40.熱
体育祭が終わり、月火はリビングのカーペットにダイブした。
火光は教師の打ち上げ、水月は同級生と飲みに、幼馴染の一人は伯父に連れて行かれ、もう一人も巻き込んで行った。結月は水泳部の子達と打ち上げで、月火も誘われたが結局リレーには出なかったので遠慮しておいた。
久しぶりに誰もいない寮は心地いい。ちなみに火音はソファで寝てる。
狐を抱き締め、少し眠気が出てきているといきなり背中が重たくなった。
びっくりして、振り返るとなんか、なんかどっかで見た少年。
眉を寄せると、少年が口を開いた。
「火音の妖力が枯渇してる。起こして回復させろ」
「……はぇ……?」
「なんだ?」
「誰……? え、だれ……」
「我は雷の神なり。我が主の下僕よ」
『誰が下僕よ喉元噛みちぎるぞジジイ神ッ!』
いきなり凶暴化した白葉が雷神を蹴り飛ばし、雷神が抵抗していると白葉が噛み付く寸前に消えた。
月火が火音の方を見ると、声で目が覚めたのかまだ少し眠そう。てか、妖力が足りてないって言ってたな。なにかに使っているんだろうか。そのせいで体調が悪いんだろうけど。
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「ん……眠い……」
「雷神が妖力枯渇してるって」
「…………気持ち悪いの妖力で誤魔化してるからかも。最近は自分の妖力ちょっとマシになったから……」
「……あ、私の妖力で飽和がなんちゃらとかいうやつですか?」
頷いたので、やっぱり妖力を微量を永遠に放出していたのだろう。全然気付かなかった。てか、気付かないほどの微量で妖力枯渇するって、どんだけ放出してんだ。
月火は火音の傍に座ると腕をさすって、自分も少しうつらうつらと寝落ちかける。
目元に力を入れ、火音が眠ったのを確認すると、試しに少し火音に妖力を流してみた。
特に起きる様子もないし変化もないと思ったが、雷神が飛び出してくる。
「何やった!?」
いきなりのことで心臓が跳ね、月火の反応のせいか雷神の声のせいかで火音が目を覚ました。
「あ、えっと……妖力をちょっと、流したって言うか……駄目でした……?」
「……いや、いきなり増えたから驚いただけだ。続けろ」
『命令すんなクソジジイ』
喋るごとに口が悪くなっている白葉に呆れながら、月火の手を取った火音に視線を向ける。
月火の手を目元に乗せ、冷たいのが心地よいのかすこし表情が緩んだ。
「火音さん、妖力流したの気持ち悪かったですか?」
「ん……? 全然気付かなかった」
『共鳴してるんだから妖力はほぼ同じようなものよ。ずっと使ってるなら流されても特に感覚はないと思うわ。妖力って言うのは箱から一本の管が伸びてるだけで栓も逆流も関係ないもの』
火音はまた眠ってしまい、月火はそれならばと、指輪を外すと火音に妖力を注いだ。
「どこまでやればいいんですか?」
『……さぁ?』
翌朝、リビングの床で寝た月火はピー、ピーというアラームとは違う音で目を覚ました。
少し眠気と葛藤してから、体を揺すられ目を開けた。
「ん……なに……?」
「熱出た」
昨日は二人とも晩御飯どころの話じゃなかったのに、月火は朝からうどんを煮込む。文化祭の日に火音が熱を出すとは。
と言っても37度8だったのでそこまで高くはないが、虚弱体質でめっぽう弱ってるからな。
文化祭は自由参加だし月火も疲れているし、今日は寮かな。
うどんを器に移して、大根おろしととろろを乗せた。
ソファから動けそうもないのでソファに持っていく。
「大丈夫ですか?」
「頭痛い……」
「えぇ伝わってきますとも。食べれる分だけでいいですから少しは食べてください」
起きて足を抱えた火音は汁少なめの柔らかいうどんを食べて、ずっとぐるぐる回っていた胃を落ち着けた。
なんか、熱の時に食べても気持ち悪くない体にいいもの食べるって不思議な感覚。
「薬買ってくるので寝といてくださいね」
「ん〜……」
「黒葉、頼みました」
『行ってらっしゃい』
道中、一年のグループメールに火音が熱を出したので今日は参加しないことを伝えた。
炎夏や結月も手伝おうかと言ってくれたが、今回はたぶん精神的なものも多いので気持ちだけ受け取っておく。今は安心できる環境で時間や人を気にせず休むことが一番だ。
コンビニで薬と月火の朝食も買って、食べながら帰る。
寮に戻ると火音がソファから降りてソファに突っ伏す形で黒葉に抱き着いており、黒葉は心配そうにそわそわしている。
「黒葉、倒れましたか」
『ううん、普通に眠ったんだと思うけど……』
月火は薬の箱を開けて、中を出してから誰が触っているか分からない箱は捨てた。
手を洗ってから用量を確認し、火音の首筋にそっと手を当てた。
いつもなら冷たいと飛び起きるが、今日は特に反応なし。
「熱上がってきましたねぇ……」
これは完全に上げてから飲ませた方がいいな。食べれたらいいけど。
月火は黒葉に火音をソファに乗せるのを手伝ってもらい、月火の部屋から羽毛布団を運んだ。本家でずっと使っていたのを中等部になった時持ってきたやつ。
何十年前のものだが、本物の羽毛なのでめっちゃ温かい。冬もこれ一枚でいけるってぐらいには温かい。まぁ掛け布団も被るが。
羽毛布団を冬用のふわふわカバーに付け替えて、寒そうな火音にかけた。
たぶん掛け布団をかけたら暑がる気がする。
悪寒等はないので、一旦これで様子見。
月火はご飯を食べて、ケーキも食べて、アイスも食べると一日の活動を始めた。
十時頃、月火が仕事でパソコンに向かっていると火音の傍にいた黒葉が顔を上げた。
『起きたわ』
「……火音さん、体調どうですか?」
「…………頭痛い……」
「薬ありますよ。何か食べれそうですか?」
無理無理無理と頭の中で拒否する火音の頬に手を当てると、火音は冷たいのが心地よかったのかそれを掴んだ。
月火は首筋に手を当て、また熱を計らせる。39度6。これ以上上がるかめっちゃ微妙なとこ。
「……起きれないんですもんね。ゼリー作りましょうか。寝転がったままでも食べれますし。ゼリー食べれますか?」
「……食べたことない……」
「少しだけ作ってみましょうか」
月火はゼリーを作っている間に一人用の土鍋で鍋の用意をした。ゼリーを食べさせて薬を飲ませ、体が楽になっている間に鍋を食べさせたい。
鍋は野菜から出た栄養も取れるので熱が出ている時はいい。うどんもまだあるし。
『主様、すごく苦しそう』
「うーん……」
月火はバットにゼリー液を流すと冷蔵庫に入れ、鍋の用意をしてから救急セットを開けた。
どこだどこだと漁って、ゴム手袋を探し出す。
「黒葉、支えに。火音さん、少し起こしますよ」
火音の体を起こし、ゴム手袋をはめると火音の口を開けさせた。
喉の奥をライトで照らす。
これでも医療コースは大学部を卒業した。医師免許がないだけで、それなりの知識はある。
「……扁桃腺は腫れてません。喉の痛みは?」
喉の痛み、みぞおちの痛み、リンパの腫れはなし。頬も腫れていないし。
頭痛と倦怠感はよくある症状だし、耳鳴り等もないようなので本当にただの熱。ストレスだろうな。
「起きたついでに腕の傷も診ましょうか。寝てていいですよ」
黒葉は慎重に少し高さを低くして、火音は幼い顔で眠り始めた。
腕の掻きむしった傷も、除菌と水のサンドだったからか化膿はしていない。少し痕は残るかもしれないがこの程度ならビタミンを摂っていればすぐに消えるし、問題なさそうだ。薬のおかげでガーゼも張り付いていないし。
また白葉に支えになってもらっていると、雷神が出てきた。
火音の頬をつつくと月火に叩かれ、ソファの後ろから月火の手元を覗き込む。
この妖心、顔だけ見たことあると思ったらそりゃそうだ。いつも雨雲の上に乗っているので高さと台の広さの問題でほぼ顔しか見えない。普通の高さの時でも後ろの雷鼓が印象的すぎて全く服やその他に目がいかなかった。だから顔しか知らなかったんだ。しかも、顔と髪型だけ。
『おとなしく引っ込んでなさい。あんたの主助けてんだから主様に迷惑かけないで』
「……火音は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ〜。今までも熱なんて何度もあったでしょう?」
「今まで倒れた時は異常に周りに人がいた」
「今回はそれがストレスになるので払い除けてるんです。この程度なら明日には治りますよ」
雷神は心配そうなまま引っ込んでいき、月火は包帯を縛ると結び目を中に入れた。
「……終わった?」
「あ、起きてたんですか」
「雷神が出たから……」
「終わりましたよ。雷神も心配してたみたいです」
「いらんことを……」
『火音、縮む?』
「このままでいい。……ちょっとお腹空いた」
「あ、ゼリー固まったかな」
月火は慌ただしく片付けると、ゼリーが固まっているのを確認し火音の元に持っていく。
少しフォークでほぐして器に盛ったゼリーを火音の口元に運ぶと、火音はそれを食べた。
「……変な食感」
「苦手ですか?」
「いや……大丈夫だけど、太る味がする」
「大丈夫です熱で代謝はピカイチなので」
火音にゼリーを食べさせてから、また熱を計らせる。
元気が出たかなと思ったが、熱は変わらず40度近いので薬を飲ませた。
三十分ほどして、鍋が煮えてきたなぁと言う頃火音が体を起こした。
黒葉も起き上がり、火音にすり寄る。
「火音さん、どうですか?」
「治った」
「薬で下がったんですよ暴れて悪化したら放置しますからね」
月火の早口に火音はしゅんと小さくなり、月火は倉庫からちゃぶ台を出すとリビングに設置した。
そこに土鍋と取り皿を置いて、箸も渡した。
「いただきます」
「私も食べたいです」
「伝染るぞ?」
「伝染るほど弱ってません」
二人で向かいあわせで鍋をつつき、ずっと空腹だった火音は温かい鍋に癒される。つっても猫舌の二人だからぬるいけどな。
狐達もお腹が空いているのか月火の元に座っておねだりするが、月火はまるで気にしない。
火音が先に食べ終わったので月火は残りを全て食べ、火音はその様子を写真に撮った。
「最近私撮ること多くないですか?」
「バレた」
「そりゃ見れば分かりますよ」
火音は写真の履歴を見返し、そんな多いかなぁと。多いわ。
火光の数が減って、月火の数が百は超えないが正常の範囲内ぐらいで枚数がある。
そんな撮ってたつもりないのに、なんで一枚一枚に見覚えがあるんだろう。
火音が首を傾げていると、月火が隣から覗き込んできた。あいつこの一瞬で残ってた鍋食い尽くしやがった。
「なんで私撮るんですか? 癒しにも入ってないでしょう?」
「……なんでだろ。無意識?」
「常に共存してる人の写真撮る意味とは」
「勝手にカメラ開いてるからじゃあ撮るかって感じで」
「そんな運任せに盗撮されても困るんですが」
「公認だからセーフ」
「消せっつったら消せよ」
「はい」
月火は火音のスマホを奪うとそのフォルダを確認し、薄笑いになる。相変わらず赤々しいギャラリーですこと。
月火がそれを眺めている間、火音は月火のスマホを取るとフェイスロックで開けた。
カメラアプリで、月火が傍に座って真剣に見ているのを自撮りの形で撮る。
自分も入っているが気にしない。月火の方が面積大きい。つーか火音が写真嫌いなのは自分が入ったら自分が一番目立つからであって、それより華々しい月火がいたら別にはいはい好きにしろとしか思わない。それをネットにあげるなら顔は隠してねってだけで。
男と女じゃ同性の顔の価値はまるで違うが、月火が写真を見せる女は大抵火音に興味がない。




