51.狐、再び
火音の血が付いたので着物を着替えて、帯を締め直した。
「……あれ、火音さん、後ろのお端折りどうなってます?」
「紐に巻き込まれてる」
月火は柔らかい肩を駆使し、後ろの紐を引っ張るとお端折りを落とした。
紐を結び直して、帯をする。
「……よし」
「なんで俺部屋で待たされてんの?」
「屋敷が広すぎて私の悲鳴は皆には聞こえないので」
まだ文化祭の時のことを怖がっているのか。
月火は火音の夜食を作り、毒がなくなって体調が戻った火音は月火に引っ付く。
「……火音さん、座っといてください」
「動きにくいだろ」
「えぇとっても。誤って包丁で手首を切断しそうです」
変わらず月火の腰に手を回していた火音はサッと手を退け、月火はホッと息をついた。
「妖力大丈夫?」
「たぶんかなりマシになってます。ずっと付けていたら排出される一方で回復が追いつかないので付けたり付けなかったりなんです」
「念の為肌身離さず持っとけ。狐が暴走しないように」
「すみません」
月火が茹でた枝豆の豆を取り出していると、火音は月火の顔の前にスマホを入れて手元を撮った。
追い出された火音はおとなしく居間に戻る。
「あ、火音先生大丈夫でした?」
「その呼び方やめろ。時間外だ」
「じゃ火音さん」
火音がさっきの場所に座り直すと、白葉が出てきた。
『また吐いたの?』
「お前のせいだぞ」
『美味しそうなんだもの丸呑みしなかっただけよしとして』
火音が耳をつまむと白葉は耳をペタンと伏せ、火音の周りをてくてくと歩き始めた。
月火の妖神の声が聞こえるのは誰にも言ってないからあまり受け答えはしたくないんだけど。
寝転がった火音が胸の上で尾を振る白葉の頭を撫でていると、廻醒のスマホに電話がかかってきた。
ずっとキーボードを叩いていた廻醒はタブレットから目を離さないまま電話に出る。
「はい」
『王郷芝公園に一級です』
「抜糸前なんすけど……」
『……お大事にッ!』
何故か怒鳴られたまま通話が切れ、今度は火音の方にかかってきた。
『お……』
「火光に回せ無理」
『これやれば実質一位ですよ?』
「実力で二位なんで」
発狂する補佐を無視して通話を切ると、月火の方にも電話がかかってきたらしい。廻醒と火音の所業を愚痴られたあとに月火が了承すると泣く泣く感謝された。というのが伝わってきた。
襖が開いて、月火が火音の食事を持ってくる。
「火音さん、代わって下さい。私着物なので」
「なんで受けたんだよ」
「実質一位らしいですし」
「乗せられてんぞ〜」
「知ってますよ」
月火が稜稀の反応を気にしているのに気付くと、火音は仕方なく起き上がった。月火は白葉に刀を取ってくるよう頼む。
黒葉にはラップ。
「……お前もついてこいよ」
「分かってますよ」
「てか一級ぐらい妖心術で祓えるだろ」
「特級に上がったそうですよ?」
「祓えるだろ上がった瞬間の特級ぐらい!」
「え〜どうでしょうねぇ?」
月火は人差し指を顎に当てるとあざとさたっぷりの目で首を傾げながら火音を見上げ、火音は薄笑いでそれを撮った。
「……はっ」
「ねぇ送らないでください」
「あーかわいそ!」
「ただのいじめですよそれは」
月火は火音のスマホを取り上げると手を伸ばしてくる火音をかわす。
「やり返しますからね」
「やってみろ被害に遭うのは俺じゃない」
「あーあかわいそ」
「俺とやってる事変わんねぇじゃん!」
「悪いって自覚してやってたんですか!?」
「えうん」
月火はすんっと真顔に戻り、火音は悪びれる様子のない笑みでなんか文句あるかと月火を見下ろした。
「……まぁいいです」
月火は火音のスマホを持ったまま襖を開けた。
刀を二本咥えた白葉が月火を見上げ、月火はそれを受け取った。
「どっち使います?」
「俺それ無理」
「これだけはいつになっても使えませんよね。殺意ですよ殺意。殺意が足りないんです」
「どうせ祓う怪異に感情持つだけ無駄だろ」
月火は火音に妖楼紫刀を投げ、自分は白黒魅刀を右手に持った。黒葉も戻ってきたので火音の食事をダイニングに持っていき、一枚の大きなラップを被せた。
「横着」
「エコです」
「違ぇだろ……」
白葉は体に戻り、黒葉は腰ほどの大きさになると二人についていく。
「年明ける前に戻ってきたいんですけどねぇ」
「……今日大晦日」
「そうですよ馬鹿」
月火と火音は靴を履くと、黒葉の神通力で公園まで移動した。
この公園は何度か任務で来たので覚えている。
「……あれが一級だったのマジ?」
「来るのが遅すぎましたねぇ」
木の上に現れた二人で、大量に人を殺し喰らい公園を破壊する怪異を見下ろした。
タコのような触手を持っているが本体は貝みたい。
触手の一本がこちらを向き、向かってくるのを火音が切り落とすと巨大化した黒葉が勢いよく喰らいついた。
「あぁ、ちょうどいいです。二体とも好きに食べてください」
「美味し!」
「私も食べる!」
二体で触手から、貝の殻まで喰らいついて中身を喰い始めた。
「人は食べないように!」
来る意味なかったなぁと思い、木の上にしゃがむとそれを見下ろした。
火音も隣にしゃがみ、二体を見下ろす。
「こんな公園に怪異来ると思うか?」
「ないでしょうねぇ」
貝ならせめて水族館側に行くだろう。海辺で移動するにしても、この巨体なら即通報で祓われているはずだ。
連絡が入った頃には一級、数分も経たずに特級に上がったんだから元低級と言うのはなさそう。
そうなりゃ答えは一つ。
「ばぁ!」
真後ろから声が聞こえ、振り返る前に火音に頭を庇われ木から降りた。
月火は抱き上げる火音から降り、黒葉を呼んだ。
黒葉は金の目を輝かせ、舌をチラつかせる。
「喰う? 喰い殺す?」
「待て」
前に、水族館で月火と火音を襲った狐面だ。
木の枝に逆さまになっていたのを、体を振ると月火たちがいた枝に移動ししゃがんだ。
「その後の調子どぉ?」
「怪異は貴方のせいですか。共鳴はし終わりましたが」
「まだ完璧じゃないよ?」
少女は前のように模造の刀は作らず、体術オンリーで月火と火音に襲いかかった。
月火は静かに深く息を吐き、痛む心臓を堪える。
光に過敏で頭が痛くなるほどの視力、汗が落ちる音が聞こえる聴覚、服が擦れるのも痛い肌。早く強く脈打つ心臓に、四十度を超えそうなほど火照る体。
月火が少女を殺す気で刀を振るうと、その少女は刀を横から殴った。
ヒビが入ると思ったのに、月火は上手く流すと片手を離した。
──妖刀術 雷数層登──
──妖刀術 朱雨透醉──
月火の腹を殴った少女の脇から斜め上に切り上げ、火音が後ろからそれを突き刺した。
火音は少女を蹴り倒すと地面に固定し、ハッと月火を見た。
「……なんですか?」
「……目が紫になった気がして」
「目?」
気の所為かもしれないが、でも紫の目をした月火が脳裏にいる。
よく分からないなと思いながら、月火のこめかみの血を拭った。
「触らなくていいですよ。たいした傷じゃ……」
「平気。……コイツどうすんの?」
「……どうしましょうか」
──妖心術 狐鬼封縛──
とりあえず黒縄で手足と首を縛っておき、月火は電話をかけた。
『はいはい! 赤城です!』
「狐が出たので護送車一台お願いします。なるはやで」
『かしこまりました! 五分で着きます!』
優秀だなぁと思いながら、スマホを火音に渡すと月火は狐の前にしゃがんだ。
髪を掴んで、刀で面を割った。
「起きろ。なんで私たちに干渉する」
少女は異音のする呼吸のまま、月火を睨んだ。
「私は……家族のために……! 言われたことを……!」
「親は? 宗教か? 妖輩組織?」
「知らん……! み、んな……! つ……」
少女は失神し、月火は髪を離した。
「黒葉!」
「死んでないわ。起こす?」
「……いいです。両足の骨を折ってください」
九尾が少女の脛の骨を折っている間に月火は鞘を拾って刀を戻した。着物って動きにくい。
火音はタスキを解くと、腰に差していた鞘に刀を納める。
「刀差せる着方知ってる?」
「帯に差すまたは袴の内側に差して投げから出す」
「帯に差したら痛い」
「それはただの痩せすぎなんですよ」
月火は少女を黒縄で罪人縛りにすると、黒葉に咥えさせた。
黒縄は神々の当主が編み出す妖力のみで編まれた縄、月火の狐鬼封縛で鬼火から出てくるあれ。
あれは月火の妖力を越える妖力量を持つものでないと切れないが、たぶん現日本にそんな膨大な妖力持つ者はいない。実質永遠に切れることのない縄だ。
名の通り黒い。影も分からないほど漆黒。
二人で公園のめっちゃ急な二百段階段を降りて、下にいた護送車にそれを放り込んだ。
「足の骨は治さないでください。黒縄が切れることはないとは思いますが念の為。腹の穴は任せます」
「は、は! お疲れ様でした!」
月火は火音の袖を掴むと、神通力で屋敷の前に帰った。
「お風呂貯め始めるので先に入ってください。十分ほどで半分は貯まるので」
「月火は?」
「神々にだって水回りの一つや二つあるんですよ」




