69.妖心
荷物をまとめ、玄関に置きに行っていると緋紗寧がやってきた。
「おーいしゃちょー」
「泣き虫から社長に変わりましたね。やってきましたよメイク」
「あは、ロリだ。撮っていい? しばらくここに住んだらいいじゃん」
「無理です。身の危険を感じます」
「えー。まぁ正しい勘だと思うよ」
「自覚してるんですね」
「犯罪は犯してないから安心して。愛しの火音さんに迷惑はかかんないよ」
「愛しではありませんしロリを公言する時点で多少はかかります。私とあなたが一緒にいると余計です」
「えー」
緋紗寧と火音への支払いは千を越えなかったし、CMもかなりの仕上がりになったし、なかなかいい取引きだった。
「次CM作る時は一度こちらに連絡します。あれは差し上げるので気が向いたらまた作ってください」
「やるやる。月火社って案外大きいんだね。調べたら瞬間出てきたよ」
「そりゃあ海外にも進出する日本最大級の会社ですから。まぁ海外進出はまだまだですが」
「何売ってんの? メイク用品だけじゃないでしょ」
「アパレル、シューズ、アクセサリー、雑貨、ハイブラ、スキンケア用品、あと玩具とか、結構なんでもござれですね」
「神々ってのもあるよね?」
「そっちは昔からの会社ですね。家電とか家具とか不動産とか。手広くやってますよ」
「へぇ。大変そ。社長にはなりたくないなぁ」
「社畜にはなりたくなくて」
「……俺は将来フリーって決めてるから」
「まぁその技術があれば問題ないでしょうね。今回でものすごい経歴はできたわけですし」
「その点はラッキーだね」
緋紗寧と会社のことを話していると、水月と火光がやってきた。
緋紗寧はじゃあねと去っていき、月火は二人の方に体を向ける。
「月火、何話してたの?」
「我社の宣伝です。パソコンもマウスも液晶テレビ等も全て一級品という」
「商魂たくましいね。十一時ぐらいに出るって」
「分かりました」
部屋に帰りながら、少し咳が出るのでマスクを探していると火音が上からのしかかってきた。
月火は前に手を突いてそれを支える。
「火音さん……」
「チャージ中」
「私でチャージしないでください。黒葉貸しますから」
離れる気はないらしいので、月火は火音を背負ったまま荷物の確認をした。
これは新幹線の中でも使いそうなものなのでどれもすぐ取り出せるように。
「もう少しゆっくりしていましょう」
結局学園に帰れたのが六時をすぎた頃。
それから一週間と少しがすぎた頃、月火が授業を珍しく真面目に受けていると隣の席の玄智が廊下側を綺麗に二度見した。
炎夏と結月も至極驚いて、月火もそちらを見た。わぁ顔面国宝が並んでる。
「火音先生が二人いるッ……!?」
「わぁこの並び初めてじゃない!? 撮っていい火音先生!」
「うわ〜」
玄智は勢いよく月火の隣の窓を開けると身を乗り出し、火音はそれを拒否した。
「気付けよ」
「授業に集中してたんです。何故緋紗寧さんが学園に?」
緋紗寧はいぇーいとピースして、火音は額を押えた。
「水虎さんからせめて妖輩の専門学校の勉強はした方がいいって言われたからさー」
「で、水虎さんは?」
「置いてきた」
火音と緋紗寧の声がダブり、火音は頭を抱えうずくまった。
黒ジャージの火音、黒いハイネックの緋紗寧、ほんとにそっくりだ。
月火がスマホを構えると二人ともふらっと避けた。似すぎだろ。
「何故私のところに」
「だって」
「せめて水虎さんを連れてきていただきたかったんですが。ていうか妖輩学の教師ですよね? コース主任サボらないでください」
「だって」
「……マジですか」
「まぁ予想はしてたけど」
「予想通りすぎません……?」
「火光だし」
職員室で火光にこれに妖心術を教えろと言ったら、ツンと顔を逸らされたらしい。僕より火音の方が感覚一緒でしょ、だって。子供すぎる。
「教えんのはいいけど無理だから」
「構いませんが吐かないでくださいね」
「確約しかねる」
「まいいです。炎夏これ貸す」
「サンキュー」
月火は炎夏にノートを貸すと、神水溜に断って外に出た。
緋紗寧はずっときょろきょろしていて、火音はものすごく不機嫌そう。不愉快なんだろうな、自分の顔が視界にあるのが。
「緋紗寧さん、どうしましたか」
「色んな妖力が混ざってるなぁと思って。めっちゃ気持ち悪い感じがする」
「人の手料理食べれない人ですか」
「基本自分だね。まぁ店とか行ったら食べれるけど。衛生環境不安でしかないし」
似てんなぁ。
でも外食できるなら火音の言う感情面はないのか。
やっぱり火音のみの特殊体質らしい。
月火が二人の間を歩いていると、緋紗寧が月火を覗き込んだ。
「思ってたけど常に素顔だよね」
「面倒臭いですし」
「面倒臭いで生きれる顔っていいねー?」
「緋紗寧さんも十分生きれるでしょう。火音さんに間違われるぐらいなら」
「うーん東京来て何回声かけられたか。火音君って案外モテるね。仏頂面のくせに」
「うるさい……」
「他人が嫌いな方なんです。あとこれをクールと認識する方は多々います」
「常不機嫌なだけでしょ」
緋紗寧は鼻で笑い、火音は不愉快に顔を逸らす。ずっと襟に顔を埋めているのは、マスクを忘れたからか。
「火音さん上着は?」
「体育館」
「壊す気ですか」
体育館で妖心術の練習をする気だった火音を黙らせると寮に向かわせ、月火は緋紗寧の方も見た。
「緋紗寧さんは? 上着」
「……母さんだ。取りに行かないと」
「では行きましょうか」
「どこにいるかなー」
「そこからですか……」
二人で歩いていると、また緋紗寧が月火の顔を覗いた。
「ロリ顔やんないの?」
「学園の生徒に手出さないでくださいね? この学園ではかなりの人数に話しかけられると思いますけど!」
「犯罪は犯さないよ。で、ロリ顔は?」
「……やってと言われたら、やりますけど……」
「やって?」
「いつまでいるんですか?」
「さぁ? これ終わるまで。毎日やってね」
あぁめんどくせぇ人だなと思っていると、誰かが緋紗寧の顔面を押し返した。
見上げると、マスクを付けた火音が不機嫌そうに立っている。
月火を緋紗寧から離して、緋紗寧を蹴って。
「なーにー凶暴だなぁ。俺の顔でそんなんしないでよ」
「俺の顔で月火にちょっかいかけんな」
「ちょっかいじゃないよ。火音君も見たいでしょ、社長ちゃんの可愛いロリ顔」
「ロリに興味がねぇ」
「社長ちゃんには?」
「少なくともお前がちょっかいかけるなら守る」
「ちょっかいじゃねぇって」
二人で火花を散らしていると、学食が見えてきた。
入口付近で水虎と景が待っていて、景はホッと安心する。
「緋紗寧、勝手にどこか行かないで」
「立ち話に興味ないし」
「とりあえず合流できてよかったです。月火様、よろしくお願いします」
「まぁできないこともありませんが。調整が必要ですからねぇ……」
「すみません突然押しかけてしまって」
「いずれ必要になることですし善は急げでしょう」
月火はスマホを出すと、火光に連絡した。
「……断固拒否するようですね。とりあえず行きましょうか。妖心術だけならすぐに終わるでしょうし。先に行っててください」
「はぁ……」
火音は着替えに行った月火を見送ると、そのまま校庭に出た。
指揮台に行くと生徒を見ていた教師陣が二度見して、皆が荷物を持ち解散する。
「権力者って感じ。何すんの?」
「妖心術練習。練習法は知らん」
あぁ帰りたい。帰って寝転がりたい。つかれた。全然頭が回らないし。
火音は上着の前を閉めるとフードを被った。乾燥で砂埃や花粉や汚い何かが色々飛んでいる。最悪だ。
寒い緋紗寧はパーカーを貰うとそれをバサバサと振った。
「暴れんな」
「人の体温なんて感じたくないし」
「広げときゃすぐ冷めるだろ」
「せっかちな性格でね」
「そうですか」
火音がスマホをいじって待っていると、指揮台に月火が降ってきた。
緋紗寧はビクッと体を震わせ、景は水虎の後ろに隠れ、水虎も少し後ずさる。
刀を二本持ってジャージ姿になった月火は立ち上がり、二人を見下ろした。
あぁ、女王って感じ。
火音は緋紗寧の隣に並ぶと写真を撮った。緋紗寧はそれを覗き、火音は緋紗寧の顔面を殴る。
「コイツッ……!」
「ざまぁみろ」
「喧嘩しないでください。緋紗寧さん、妖心術は使えますか。てか妖心出してください」
火音は刀を二本受け取り、緋紗寧は顔を押さえたまま片手を浮かせた。
真っ黒な羽を生やし、宙に浮いて赤い天狗の面を押さえた少年が出てくる。
「……本体が子供ですか」
「なんでだろうね」
「雷神が餓鬼ならそうなるんですかねぇ」
白葉と黒葉が大きくなって一言も話さない天狗の周りを回り初め、火音は何となく雷神を出した。
久しく見ていなかった雲に乗った雷神はあぐらをかいて頬杖を突き、二人が見合う。
かと思えば、天狗は少し面をずらして目を出した。
「……お久しぶりです」
「火音、何の用だ」
「別に。帰りたきゃ帰れ」
「帰らせろ……!」
「勝手に帰れ」
雷神は雲に立ち上がるとそこから一歩踏み出した。
歩く先に稲妻を光らせる雷雲が出て、怯えた天狗は顔を逸らした。
面で顔を隠し、天狗の羽団扇に手を伸ばした。
しかしそれを白葉が咥え取り、天狗が手を伸ばす前に雷神が天狗の胸ぐらを掴んだ。
地面に引きずり下ろして、うずくまる天狗を雷神が首を絞める。
「何やってるんですか、これ」
「さぁ?」
「飽きた……雷神戻れ」
「火音、コイツ祓おう」
「好きにしろ。俺は興味ない」
「美味しそうな匂いがする」
「食べる? 白葉食べる? 私左がいい」
「じゃあ私右ね」
九尾が天狗を囲うと、天狗は新しく出した羽団扇を大きく振った。
一瞬よろけるほどの暴風が吹いたが、九尾がそれを掻き消す。
「私が誰か分からないの?」
「戻りなさい。邪魔です」
白葉は小さくなると指揮台の上に座り、黒葉はしゃがんでうずくまる火音の傍に寄った。
雷神の腕を噛みちぎったのは、見なかったことにしよう。
月火は体を起こす天狗の上にまたがると、ポケットに手を入れたままそれを見下ろした。
「神通力の使い方がずさんですね。使い方が分からないんでしょう。何回使えるかも分からないから主を守るためになるべく使いたくないとか、そんな感じですか?」
本来大天狗は九尾と同等の力を持つ。雷神は神なのでさらに上だったりするが、それでも雨雲と風の相性は最悪。本来なら雷神は天狗を敬遠する。揉めて負けたら神のプライドが許さないから。
雷神が天狗の上に立っているという現状が摂理的におかしいのだ。天狗は鍛えれば、火音や月火より優れた妖心になる。




