32.躁
「あ〜寒ッ! お前ほんと体温低い……」
「あったか……」
「人形カイロ〜」
「人なんよ」
椅子に座った炎夏の膝に座った月火は炎夏の腕にすっぽり収まり、炎夏の後ろからは玄智が抱き着いている。
ご覧の通り、炎夏で暖取り中。
炎夏はぶつぶつ言いながらも悪い気はしてなさそう。
結月は部活に行き、火光がいなくなった三人だけの教室で月火は炎夏にもたれた。
「溶けそう……」
「極楽か」
「ほんとに。真冬だと余計に手冷たいから人間カイロがありがたい……」
「お前万年冷え性よなぁ。冷えは万病の元って言うだろ」
「まぁ改善できたら早い話なんだけど」
炎夏は月火の手を両手で覆うと見上げてくる月火に笑った。
月火はその炎夏の顔を退かし、カメラを構える玄智を見上げる。
「何してんの?」
「見て分かるでしょ。撮影」
「そんなとこから撮れる?」
「炎夏の顔処理いらないから炎夏視点めっちゃ楽よ」
三人でその体勢のまま、傍から見たらカップルグループでもやらないような体勢のままその写真を加工する。
見上げてきょとんとする月火が死ぬほど可愛く撮れたので炎夏は満足そう。この顔の幼馴染が腕の中にいるって状態が嬉しいんだろうな。
「じゃ、あげるよ」
「はーいどうぞ」
今日は十月でもかなり寒い方だ。
「なぁ、今週末紅葉狩り行こうぜ」
「いいね、一気に色付くんじゃない?」
「行きたーい。京都行こう京都」
「関西行くなら泊まりでしょ」
「いい宿探せよSNSの神」
「まっかせなさいッ!」
ドヤ顔をした玄智は早速旅館を探し、月火は予定帳にそれを追加した。
「じゃ俺新幹線取っとくわ」
「いい席お願いね」
「任せろ」
「京都ね〜……」
「ねぇここどう?」
「おぉ豪勢」
「いーじゃん。近場のスポットある?」
三人で役割分担して全てを同時並行で決め、やっぱり清水寺は行きたいよねということでその周辺で探すことになった。
保護者はいらないので三人で。
「結月誘う?」
「部活あるだろ」
「一応声だけかけとく」
そんなこんなでものの十分で一泊二日の京都旅行の予定が完成すると、ちょうどそこに火光がやってきた。
三人のイチャつき具合を見て愕然とし、静かに一枚撮る。
「……月火、変な人がいる」
「知ってます」
「あ、月火! 日曜に商談入ったよ」
「断ってください。別の予定が入ったので」
「え、何!?」
「なんでも。無理なら喝牛と栗沢に任せてください。週末の予定は外せません」
「えー何!? 気になる!」
「鬱陶しがられんぞ火光」
炎夏がそう言うと、火光は口を噤んだ。
スマホをいじって、相手に別日程を頼む。
「……来週の水曜!」
「無理ですね。体育祭前日なので」
「木曜!」
「それならまぁ」
「アホか。当日出ねぇなら準備休め」
聞こえた方を見ると、火音がやってきた。
廊下の窓辺に腰掛けて窓に手を突いていた火光の頭を撫でる。
「お前がいねぇと俺が死ぬ」
「運命共同体ですか」
「えお前とはやだ」
「私だって嫌ですよッ!?」
「な〜火光」
「担任が溺愛されんの見ててもつまんないね」
玄智の小さな呟きで火光は火音の手を払い除け、自分達の生徒を360度から撮り始めた。
「女避けにちょうどいいのができてよかった」
「男避けなら炎夏さんと玄智さんで十分なので私はいる意味ないんですけどね」
「お前の利益とか知らん」
そういう奴だって知ってなお離れないのを感謝してほしい。月火が本当に利益に忠実なら今さら同居してねぇ。
月火が口に出さなかったことで脳内戦が始まり、二人で睨み合って火花を飛ばした。
少しして月火はツンと顔を逸らし、火音はスマホに視線を落とす。
「あーあ喧嘩した」
「仲良いなぁ」
「お前ら距離感バグりすぎだろ」
「私のベッドに寝転がる火音さんよりマシですよ」
「お前が連れてったんだろ」
「火音さんがあそこがいいって言うから!」
「言ってねぇし! 誰も場所に口は出てない!」
「口に出さなくても伝わるってまだ分かってないんですかねぇ!?」
「普段は無視するくせにこういう時だけ使うな! ゲスに近付いてんぞ」
「はァ!?」
「自覚ねぇかそうかそうか。無意識のうちに嫌われないようにな」
キレた月火は逃げる火音を追いかけ回し、火音はふらふらと逃げる。
でも狐が火音の足を噛み、火音を捕まえた月火は襟元を掴むと火音の首を素手で触った。
火音は氷並みの冷たさに震えて、逃げようとするがこの狐足に糊でもついてんのかってぐらい動かん。てか重い。
「冷たい風邪引くやめろ……! 有給使い切ったのに……!」
「おう引け引け。引いて給料なくなって貯金崩して破産しろ。熱出して任務行って倒れてこい」
「やめろあの生活に戻すな!」
「どうせ貴方は一生私に飼われて生きていくんですよ。私のご機嫌取りに動いてればいいんです!」
「……ついに腐蝕が核心部分にまで到達したか。手遅れだな」
月火は火音を足蹴りにして、逃げる火音を追いかけて去って行った。
玄智は炎夏の頬をふにっとさし、少し不機嫌そうにする炎夏の顔を覗き込んだ。
「もっと頑張らないと」
「月火に言え」
「……おかしいのはあっちか」
「荷物持ってくぞ」
火光も連れて三人で月火が置いていった荷物を持って月火の寮に行く。
火光について勝手に入ってリビングに行くと、プランクをしている火音のうえに月火が座って足を組んでいた。
「勝ってる……!?」
「所詮私の手のひらの上なんですよ」
「わ〜権力者っぽーい」
「ほら月火ピース」
「いぇーい」
月火は足を上げると火音の上に体育座りをして、月火と背中合わせで座る炎夏と月火の向かいに座る玄智とSNSの話をする。
なんでこの男は高校生二人を乗せたまま耐えれるんだろう。細マッチョどころかほぼガリの体重のくせに。
「そー、で相互フォローしたのにさぁ?」
「裏アカでそんなんやってっと本アカで誤爆するぞ」
「炎上するようなことは書いてないんで!」
「裏アカの存在で炎上する時代」
「世も末だね」
「おめぇがいうなよ」
「炎夏さんこのアカ知ってます?」
「知らない。誰?」
「火音さん」
炎夏が覗こうとする前にいきなり火音が起き上がり、火音は月火のスマホを奪うと仰向きに寝転がって、内側から月火のアカウントをチェックする。
月火は火音からスマホを取り返そうとするが、もちろん叶うはずもなく。
火音のスマホで面白いもの探しを始めた。
「……ふーん、アカウント六個」
「ねぇッ!?」
「多くない?」
「多いなぁ。本アカ、サブ垢、でまぁ神々社と月火社に……裏アカ二つ?」
「神々社はないよ」
「えーと、本、月火社、プライベート、サブ。裏アカ二つ! わ〜闇深ッ」
「ねぇ!? ソファに兄さん乗せますよ!? 部屋に天狐入れますよ!? 火音さんのスマホ私の手にあるんですよ!? 火光兄さんの写真も!」
まるで反応しなかった火音が最後の最後で反応して月火を押し倒し、二人で掴み合いの喧嘩になる。
なんでこの二人はこんな険悪な関係のまま同居してんだろうな。
結局押し倒した方が優勢の火音は月火の両腕を頭の上で拘束するとスマホをいじって写真を全てパソコンとタブレットに送っておき、バックアップも保存した。
そのまま、月火のアカウントを全て監視できるようフォローも忘れずに。
月火が半泣きのまま泣き叫び、同僚と生徒二人でドン引きする。
「うーわ闇深ッ。お前こういうのやるんだ」
「……火光兄さん助けて」
火光は火音を蹴り飛ばし、月火はスマホを取り返した。
あーあ、全部見られちゃった。乙女の秘密が。まぁ乙女とかそんなん言う質でもないけど。
「……消そ」
「あー月火が凹んでる!」
「お前そんな闇深いこと言ってんの?」
「別に。ストレス発散ですよ」
完全躁状態の火音は火光に怒られながらもケラケラ笑い、火音に馬乗り状態の火光はまるで聞いていない火音に溜め息をついた。
月火はそれを見て、火音のスマホを取る。
「兄さん、それここに入れてください」
「……でも効果ないよ?」
「いいですから」
火光が説教を吹き込んでいる間、火音は火光を退かして寝返りを打つと月火のスマホで月火のSNSを漁り始めた。
月火は取り上げはしないがそばで監視している。
「……もっと炎上寸前のことやってれば面白いのに」
「うちの会社の炎上は水月兄さんだけで十分足りてるんですよ」
「えーなんか投稿していい?」
「自分のでやってください」
「飽きた。風呂入ってくる」
月火は火音の豹変ぶりに唖然としながら見送り、火光は小言の最後に「クソという自覚をしろ」と低い声で入れると録音を切った。
トラブルメーカーだった火音がいなくなったところでリビングが静かになり、月火は疲れて溜め息をつく。
「はぁ……」
「火音先生気分屋すぎない……?」
「飽きたって言う分だけマシですよ。三時間喋ったと思ったら話の途中で黙って部屋帰る時ありますからね」
「なんか一種のバグみたい」
まぁ躁鬱自体脳と心のバグみたいなもんだし、あながち間違ってはないけど。
今日はあまりにも疲れたので三人とも追い返して、ソファに寝転がった。
黒葉を抱っこして眠りかけていると、頬をさされた。
目を薄く開け、見上げると濡れた髪のまま相変わらず楽しそうな火音が覗き込んでいた。
「……今日は元気ですね。風邪が治ったからですか」
「さぁ? 久しぶりに調子いい」
調子いいってことは、絶好調じゃあないのか。これ絶好調の時部屋から出したらヤバい事になるな。あとスマホを与えたら散財しまくるかもしれない。それだけは、寮に邪魔なものは置きたくない。
「……テレビ買っていい?」
「悪戯心やめてください。ご飯何にしますか」
「寝るんじゃないの?」
「お腹空いたでしょう?」
「別に。イラスト描いてこようかな」
「……しばらく絵に集中していてください」
火音が趣味の部屋に入ったのを確認すると、キッチンに戻ってしゃがみ込んだ。
ほんとに疲れた。たぶんイラストを描くと言っても今の火音には集中力もクソもないだろう。
さっさと作って食わせて、あとは永遠に喋らせておこう。数日で収まりますように。




