62.噂
柄にもなく泣いたせいか少し気分が悪くなっていると、傍に黒葉が出てきた。
「火音、主様が」
和桜と共に黒葉を追いかけていると、月火が回廊の壁際で座り込んでいた。
自分の思考でいっぱいいっぱになって月火のSOSに気付けなかったのか。
「月火」
「……大丈夫ですか?」
「こっちのセリフ。何された」
「あれ……」
振り返ると、大きくなった白葉が庭で智里を喰おうとしていた。
回廊から飛んだ黒葉も大きくなり、火音に支えられていた月火は少しよろめく。
「指輪外しとけ。少なくなってる」
「……火音さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないけど」
「どこにも行かないでくださいね。私の犬なんですから」
「お前の犬になった覚えはねぇ」
「私の言うこと聞くって約束だったのに」
「躁の時は散財しないようにってことだろ」
「さ〜?」
月火は火音に支えられたままふいっと顔を逸らし、顔を挟まれた。
火音にネックレスを外してもらい、白葉と黒葉を傍に呼び寄せる。
小さくなった二体は月火を見上げたまま足ダンをして怒りを表すが、主は全く気にしてない。
「顔拭きますよ」
「ん」
月火は袖で火音の目元を拭い、和桜がそれをニヤニヤと見ていると炎夏や玄智もやってきた。
玄智は即カメラを構え、炎夏はそれを下ろす。
「嫉妬かな」
「人が来る」
すぐに人の足音が聞こえ、反対側から前当主の緋火や現当主の隆宗、旧火神兄妹の末っ子である智明がやってきた。
「ひ、火音……!」
「叔母様ッ! お父様叔母様が!」
炎夏たちは月火の傍に近付き、月火は皆に事情を説明した。
テストの間に抜けていったと思ったら毒草が生えた庭の写真を撮っていたそうで、それが見付かり智里に突き飛ばされたところで白葉が激怒、引きずり回したと。
「やっぱ駄目だよあの愚図。狐に喰わせて良かったのに」
「いえ、先に鬱憤を晴らしてもらおうと思って」
月火は火音をからかっていた和桜の肩を叩くと、庭で智里プラスの四方を示した。
「好きにやっていいですよ」
「……それは」
「私が許可します」
和桜は足袋のまま庭に降りると、緋火と血まみれの智里の首根っこを掴んだ。
「はぁ!? ちょっと母さん何してんの!?」
「おい離せ! なんのつもりだッ!?」
「お、お義母さん……?」
「私離婚します。今から赤の他人です。なので私の行動の決定権は派閥長の月火様に帰属します。月火様が赤の他人にやられた分はやり返していいと許可してくださったのでやり返します。約四十年間あなた方が私と火音と火光! 私の可愛い可愛い孫にやったことを丸々ッ! 火光と火音にやった事は火音から報告されてるからそっくりそのままやれんのよ〜。子供の話を忘れる親は親失格やからね」
二人を引きずっていく時の和桜の横顔には殺意が満ちて、その目は凪いだ海のように恐ろしかった。
玄智は炎夏の後ろに隠れ、澪菜は水虎の後ろに、火音も月火を盾にする。
あの人親族から怖がられすぎだろ。
「……あ、水虎さん。双葉景さんって覚えてますか」
「え、あ、はい。もちろんです。火神に匿われたと聞いて翌日に胃潰瘍になったのを覚えています」
「お人好しの化身ですね。今どこにいるかは?」
「知ってるというか、今水神派の家に匿ってもらってるので……」
「……火音さんが景さんの子供というのは?」
月火が少し声のトーンを落として聞くと、水虎は大きく一歩後ずさった。
挙動不審になり、月火と火音を見比べて、愕然とする。
「嘘でしょう……!? 側室の子じゃ……!」
「……側室」
「あ、いや、子供に聞かせる話じゃないんですが……」
「火音さん連れてってください」
火音は澪菜と炎夏を掴むと引きずっていき、玄智は水虎を見上げた。
「妊娠の噂は出なかったの?」
「おめぇも子供だろうが」
「僕餓鬼じゃないから」
「まいいです。で、噂は?」
「いや、元々側室がいるんじゃないか〜……みたいな、噂はあったんですが誰も見た事がないので、奥方は神々派の方ですし我慢してるか思ったより良好なのではないか、みたいな。そんな憶測が飛び交った中での側室の出産だったんです。でも実子として育ててるって言うのを聞いて、今度は妾も神々派の娘じゃないかみたいな話が出て。それで、異母兄弟なら火光様と瓜二つなのもあるのかなぁ……と……」
二人が唖然として聞いていると、さっき緋火たちが来た方の角から頬に血を付けた和桜が血まみれの袖を垂らしながら顔を出した。
「水虎さまぁ、それ詳しくぅ」
水虎はまた後ずさってドン引き、月火と玄智も顔を引きつらせた。
「……つまり、一般の認識と御三家の認識では大きな差があるってことですね」
「すっ、少なくとも、水神派ではそうですね……。妾の子を実子として育てたのと加えて月火様が火音様と仲がいいので、和桜さんの嫁入りが幸をなしたとか……なんとかかんとか……なんかそんな感じの雰囲気で…………すみません……」
「別に謝る必要はありませんが。これは集会が必要そうですねぇ」
「……ほんとに? いやでもそうですよね、次期当主候補生が誘拐された子なら……」
「誘拐?」
月火が眉を寄せると、和桜もこちらに寄ってきた。
和桜側にいた玄智が月火と場所を替わる。
「え、だって景さんから取り上げて……」
「預けたのでは?」
「いやいやいや! あの人が他人に子供を預けるとか! 水神にいた数日間ですら子供二人から目を離さず倒れた間も離れなかったんですよ!?」
「……何故今水神派の家に?」
「景さんの地元が愛知なんです。地元に戻ったあと、たぶん唯一匿った水神に助けを求めて、水神派が匿って。私は両親に聞いて匿うよう指示しただけなんですが……」
「火神に行ったあとは会ってないんですね」
「はい。まさかそんなことになっていたとは……」
口を押えてしゃがみこむ水虎を玄智が慰め、和桜が怒りを堪えていると月火は何かを指折り数え始めた。
数分して、頭を押さえた火音が戻ってくる。
「火音、大丈夫?」
「あ、処理落ちでしょ。月火ストップ」
「水虎さん、一月半ばまでに愛知で集会を開きます。関係者を全家集めてください」
「はい。水神で?」
「最も早く準備できる場所で」
皆でテストをしていた部屋に戻って、月火は火音が採点したテストを確認した。
意外にも炎夏が120点台、水虎が150点台だった。
玄智は30、澪菜は一桁。
「本気ですか、当主争いは」
「水虎様、これ暒夏にもできますか」
「できるよ。近いうちにやらせようか」
「玄智さんも多少は知ってるんですね」
「うーん……知ってるって言うか、たまーに見える月火とか火音様のパソコンの画面覚えてたって言うか……」
「……相当な記憶力ですよ」
「全然教育が始まらないから焦ってただけ」
「まぁ二人とも常識の範囲内ですし問題なさそうですね。定期的に開催しましょうか」
「月火何点?」
炎夏と玄智、火音も水虎も覗き込むと、月火は自分のプリントを見せた。
もちろん、200点満点で。




