5.インプット
「他学年と合同練習するなんて初めてだ」
「高等部は本来月に一度はやるんですよ。ただ去年の三年生は遠征が多かったので」
「よく知ってるね」
「えぇ兄共から先輩が雑魚いだの相手に足りないだの愚痴を聞いてましたから」
皆に見られた火光はスッと顔を逸らし、ははっと笑った。
「んなこともあったっけ」
「んなことしかありませんでしたね」
「ねぇ月火ちゃん、今日火音先生もやるんでしょ? 月火ちゃんはこっちでやらないの?」
「結月が会話に乗ってこなくなったッ!」
「そりゃ一年弱もいれば慣れるよね」
「廃れるの間違いでは?」
「火音先生は刀の稽古させます」
指揮台前に集まると、火音がやってきた。ちなみに今日は火光も髪を上げてでこを出しているため、生徒が一人手を振れば芋づる式に出てくる。
「人気だねーせんせー」
「僕すっげぇ月火結月推しのうちわ持ってる子が気になんだけど」
「わ〜!」
「さっさとやりますよ」
結月が大きく手を振り返すと、うちわを振っていた子は誰にも負けない声で発狂してクラスメイトに引きずり戻されて行った。
一年生も来たので、皆で軽く準備運動を済ませる。体育担当は火光なので火光と、鬼互で。鬼互のあんな必死に顔を逸らすの初めて見た。
「高等部上がったら準備運動とかは各々済ませとくように。てか基本的に朝起きて済ませてそのままいつでも動けるようにが妖輩のモットーね。校庭とか校内に出たのは高等部一年が処理する係だから」
「二年やんなくていいのか! ぃやったァ!」
「めっちゃ楽なるじゃん! ふぅー!」
「あれめっちゃイライラするからなくなるの超楽! やったね!」
「いぇーい!」
四人で準備運動しながら喜ぶと、喜び終えたところで準備運動も終えた。
「じゃ校庭十週した人から組合練習。二年去年の続きと炎夏、覚えてるね」
「おう」
「結月は先にストレッチやって三週走ったら一年戻して柔軟してあげて」
「火光先生、私火音先生引きずりながら校庭回って先に刀戻させます」
「じゃー玄智! 頑張れ!」
「僕鬼互先生に予約入ってるから!」
「一年走るぞー」
「クソ後輩ッ」
「俺なんもしてないですッ!」
火光が鬼互を殴ったところで各々校庭やトラックを走り出し、月火は火音と校庭を走る。
「あー疲れた。めっちゃ息上がる……」
「咳出そうなら休んでくださいね。そんなハイペースじゃなくていいですし」
「俺走んの無理だ」
「じゃ一人寂しい火光先生の元にでも」
「そーする」
火音は昔から、ほとんど走ったことがない。走る暇あったら任務に出て鍛えろだし、体育以外で走ったら怒られるとか吐くとかそんな生活なので走るのに慣れてなさすぎる。
走るよりも取っ組み合いしてる方が息は上がらない。
「火光、相手しろ」
「走んのはいいの?」
「無理だった」
「あそ。じゃ……」
「全員走り終わるまで無制限で十本」
「元気だなァ!?」
特級が取っ組み合いを始めたが、二人ともんな本気なわけないのでまぁギリ人の目では追いつけないかな程度。ガッツリ身体強化してるけど、火音は大丈夫なんだろうか。まいいや。倒れてもしーらね。
月火は玄智と競争しながら十週走りきると、その勢いのまま火音に飛び蹴りをした。
火音は火光と場所を入れ替えると火光はそれを軽く払う。
「月火は武術無理だよ」
「そんなことありませんよ?」
持っていた木刀を落とすと火光の膝を蹴って足を払って、肩を押して上から組み伏せた。
「剣術で動けてますし」
「痛いです……」
「どっちが勝ちました?」
「ぼろ負けです」
「ははっ、だろうな」
凹む火音の背の砂を払うと、ランニングついでに持ってきた木刀を火音に渡した。一応月火の妖力でコーティングされているので大丈夫だと思う。
「いけそうですか」
「えすっげー重い……」
「筋力が落ちた証拠ですね」
「……やるかー……」
「まぁ先に軽く手合わせで」
「殺す気で行くからな」
「望むところ」
相手の先の行動や認識されてる範囲がわかるからこそ、この動きができるんだろうな。
完全置いてけぼりの紅路と鬼互と、慣れた火光ははははと笑う。あいつ絶対手合わせで手抜いてたな。休んでも怪しまれないように。
火音は月火の重い振りを正面から受けて、瞬間後ろに流すと腹を膝蹴りにして、手を突いてハンドスプリングでかわした月火の手を払って腹を蹴り飛ばした。
月火は後ろに倒れ、見下ろしてきた火音のこめかみに木刀を投げた。
「痛ッ!」
「粘着質は戦いでも変わりませんね」
「頭はやめろ」
「もっかい!」
「疲れた」
「サボるな」
月火には通じてねぇし。
紅路も案外強い。あと鬼互が思ったより強い。
やっぱ火光の強さはその歳にしては強いというだけで、そんな誰もを組み伏せるような実力じゃない気がする。特級降りようかな、なんて。
指揮台に座って鬼互の動き方をじっと観察し、前の動きの予測から次どこに踏み出すか、体の向きを変えるか、攻撃の場所を予測して自分ならどう動くかを比較する。
火音なら、月火なら、水月なら。炎夏なら水明なら水虎なら。
頭の中にあるインプットされた全員の戦い方と比較して、鬼互の動きを記憶した。
「こーゆーの見てる時の先生ってちょっと怖いよね。真剣すぎるっていうか」
「あー……確かに、話かけ辛い雰囲気出てるな」
「でも怖い顔しながら見てるだけあって出すアドバイスめっちゃ的確だしやって見せてくれるからあぁそれできるんだってなるよね」
「頭に体が追いつくのいいよねぇ!」
「天才の特権だな」
「やっぱそう? そうだよね? 僕できる気しないもん」
「お前は近距離全部駄目だろうが運動音痴」
「泣くぞ」
一年生がへばって倒れ込んでしまったので、三人は火光に話しかけた。
「先生三対一やろ〜!」
「今日こそは膝を突かせる!」
「腕の骨折る」
火光はハッとして少し眉を上げると、すぐに真っ黒な笑みを浮かべた。
「いいよぅ? 三人とも生命保険には入ってるもんね」
「あぁ怖いッ! 怖いィッ!」
「玄智お前手抜くなよッ!?」
「分かってるよ絶対守ってよ!?」
「邪魔しないでね玄智!」
「ひっどォッ!」
三対一と、刀の一対一、唯一一年でへばっていない麦は紅路と。
暇な鬼互はそれを眺める。一年体力ねぇな。
「一年生、座ってるなら走ろうか」
「え、や……休憩中……」
「走りながら水飲むか俺と組み合いながら飲むか好きな方でいいよ」
一年生は死にそうな顔をしながら走り出し、皆行っちゃったので鬼互はそれについて行く。
二時間ほどして、一番長くやっていた月火と火音の戦いが中断された。
火音は勢いよく咳き込むと崩れ落ちて、月火は比較的余裕そうに、持ってきた薬箱から喘息の薬と水を持って火音に渡す。
「……ゲホッ……!」
「落ち着いて」
「疲れた……お前強いしもうやりたくない」
「とりあえず一旦休憩しましょう。水飲んでくださいね」
「ん」
火音は指揮台にタオルを敷くとそこに座った。咳が収まらないのを月火に背をさすられながら、何度か薬を吸入する。
「火音先生だいじょうぶー?」
「こっち来んな」
「月火、昼まで休憩だって」
「ちょうどよかった。しばらく休憩してましょう」
「炎夏相手して〜」
「顔面に気を付けろ」
「はいはい」
ガチめに玄智の顔を狙ってる炎夏とそれをかわしている玄智を眺めながら水を飲んでいると、結月が戻ってきた。さっきまで一年生の柔軟をしていたが、一年生数人が失神したらしいので。
「月火ちゃん! 休憩中? 一回やろ?」
「いいですよ。結月の戦い方はちょっと特殊なんで苦手ですけど」
「ほんとに!」
二年ズがやり始めたので、起きた一年生と一年生の看病していた教師三人はそれを眺める。
玄智は避けるのに徹しているが、その流し方は一流だ。炎夏は人の不意を突く。月火は言わずもがな、結月は柔軟性としなやかさでムチのように叩くので威力よりも攻撃力が高い。
結月は関節を曲げてるわけじゃないんだけど、根元から大きく動かしてしなやかさはその柔軟性ゆえか。火光には無理な動き。でもあれだけ大きく振って隙を突かれていないのは何故だろう。突く隙がないわけじゃないが、月火がイマイチ大きいのを打ち込めていない。
月火が手加減していると言えばそうなのかもしれないが、何かまだ違うのがある。結月が何かをしている。
攻撃をしたあと。その隙を狙って、月火が回り込む。
あぁ、普通はこの回り込まれた時に避けるか真正面で流すのに対して、結月は後ろを向いて軸足を使って次の攻撃に繋げているのか。だから相手が攻撃後の体勢が戻る前の一瞬を自分の攻撃タイムにできる。
本来なら自分が食らうはずだったタイムを、それを利用し相手に食らわせる。面白いこと考えるなぁ。
「……きっしょ」
「えッ……?」
「天才様には敵いませんわ」
鬼互はサボっている一年生を筋トレと柔軟させて、火光を睨んだ。
十分強いくせに、なんでまだそんな全部を取り込むような目。気色悪いわぁ。
お昼の時間になり、火音の咳も落ち着いたので皆で校庭や指揮台にレジャーシートを敷いて昼を食べる。
「火光先生、初めて体術する子にって、どうやって教えるんですか?」
「教育係は火音だよ」
「仕事しか教えないんで」
「て言って断られました」
「……職務怠慢では!?」
「担任じゃないもんでー!?」
「うるさッ」
月火は叫ぶ火音を黙らせると、火光に色々とレクチャーしてもらう紅路を見下ろす。
「僕は基本的に基礎とか戦い方は教えないね。とりま体力付けさせてゆっくり動きながら自分でどう動けば何をされるかわからせる」
「私の時もそうだった! 私の時は最初見て学べって言われたから!」
「玄智の流すのと僕の攻撃両方丸一日ずつ見させたね。ある程度予測できるようになったでしょ?」
「なんとなく!」
結月がふふんと胸を張っていると、弁当を半分ほど食べた炎夏がふと手を止めた。
「初めてを火光に教えてもらえた人ってラッキーよなぁ」
「ね、ちょっとずるい」
「それは僕が優秀ってことかい!?」
「俺初め受け身の取り方から教えられたもん。あざ治んねぇし」
「僕叩き打ちからだったよ」
「叩き打ちって何?」
「竹刀とか木刀で永遠に叩かれるの。痛みに耐性つけようってやつ」
「ひぇッ……!?」
「俺は受け身から攻撃の繋げ方。攻撃方法とか教えてもらったことないし」
そんなことを話して、今度は食べ終わった月火に話が振られた。
「月火は何から始めたの?」
「私? 私はえーと…………よう……しんの、抑え方……?」
「あはは! 月火に稽古つけたら月火が泣くから妖心が怒ってたんだよね! だいたい蔵に閉じ込める他なかったから確かにあれは困ったなー」
「たぶん私が教えてもらったのは廻醒さんですね。ねぇ?」
「ん〜……そうかも。俺が教えた時基礎できてなかったしね」
「基礎? が、あるの?」
「普通はね」
「僕は基礎教えないからね」
結月は不思議そうにして、火光の話を聞く。
そもそも基礎はそのうち固まるんだから、それなら実際の動きと組みあわせながらの方が早い。月火と炎夏では基礎は同じでも使い方は違うし、月火の使い方に基礎と呼ばれる突き等は絶対に合わない。
月火のように崩せたらそれでいいが、大抵は崩した結果スランプに陥って教えてくれる人もいないまま辞めるか死ぬかの二択。
それなら最初から基礎なんかいらない。伸ばすべきところは強み。強みは各々の違うんだから、基礎など邪魔でしかない。
「って感じ」
「ほへー! 教師って感じ!」
「もっと褒めていいよ」
「火音先生はどうやって鍛えたんですか!」
「俺はやらないと死ぬ環境だったから」
「初等部に入ってからは?」
「授業受けるなら実践だっつって一級の人が取った一級の任務に三級の実践経験ない奴が放置された感じ」




