37.妖神学園体育祭 2
「体調悪いなら無理しない方がいいんじゃないの?」
「一応挨拶にだけ……」
「私が済ませると言ったんですが聞かなくて……」
「頑固なところは炎夏君と真逆だね」
「芯がないよりいいでしょう」
片頬がアザで酷いことになっている水月は水明と水虎を連れて御三家のテントに行った。
声をかけながら中に入って、固まる。
二人でブルーシートの上に向かい合わせで座って、左手は指を絡め、右手は指先に触れて。
中にいた二人の刺すような視線が刺さり、と同時に月火が目を丸くした。
「兄さんその顔どうしたんですか」
「何やってるのかな火音君」
「月火主導だ勘違いすんなただの保湿」
「兄さん質問に答えて」
「ヒビ。火音君火光にあれだけ言われて月火主導と言えど止めることなく……」
「私の機嫌を損ねたら衣食住が危ないって身をもって経験したからおとなしくしてたんですよ。用がないなら出てってください」
「……用ならあるけど」
水月が中に入ってくると、後ろから続いて水々しい大人共が入ってきた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは、お久しぶりです。体育祭ご盛況のようで」
「お陰様で。……体調はあまりよろしくなさそうですね。炎夏さんに来るなと言われたのに」
「息子の勇姿が見れるなら!」
「甥から息子に進化しましたね。息子は来ないと思ってますよ」
「昔から息子のように思ってます。でも炎夏の言いなりになってはいられません!」
月火はそうですかと流し、自分の手も保湿した。
水虎は二人の喧嘩を知っているからか少し心配そうな顔をする。
「……火音さん、水虎さんが心配してますよ」
「えッ」
「喧嘩は負けた」
「勝負に勝ちました。私が」
「あ、そうですか……」
「何喧嘩って」
「兄さんたちがいなかったから火音さんが調子に乗ったんですよ」
「……僕らがいれば火音を抑えられるってこと!」
「いたら火音先生が不機嫌になるので来ないでください。特に水月兄さんは。十七年一緒にいて犬猿って意味不明なんですが」
「火音とは十七年も一緒いないよ。合算しても二年だから」
「二年もいねぇよ少なくとも俺の意識の中には入ってねぇ」
「僕はお前を死ぬほど恨んでるからな」
ふいっと視線を逸らした火音が内心火光をあげたのにと呟くと月火に二の腕をつねられた。
「痛った……! 声に出さなかっただけ良しとしろ!」
「自覚があるならやめてください。仮にも兄なので」
「仮にも?」
「俺だって弟だ」
「はいはい立派ですねおにーちゃん」
月火の雑な流しに酷く腹を立てた火音は月火の頬をつねり、月火はそれを剥がそうとしながら立ち上がる。
「ちょっと……! 火光兄さんに言いますよ!?」
「いーさ好きにしろ! その代わり内申点落ちると思えッ!」
「はァ!? 横暴ですよパワハラ! 生徒虐待では!?」
「学校行事で教師馬鹿にしたんだから当たり前だろ。コース主任誰だか忘れたか」
「馬鹿って付け足すなッ! 虐待で訴えますからね!」
「好きにしろ。被害被るのはお前傘下の学園と御三家だ!」
「お前のアカウントバラすからなクズ!」
「お前の裏アカ拡散すんぞ?」
「寮から追い出す!」
「晦姉妹に怒られんのはお前」
『丸呑みすんぞゲスバカクズ』
いきなり黒葉が出てきて、同時に雷神も出てきた。
妖心同士が手も足も口も出る喧嘩を始めたので当事者はテントから出て、妖心を好きに暴れさせる。
月火は火音からツンと顔を逸らして炎夏と玄智の元に行き、火音はなんとなくついて行った。
「あ、痴話喧嘩が来た」
「炎夏そういうボケはするよねぇ」
「現実理解してたらできるだろ?」
「うーん」
玄智は棒付きの飴を咥えながらプログラムを見下ろす。
午前はあと初等部と中等部の徒競走と大学部の綱引きトーナメントがあるだけ。
午後一番に騎馬戦があって、そのあとに障害物競走、水泳リレーがあって、最後の最後に模擬戦。つっても月火の妖心暴れさせるだけ。
月火は指揮台に上がると二人の肩に腕をかけ、溜め息をついた。
「あー疲れた」
「大丈夫?」
「水明さん来てたよ。テント」
「来んなっつったのに」
「息子の言いなりになるわけにはいかないだってさ」
「いみふ」
午前の種目が全て終わって、皆でテントに戻った。
「火音さんどこで食べるんですか?」
「どっか人がいないとこ」
「一旦寮戻ります? 私いないと吐くでしょう」
「二人と食べるだろ?」
「別に。二人ともおじと彼女が待ってるので」
「ねぇそれ僕のこと言ってる? いないよ?」
「あぁ非モテでしたね」
玄智は月火を蹴り飛ばし、炎夏と一緒に食べようなと肩を組んだ。身長差。
「伸びたと思ったんだけどなー」
「俺も伸びてるからな」
「火音先生身長差50センチちょうだい」
「断る」
ただでさえ炎夏に小さいと言われたのが残っているのだ。絶対やらん。
「不思議ですよねぇ。まともに食べてなかったくせに180以上とか」
「伸び始めたのが高校からだからな」
「……作るんじゃなかったッ!」
「極論やめろ」
月火に作ってもらい始めたのが十四歳頃、それから数年は変わらなかったが、たぶん高等部の間に30センチ弱は伸びたので多くは食事のおかげだと思う。
それと安心して寝れる睡眠時間が確保されたこと。
ストレスに晒されたら逆に体を強くしようとするとかあるんだろうか。作る材料さえあれば耐えれるものを作るのは自然の摂理だもんな。
火音がそれで言うなら火光はなんだろうか、幼少期のが引きずられてるとか。いじめは火音が全部追っ払っていたが、結局ストレスはかかっていたんだろうか。
水月は反抗期真っ最中で一番いい子にしなければならない時期だったもんな。
「すぎたことはいいので弁当どこで食べるか決めてくれません? 去年とかどこで食べてたんですか」
「屋上」
「入れるんですか?」
「教師だから」
職権乱用しすぎだろコイツ。
月火は火音と二人で屋上に行き、置いてあった一つのベンチに弁当を置いた。
「ベンチなんて置いてあるんですね」
「たぶん五年ぐらい前から」
「……え教師?」
「下から飛べば入れる」
職権てかこいつは社会性がないんだな。うんうん。
月火は下を見下ろして、写真を撮った。
六階の屋上ともなるとかなり高い。神々社と月火社の最上階を持っている月火からしたら全然だがな。
「それと比べんなよ」
「どうしても出るんですよ」
月火は火音の隣に座ると弁当を開けて食べ始めた。
火音はその様子を撮って、首を傾げる。
「お前弁当多くなったな?」
「体育祭の日ぐらい食べさせろ」
「別に好きにしたらいいけど。なんでそんな食って痩せんだ……?」
「エネルギーを頭で消費した状態で運動するんでね」
月火は弁当を食べ始め、火音も納得いかないまま弁当を食べた。
「火音さんってずっと一人だったんですか? 火光兄さんを神々に預けてから」
「ずっとじゃない。けどまぁ一人みたいなもん。今は誰もいないし」
「昔はいたんですね。誰ですか? 彼女? 親友?」
「なんでそんな気になんだよ」
「もし連絡が取れるなら火音さんの幼少期を聞きたくて」
ふと火音の食べる手が止まり、月火は火音を見上げた。
火音は驚いたような表情をしながら、月火を見下ろした。
「場所が分かれば、連絡取れる?」
「いや……まぁ私が取れる範囲内であれば……」
「……じゃあ、探しとく。俺も会いたいし」
月火は首を傾げる。
火音の思考にモヤがかかって、というか火音自身が誤魔化しているような感じでよく分からない。
「ご馳走様。先降りるぞ」
「はぁい」
月火が一人でテントに戻ると、テントの中には御三家の皆がいた。いやいるのは妖力で分かってたんだがな。思ったより多かった。
炎夏と玄智が座って弁当を食べ、水明と水虎は炎夏の傍に、澪菜は玄智の背中に引っ付いて、稜稀と水哉と水月と火光は半円のように立っている。狭い。ものすごく。
心臓がギッと締まって、一瞬目眩がしたのを後ろから支えられた。
ふらっと戻ってきた火音の手を払い、大丈夫だと落ち着きながら中に入る。
「げっかー、どこで食べたの?」
「教室で。私の机がお気に入りらしいので」
「お気に入りじゃねぇ」
「火音先生どこ行ってたんですか」
「その辺ふらっと」
「吐かないでくださいね」
「食ってないから大丈夫」
月火は空の弁当箱が二つ入った紙袋をカバンの傍に置くとカバンの前にしゃがんだまま水明を見上げた。
「お二人とも昼食は?」
「食べたら吐くから食べてません。火音様を見習って」
「私は適当に食べました」
「そうですか」
「ごちそーさまでした。玄智先行ってるぞ」
「待ってよ」
月火が炎夏に貸していた弁当箱を紙袋に入れて午後の用意をしているものの三十秒で玄智は残っていた半分の弁当を流し込み、瞬間片付けると先に出ようとしていた二人の首根っこを掴んだ。
「置いてくなって」
「玄智吐かないようにね!」
「おーす」
火光の声に呑気に返事をした玄智はそのままテントを出て行った。
火音は鞄の中からタブレットを出し、首にタオルをかけてからスマホを確認した。
知衣から返事が来てる。
「火音は月火と一緒に降りてきたんじゃないの?」
「先に食べ終わったから先降りた」
「女避けに使ってたのに?」
「いいだろ別に。もしもし知衣?」
『おう』
電話をしに出て行った火音を火光は不満たっぷりの目で睨み、水月は火光の頭に手を置いた。
「よしよし」
「ふざけんなあのカス喋る時ぐらい顔上げろクズ」
「どこ行くのー?」
火光は水月の手を払うと文句を言いながら出ていき、無視された水月は不貞腐れたように口角を下げた。
「火光も大概でしょ……」
「どこ行ったのかしら?」
「どうせ晦のところでしょ。あーあいなくなっちゃったー」
水月がぶつくさ言っていると、外から声が聞こえた。
「水月さーん、いまーすかー」
「おー、今年は忘れなかったんだ」
「去年も忘れてねぇだろうが」
「影が薄すぎてちょっと記憶が」
「ぶっ飛ばすぞテメェ」




