35.明朝
体育祭当日、炎夏の部屋に泊まった月火はベッドで目を覚ました。
昨日、火音と一世一代の大喧嘩をして殴り合いになりかけたのを炎夏と水虎に止められ、こっちで寝たのだ。
思い出しただけで腹立ってきた。
「あ、おはよ。大丈夫か」
むしゃくしゃして顔面を押さえていると、既に起きていたらしい炎夏が椅子を回して体をこちらに向けた。
普段かけない眼鏡をかけて、机には勉強道具が広げられている。朝から勤勉なことで。
「おはよ……ベッドありがと……」
「それはいいけど。眠そうだしまだ寝といたら? 五時だし」
「……何時からやってんの?」
「俺も今始めたばっか。五分ちょっと前に起きた」
「昨日寝るの早かったからか……」
「そそ」
炎夏は寝貯めというのができない。平均六時間寝たらそれ以上は寝れないため、十時に寝たら四時には起きる。
昨日月火は十時には寝たので炎夏がいつ寝たのかは知らないが、夜も勉強してるらしいしだいたい十一時ぐらいだろう。
「……弁当作らないと。クソ男の……」
「あー、弁当な、うん。……あんな喧嘩するならさっさと追い出せばいいのに」
「あんなクズだとは思わなかった……!」
発端はなんだっただろうか。躁状態の火音と疲れとストレスで苛立っていた月火が煽りあい大喧嘩をして、きっかけも何を謝ればいいかも分からない。
顔を押えて、溜め息をついた。
ペンを置いた炎夏はベッドに座り、月火の頭を撫でた。
月火は炎夏にもたれて、背中に腕を回す。
「毎日頑張ってんだからたまにはゆっくりしたらいいじゃん。昨日のあれはいつもは折れる火音様が反撃したからあぁなっただけだし」
炎夏は月火の頭を撫でて、少し抱き締めた。
月火は背に回した手に力を込め、ギュッと目を瞑る。
「……嫌われたらどうしよ」
「嫌われたくねぇの?」
「お互いが嫌いだって思考も流れてくるから。火音さんの迷惑にはなりたくないし」
「火音様の迷惑よりお前のストレスを考えろ」
「あいつの不機嫌が伝わってくるのはストレスでしかない」
「あー、そこはイコールで繋がんのか」
小さく頷いた月火は仕方なさそうに見下ろしてくる炎夏を睨んだ。
「本気で悩んでんの」
「……分かってるけど」
上目遣いの幼馴染可愛いなぁと思いながら、月火から離れるとスマホに手を伸ばした。
「……弁当作るなら一緒に行ったるけど」
「勉強は?」
「今日は体育の日」
「違いますけど」
「えそうだろ?」
「体育の日っていう祝日があんだよ馬鹿」
「知らねぇよ毎日が任務だボケ」
嘆く炎夏を黙らせるとスマホを取ってショートメールを開いた。
火音も起きてメールを見てんのは分かるんだが、お互い何も送らないしキーボードすら開かない。
「……喧嘩の発端って何?」
「えーなんか手術の話だろ?」
「……しゅ、じゅつ……?」
「なんだっけ、なんたら手術。感情が消えるとかの……」
「思い出した……!」
アレだ、ロボトミー手術。アレの記事が回ってきた火音が月火を手術しなくても感情がない奴はいるって言うから、月火が言い返して喧嘩したんだ。
発端は火音。絶対そう。人格否定から会話が始まったんだから火音のせい。
「……あのクソヒモ男」
「また生活費滞納してんの?」
「給料から先月分引いてる。給料日に払う約束が忘れてたから」
「とんだヒモ男だな……?」
「もう卒業するまでの一括で払ってくれないかな」
「お前よくそんな人の面倒見てんな? 捨てりゃいいじゃん」
「……それで倒れたら、夢見悪いし」
「出たよいらん優しさ。それ諸共捨てろ!」
炎夏は目を潤ませる月火を慰めて、とりあえず顔洗ってスッキリしようと洗面所まで手を引いた。
夜中の間に寒いと炎夏のジャージを勝手にもう一枚着た月火は顔につけた水の冷たさに震え、そのままパシャパシャと顔を洗った。
「……寒い」
「お湯になるまで待てよなぁ」
「指の時は温かかった……!」
「それは水が温けぇんじゃなくてお前が冷たいんだよ。指先が痛くなるぐらい熱くなるまで待て」
炎夏は新しく出したタオルで月火の頬を包んだ。
「わざわざ新しいの出さなくてもいいのに」
「肌荒れしたら嫌じゃん?」
「やっさし〜」
月火はふわふわのタオル地のタオルに顔を埋め、自分の使っている柔軟剤の匂いとは違う匂いに少し不思議な気分になりながらもリビングに出た。
ソファではまだ水虎が眠っていて、小さく寝息を立てていた。この人ここで寝て兄は大丈夫なのだろうか。
「今日水明さんは?」
「来ないでって言っといた」
「珍しい」
「どうせ目玉は月火と火音様と火光だし。朝ごはん食べてく?」
「食べる〜」
月火はタオルを洗濯に出すと化粧水を付けた。
幼馴染三人の各部屋には全員の化粧水や美容液が置いてある。
それだけ、前は行き来と泊まりが多かった。
「この前化粧水買い換えたらさぁ」
「また月火社の?」
「違うやつ。めっちゃ瞼腫れて。一重になった」
「マジ? そんな時あったっけ」
「休みの日だから学校はなかったけど。アイプチもできないからメイクで誤魔化してさぁ? それで新しいやつ買いに行かなきゃだったからマジ撮られないかビビった。ほぼ不審者の動き」
「ヤバ。俺んとこいつもの来たらあっただろ」
「なんかねぇ……たぶん任務かなんかでいなかったんよね」
「あーね。玄智んとこは?」
「行ったら長くなる」
「ははは、間違ってはねぇ」
炎夏は慣れた手付きで卵焼きとソーセージを焼いて、月火は味噌汁を作った。
「そういやダイエットはどうなったの?」
「目標達成したのでやめました」
「おぉおめでとう。リバウンドは?」
「祝賀の次にそれかよ。戻ってねぇよ見て分かれ」
「だって太ってはなかったじゃん」
「俺は平均よりちょっと痩せてるのがいいの」
「無理難題を押し付けるな」
それを見て判断しろて。火音の五キロ増えたのでさえ気付かなかったのに。
「お前人の容姿にとことん興味ないよなぁ」
「人は中身ですから」
「髪型にはうるさいくせに」
「清潔感は人格に関係すんだよ」
「あ、お前今日髪どうすんの?」
「どーしよーかなー」
大根に火を通している間に検索をかける。
「……メッシュ付けるか」
「揃えようぜ」
「おー。玄智にも連絡しとく」
「寝てるだろ」
「弁当作んの張り切ってたからなぁ」
月火が電話をかけると、四コール目で出た。
『モーニングコールは頼んでねぇ』
「起きてると判断してだよ。今日メッシュ付けん?」
『何色? 僕青とグレーしかない』
「青または黒」
「お前髪黒いだろうが」
「間違えた白」
『おっけー青ね。結月には僕貸すよ。じゃ』
ブツッと通話が切れ、月火は首を傾げた。
妙に機嫌が悪いような。朝早いからか。そうだな。
「青だって」
「お前青持ってたっけ」
「買った。この前玄智とウィッグの店行ったから」
「いーなー!? デート!?」
「男女二人きりで遊ぶのを総じてデートと呼ぶならデートに当てはまるが恋愛感情を持たないば……」
「今週末俺とな」
「玄智は?」
「捨てとけ」
炎夏のふわふわのだし巻きに目を輝かせ、楽しみになりながら大根を茹でた水を捨てた。
また沸かして、たけのこと豆腐を入れた。
「あ、赤味噌に戻ってる」
「やっぱ赤だわ」
「好きだねぇ」
炎夏は前まで麦や白味噌、米味噌を試していたのだが、結局赤に戻ったらしい。外食が好きだったからか赤だしが一番好きなんだと。
「わかめ入れる?」
「もち」
「味噌汁で一番好きな具は?」
「赤味噌!」
「馬鹿丸出し」
「お前なんなんだよ」
「麦味噌の麦」
「同レベルッ!」
「豆腐とわかめも好き!」
「分かりみー」
そんなことを言ってたせいか水虎が起きて、一時キッチンは月火が預かった。と言ってもあと味噌溶かして配膳するだけ。
水虎は身支度をすると二人の邪魔をしないようにとかほざきながら出ていったのを炎夏が見送り、食卓につくと二人で朝食を食べた。
「ん〜、やっぱ炎夏のだし巻きが一番好き」
「それは自信あるわ。俺月火の麦味噌の味噌汁を作りたいんだけど」
「赤じゃないんかい」
「月火のなら麦が好き!」
「出汁多めに入れるのポイント」
ご飯を食べて、月火が洗い物をしている間に炎夏は準備をした。
と言っても炎夏の弁当も月火が作るらしいので着替えるだけ。準備も月火の部屋。
「げっかー、玄智も来るって」
「りょ。洗い物できたよ」
「助かる。保湿剤上にあるから」
「ジャージ借りといてよかった」
月火は濡れた炎夏のジャージを洗濯機に入れるとデコピンをくらい、二人で月火の寮に向かった。
火音は既に出ていたので炎夏はキッチンに入らないよう入口辺りにもたれ、二人で談笑をしながら月火は弁当を作る。
二人ともしっかり自炊する派としざるを得ない派なので、料理の話題は盛り上がりやすい。
「端っこ食べる?」
「食べる」
月火は肉巻きのあまりや卵焼きの箸を皿に乗せると、冷蔵庫の奥にあったりんごも切って乗せた。
「はい」
「あーん」
炎夏が口を開けて入れろとねだってきたので、皿を見下ろした。
肉巻きとりんごを挟んで、そっと口元まで持っていく。
「待て待て待て待て組み合わせ組み合わせを組み合わせを考えろッ!」
「はいあーん」
「おいッ!」
炎夏の口に突っ込み、皿と箸を持たせた。
反応どんなもんかなと思っていると、意外と合ったらしく小さく頷いた。
「なしじゃない」
「うんりんご」
「そっちのなしじゃねぇッ」
「私もちょうだい」
箸を貰い、同じ組み合わせで口に含んだ。
肉のタレのコクとりんごの爽やかな甘みが合わさって、意外と。これはりんごの品種がよかったな。
「いい発見だ。アイツの隣に入れたろ」
「嫌がらせレベルが可愛いんだよなぁ」
「堂々と残されるから」
人に作ってもらったもん残すのもどうかと思いけどな。
炎夏の不満そうな顔に月火は首を傾げる。
「どうした」
「火音様ってとことんクズだなぁって」
「今さら何を」
「……火音様よりお前幸せにする自信はある!」
「それは何より」
「お前は火音様面倒臭いと思わねぇの?」
「思うけど」
炎夏は洗い物をシンクに置くと、弁当三つを詰める月火の横顔を眺めた。
毎日眺められたらどれだけ幸せかなぁと思いながら、時間を確認した。玄智はまだ来ないかな。
「……火音様と俺ならどっちがいい?」
「それは何の場合?」
「婚約」
「……………………えー……?」
貯めて出された疑問の声に炎夏は不安のまま少し首を傾げた。
月火は天を仰いで、眉を寄せる。
だって、たぶん婚約者立場として一番近いのは火音だ。だから暒夏は火音を嫌う。
でも炎夏とは幼馴染だし、反対はされないだろう。体術も妖術も申し分ない、頭も努力で補っているし、努力ができるのは何よりの長所だろう。
ただ妖力と体術を比べてしまったら火音の方が、とはなる。が、水明と水虎があれなので炎夏もたぶんあそこまでは化けるよなぁと考えていると、さっきから自由気ままに動いていた火音にふと思考が宿った。
これは、周囲の反応どうこうではなく月火の反応確認のものだと。
人の相性的な問題らしい。
「……相性的なもので言えばそりゃえ……」
「お邪魔しまーすッ!」
月火の声に被せるように玄智のいつもの数倍大きい声が聞こえて、月火が返事をすると同時に炎夏の額に青筋が浮かんだ。
「クソ女め……!」
「話の続きは?」
「いい!」
炎夏は怒って、玄関にいる玄智の傍に行った。
胸ぐらを掴んで、肋全部折って百発殴るか東京湾か土の中かどれがいいかと凄む。
「好きなの選ばせてやるよ感謝しろ」
「いや……待ってよ。助けてあげたんじゃん」
「はぁ!?」
「火音先生と喧嘩してるところに浸けこもうとしたんだろうけど。炎夏より炎夏知ってる僕から言わせてもらうと、後悔するよ? 炎夏らしくないやり方でやったら、遅かれ早かれ絶対に」
「永遠にチャンス回ってこねぇよりマシだクソチビ……!」
「それはまぁ、それも運命じゃん? その時は僕が仕掛けてあげるよ」
「いらねぇよッ!」




