33.プライベート・水月
休みの日にまで校内を歩いていると、後ろから水月に激突された。
二人で前に倒れて、火光は背中を押える。
「……ごめん」
「ッたァ……! 落ち着いて行動しろトンカチ……!」
絶対青アザできたと思って起き上がろうとしていると、ふと顔を上げた。
真顔で見下ろしてきた暒夏とスマホから顔を上げない火音が通り過ぎていく。
「……あの二人が一緒にいるって珍しいね」
「ねぇそれより見たあの顔? 絶対内心馬鹿やってんじゃねぇぞって顔だったよね?」
「分かってるならやめな?」
火光は座り込んでいた水月の顔面を蹴り飛ばすと立ち上がってノートとファイルを拾った。
水月の石頭と火光の異常な蹴りを食らったんだからお互い様。
「なんの用? 月火ならいないよ」
「口の中切れた」
「因果報応」
火光は口を押さえる水月を無視して歩き出し、水月もついて行く。
途中の手洗い場で血を吐き出し、口をすすいだ。
何十回やるが血が止まる気配はない。
「……まいっか」
「水月頬も切れてる」
「絆創膏ないでしょ?」
「あとアザも」
水月がスマホを鏡にして顔を見ると、頬とこめかみまで見事にアザになっていた。
これは、怪異が一発で祓われるのも分かるなぁ。
触れると、熱を持っているのが分かる。
「……保健室だな」
「えーやだよ面倒臭い。怒られんの僕だし」
「火光背中大丈夫?」
「大丈夫だと思うか石頭」
「あは、折れなくてよかったね」
「折れてないといいねぇ水月君!」
火光がふらっと消えたので、水月は溜め息をついてスマホを取り出した。
連絡をして、すぐに返事が来たので駐車場に向かった。
「お待たせ」
「わッ!? 顔……!」
運転席に座り、鏡越しで見て驚いた召使いの沙紗は勢いよく振り返った。
車に乗った水月は溜め息をつきながら、頬に触れる。
「火光に蹴られた」
「……五回目記念ですね」
「まー僕が頭突いちゃったのが駄目なんだけどね。痛った……」
「折れてますよ。病院ですか?」
「マンションでいいよ。どうせそのうち治るし」
「顔だけが取り柄なんですからちゃんと治してくださいね」
水月はよく月火の部屋に入り浸っているが、ちゃんと自分のマンションは持っている。いや、賃貸だが。タワマンの内装が気に入ったのでタワマンの最上階に、一応住んでいるという設定。いや住んでるんだがな。
なんせ本家と仕事場と月火の寮とビジホとの往復だからな。行く頻度で言えばたぶん一番少ないと思う。家具なんてあったもんじゃないし。
パソコンを開いて、やっぱり視界が滲むなぁと思っていると車が止まった。
「水月様、怪異ですが」
沙紗は一つ歳上の補佐コース生だ。ただ、異常なまでに水月に心酔しているので色々と使っているだけで。
もちろん月火と火光も仲がいい。いや月火とは喋ったことあんのかな。
パソコンから顔を上げると、ビルとビルの間に異形の怪異がハマり、車が被害に遭って渋滞ができていた。
「迂回して。祓ってもどうせ動かないし」
「よろしいのですか?」
「この怪我で動けっての?」
「いえ、迂回したら色々と通ることになりますが」
「……いいよ別に」
水月は席を倒すと仰向けで眠り始めた。
この人、弟妹の前ではへらへらしているがたぶん神々兄妹の中で一番裏表の激しい人だ。
妖輩としての責務は果たすし神々兄妹の長男として家の仕事もやるが、誰も水月がここにいると気付いていないなら怪異の被害なんて知ったこっちゃない。いやまぁ祓うよう手配はするだがな。
どちらかと言うと、怪異の被害で社の功績と利益を上げようという思考の人。
本当に損得で動くとは火音以上にこの人のことを言うんだと思う。
だって、害がないなら目の前で人が死のうと表情一つ変えない人。
なんでこんな人に傾倒してるんだろうと自分でも思うが、思う以上に惹かれるんだから仕方ない。だってかっけぇし。
水月を知ってから腕を磨いて猛アピールした甲斐があったなぁといつも以上に上機嫌に運転していると、電話がかかってきた。
水月は寝てるし、まぁいっか。
ワイヤレスイヤホンを片耳繋いで、応答した。
「なんだよ」
『お前俺のノートまたパクったな?』
「仕事中だ切るぞ」
『お前のご主人様に言いつけるぞッ!?』
「いーよ気にも留めない人だから」
『……そう。じゃあ切れよ』
「やけに素直だな気持ち悪い」
『俺の手にはお前の教科ファイルがあるからなッ!』
悪魔の笑いとともに通話が切られ、額に青筋が浮かんだ。
「クソ優月め……」
ふと鏡を見ると、水月が目を開けてこちらを見ていた。
「……なんですか?」
「月火が京都行った理由を考えてる」
「旅行でしょう?」
「富士山でもいいじゃん」
「富士山に木は生えてませんよ……?」
「富士と紅葉のツーショットつってんだ喋らすな痛てぇんだ」
「すみません。でも一つ言わせていただきたいです」
「何」
「絶対ストレス発散の旅ですよ」
椅子を蹴られた沙紗は目線をまっすぐに戻した。
水月はマンションに着くとソファに仰向けに寝転がってうたた寝し始め、沙紗は今の間に買い出しに行く。
補佐と言えどほぼ執事。料理も沙紗がやる。
近場のスーパーで一食分だけ買うとマンションに帰った。
鍵を取り出しながらエントランスに入ると、中には物凄く美人な人が鬼の形相でインターホンに向かって怒鳴っていた。
あぁ、水月の相手か。どうせ一回限で連絡が途絶えたので遊びに来たって感じだろうな。
横からボタンを押して通話を切ると、そのまま警備員も呼んだ。
「何、何すんの!? まだ喋ってたでしょ!?」
「俺の主に迷惑かけるなら女でも子供でも警察に突き出します」
「はぁ!? あんた、水月の運転手!? 家の鍵持ってんでしょ、今すぐ開けて! 私は水月の彼女よッ!?」
肩を掴まれた沙紗はそのまま後ろに下がって、微かに首を傾げた。
「妹ラブの水月様が妹様と相性悪そうな貴方と付き合うとは思えませんね。あるとしたら遊びですよ」
「はァ!? あんたに何が分かんの!? 私は水月に選ばれて……!」
「少なくとも神々の家系に入るには相応しくねぇつってんだよ。退け、邪魔だ」
女は警備員に捕えられ、沙紗は身分証を見せて水月にインターホン越しに確認を取ってもらうとカードキーで中に入った。
エレベーターはパスコードで開き、部屋はカードキーと住人が決めたパスワード。
「お待たせしました」
水月はまた眠ってしまったようで、ソファの手前で倒れていた。
荷物をキッチンに置き、水月の肩を叩く。
「水月様、傷に触りますよ」
「やめて」
「俺が触るって言ってるんじゃなくて」
「眠……」
「仕事で疲れているんでしょう。寝といてください。食事と風呂は準備しますから」
「あー月火に着いてきゃよかった……」
「それはやめてあげてください」




