78.熱
起きると、頬をさされた。
「大丈夫ですか」
月火と、隣から麗蘭も覗き込んでくる。
妙に耳に膜が張った感覚がして、頭痛がする。
共鳴かと思ったが、ただの熱らしい。ただ、さっきいきなり共鳴して月火も脈が飛びかけたので耳の感覚はそれだろうと。
起き上がって顔を押え、ふらふらと洗面所に向かう。
「起きて一番洗面所って火音先生らしいね」
「なー」
火音の部屋からヘッドホンを持ってくると、しゃがんで歯を磨いている火音の耳にそれを当てた。
ストレスで熱出して余計ストレスかかってんのに、嫌いな音が嫌という程聴こえるのだ。ストレスにならないわけがない。
さっき熱を出して気絶するように眠ってしまったので本人に共鳴という理解はないだろうし。
ソファに戻って、火照る顔を押えながら倒れた。
ほんっとに最悪だ。気持ち悪い。
「電気消しますよ」
「いーよ」
電気を消してカーテンを閉めて、ヘッドホンに繋がるスマホでさらに音を小さくするアプリでギリ常人じゃ聞こえないぐらい小さな音で音楽をかけた。
これで少し落ち着くといいが。
三十分ほどして、ブランケットをかけられた火音が微動だにせず瞬きもせず真っ黒の天井を見上げていると月火が上から覗き込んできた。
ヘッドホンを取られ、耳を塞ぐ。
「マシになりましたか」
「うん」
「電気付けますよ」
火音が瞬間うつ伏せになると、電気が付いた。
真っ暗なまま比較的明るいスマホを見ていた玄智は平気そうだが、視力いい組は目を押えて絶句する。
「目がッ……!」
聞こえた声に疑問が出て見ると、結月と晦が水虎と水明に変わって火光の隣に水月まで増えていた。ケッ。
「んな露骨な」
「晦は?」
「帰りましたが」
「引き継ぎ済ませようと思ったのに」
「じっとしてろ重病人」
月火に手刀を落とされた火音は頭を抱えた。
ふと、水月がそれに反応する。
「長期休養って給与体系どうなってるっけ」
「一応六割だけという形になってますが」
「……生活費払えてんの?」
「まぁ」
何故か舌打ちした水月を火光が殴って、月火は火音の頭に手を置いた。
「俺は悪くない」
「お前が悪だ」
「黙れ」
火光がいらんことを言う水月を締め上げていると、麗蘭が水月の傍に移動した。
水月にスマホを見せると、顔面を真っ青にする。
「なにこれ……!?」
「お前の命は私の手の中にある。覚えておけ」
「ねぇ脅迫……!」
「何?」
「やめてやめてやめて……!」
水月は火光の目を塞ぐと、麗蘭のスマホを消した。
「次やったらお前のあの画像校内に流すからな」
「なッ!?」
「さーこれが御三家と学園の関係ですよ。当主になったら巻き込まれますからね!」
水虎は瞬間炎夏の耳を塞いだが、月火が声を大にしたことで丸聞こえ。
炎夏と玄智二人で耳を塞ぐと互いに慰め合う。
「兄さん……! あまりストレスをかけさせないでください……!」
「強く育て次期当主」
「水明さんはわりと獅子の子落とし教育ですよね」
「親に愛情かけられすぎた結果があれですからね」
「突き放しすぎてグレないように」
「子育てって難しい」
「水明様痛い……」
ソファの下に座っている水明はソファに座っている炎夏の首に腕をかけるとめいっぱいに愛でる。
それを見た火光は水月を放置すると玄智の後ろから抱き着いた。
「ぅえ……先生邪魔……」
「スマホを置け僕を見ろ」
「先生見るなら火音先生見とく」
「泣くぞ!?」
「うるさッ……!」
炎夏と玄智は保護者たちの愛を面倒臭がり、月火はそれを写真に収めた。
やろうかと内心で聞いてくる火音を睨んでおく。そんなんされたら兄に干渉されるなんて話じゃねぇ。
「……そういえば月火、机に置いてあった簪どうしたの?」
「あそうだ。お前があんなん買うの珍しいな」
「鬼互先生からのプレゼントと勝手に推測してんだけど」
「まぁそんな感じです」
「あの先生案外センスいいね」
「雑学王な」
「変な異名を……」
自分で俺からのプレゼントとは言うなとか言ってたのに内心でめっちゃ否定してくる火音を黙らせ、なんとタイムリーな連絡を寄越してきた鬼互のメールを確認した。
プレゼント何がいい、と。
なんのプレゼントかと聞けば、今京都にいるのでお土産らしい。
いらないと送ろうとしたら、火音にスマホを没収される。
いらんと送ったら、即理解したのかスマホを持ち主に返せ、と。
返信する前に電話がかかってきた。
「うるせぇな」
『ほざけ病人寝とけやッ! 触んなッ!』
「静かに喋れよ」
『ツキちゃん出せつーかなんで素直に渡されとん!? ツキちゃんのスマホ他の人も触っとぅやろ嫌がれ潔癖ダボ!』
「うるせー」
『それ以外喋れやバリきしょいぞ』
半笑いを自覚しながら通話を切って、メールでツキちゃん寝てると伝えといた。ブチギレもいいところ。
「後輩で遊ばないでください」
「あいつおもろい」
「鬼互先生ってめっちゃ関西弁だね」
「ダボって何?」
「馬鹿とかドアホとかそのあたりの意味合いだね」
「先輩に使う言葉じゃねーな」
「……てか火音先生もちょっと関西弁じゃないの? おもろいって言わないよね?」
「うん……?」
皆で火音を見ると、火音は月火にくっついてスマホを眺めていた。
薄笑いで眺めている。
「……邪魔です」
「ノリいいなぁ」
月火に小突かれた火音は自分のスマホを出して、月火は鬼互と電話し始めた。
「ねぇ火音先生って関西弁混じってるよね?」
「母親がバリバリの神戸弁じゃん」
「……そなの?」
「確かに和桜さん神戸弁だねー。最近標準語になってたから玄智君は知らなかったかもね」
「うん……全然イメージないや」
「あの人……関東弁似合わん」
「多少違和感はありますけど、言うほどですかね?」
「標準語話してる時に喋ってないから知らない」
水明の素っ気ない返しに、水虎はスマホを取り上げると笑ってすごんだ。
「ねぇ?」
「うーん慣れの問題じゃない? 水神と火神って年代上になればなるほど話す機会ほんっとにないからさ。和桜さんと話したのも昔数回でしょ?」
「あー……確かにそうですね。ほんとに美人って感じの人ですし、月火様は標準語ですし。雰囲気同じタイプですし。……火音様は月火様が敬語以外になったら気になったりします?」
「んー? アイツ元は敬語じゃないじゃん」
「知りませんが。初等部低学年ぐらいまではそうでしたね」
「元はクッソ乱暴な言葉使いやん」
大人が一年ズを見ると、一年ズは肩を竦めた。水月が鼻で笑う。ちなみに麗蘭は、月火についてった。
「クズと僕見て育ったんだからそりゃあ言葉使いも最悪になるよね。母さんが矯正した結果があの敬語なわけだし」
「そんな乱暴だったっけ?」
「火光の基準はおかしいから黙ってろ。あと玄智も」
「……おかしいの?」
「お前はおかしいよ」
炎夏に頷かれた玄智は破顔して、しおしおと口を噤んだ。
火神のそれは、火音の言葉の荒さと火光の煽りと玄智の毒で察してくれ。
「一年で喋ってる時は敬語なくなるの?」
「まぁ結月がいる時はあれだけど、三人の時はないね」
「てか火音様がいる時も背後霊とかだったら普通にタメだな」
「……背後霊」
火光が聞くと、二人で火音を見た。完全に会話に興味が尽きている火音は鬼互とメールをしている。関西人のノリだ。
「僕らも現場は見たことないけど月火は背後霊って言ってた」
「背後霊って言ったら雷神の方がイメージはできるけど」
「まぁ、それはそう」
皆で首を傾げていると、月火が戻ってきた。
すぐに火音が月火からスマホを奪って、自分と月火のスマホ両方から鬼互と喧嘩する。
「……おかえり月火。背後霊って何?」
「火音さんのですか? 背後霊は背後霊です」
「そんなくっ付いてんの?」
「またの名をひっつき虫」
「相当だね?」
「まぁ相当ですね」
両方でものすごく器用に罵詈雑言の浴びせ合いをする火音からスマホを没収した。
隣に座ると、火音はスマホを覗き込む。
「火音先生って両利き?」
「元は右。怪我しまくって無意識に左使ってる」
「月火は左だよね?」
「元は右ですね。湖彗に左に矯正されました」
火音は月火からスマホを取り返すと廻醒と喧嘩の第二ラウンド。ただし、その途中で電話がかかってきた。
『クソお前ッ! なんでお前がツキと同じ場所におんねんすっぽんより価値低いぞ!? ふざけんなッ!』
そっとスピーカーにして、ソファに置くと頬杖を突いた。
「女たらしよりマシだろ。信用できんお前よりはマシ」
『誰も引っ掛けとらんし信用されてるし! お前が知り合うより前から兄貴共より面倒見とんやぞ!?』
「だから何。過去の栄光にすがんなよ」
『積み重ねで俺の方が上やつってんねん理解しろよ国語弱いんか? 日本語勉強し直せ』
「あーはいはい廻醒さんは文章に強いんですね。わーすごいなー」
『クッソこいつッ……!』
「べーべー戯言吐き連ねてねぇでさっさと仕事終わらせろ」
『休職中のお前に言われたないわ。頭イカれとんちゃう』
「少なくとも露骨に大好きアピして嫌われてるお前よりマシだろ。てか休職中でもやる仕事はやってるんで。お前らが補充されたの俺の代用品ってこと覚えとけ。俺おらんかったら高等部回らんし」
『ナルシストかよキモ。はいはいご尊顔も頭も性格もいいんですもんねストーカーてかえー自称ヤンデレやっけ? 潔癖ドクズがいきがってっと嫌われんぞ青二才』
「たかが数個上でイキんな三十路野郎。顔も頭も性格も金も中の下のお前が調子乗んなや」
月火は遠い目をして、大人たちで子供の耳を塞ぐ。これは絶対、聞かせちゃダメなやつ。
ヤバい単語が出てきたあたりから、水月が勢いよく火音を殴った。
水明が通話を切って、真っ黒な笑みを浮かべていた火音はふっと無表情に戻る。
「あいつマジ嫌いなんだけど」
「火音さんはウマが合わない方が異常に多いんですね。厄介な性格なんでしょう」
「今回は絶対向こうのせい。帰ってきたら絞め殺す。校庭に埋めたろ。怪異は首輪でも付けて飼うわ」
「……お好きにどーぞ……」
完全諦めモードの月火は火音が寝転がったのを確認すると、額に手を当てた。
「火音さん今日まだ薬飲んでませんね」
「飲んだ。飲んだ」
「飲んでませんね。飲んでください」
「飲んだ!」
「飲んでませんね。飲んでください」
「飲んだッ!」
「飲んでませんね。飲んでください」
月火は薬を三種類出すと、パウチのゼリーを冷蔵庫から出した。
月火が食べたやつの容器を洗って、中身を入れ替えてみたのだ。これが案外いけるらしい。もちろん、月火が使ったあとであることが条件だが。
「はい」
「いらない」
「食べなさい」
「やだいらない」
「逃げるな!」
火音は自室に逃亡すると、扉越しに月火と押し問答する。
皆やってきて、炎夏が月火の後ろから手を伸ばしてそれを開けた。
月火は中に入ると、火音をベッドに座らせてゼリーを食わせる。
「……いらない」
「それ以上喋ったら廻醒さん使いますので」
「あ?」
「怒っても折れませんよ」
ものすごく不機嫌な火音はゼリーを閉めると、月火に突き返した。
月火はそれを受け取ると呆れながら見下ろす。
「作って食べないはなしですよ」
「……ん」
「待っててください」
月火はそれと薬を持って部屋を出ると、皆をリビングに押し返した。
鍋で湯を沸かし、だしと麺つゆと人参を入れ沸騰するまで。
その間に粉薬を少量の水に溶かした。
「水に溶かすの?」
「精神薬って分かってると異常に拒否するんです」
「……水に溶かしても変わんなくない?」
「口移しで飲ますぞって脅したら飲みます」
「あそ……」
とりあえず、比較的頑張ってやれる喘息の吸入だけやらせよう。
飲み薬二種、解熱剤と安定剤はまたあとで。
「火音さん、先にこれだけ」
「……水いらない」
「普通の水ですよ」
コップに入ったのを半分ほど飲んで見せ、そのままペットボトルから注いだ。
火音がおとなしく水で口表面の吸入薬を流す。
「……いらない」
「はい。よしよし」
一章これにて終わりです。




