6.顔面
「疲れたー!」
「やっぱり長期休み明けは調子でねぇな……」
「そう? 私わりといつも通りかも!」
「お前はずっと泳いでるからだろうよ……」
一、二年の合同練習が終わり、皆が自由に解散する。
今日は丸一日体育だったので体育が終わったらそのまま終わり。各々準備して帰宅。
「じゃ、私部活行くから!」
「体力おばけ〜……」
「じゃーな」
「火音さん部活どうするんですか?」
「活動一日目だし見ようかなと思って。部長に穴開くぐらいガン見されたし」
「まっ……」
「待っといて?」
「分かりました」
火音が部長と話しているので指揮台にしゃがんでストレッチをしていると、指揮台に誰かが乗った。
見上げると、氷麗さん。新一年生の、陸上部だっけ。
「あの体育のあとの部活はすごいですね。さっきも一年生の中では一、二を争う強さでしたし」
「キモい」
そう言って、見上げた顔面に土足の足が置かれた。
月火を見ていた皆に衝撃が走り、火音も月火の心情の揺れで気が付きギョッとする。
「あいつ何やってんの……!?」
「げっ……月火さんが……! 火音先生月火さん顔に傷がッ……! 集団リンチが起きてしまう……!」
「あぁ……!?」
火音は放送禁止用語を連ねて月火を罵詈雑言罵っている氷麗に駆け寄る。まぁ要約すると、火光に気に入られてるくせに火音と鬼互にも媚びて気持ち悪い尻軽女、と。これは噂を流しても名誉毀損にはならないかなぁ。
「氷麗」
自分でも思ったより低い声が出て、氷麗はビクッと肩を震わせるとすぐに下がった。
火音は月火を立たせると顔を払って軽く拭う。
「ちょっとは抵抗しろ……!」
「ちょっと…………あまりのことでビックリして……」
「まぁ、わかるけど。怪我ない?」
「平気だと思います…………顔洗ってきます」
「閏間! こいつ生徒指導室連れてっとけ!」
「ら、ラジャっすッ!」
「私大丈夫ですよ」
「目見えてないだろ」
月火は火音の視界を頼りにとぼとぼ歩くと、外の手洗い場で顔を洗って目を洗った。
水を貯めて瞬くと、砂と言うには大きい気がする石が入っていた。そりゃ開けられないわけだ。
「……いたぁい……」
「まだ違和感あるか」
「あります……」
瞼を下ろして見たが、異物がないので。とりあえず眼科行き。
綾奈に電話をかけると、すぐに出た。
『どうした問題児。お前からは珍しいな』
「月火の目に石入ったから病院まで付き添い頼む。片目だけど相当痛がってる」
『どこだ?』
「校庭の手洗い場。初等部側の下駄箱まで連れて行く」
『無理に開けるなよ。最悪失明するから』
「うん」
『すぐに着く』
火音は電話を切ると、月火に声をかける。
「歩けるか」
「大丈夫です……」
「あんま強く押さえんな。結膜下出血起こす」
「あぁ涙出てきた……」
「涙で出てくれたらいいけど」
月火を綾奈に引き渡すと、とりあえず職員室に向かった。
「火光、紅路は?」
「部活。どうしたの?」
「月火に怪我させた」
火光よりも鬼互が反応し、ただし鬼互だと明らかに依怙贔屓で必要以上にブチギレる可能性があるので、ホワイトボードの場所貸出で名前を探し内線で連絡する。校庭にいなかったので内線はある。
『……はい! 新任の紅路です!』
「氷麗が問題起こした。第一生徒指導室来い」
『はッ、えッ、はいッ!? はいッ! はい! すぐ行きま……!』
紅路の返事を聞く気など毛頭ないので通話を切って、先に生徒指導室に向かう。
中に入ると、連れてきた閏間は罵詈雑言を聞き流していた。スマホを見て、平然とした澄まし顔で。
「閏間戻っていいぞ」
「あ、マジっすか。俺じゃなきゃ耐えられませんでしたよこの罵倒は」
「お前が耐えれてよかったよ」
「火音先生の嫌味で慣れました!」
「そうか。チビのくせして図太いな」
「じゃ先に練習しときますね〜」
そう言うと閏間はにこやかに笑いながら出ていき、椅子に座れない火音が壁にもたれるとまた扉が開いた。
「月火さんどうなりました!?」
「はよ帰れ」
閏間と入れ替わりで紅路が走ってきた。
さすが、走ってもまるで息は切れていない。
「氷麗さんッ! 火音先生が関与するって、何したの!?」
「月火の顔面蹴って月火は病院。色々と言ってたみたいだし」
「進学三日目病院送り……! ヤンキーじゃないんだから……」
「話聞き出しとけ」
「うぇ! うぃ! はいッ!」
火音は外に出ると、深呼吸しながら月火のパソコンを取りに行く。
それを許可を貰って借りると、また生徒指導室に戻った。
氷麗がぼろぼろと泣き、紅路が慰めている。
「なんでそうなってんの……」
「げ、月火さんに嫌味を言われたから無意識に足が出ちゃったらしくて……」
「せめて言い返せよなぁ……」
火音はしゃがんでパソコンを開くと、麗蘭と共有の監視カメラを開いた。
指揮台はどうしても人や物が集まるため、盗難防止等で他よりもいいカメラを使っているのですぐ見える。もちろん音声付きで。
「……うん、特に喋ってねぇしお前が一方的に睨んでるな」
「ですねぇ」
「近い離れろ」
「照れてるんですか?」
「パソコンの角目に刺すぞ」
「え怖い」
火音の隣にしゃがんだ紅路は二歩離れると、それを確認する。画質いいなぁ。
「……うわ顔面直ッ……!」
「顔洗ってある程度は取れたっぽいけどたぶんまだ取れてないのあるから眼科行かせた」
「やだ火音先生紳士」
「真面目に見ろ」
「すみません。月火さんの付き添いはいいんですか?」
「病院行けんから綾奈に任せてある」
「……養護教諭の! それなら安心です。……あこの方さっき逃げてった方」
「高等部三年の陸上部部長。補佐情報教師コースつったかな。忘れたけど」
「じゃあ将来の後輩だ!」
「教師になればとそれが来るまで生きてたらな」
「あそっか」
火音がパソコンを伏せると、紅路はそっと立ち上がった。
不貞腐れている氷麗の向かいに座ると、机の上で腕を組んで少し身を乗り出す。
「氷麗さん、なんで嘘ついたの?…………黙ってたら分かんないって理解してるよね? 高校生になったんだよ? 今まではちょっとした才能で先輩も下に敷いてきたのかもしれないけど昼の授業で敵わないって分かってたよね? 分かっててやったってことは明確な悪意があったんでしょ? 月火さんが氷麗さんに何か言ったの? いつ言ったの? 何を? 学校には監視カメラあるしお花見の時ならずっと晦先生と火音先生と一緒にいたよね、晦先生も呼ぼうか? 今職員室にいると思うよ?」
言われていないはずの火音や月火まで精神を病みそうな紅路の尋問は小一時間続いて、氷麗がボロボロ泣いて喋ろうにも喋れなくなったところで紅路は言葉を止めた。
笑った顔に冷めた、嘘も隠し事も許さない静かな目がとても怖い。ほんとに、心臓の底が冷えるほど怖い。
「泣いてたら分からないよ。氷麗さんはお互いが公平だと思うの? 先生たちは今回は氷麗さんが悪だってことしか分からないの。だから答えて、月火さんになにかされたのか。なにもされてない一方的な敵意で怪我させたのか」
あー病みそう。
火音が額を押えて俯いた時、足元に黒葉が見えた。
尾を四本にして、凛と座っている。
「……いつからいた」
「それが泣いた辺りから」
「だいぶ序盤だな……」
「火音のよしが出たら噛んでいいって言われてるの」
「確実に俺が悪になるからそれは無理」
「主様が、怪我、したの。泣いて」
足ダンして怒りを表す黒葉を見下ろして、小さくため息をつく。噛み殺したいのは山々なんだがな。教師って立場があるもんで。
「月火の怪我どうなった」
「目になんか付けてた」
「神通力は?」
「死にそうな人助けてたら妖力不足で倒れてたわ」
アホかアイツ。
「……戻る。これ以上は時間の無駄だし火光に麗蘭呼んで処分決めるって伝えろ」
「分かりました。お大事に伝えてください」
さー、帰ろ。
結局月火が帰ってきたのは夜の八時前で、かなり混んでいたとはいえ二時間ほど病院に拘束されていた。
火音が玄関に迎えに出ると、月火は痛がっていた右目に白い眼帯を当てていた。
「おかえり。大丈夫?」
「もう痛みはないです。……手術とかしたわけじゃないので問題はないんですけど……」
「怖かったな」
元々妖輩として痛みには異常な体勢がある月火があそこまで痛がっていたのだ。相当だったと思う。
コイツたぶんアドレナリンとか出ないし。
火音が腕を広げると、月火はそこに抱き着いた。
「痛かったです」
「よしよし。……処分は一応火光と麗蘭に頼んだけど、たぶんお前の意見が一番強く通るから」
「殴る」
「うん」
とりあえず中に入れると、月火は着替えて手を洗った。
髪を解いて眼帯を結び直す。
「めっちゃグロいことになったんですよ。真っ赤」
「綾奈から連絡来た。やっぱ結膜下出血だったろ」
「ほんとに。見てくださいこれ。これ入ってたんですよ」
「見せなくていい……」
指先に乗せても存在を放つほど、2ミリか3ミリほどの石が入っていたのだ。そりゃ痛てぇし血も出る。てかよく入ったなこんな。
「火音さんは大丈夫でしたか。紅路先生思ったより強烈な方でしたが」
「……まぁ……明日からなるべく喋らないようにする」
「あまり凹ませないように、教育係さん」




