63.移動と挨拶
火音が鬱転して、今までの仮面を使って何とか平常心と見せているような状態が続いた。それでも顔色や行動は鬱そのもの。
少しずつ歪み始めていた火光との関係は完全に亀裂が入り、最近は仕事も休みがちになり。
火光が月火の寮に来なくなったのでそっちは水月に任せ、月火は火音の世話。
度々微熱を出すので薬やゼリーは常備してある。
ベッドで座ってアイスを食べる火音の頭を撫でて、頬に手を当て熱がないことを確認する。
「最近絵は描いてるんでしょう。見せてください」
火音はアイスを流し込むと、それを床に置いて月火を抱き上げ膝に乗せた。
タブレットを開け、色々と見せる。
「……これ全部私ですね」
「月火しかモデルいないし」
「せめてオリキャラとか。あ塗り絵のアレ見せてください。7万の」
「あれはー……」
何故か古い方のタブレットが出てきて、アプリを開いた。
「これ」
「何故タブレット二台?」
「SDのデータ埋まったから」
「え64GBでしたよね? タブレットもめっちゃ容量多いやつでしょう?」
「でも埋まった」
ギャラリーを開けてみると、イラストがざっと2000、残りは写真が埋めている。
火光と月火、黒葉や白葉のじゃれ合い等々。火光のが一番少ないのは、スマホで撮っていたからだろうか。
「そんな撮ります?」
「こーゆー期間の記憶ほとんどなくなるんだもん」
「期間が終わっても一緒にいるでしょう」
「今は今しかないの」
「ロマンチストですね」
「黙れ事実だ」
火音は不貞腐れたようにタブレットをいじり、もたれて火音を見上げる月火の写真を撮った。
「……インカメってブスに写るんですよ」
「一般人の話だろ」
「私インカメ嫌いです」
「いっつも三人で自撮りしてるくせに」
「加工ですよ」
「他人から見て美人ならいいんだよ」
二人で並んで座ったら座高は20センチ未満になる。月火が火音の膝に座ったら余計に。
月火の肩に顔を置き、溜め息をついた。
火曜の夜、一年ズに担任をプラスして、暒夏や澪菜、水月と火音もプラスして、なんなら鬼互と神水溜もプラスして、学園にいる御三家に近しい人全員で新幹線に。
月火が一両丸々貸切ったため他の乗客はいない。意外と1000万はかからなかった。
ちなみに肘掛けを上げられる椅子の車両にしたので火音は三席の列で月火の膝に寝転がっている。月火は台を下ろして仕事中。
水月と火光、鬼互と神水溜も仕事。他学生は勉強。
水明と水虎は先週から先に行って、稜稀や水哉は別ルートで、火神は水神分家が引きずるらしい。
時間が経つにつれて気持ちが沈んでいる火音の頭を撫でて、狐サイズの黒葉を出すと抱っこさせた。
月火は荷物からカイロを出すと火音に渡す。
「何これ」
「見て分かりません?」
「なんで」
「あっためるようです。相変わらずこんなんなので」
火音の頬に指先を落とすと、冷たかったのかふいっと顔を逸らした。
火音は月火の手を掴み、カイロを挟ませる。
「……火音さん痩せましたね」
「そう?」
「腕前より細くなってます」
「まともに食べてないからだろ。昨日一昨日も食べてないし」
「……縮みます?」
「いいえ」
「チッ」
月火は仕事を再開し、火音は体を起こすと月火に寄って座ったままもたれかかった。
いくら三日前から貸し切って他人の妖力や感情が薄くなっているとはいえ、寝転がって気持ちいいもんでもない。
「寝台特急の方が良かったですかね。個室ですし」
「別にどっちでもいいけど……どっちにしろ引きこもりに長期間の外出は辛い」
「誰も使ってない部屋をリクエストしてるので引きこもれますよ」
「人多いじゃん……!」
「誰も入らない離れを借りたので」
「……それマジ?」
「冗談に決まってるでしょう」
一瞬月火の脳裏に浮かんだ『いわく付き』に疑問符が浮かび、冗談だと言われホッとした。
「そういうの怖がるタイプですか? 意外に」
「幽霊映画のトラウマが」
「案外トラウマ多いんですね。恐怖も歓喜もなさそうな顔面して」
「失礼すぎる」
月火は鼻で笑い、火音は顔を押えた。帰りたい。
膝の上で仰向けに眠る黒葉を無心で写真に収める。周囲の目線なんて気にしない。
東京から二時間半かけて愛知県奥三河へ。
駅に車で迎えに来てもらい、水神派の屋敷に着いた。つっても水明の持ち屋敷らしいけど。
「ようこそいらっしゃいました。お部屋へ案内します。神々様と火音様のお部屋は離れに」
「案内します」
月火と火音の部屋は襖で仕切られた隣。本来なら絶対壁で仕切られている離れた部屋になるのだが、水神派は火音の潔癖を理解しているので。
離れの台所はここでやると決まった瞬間から使わず、掃除も月火がやると言っておいたのでほぼ手付かずの状態だ。
会議は明日の昼からなので月火は先に台所を掃除する。
ここは神々のように一室の台所ではなくて、一室の延長で土間があるような。結局は土間なんだよなぁ。
火音は上がり框に座って月火の後ろを眺め、隣の部屋には水月が水哉に甘えながら仕事中。
襖は開いているが完全別空間だ。
「はい、食べてください」
月火は火音に味見をさせて、火音は普通に食べる。
「大丈夫ですか?」
「……他の台所よりマシ。そのうち消える感じがする」
「うどんとかにします?」
「平気」
「無理しないでください」
翌日、月火が朝食を作っていると庭の方から水虎が顔を出した。
「月火様、おはようございます」
「おはようございます。どうしましたか」
「先に景さんと緋紗寧君紹介しておこうと思いまして」
「あぁ」
月火は黒葉を火音の傍に行かせると、手を止めて外に出た。
外に立っていたのは薄いエメラルドグリーンの髪をした小柄な女性と、火光よりも火音と瓜二つ、身長さえ同じの青年だった。
これは判別が難しくなるなぁと思いながら。
「景さん、こちら火音様の……世話係?」
「家主です」
「同居でしょう?」
「火音さんの世話焼いてます月火です。初めまして」
「は、初めまして……! 月火様が色々動いてくださったと聞いて……」
「最終的に会うと言ったのは火音さんですけどね。色々抱え込んだまま塞ぎ込んでいたんです。あまり過度に心配されるのは嫌がるのであまり深くは踏み込まないでください」
「は、はい……。……緋紗寧、挨拶して」
ぼけーっとその辺を見ていた青年は母親に袖を引かれると、視線だけ月火に移した。
「……偉い人?」
わぁ声までそっくり。
「火継と会うのに全部やってくれた方」
「ありがとうございます」
頭を下げた緋紗寧を見て、パパッと頭のパズルがはまった。
「初日の出の時、愛知で雲払った方ですね」
「ん? そう」
「あれ一人でやったんですか?」
「うん。母さんが弟も同じの見るのかなぁなんて言うのに曇ってたから」
「……マザコン?」
「この餓鬼失礼すぎない?」
「すみません、周囲にシスコンとブラコンしかいないもので。それより火音さんのちょっと面倒な体質についてお話しておきましょう。水虎さん外してください」
「失礼します」
月火は立ち話のまま、火音が起きていないか気を付けながら火音の潔癖と妖力のことを話した。躁鬱のことは、まぁ皆に説明する時でいいや。
食事のことや人との距離感、血で失神すること、物凄く無愛想で基本不機嫌なこと。は、言い過ぎか。人間味がかけていること。あと基本人を信用しないこと。
妖力や感情面で感情がないらしい月火が世話をしていること、共鳴と言って妖力や妖心が繋がり、思考や情報が共有されること。そのせいでたまに処理落ちすることなど。
「基本何をするにしても面倒臭い手間を踏まなければならないことを念頭に置いてあげてください」
「わ、分かりました。とりあえず、火継が今生きてるのは月火様のおかげと水虎さんに聞いたので、月火様にお任せします!」
「分かりました」
「緋紗寧、絶対ちょっかい出さないでね」
「ねぇ、もう一人の背高い方は誰?」
「両方私の兄です。特に赤い方は火音さんが実兄ではないと分かってから物凄く不機嫌なので関わらないことをおすすめします」
「……実兄? じゃあ、火音は神々にいたの? 火神じゃないの?」
「私の兄が元火神の出です。言うとキレて襲い掛かるので触れないことをおすすめします。片手で警察官の腕折った方ですので」
「……触らぬ神に祟りなし、ね」
月火は頷くと、スマホで時間を確認した。そろそろ朝食の準備を進めないと。
「すみませんが、今はこの辺りで……」
「はい。ありがとうございました」
「いえ、またあともよろしくお願いします」
景は頭を下げると、ぼけーっとする緋紗寧の頭を叩きながらお礼を言った。




