。ハハッ、被害総額ヤバそう」
そんな怖いことを言う火光を聞き耳を立てていた職員室の皆が肝が冷えたような目で見たが、一人冷静な鬼互が鼻で笑い飛ばした。
「御三家なんか止まっても神ニ下、神三下が処理しますし。神下は一家一存なんで他家が止まろうと関係ないんですよ」
「神下に仕事を流せるだけの通路があれば、いいんだけどねぇ」




