67.CM
翌朝起きると、膝に火音が眠っていた。
そういや、火音を膝枕したまま寝落ちしたんだっけか。
月火が頬に手を滑らせると火音も目を覚ました。
離れて眠っていた黒葉を引きずりながら抱き寄せ、逃げた黒葉に伸ばす手の悲壮感。
「……なんか欲しい」
「作ってあげましょうか」
「いいの?」
「えぇ。社長ですからね」
火音が月火に手を伸ばそうとしていると、襖が勢いよく開いた。
火音は足元の襖を見て、月火は火音の手を掴んだままそちらを見る。
「水月兄さん、どうしました?」
「ヤバい!」
早朝から奥座敷に集まって、月火と水月と火光と火音、たまたまここにいた月火社に務める社員たちも呼んで。
「CMデータ飛んだって……はぁ!? お前何した何したお前お前」
「ハッキングッ……! 死ぬ死ぬ死ぬッ!」
月火は両手で力いっぱい水月の首を絞め、火光は月火と水月を引き剥がした。
「ハッキングって、他のデータは無事なの?」
「他のデータは復元できたんだよ。でもデータだけ昨日の夜に送ってもらって、たぶんプログラム内に取り込む前にバン……」
「再度送ってもらえませんか」
「相手側もウイルスで潰れかけてるみたいだからどうだろ」
月火が泡吹いて倒れ、皆で慌てて月火を介護した。
ハッと目が覚めると既に明るくて、火音が覗き込んできた。
「大丈夫か」
「……夢じゃないんですね」
「理解が早いようで何より」
「……すみません、朝ご飯作ります」
「いいけど。もうちょっと休んどけ」
「クッションのデザインどうしますー?」
「逃避するな」
月火はアハハハハと痙攣しながら泡を吹きながら笑い、水月と火光が慌てて駆け寄ってきた。
それでも三人でどうしようと発狂する。
この春先に向けた準備、CM会社はどこも手一杯。去年の夏前から今年の春のCMを依頼した会社だったのに。
「……ハッキング元……社会人……殺す……?」
「待て待て待て」
「火音さん、百八万で30秒のアニメ描きません?」
「描けませんアニメなんか」
「二百!」
「月火ッ!」
「何億積まれても無理」
「そこをなんどがァ!」
月火は半泣きで火音の肩を揺すっていると、部屋に入ってきた景がその光景にドン引きした。
月火と目が合う。
「景さんアニメ会社に務めてたりしません!? その顔ならモデルでも行けます! 起用期間億払えますよ! うちの会社世界規模なんでッ!」
「え、いや、え……? えぇ……?」
「すみませんうちの暴走たまに暴走するんです」
水月は火音を押し倒しながら景に助けを求める月火の頭を押し、景に謝った。
月火は柄にもなく発狂しながら泣いて、火音はそれを押える。
「死ね! ハッカー全員死ねッ! 物理的に死刑にしろ! ふざけんな世界損害で言えば億は下んねぇぞ!? 私の顔面以上の価値があんのに!」
「自分の顔面認めてんのかよ」
「私の泣き顔以上なんてそうそういねぇよッ!」
月火はうつ伏せになると畳を殴りながら発狂し、水月はしどろもどろに慰める。火光は鼻で笑いながら録画中。火音は頭が痛そう。
「……あ、あの、月火さん……?」
「出てくれますぅッ!?」
「CMとか、映像制作ならたぶん……たぶんですよ!? 緋紗寧が……」
月火がそちらを見ると、隅でスマホをいじっている緋紗寧がこちらを見た。
べーっと舌を出して、スマホに視線を戻す。
「……火音さん、ひねくれてよかったですね」
「アイツの方がひねくれとる」
「緋紗寧! CM作製のお……お仕事……?」
「いくら?」
緋紗寧が反応すると、月火は手をパッと開いて見せた。
「五十万? 五百? いつまで? モデルは? アニメ? 女優なら知り合いいるけど」
「明後日までにアニメでも実写でも」
「明後日!? 無理無理無理。見合わねー……」
「五千」
ジリジリと寄ってきていた緋紗寧が帰ろうとしていると、月火がボソッと呟いた。
それに耳ざとく反応した緋紗寧は振り返る。
「五千?」
「足りないならプラス三千までなら出しましょう。日本最高級のイラストレーターならここにいます。案と作業環境なら私が用意します。アシスタントだって百人でも千人でも呼びます。明後日までに15秒か30秒。仕上がりが良ければ映画館に上映するCMも。将来動画クリエイターになりたいなら最高の花道という自信があります」
緋紗寧は火音の悪い笑顔に瓜二つの真っ黒な笑顔を浮かべ、立ち上がった。月火も立ち上がる。
「作業環境事態で五千切っても良しとしよう。いい機械で仕事できるならこっちも願ったりだしね」
「もしもし|STUDIO CROWNさん? 月火ですぅ、ご無沙汰してます。前パソコン一機画面割れたって言ってましたよね、それ回収していいですか?……はいもちろんもちろん! えぇ、無料ですとも。タダより高いものはないでしょう? えぇじゃあ三十分ほどで着きま〜す」
「げっかぁ……」
「……お疲れ様です愛知支部長、月火です。液晶一枚お願いします。……はい、一時間後に着きます。いえ液晶だけで。はい。お願いしまーす」
月火は電話を切ると、スマホを机に置いた。
青い顔をする水月の前に座ると、両手を合わせて頬に添えた。
「おに〜ちゃん」
「いいよやったげるから。でもその顔絶対火音にはやんないでねッ!」
「なんで火音さんが」
「あでも撮りたいからもっかい」
月火はまたやって、水月は大はしゃぎで飛び跳ねそうなまま部屋を出ていった。
月火は会社に連絡をすると立ち上がる。
「兄さん、スケジュール調整お願いします。私ご飯作って仕事するので」
「月火、映像どうするの?」
「火音さん」
「なんですか。アニメは描けません」
「二時間で飛び切り美人の私と背景画描いてください」
「いくら?」
「いくら欲しいですか」
「えー前の七万お前のお年玉で消えたしな」
「四万残ってるでしょう?」
「四万? なんのことでしょう」
「あぁ溶かしたんですね」
「いい買い物でした」
火音は上機嫌で月火について行き、火光は溜め息をつきながらスマホを開いた。
「……あもしもし晦? そー、まだ愛知。……そ、ちょっとトラブったから一日有給伸ばすわ。仕事だけ送っといて。……いやぁ働くよ。教師と妖輩に休みはないからね! あは!」
段々とち狂ってきた神々兄妹。
火音は月火が参考写真に撮った写真を元にイラストを描く。
鬱転したかと思っていたが、会議前で気が落ちていただけだったのかもしれない。めっちゃ集中できる。
台所から続く和室にちゃぶ台を置いて絵を描く。
髪を天の川、目を星空のようにして、リップとアイシャドウのCMらしいのでメイクを少し映えさせて。
いつの間にか向かいでご飯を食べている月火を見ながら、上機嫌に絵を描いていると月火のスマホに電話がかかってきた。
『もしもし月火? 撮影機材買ったけどどうすんの? 僕撮影技術なんてないよ』
「玄智は加工だけしてくれたらいいよ。とりま帰ってこーい」
『あいあいさー』
月火はご飯を食べて、火音の視線に気付くと首を傾げた。
火音はそれを見て、またにこにこと手を進める。
頭の中はイラストでいっぱいなので特に深い意味はなさそうだが。
まぁ背景は普通の町中でいいし、あぁ間に合いますように。ふぅ。
月火が集中して仕事をしていると、火音に肩を叩かれた。
「どうしました」
「背景画が描けない」
「キャラは完成しました?」
「こうなった」
わぉ美しい。
月火は目を輝かせると、火音にお礼を言った。
「やった……! 別に背景画は写真でもいいんです。これがほんとに綺麗ならこれで……!」
「背景画も描きたいけど」
「描きたいんですか?」
「描きたい」
月火は擦り寄ってきた火音の頭を撫でると、どうしようかなぁと。
外に連れ出すのも一種の手だが疲れたら駄目だもんな。
「……じゃ、私が下書きするので塗ってください」
「分かった」
「好きな額振り込んでいいですよ。最高百万で」
月火はタブレットと交換でスマホを渡すと、自分は絵の下書きを始めた。
月火が考えているのは、イラストの世界に月火が入り街中を歩く。その中で火音が描いたイラストの壁に出会い、変身的なことをして商品を見せるってもの。
自分ならできると信じている。加工を。玄智の手で。
撮影技術は火光が持っているし、きっとできるだろう。できないと困る。だって納品が明後日。再来週にはテレビや街中に流れるってのに。
「……火音さん、これでどうですか」
「……下赤レンガ? ショーウィンドウとテレビ……分かった」
「ありがとうございます」
緋紗寧にアシスタント人数を聞かないと。
月火は立ち上がると、スマホを持って母屋まで行った。
「緋紗寧さんいます?」
「あ、泣き虫」
「アシスタント何人欲しいですか?」
「イメージ図は?」
「だいたいこんな……アニメーションの中で私が歩いてる、みたいな。背景画、イラスト、撮影機材とカメラ、動画機材は確保できました。他何いりますか? 椅子と机は十個ならまぁ運べるかと」
「……ほんとに二時間でやったの」
「もちろん。ハッカーはいつか断罪しますね。首パッツンで」
「…………合成と加工にそれだけ揃ってるなら俺一人でいいよ。明後日までならうん、昼には完成するかな。まぁなるようになれでしょ」
「当たって砕けたら集めて叩き直しますからね。ありがとうございます」
月火は深々と頭を下げると火音の元へ帰った。




