41.妖神学園文化祭・午前
火音が熱を出した日の夜、月火がイヤホンをしながら仕事に打ち込んでいると肩を叩かれた。
見上げると、火光が立っていた。
「来てたんですか」
「今ね。火音どう?」
「薬が切れる前に眠ってそのままです。夜に眠れなさそうならまた飲ませようかなと」
「月火は体調平気? 痛みも伝わるんでしょ?」
「痛いという情報は来ますが痛み自体はありませんからね。大丈夫です」
「体調崩さないようにね。月火が倒れたら火音も死ぬから」
「はい」
火光は頷いた月火の頭に手を置くと、パソコンを覗き込んだ。
今月取引が決まった商品の価格チェックや不備がないかの確認。
「あんまり根詰めすぎたら駄目だよ。それ納期来週でしょ?」
「来週には新しい仕事が入ってきますからねぇ」
「なんにせよ無理しすぎは禁物だから。僕も少しならできるし」
「兄さんは教職で手一杯でしょう」
「人数増えたから今はちょっとマシ。異常な仕事量を新任の頃からやってるからねー」
「こちらのことは心配しなくて大丈夫ですよ」
月火はまたパソコンに向かい、火光は少し心配そうな表情をした。
「はいこれ、皆からの差し入れ」
「ありがとうございます。楽しかったですか?」
「うん。火音も明日には下がるといいけど」
「ですねぇ」
月火は渡されたビニール袋の中を見て、少し苦笑いを零した。誰が何を選んだか一目瞭然のフードセット。
真っ赤なイカ焼き、チョコがかかった大判焼き、チョコバナナ、駄菓子セット。あと大量の棒付き飴。
駄菓子セットは射的かな。
「有難くいただきます」
「ご飯ちゃんと食べるんだよ」
「はい。……あれ泊まっていかないんですか?」
「うん。夜の間に二、三件やってくるよ」
「お気を付けて」
火光はジャージを着替えるとスマホだけ持って出掛けていき、月火はそれを見送った。
少しして火音が目を覚ます。
「ん……!」
月火は仕事を上書きすると火音の傍に立って、首筋に手を当てた。冷たかったのか首をすくめる。
「寒い……!」
「熱下がってきましたね。測ってください」
「……眠……」
「寝すぎでは?」
火音は羽毛布団にくるまりながら体温を測り、月火は火音の火音の髪を整える。ほんと、便利な髪だなぁ。
「……7度6、下がった」
「夜の間には下がりますね。ご飯普通の食べれそうですか?」
「うん」
「作るのでゆっくりしててください」
手を伸ばした火音にタブレットを渡し、月火は夕食を作り始めた。
翌朝には火音の熱も下がり、月火の冷たい手を当てたら逃げるようになった。
月火は髪を梳かすとどんな髪型にしようかなと悩む。
ダイニングテーブルで適当に三つ編みをしていると、起きてから動かなかった火音が体を起こした。
「おはようございます。一応熱計ってくださいね」
「これで計って熱あったらお前参加できないだろ」
「病人を放置してまで出る気はありません。火音さんは今日も寮にいるでしょう? 昼食は作りに戻ってきますし」
「……いや、俺も行く」
「お好きにどうぞ」
月火が納得いかない三つ編みを解いて、調べながら悩んでいると体温計が鳴った。
「……6度3。治った」
「やっぱりストレスでしょうねぇ」
「だろうな」
月火は手を引かれるとソファに座り、火音が髪をいじり始めた。
何をする気だと思えば、ゴムやピンを持ってきて編み始める。
まだ時間はあるのでおとなしく待っていると、ものの五分ほどで火音は髪を止めた。
「はい」
「写真撮ってください」
髪を編み込んでうなじに沿って編み上げた形。プロか。
「よくこんなん知ってますね」
「描き方調べたら結構出てくるだろ」
「いちいち調べません」
「博識じゃねぇんでな」
月火はその器用さに感心すると、一旦どこかに行った。すぐに戻ってきて、その手には髪飾りがある。
「付けてください」
「お前髪飾り同じ系統しか持ってないよな」
「文句でも?」
「ありません」
滅多に髪飾りを付けない月火が持っている髪飾りは他人から見たらただ同じものをいくつも持っているだけと思うほど、それほど似ている。本人が満足しているので別にいいんだろうけど。
色々と場所を考えて、細い簪タイプの髪飾りをスッと挿した。
見た目は同じでもピンや簪、コーム、マジェステと色々ある。
「……これでいいだろ」
「うっわー派手」
「顔よりマシ」
「私そんな主張強い顔してます?」
「えうん。生まれた頃から顔が一番目立ってる」
月火はテーブルでメイクを初め、火音はSNSを確認する。
「あ、バズってるぅ」
「おめでとうございます。10万いってましたね」
「系統が全く掴めん」
「火音さんって意外と承認欲求強いですよね」
「幼少期の記憶が全人格否定だからな」
「火光兄さんが寂しがりなのと一緒ですか」
「そんなもん」
月火は保湿系のメイクキープミストをかけると、乾かしてから道具を片付けた。
「火音さんも髪編んであげましょうか」
「やめろ。火光に怒られる」
「過干渉ですねぇ」
月火は火音の隣に座るとスマホを覗き込み、横から手を出して色々と遡る。
この人、常で2万いいね叩き出してる。すげぇな。
10万でバズったと言っているが、時々12万とか13万とか。個人でこれはほんとにすごい。たぶん、玄智の写真等と並んでいるんじゃなかろうか。平均で言えば抜かしているのは確実。
「……火音先生イラストレーターになった方がいいのでは?」
「絵を仕事にする気はない」
「今の貯金があれば停滞期でも余裕ですよ〜」
「やめろ」
ちょっと揺れている火音に引きこもれるし女子に囲まれなくていいし人と顔合わせなくていいしと色々誘惑してみたが、デコピンをされた。
「教師辞めたら寮に住めないだろうが」
「……面倒臭い体ですね」
「それは何十回と言ってる」
文化祭が九時からなので、九時半頃に校舎に行くとここも賑わっていた。
校庭や駐車場からのアスファルト、校内などあらゆるところに出店が出ている。
二日目は生徒が一日目に引きずり込んだ教師をフル活用するので、一日目は出なかったのが正解だったのかもしれない。
ちなみに文化祭は一般人も飲食店経営者に限り出店を許されている。
「あーあ、こんなことしてるから防犯面がガタガタになるんだよ」
「やらなかったら荒みますからねぇ」
「年一回お前の撮影会やったら十分だろ」
「それは防犯面最悪の結果になると思いますが?」
一般人もいるので火音はマスクをつけ、月火は制服のまま出店で色々と買う。
こいつ、目に付いたものから次々に買っているが少食キャラはどこやったんだろう。
「別にキャラ付けしてるつもりはありません。でも食べたいものは食べます。りんご飴大三つください」
「一つおまけするのでサインを!」
「サインあげますから四つ目いらないです」
「一つ無料で!」
さっきからこんなことが多々ある。
ねだる多くは一般人だが。
月火は意外と大きな口でりんご飴をかじり、今度は牛串を見つけてそっちに寄った。
「牛串五本ください」
「月火さーん! お久ぶり! 五本ね、一本おまけしてあげる!」
「やった。ありがとうございます」
「拡散期待してるよ〜」
月火は牛串を六本貰うと、りんご飴一つ目を即完食した。
牛串を持って、屋台を背景に写真を撮る。
「火音先生も映りますか? 居候として」
「せめてお前が入れ」
上機嫌にピースをする月火の写真を撮って、スマホを返した。
月火は牛串を食いながらそれを確認する。
「火音さんって写真撮るの意外と上手いですよね」
「お前はアナログ撮る時の難しさ知らないの?」
「知ってますよ地獄を見ましたからね」
月火は喋っている間に牛串を二本完食して、さっき買っていたフルーツ飴を食べ始めた。
いちごとマシュマロを頬張りながらフィルターをかけて、投稿しておく。
「次何食べよっかなー」
「よう食うなぁ……?」
「七割が永遠に続くタイプです」
「誰も聞いてねぇ」
たい焼きを食べてからたこ焼きやたこせん、フライドポテトや焼き鳥、フライドオニオンを食べて、その上でお昼の時間だと焼きそばを三パック買った。火音はもう何も気にしていない。
「あー美味し。火音先生食べます?」
「いらん」
「昼は焼きそば作りましょうか」
「えぇ……」
「嫌なんですね図々しい」
「てかお前さっきからさんとか先生とかごちゃごちゃだけど。統一しろよ」
「じゃあ聞きますけど火音さんは今教師なんですか? プライベート?」
「…………どっちだろ?」
ほら見ろと勝ち誇った目で見てくる月火を無視して、割と真剣に考える。
一応普段は寮の中は仕事しててもプライベート、寮の外なら教師という感覚だが、今は外にいても月火と一緒にいるし。
「……お前は生徒なの? プライベート? 社長? インフルエンサー?」
「インフルエンサー」
「……じゃあプライベートだ」
「私基準なんですか?」
「プライベートのお前に教師の俺がいるっておかしいだろ」
「そういや炎夏さん達どこにいるんでしょう」
「人の話をぶった斬るなッ……!」
とりあえずお昼なので寮に帰って火音のご飯を作らないと。何作ろうかな。
三本の牛串を四本の指に挟んで、スマホを見ながら歩く月火を見下ろし、少し面白いので月火の前にスマホを構えた。
気付いた月火が視線を上げた瞬間にそれを撮る。
「ははっ……!」
「人の写真使って弟の反応を試さないでください」
「面白すぎる」
「ねぇッ」
半ギレの月火は火音をつねって、火音は月火に火光の反応を見せた。
なんともシンプル且つ簡素な感想。わぁ。
「母様にまで回ったらどうするですかッ……! なんのために合流してないと……!」
「親に流す質じゃないだろ。投稿していい?」
「寝てる間に傷口に本物の蜘蛛入れますよ」
「サイコパス出すな」
火音は腕の傷口をさすって、月火は不貞腐れたまま寮に向かった。
寮に帰って、月火がご飯を作っている間、火音はソファで絵を描く。
午後は皆と合流しようかと言って火音が嫌がり、内心で喧嘩をしているとふと火音が思考を止めた。
すぐに頭に疑問符が浮かんで、それが月火の方まで流れてくる。
換気扇の音を小さくして分かったが、玄関の方から人の話し声、男数人の話し声が聞こえた。
火音は立ち上がると、不安そうにする月火をリビングに待たせて足音を消し玄関のドアガードを立てた。
すぐにドアノブがガチャガチャと鳴るのを、ドアノブのストッパーもかけてリビングに戻る。
「誰ですか?」
「一般人だろ。水月のセキュリティが破られることはないとは思うけど」
珀藍の手下の場合それすら掻い潜ってくる可能性もあるため、物理でも対策を。
火音は手を洗うと除菌ジェルを塗りながらカウンターに移動した。
月火は不安そうにしながらも料理を再開する。
五分か十分もすればその音は収まり、月火はようやく気を抜いた。
「顔が良すぎるのも困りものだな」
「こういう時に火音さんがいてよかったとは思います」
「どこにいても月火一人ぐらい守ってやるよ」
「期待してまーすよー」
「思ってねぇな」




