50.吸血
大晦日の夜、月火は火音を連れて居間に行く。
一昨日好きなだけ寝させたあとは少しスッキリした顔で、一昨日ほど甘えてくることはなくなった。
月火は居間の襖を開けるや一歩、火音は四歩後ずさった。
水月と火光、玄寧は潰れ、水哉と玲寧は隅に避難している。
現状を作った戦犯はコイツ、廻醒。
「ツキちゃーん、おつまみちょーだい!」
「あ、イケメンがいる」
「月火ちゃんお久しぶりね。お邪魔してます」
「お、お久しぶりです寧夏さん」
「イケメン〜……」
廻醒の母親よりも父親がイケメン火音に反応し、火音は月火の袖を掴みながら中に入った。
「火音さんもここで飲みます?」
「うん。行ったり来たりすんの面倒臭いだろ」
「じゃあ少し待ってください」
月火は水月と火光を引きずると部屋の端に置き、火音を座らせた。
火音はタブレットで絵を描き始め、キーボード付きのタブレットをカタカタしている廻醒は火音の手元を覗き込んだ。
「あ! 俺その絵知ってる〜! えすげぇうま!」
「あそうだ。……お前のアカウントってこれ?」
火音が廻醒との顔の間にスマホを割り込ませると、廻醒は顔を固めた。
「……ストーカー気質の人やッ……!?」
「どちらかと言えばヤンデレかと。例に漏れず超人と変人は紙一重なんですよ」
「フォローしてやる」
「やめて! バレる!」
「大丈夫。俺も教師陣にはバラしてない」
「いや絶対バレるから! やめてくださいッ……!」
「ちなみに私もこっそりフォローしてますよ」
「ツキィ!」
「私はゲツです」
「お前は今日からツキや」
月火は火音と廻醒の間に座ると、火音に焼酎をストレートで注いだ。
「ツキちゃんそれ何?」
「輪景」
「火音先生って強いの?」
「私は三日三晩焼酎を飲ませて潰したことがありません」
「三日三晩は飲んでねぇ」
「度数教えて」
「二十六をたぶん三十分から一時間に一合のペースで。一時間に二合目には入ってますよね?」
「飲むの遅いからなぁ。たぶん飲むことだけに集中したら一時間でそれ空く」
「やめてください食費が」
「やらねぇけどな?」
「これ何ミリ?」
「四合です」
「二時間かからず一升は飲めるけどつまみが食べれんからやらん。あと腹が死ぬ」
「少食ですもんね」
火音は寝転がるとその体勢で絵を描き始め、月火はその間に酒蔵から酒を移動させた。
焼酎や日本酒、ウィスキー、テキーラ、あと割るようのお湯と水が入ったポットも。この家は酒豪が集まるので専用の電気ポットがある。
「こう考えたらポット買った方がいいんですかね」
「別に俺はいらない。酔いたいから飲んでるし」
「……それ危ないやつですよ」
「ストレスのせい」
火音は起き上がると焼酎を飲んで、心配そうにする月火を真正面で撮った。
「あピンぼけ」
「ほぼモザイクじゃないですか」
「珍しい顔だと思ったのに」
火音が後ろに手を突くと黒葉が出てきて、火音はそれにもたれた。
突然、酒呑童子が出てくる。
「狐! 九尾の狐! 久しいな!」
『たかが数日ぶりよ』
「相変わらず……」
「ちょっと鬼うるさい」
「ほんとにうるさい」
いきなり雷神も出てきて、火音の酒を奪うと飲み干した。
火音は唖然とし、雷神はふと酒呑童子に目を向けた。
「鬼がいる」
「神……神がおる! 神様! なんと!?」
『こいつら嫌いようるさい』
『確かに爺神はうるさいわね』
「狐がもう一体!」
月火は手を振って白葉を小さくすると、膝に乗せた。
火音は雷神を、廻醒は酒呑童子を消す。
こういうので周囲が固められているから妖心イコール自我を持つものになってしまう。
「まぁ御三家って精神異常者の集まりみたいなもんだろ」
「遺伝でしょうね」
「類は友を呼ぶを表した家って感じ」
「もしや御三家を元にして作られたのでは?」
「おーい国語教師」
「国語教師(予備)寝てますね」
「……語源、紀元前中国だと。日本に入ってきたんが江戸。全然違ぇし」
調べた火音はスマホを置き、月火はそのスマホを取ると色々な言葉の語源を調べ始めた。
三人ともタブレットやらスマホやらタブレットPCやら。
月火はふと、ずっと気になっていたことを調べた。
人が美男美女に惹かれる理由。
多くは子孫繁栄の本能的なもの。ストレスや病気に負けない=顔が左右対称になるため美男美女と思われ、そういう人を本能的に選ぶ部分がある。
つまり強い遺伝子を残したいと。
「火音さんに当てはめたら納得しかできませんね」
「こんなストレスに弱い人が強い遺伝子とかある?」
「妖力的な部分で補われているのでは?」
「全く別部門だろ」
電車に乗る専門の人が飛行機運転するぐらい別部門。
ただの乗車員がいきなりパイロットになれるかって話。
「超ハイスペックならあるいは」
「無理無理無理」
「ていうか火音さんは産まれた頃から地獄にいたんですからそれなりに強いのでは?」
「アイプチしてみようかな。たぶん二重似合わないから」
「やめてください私のアイデンティティが」
「お前のアイデンティティそこなの?」
「もっとあるやろ顔とか身長とか」
月火は稜稀からは見えない場所で廻醒の手の甲に爪を突き刺した。
廻醒の声を掻き消して、火音が声を上げる。
「痛ったッ!?」
月火がびっくりしてそちらを見ると、まさかの白葉が火音の右腕に噛み付いて宙吊りになっていた。
皆が唖然とし、月火は白葉を掴んだ。消そうとするが、妖力にスペースがない。そのせいで暴走したんだ。
「消えろ」
『美味なり』
稜稀に何か言われると思って指輪をつけていなかったのが駄目だったのか。付けないと。
「火音さん、手当しましょう」
「うん」
火音が立ち上がろうとした時、また鼻血が出た。
月火は着物の袖を押し当て、火音は気持ち悪くて座り込む。
廻醒がティッシュをくれて、月火はそれを数十枚取ると顔に押し当てた。
「立てますか。吐いてもいいので頑張ってください」
「無理……」
「手伝うよ」
廻醒は月火とは反対を支え、稜稀も心配してくれたが稜稀がいたら月火が使い物にならなくなるので遠慮し、月火は火音を洗面台に連れて行った。
廻醒にビニール袋を頼むとしゃがみこむ火音の背をさすった。
「持ってきた」
「ありがと。あとは大丈夫だから戻ってていいよ」
「ほんとに平気? また力必要なら言ってな」
火音は立ち上がると洗面台の中でビニール袋に吐き始め、吐くものがなくなってからも喉の奥に指を突っ込んで胃酸を出そうとする。
月火はその手を止めると、背をさすった。
火音の手をすすぎ、顔を洗わせるとしゃがませた。
血のついた袖が近付かないように支えながら火音の顔を拭く。
「大丈夫ですか……? すみません、私のせいで……」
「平気。……鼻血も止まったし」
「ご飯はまた作ります。早く気分が良くなってくれるといいんですが……」
月火は焦燥の滲む顔で心配をするが、火音はそれよりもと月火のタオルを持つ手を下ろした。
「着物に血付いただろ。洗えないし……」
「これは大丈夫ですよ、私が買った安いものなので。火音さんが吐いてもいいように汚れてもいいの着てるんです」
「でも」
「それより火音さんの着物こそ血付いてませんよね? 私のと違って高いのに……」
月火が火音の袖をチェックしていると、火音は月火の頭に手を置いた。
「隙を狙って撫でないでください」
「月火、指輪付けないと」
「火音さんが失神しなくてよかったです。前はぶっ倒れて大変でしたから」
「聞けよ」
火音が月火の頬を挟んでいると、洗面所の扉からカリカリと音が聞こえてきた。
月火が扉を開けると、口にケースを咥えた黒葉が。
月火がそれを受け取ると黒葉は溜め息をついた。
『はぁ……顎外れそうだわ』
「野生下で即死ぬな」
『私は九尾なの! 九尾の口は喰う用じゃなくて喋る用なの!』
「怪異喰うくせに」
『人間だって喋るための口だけどもの食べるでしょ』
「人間は食うための器官にコミニュケーション能力が付いたんだよ。声がなくても身振り手振りでできるから」
『私だって主様となら妖力で会話できるもん!』
「黒葉って人の言葉は話せないんですか?」
手を洗っていた月火が前々から気になっていたことを聞くと、黒葉は不思議そうな顔で月火を見上げた。
『喋れるわよ? でも喋っちゃ駄目なんでしょ?』
「いや喋れるなら喋ってくれた方がありがたいんですけど」
『でも皆主様の九尾は喋らないって思ってるわ。確かに初めは話せなかったけど、話せるようになった頃にはみんなが喋らない狐って言うから喋らないの』
自我を持たないと思われていた座敷童子が自分で動いたのが変なのよと言う黒葉の言葉は少し怖いほどに圧があった。
月火の黒葉の向かいにしゃがむと、黒葉の頭を撫でた。
「じゃあ喋ってください。私は黒葉の声を聞いてみたいです」
「……喋って、いいの?」
「もちろん」
思い描いていたまんまの声で喋った黒葉は満面の笑みで笑い、鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌なまま火音の傍でいい子にお座りをした。
月火は火音に触れると、発熱や脈の狂いがないかを確認した。
「……特に体調に変化はないと思います、が……」
「そこまで傷が深くないなら吸い出したら毒なくなったりするわよ。火音の鼻血はそれで毒排出しようとしてる感じじゃない?」
黒葉を見下ろしてから、月火は火音の腕を取った。
「えやんの?」
「さすがに嫌でしょう。ポンプかなにか……」
「早くしないとまた鼻血出るわよ」
月火は火音の制止も聞かず、火音の腕に口をつけた。




